呪いと願い
(──ああ、また人間か……)
アレクセイが人間の王族として生を受けた事は、長い輪廻の中で何度かあった。アレクセイが生まれ変わる毎にこの世界の魔素は安定し、魔族も魔獣も魔物も姿を消して、代わりにたいした知恵も魔力もない人間が台頭する世界になっていった。
アレクセイは、無駄に長い生がある人間に生まれ煩わしいとさえ思っていた。
(どうせ、今回も違うのだろう)
自分でかけた呪いながら不貞腐れた気持ちになる。自殺や故意に死ぬと術が解けてしまう可能性があるため、適当に生きてさっさと死にたい。
その考えが霧散したのは、アレクセイの元に新しい文官としてのイザークが就いた時だった。彼のどこか懐かしい青灰色の瞳と目が合うと、まるで雷が直撃したような激しい衝撃を受け、互いにその場に膝をついてしまった。
本来ならばすぐにでも人を呼ぶべき事態だったが、アレクセイにはわかった。
イザークは、元四魔貴族の一人で呪いに必要な"記憶の継承者"として指定していた高位魔族だった。
「……殿下……いえ、
「──ッ!」
"記憶の継承者"とは他に心を奪われず、アレクセイのみに忠誠を誓っていたイザークにのみ果たせる役割だった。
「例の秘術……無事に成就したかと思われます」
イザークはまだ眩暈が治まっていないのか、長椅子の背もたれに寄りかかり片手で頭を押さえている。
アレクセイもいまだに衝撃があったが、待ち望んでいた積年の願いが叶う高揚感の方が勝る。
イザークとの再会は術の条件が整い、アレクセイの
(──遂に……)
アレクセイは天を仰ぎ目を閉じた。
「今回が……ようやく、その時なんだな。そうと決まれば、行動は早くした方がいい。必ず探し出して、この手に捕らえなくては……」
魔力が熱く滾るのを全身で感じながらアレクセイは拳を強く握った。アレクセイの力はどんな生を歩んでいても、決して衰えずにそのまま継承されていた。
自分のこの力の全ては、今となっては彼女を捕まえるためだけに存在している。
「恐れながら殿下、我が妹がおそらく女神の一人かと……」
「──ッッ! ……瞳の色は?」
瞳の色は潜在する魔力の質によって変わり、特定するのに重要な部分だ。しかし、全体的に魔素の少なくなったこの世界で、それだけでは特定は出来ない。
だが『記憶の継承者』であるイザークが言うのなら、話は別だ。女神の一人である事は間違いない。
「──紫です。内在する魔力が同じなので、恐らく魔将軍の執着していた方の女神ですね」
アレクセイはその報告に多少の落胆が隠せなかったが、今回が本当に
「………何か動きがあれば、すぐに教えてくれ」
「──御意」
イザークは慇懃に腰を折り、最高礼をとって短く返事を返した。
そうして、手掛かりなく二年が過ぎた。
アレクセイの今迄の生は、二年などゴミの様な物だったが、今回は貴重な時間がどんどん失われていく事に強い焦燥を覚えていた。
イザークの妹であり女神の一人であるカテリーナも、いまだに何の動きもなく日々の生活を送っているらしい。
女神達三人の魂は互いに強く引き寄せ合う。ただ、平民なのか貴族なのかどこに生まれるかまではわからない。
イザークは記憶のトリガーを弾くべく、まずはジークハルトへと接触を図った。彼もまたその昔叶わない女神との恋に堕ちた、哀れな魔族の一人でもあった。
今は悠久の時の果てに、記憶もその悍ましい執着心も忘れてしまっているようだが、元々は誇り高い四魔貴族の一人であり、常に数百万の魔族と魔獣を率いていた将軍だった。
カテリーナの見合いはイザークが先導しセッティングして、ジークハルトとあえて引き合わせていた。
初めこそ政略による婚姻話に気乗りがしない様子だったジークハルトは、カテリーナを見た瞬間、その赤褐色の瞳に小さく炎が燃えたのをイザークは見逃さなかった。
ジークハルトはまだ完全に記憶が戻ったわけでは無さそうだったが、もはや時間の問題だろう。
最初のやる気のない雰囲気は微塵もなくなり、明らかに浮かれている事が遠くからでも伝わる。
魔族は基本は不干渉な生き物だが、今回は主人の勅命もあるため、イザークにしてはジークハルトにサービスした方なのだ。
その後は、カテリーナも前世の記憶とやらを取り戻し令嬢三人でやりとりしている手紙を盗み見て、ようやく特定に至ったのだ。
グラン伯爵令嬢は元魔族の執念のなせる技なのか、イザークが何も手を出さなくても元参謀だったロベルトが婚約者としてほぼ確定している状態だった。
グラン伯爵令嬢は以前に見たことがあり、その時の内在する魔力を思い出せば、確かに参謀がドロドロに執着していた女神だった。
(──あとは、ただ一人)
イザークは、ジークハルトの双子の姉オリヴィア・アイルーゼンには会ったことがなかった。
魔力の質を調べる事が出来ず、現時点での確定は難しいが、カテリーナとの手紙の内容に国外逃亡について記述してあったため、のんびりしている場合ではなくなってしまった。
アレクセイにこの事を伝えると、瞳が烈火の如く燃え上がり、危うく魔力暴走により王都が吹き飛ぶところだった。
慌てて王命としてオリヴィアとの婚約を取り付けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます