第15話 ゆっくりお願いします

「ストップ! ゴ治郎、ストップ!!」


「ギギッ!」


ゴ治郎が動きを止めると、ダンジョンの中に土埃が舞った。加速したスポーツカーが急ブレーキを掛けたようなものだ。


「やばい、吐きそう」


「ギギギギ?」


「……大丈夫」


水を飲み、ゆっくりと呼吸をして身体を落ち着ける。グルグルと回っていた視界がようやく定まる。食べた物の逆流もなんとか防げた。あと30秒遅かったら危なかったが。


「すまない。俺がゴ治郎の進化についていけてない」


「ギギッギギッ」


そんなことはないとゴ治郎は首を振るが、その視界の揺れすら今はキツい。


昨晩、ゴ治郎は進化を果たした。プレーンのゴブリンから赤帽子をかぶったゴブリン、レッドキャップに。その変化は凄まじい。見た目は野蛮なゴブリンからすらっとした暗殺者に。そして何よりスピードがヤバイ。


今日はその進化した身体を慣らすために、第1階層で訓練をしているのだが……。どちらかと言うと、ゴ治郎と視覚を共有する俺の訓練になってしまっている。


「ギッ」


ゴ治郎が敵のゴブリンを見つけた。かなり距離がある。まだ向こうはこちらに気が付いていないようだ。


「……いいぞ。やれ」


俺の声を合図にゴ治郎が走り出すと、空気との摩擦音が耳を突いた。見る見るうちに距離が縮まり、さすがに向こうもゴ治郎の姿を認めた。


タンッ!


ゴ治郎が踏み込むと視界が回転を始める。壁に天井にとゴ治郎は跳ね飛び、明後日の方向を見つめる敵の背後をスッと取った。


「仕留めろ」

「ギギッ!」


縫い針を加工して作った刺突用のナイフがゴブリンの首元に突き刺さる。血が吹き出し、サッとゴ治郎は飛び退く。哀れなゴブリンはやがて煙になり、魔石を残した。


「ふぅ」


なんとか耐えた。ゲームの3D酔いを何倍も激しくしたようなものだが、徐々には慣れるようだ。


一息ついたところで、チョコバーを頬張る。吐き気を感じながらも、身体は食べ物を欲するのだ。進化したゴ治郎の消費するエネルギーはこれまた激しい。


強い召喚モンスターと一緒に戦っていくには、召喚者側にも求められるものが多くなるようだ。


「やってやろうじゃないか」


「ギギッ!」


その意気だと言われた気がした。レッドキャップになってから、ゴ治郎は賢くなった気がする。まだ、俺の名前ぐらいしか言えないけれど。


「よーし、ゴ治郎! どんどん行ってみよう! もう俺は大丈夫だ!」


「ギギギッ!」


結局、その日はゲロ袋を使うことなく乗り切った。

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