サンタクロース
@rooow555
サンタクロース
「サンタってほんとはお父さんなんでしょ」
街がクリスマスムードになりつつある朝の事だった。小学生になりたての息子が私に尋ねてくる。
ついにきたか......なんてぼんやり考えたと同時に咄嗟の言い訳を用意していなかったことを後悔した。
「どうして?」
私が尋ねる。
「なんか知らない子が駅前で、サンタなんかいない。お父さんかお母さんだって」
子供の夢を壊すひどいやつもいたもんだ、ただここで私がすべきことは息子を納得させる言い訳を考えることだ。
「いや、サンタは本当にいるよ。去年だってお前の枕元にプレゼントを置いておいてくれたじゃないか」
「それはお父さんでもできるじゃん」
確かに、子供だからと少し浅はかな答えをしてしまったなと思った。
「クリスマスはご馳走を食べるだろう?お父さんもお母さんもお腹いっぱいになってクリスマスの日は早く寝てしまうからお前の部屋には行ってないんだ」
ふーん、と言ったあと息子は続けた。
「でもお正月だって誕生日だってご馳走が出るけど、お腹いっぱいで早く寝ていないよね。今年のお正月は夜遅くまでお父さんとおじさん達が夜まで騒いでたからあんまり寝れなかったし」
小学生にしては大人びた、というより子供らしく無い回答に少し嫌な感情を覚えてしまった。
「クリスマスは年末だろう?ご馳走でお腹いっぱいなのに加えてお仕事で疲れてるんだ。だから早く寝てしまうんだ」
「じゃあお母さんは?お母さんなら仕事をしていないから関係ないよね」
間髪入れないあまりに早い回答にまた少し、いや明確に子供のくせに可愛くないと思ってしまった。
「お母さんだって朝からクリスマスの飾り付けをしたりご馳走を作ってくれてるんだ、だから疲れて早く寝てしまう。それにサンタさんは良い子の所にしかやって来ないだろう?お前も良い子ならあまり父さんを困らせないでくれ」
息子はまだ何か言いたげだったが私が半ば強引に部屋を出て行ったので詰問が飛んでくる事はなかった。
その日の昼、朝のことが忘れられなかった私はずっとそのことを考えていた。子供がサンタの存在に気づくのは当然のこと。しかしそれは小学生一年生にしては早すぎる気がするし、なによりあの子供らしくない反論の仕方が気になった。まるで質問に答えが用意されていたような、とても小学一年生が考えたとは思えないものだった。
そしてふと、自分がいつサンタの存在に気づいたかについても考えてみた。私がサンタの存在に気づいたのは小学校5年生の頃だった。息子が存在に気づいているとしたら私は対照的に結構遅めだった。当たり前のようにクラスでサンタから何をもらうかと話をしたら。まだサンタを信じているのかと皆にからかわれて恥ずかしくなったことを思い出した。
その記憶と同時にもう一つ思い出したことがあった。小学校6年生の時の友達とその弟との話だ。
6年生の冬休み、その友人とゲームをしている時に小学一年生である彼の弟が来てサンタさんに手紙を書いたと私に見せてきた。サンタさんに欲しいものと今年どれぐらい良い子にしていたか、小学生ならではのぐちゃぐちゃの文字で書かれていた。
その時私は去年までサンタを信じていた自分を重ねて言ってしまったのだ。
「サンタなんかいないよ」と。
彼の弟はポカンと目を丸くしていたがすぐに反論をしてきた。
「でも去年だって僕の欲しいものを枕元に置いてくれたよ」
すると友人も一緒に悪ノリに加担して言った。
「それはお父さんがやってるんだよ」
弟は半泣きになりながら一年生らしい反論をしてきた。しかし当時の私と友人は一緒になってその悉くを論破し続けた。
彼の弟はついに泣き出し私にみせてくれた手紙を破り捨て去ってしまった。
友人と私はそれを見て笑っていたが、反面どこかで何かとんでもないことをしてしまったのではないかという気持ちになった。当然だ。小さな一人の子の夢を悪ふざけで踏み潰したのだ。しばらくはどこかで悪いなと思っていたがそれもほんの数日で忘れてしまった。
それ以来友人の弟には会っていない。いつだかその友人が弟の素行がよくないと言っていたような気がしたがそれも定かではない。
あれからもう20年近く経ってしまったが今更とても謝りたい気分だった。
帰り道、友人に電話をした。最後に会ったのは同窓会だからもう10年近く連絡をとっていなかった。何回かのコールの後電話越しに声が聞こえた。
しばらくの近況報告の後本題に触れた。
お前の弟に酷いことをした、それを謝りたいと。
友人は少し言い淀みそれから言った。
「小学6年の時のだよな、俺も覚えてる。あの後お前とは中学も別だったし、その......責任感じるかもと思って言わなかったんだけど。弟さ、死んだんだよね」
一瞬何を言っているか分からなかった。死んだ?突然のことに理解が追いつかなかった。
「あの年のクリスマス弟が親父に言ったんだよ、本当はお父さんがサンタなんでしょって。親父はそんなことないって色々言ったらしいんだけど弟は全部に反論してさ。多分だけど俺たちが与えちゃったんだよな、反論の材料。」
待って欲しい、そんなつもりで電話したんじゃない。過去の小さなわだかまりを解消したかっただけだ。
「弟さ絵に描いたような単純な奴だったから親も急にサンタがいないって言ってきて、それに反論するのが気に食わなくてつい言っちゃったんだ、子供のくせに可愛くないって。それから弟と親はなんかソリが合わなくなっちゃって、高校になる頃にはもうしょっちゅう家出とかするくらいグレて、」
やめてくれ、自分勝手なのは分かっているから、もうこれ以上は聞きたくない。
「あいつが高2の時かな、バイクの事故で死んだ。不良仲間との悪ふざけだったらしいからあいつの自業自得だし。あんま言うべきじゃないけど親父も厄介者が消えて清々したって言ってた。」
「さっきも言ったけど弟が死んだのはあいつの責任だしお前が気に病む事じゃないんだ。だから今日まで言わなかったし......」
その後はずっと似たような言葉が続いていた。本当にお前のせいじゃないとか、気にしないで欲しいと。半分上の空だったからよく覚えていないがそんなことを言っていた気がする。
俺のせいじゃない?そんなわけない。彼と家族との不仲のきっかけを作ってしまったのは他でもない私ではないか。ほんの悪ふざけのつもりでしたことが小さな男の子の夢を潰すどころかそれ以上のものを奪ってしまった。本当に取り返しのつかないことをしてしまった。
自責の念に駆られて数日、ぼんやりと仕事をして日々を過ごしあっという間にクリスマスになった。時刻は11時。おそらく息子はもう寝ている。私はぼんやりとプレゼントを持って息子の部屋に向かった。
それでも頭の中は亡くなってしまった友人の弟のことでいっぱいだった。私が殺したもの同然。グルグルと脳内を後悔とか申し訳なさが駆け回っていている。何も
息子の部屋の前に着いた。相変わらず脳内は同じ思考を続けていた。が、それらはぴたりと目の前のことをきっかけに止んだ。息子の部屋に鍵がかかっていた。去年までかかっていなかった、そもそも鍵をかけたことなどなかった。よりによって今日?それはサンタならこんなところから来ないだろって思考からか?
さっきまでの申し訳なさとか後悔とかを押しのけて嫌な感情が私を塗りつぶしていく気がした。
ドライバーで鍵を開けると息子はベッドに座っていた。そしてプレゼントを持った私を見るなり
「ほらやっぱり!やっぱりお父さんじゃないか!サンタなんかいないじゃないか!」
得意気のような、どこか悲しそうな声で息子は私に言った。
「僕ね、ずっと起きてたんだ!さっき内緒でコーヒーも飲んで寝ないようにしてたんだ!」
今思うとサンタの正体なんて遅かれ早かれいつかはたどり着く答えだ。そのために起きてるとか、サンタを捕まえようなんて可愛いものだ。
だけど余裕がなかった私は絶対に口に出してはいけない言葉を、言ったら絶対良くないと分かっているのに口を衝いて出てしまった。
「子供のくせに可愛くない」
親に言われた可愛くないって言葉は子供心に結構刺さったみたいで息子は初めて聞いた大声で泣き出した。妻も飛んできて事情を聞いて息子を抱きしめてなんてことを言うの!とわたしを責め立てた。それから家族の仲は急に冷めていった。
それから数年、妻とは別れ子供も妻が連れて行った。
12月、クリスマスムードに街が染まる頃、駅前で小さな子供達の会話を耳に挟んだ。
「ねぇねぇ、サンタっていると思う?」
「誰?君」
「サンタって、本当はお父さんとお母さんなんだよ」
「いきなりひどい!でもサンタさんはいるよ、だって去年も僕が欲しいものくれたもん!」
それから子供はどこかで聞いたような理屈でサンタの存在をねじ伏せていた。とても嫌な気分だった。急いでその場を立ち去りふと振り返るとサンタを否定した子供と目が合った。それはどこかで小さい頃に見た、あの友人によく似た顔だった。
サンタクロース @rooow555
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます