執着の檻(ヒーロー視点)

転魂の秘術

 


 アレクセイは、イザークから『オリヴィア達三人は、皆前世持ちらしい』という報告を聞いた時「ああ……きっと、自分のせいだな」と思った。


 アレクセイも、前世の記憶を持っている。正確には前世どころではなく、数え切れないほどの生を巡り、今の自分があるのだが。


 彼女達の前世の記憶は小さな島国だったらしいが、秘術を発動させた本人であるアレクセイは、これまで生きてきた記憶を全て覚えていた。

 無限ともいえる記憶の中、ここまでアレクセイを捉えて離さないものがある。


 異常なまでのアレクセイの執着が、皆を再びこの地へと呼んだのだ。


 時はこの世界の創生時代、およそ一億三千年以上前にまで遡る。


 アレクセイは元々この地を統べる王だった。王と言っても、今のように人が統治し領地などを管理させていたわけではない。

 その頃、世界は魔素が全く安定しておらず、時折"魔を統べるもの"が現れていた。

 膨大な魔力を有し、人肉や臓物を好んで食べる魔族や魔物を多く従えている事から、人々はアレクセイの事を『魔王』と呼んでいた。


 当時のアレクセイは自分に匹敵する魔力持ちの魔族を四魔貴族として爵位を与え、側近として侍らしていた。戯れに人間の命を奪い、貪り、村を滅ぼし、虐殺をしたりして暴虐の限りをし尽くしており、人間などその辺の家畜と何ら変わらなかった。


 人間は魔王の名を呼ぶ事を恐れ、最早楯突くものも存在しないこの世界に少々飽いていた頃、異世界より三人の"女神"が召喚された。

 アレクセイ達を倒す為、貴重な魔術師の生命を何人も犠牲にして召喚された"女神"と呼ばれる彼女達は、人間とは異なる高エネルギー体であり、依代として与えられた土人形に入る事で生命が吹き込まれ、姿形は人間の女へと変わった。


 アレクセイ達は、最初こそ木偶人形に何が出来ると馬鹿にしていたが、女神達は本当に強かった。


 差し向ける刺客を物ともせず聖なる魂で不死者達を浄化し、聖光気を鎧として纏い、その高い魔力でどんどん魔族を打ち滅ぼしていった。


 中でもアレクセイが惹かれたのは、赤銅色の艶やかな髪に、碧色に煌めく瞳を持つ美しい女神だった。魔力の質が合うのか、戦うたびに気が昂る。


 彼女の美しく汚れのない顔が苦痛に歪む様を見たくて、アレクセイ自身が何度も直々に手を下しに行った。


(──あの女が欲しい。この腕に囲い、逃げられない様に鎖で繋ぎ、閉じ込めて泣いて許しを乞うまで抱き潰したい)


 魔族は強い者に惹かれる傾向にある。残りの二人の女神達も、アレクセイの側近がすでに目を付けていた。


 四魔貴族であった参謀と魔騎士総軍率いる将軍は、それぞれの女神に強い執着を抱いており、他の者に殺される位ならいっそ我が手でと躍起になっていた。


 戦いは百年以上に及び、とうとう決着がつく時が来た。アレクセイ率いる軍勢は、三人の女神によって討ち滅ぼされ人間達の勝利となったのだ。


 しかし、人間や女神達は魔族の執着心を甘く見ていた。欲しいものは、奪ってでも他人を殺してでも、どんな事をしてでも必ず手に入れる。


 アレクセイは魔王究極魔術の一つ『転魂の秘術』を完成させ、自分と同じ運命を望む側近四人に施した。その身が滅びる前に、自らの命と引き換えに目当ての女神に呪いをかけるように各自に指示を出した。


 そうして、側近二人は其々の女神に呪いをかけ滅びていった。


 高位魔族が自らの死と引き換えにした呪いは決して人間共には解呪出来ず、魂にまでべったりと纏わり付く。それは高エネルギー体として人の理を外れた存在だった彼女達にも同じ事だった。


 呪いの効果は、必ずまたこの世界で巡り合う事。


 転魂の術は記憶を保ったまま生を繰り返す。条件が整うまで何度でも何度でも……


 また彼女に会えるまで、アレクセイは何度も違う生を歩んできた。自分でかけた術なので解こうと思えばいつでも出来るが、解くつもりは毛頭なかった。


 五十度目の転生で数えるのを止めた。転生は人間とは限らないからだ。ある時は畜生に、ある時は取るに足らない昆虫に。究極魔術と言えば聞こえはいいが、結局は呪いだ。

 

 しかし、獣になろうが虫になろうがこの身に宿るドロリとした執念は消える事がない。

 無限の時の中で自我を保ってられるのは、魔族特有のこの異常な執着心故だ。普通の人間に、この魔術は耐えられない。


 ただただあの女にもう一度会いたい。もはや、アレクセイに残っていた執念はそれだけだった。

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