オリヴィアの過去
少しだけ緊張が解けた部屋で、それまで険しい顔をしながら静観していたジークハルトは、足早にカテリーナの前まで歩いて行き、おもむろに自分の上着を脱いだ。
簡易なドレスで肩が露わになっているカテリーナを隠すように上着をかけて何かを囁き、彼女の顔を真っ赤にさせた。ジークハルトはカテリーナの腰に腕を自然に回し、二人の距離はかなり近い。
(……まったくミレイユといい、カテリーナといいちょっと気が抜けてるんじゃない? ……いや、やっぱりミレイユはちょっと違うかも)
王族の前で無様な姿を見せまいと、ちゃんと椅子に座ろうとしていたミレイユの腰を掴みあげ、抵抗虚しく再びロベルトの膝に乗せられている彼女の様子を見て考えを改めた。
「……ところで、ロベルトは最近登城もしないでここで何やってるの?」
この事態に呆れているのはオリヴィアだけではなかったようで、アレクセイも深くため息を吐いてロベルトを見た。
アレクセイの意外にも常識人な発言に「やはり、この状況はおかしいのか……」と、少しだけ安心してしまう。
「何って、婚約者のエスコートですが」
後ろからミレイユを抱きしめているロベルトがさも当然とばかりにしれっと言い放った。
その向こう側では、既に二人の世界に入っているジークハルトとカテリーナが鶏ハムを囲んで歓談中だ。
「カテリーナ、これすごく美味いな。ささみなのにしっとりしてて臭みもなくて食べやすい」
「わぁっ! 嬉しいです!」
やはり肉はジークハルトのウケがいいらしい。嬉しそうに微笑むジークハルトを見て、カテリーナもすごく嬉しそうに笑っている。
なんだかカオスな空間にオリヴィアも少し笑えてきて、いつもの余裕が出て来た。
「ふふっ、アレクセイ殿下。せっかくですので、良ければ座って少しお話しして行きませんか? ミレイユが持って来てくれた(ロベルト作の)焼き菓子、美味しいですわよ」
アレクセイは突然の誘いに少し驚いた様子だったが、年相応の笑顔でお茶会へ参加してくれた。
♦︎♦︎♦︎
「ところで、さっきの高度魔術結界の重ね掛けは凄いね。ちょっと破壊するのてこずっちゃったよ」
「……何も破壊する事はなかったのでは? 先触れを出して頂ければ、こちらからお出迎えしましたのに」
オリヴィアは、もしアレクセイから先触れなんぞきた日にはすぐさま逃亡していただろう。しかし、突然王族が訪問する事態があり得ない事なので、自分のことは棚に上げてアレクセイを咎めた。
「まあまあ。……でも、あのレベルの結界を展開してるとなると、中で国家の要人が一堂に会して軍事機密を共有しているとしてもおかしくないセキュリティレベルだったよ」
「その割に殿下にあっさり消されてましたが………」
「僕のはそういう能力だからね。僕が
メインヒーローに相応しいチートな能力に、思わず感心してしまう。
そんなオリヴィアのポカンとした顔を見て、アレクセイはくすくすと愉しそうに笑う。
「オリヴィアは顔になんでも出過ぎだよ。そんな無防備にしてるから僕みたいなのに付け込まれるんだよ」
なんだか言葉の調子が不穏で、お茶を飲みながらチラリとアレクセイの様子を窺う。ただ紅茶を飲んでいるだけなのに、優雅にお茶を飲む姿は切り取った絵画の様に美しい。
(──私は、この綺麗な少年にも捨てられるのか……)
オリヴィアは、自嘲を込めた乾いた笑いがこみ上げてくるのを必死に耐えた。オリヴィアの男運のなさは前世込みで筋金入りである。
オリヴィアの前世の夫は結婚して五年目を迎えていた。そして、そのうち三年以上セックスレスの状態だった。
オリヴィア自身子供が欲しかったのもあり、何度か話し合いの場を作ろうかとも考えたが、夫の部屋のゴミ箱に一人遊びの形跡を見つけてからは、なんだか馬鹿馬鹿しくてすべてがどうでも良くなった。
しかし、いつの世も子供が出来ないと女のせいにされるもので、余計なお世話な事を言われることも多かった。それでも、きっと夫も同じ立場だろうと思い特段何も思わなかった。
そんな時に、夫から珍しく外にディナーに誘われ何かと思えば、昔夫の同僚として紹介されていた女性が夫との子を身籠ったと報告された。
突然の裏切りに打ち拉がれ、裁判の末多額の慰謝料を手にしたが自分の中の欠けた何かは埋まらなかった。
慰謝料を糧に引き籠り、いつ死んだのか、なぜ死んだのかまでは覚えていない。しかし、あんな思いをする位ならばオリヴィアは男なんてもう要らなかった。
(私は、一人でも生きていけるんだ……っ!)
オリヴィアは心の中でぐっと拳を握りしめて決意を新たにした。
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