王太子来訪

 

 作戦会議という名の友達とのおしゃべりは非常に楽しい。ロベルトの存在は余計だが、彼自身こちらの話題にまったく関心がないのか、邪魔する事なくひたすらミレイユにのみ尽くしている。


 室内の気温が高いのもあり、オリヴィアとカテリーナはドレスも簡易的なものにして、長椅子に寝転がって駄弁っていた。

 きちんとしたお茶会風景をオリヴィアの幻影魔法で映写しており、結界の外から見ると優雅にお茶を楽しんでいるように見えているだろう。


 ミレイユはキチンと座ってはいるが、ロベルトの膝の上にいるので同じくアウトだ。


「あっ、このとりささみ、うまっ!」

「ね! ビール欲しい」


 オリヴィアとカテリーナが和やかにおつまみについて話していると、それまでミレイユにクッキーを食べさせてご満悦だったロベルトが、それまでのにこやかな表情を消して警戒心あらわにドアへと視線を移した。

 オリヴィア達三人もつられて視線をドアにうつすが特別何か変わった様子はないようだ。


 ミレイユがロベルトに、一体どうかしたのかと話しかけようと口を開いた瞬間。オリヴィアが重ね掛けしていた魔術結界がビシビシと音を立てて崩れていく。

 魔力同士のぶつかり合う摩擦で部屋全体が大きく揺れる。


「は……っ? え、あれ?! なにこれ!」


 オリヴィアは慌てて結界をかけ直そうとするが、彼女よりも強大な魔法による干渉にあい、魔法が上手く展開できない。


(──これって……っ!)


 オリヴィアが他の二人と目配せしてる間に、ノックもなく応接間の扉が開いた。


 そこには三人の男が立っていた。ジークハルトともう一人知らない青年が右側におり、真ん中にはオリヴィアがいまだに姿絵だけしか見たことがない人物が立っていた。


 金髪の柔らかそうな髪に茜色の瞳で、一見柔和そうに見えるとても整った顔をした少年だった。


「──やぁ、こんにちは。僕の婚約者殿」


 オリヴィアを見た瞬間、彼はそう言って嬉しそうに相好を崩したが、その瞳の奥は決して笑っていない。


 この中にいる誰よりも身長が低く、一番少年らしいあどけなさが残っているがこの威圧感はなんなのか。

 ニコリと可愛らしく微笑んだ少年から放たれるダダ漏れの禍々しい魔力に気圧される。


 オリヴィアと二人は慌てて最敬礼を取り、彼に対して挨拶をした。


(なんで?! なんで、彼がくるの?!)


 その少年こそオリヴィアの婚約者にして、歩く死亡フラグ。


 アレクセイ・ネオ・アルマース。アルマース王国の第一王子だった。

 アレクセイが放つ、思わず平伏したくなる程の魔力に当てられて、今までオリヴィアが考えていた逃亡プランは、全て変更を余儀なくされる。


(……アレクセイの目を掻い潜って国外に逃亡する事はまず不可能。魔力の差が大き過ぎる……)


 オリヴィアが思考を巡らせていると横にいたカテリーナが器用に風魔法の応用を使い、日本語で話しかけてきた。


『……オリヴィア、ジークと殿下の隣にいるの、私の兄だわ』

「!!!」


 まだ距離のあるアレクセイが、くりくりした目をこちらへと向ける。


「おや。今、何を話してるのかな?」


 アレクセイはニコニコと読めない表情でゆっくりと近づいてくる。彼はオリヴィアの目の前で止まると、片手でオリヴィアの細い顎を軽く掴み自分の瞳の高さに合わせた。

 この行動の真意が掴めないが、なぜか抵抗できない。抵抗しようという気持ちすら湧かなかった。美しい二つの茜色の双眸が、オリヴィアの碧の瞳と合わさる。


「……ねぇ、イザーク。さっき、彼女達はなんて話してたの?」


 オリヴィアの顎を持ったまま、後ろにいるイザークと呼ばれた神経質そうな青年に話しかける。イザークは短めに刈り揃えたプラチナブランドを後ろに軽く流し、青灰色の酷薄に見える双眸を細めた。


「……カテリーナが『あれは私の兄だ』といっておりました。恐らく私とオリヴィア様には面識がなかった為、説明したのかと」

「あぁ、なるほどね」


 オリヴィアの瞳は動揺により激しく揺れた。今すぐアレクセイの手を振り払って逃げ去りたいのに足がまったく動かない。


 アレクセイの能力は、オリヴィアよりも遥かに上だった。これは同じく高みにいる者のみわかる、残酷なほどの力量の差。


 力の差を見せつけられたオリヴィアは、死への恐怖により震えるとそれを見兼ねたイザークがやれやれと口を開いた。


「殿下………お戯れが過ぎます。あまり不必要にからかうと、婚約者様にさらに嫌われますよ」


 あまりのはっきりしたイザークの物言いに、場の空気が一瞬凍る。おそるおそるアレクセイを見ると意外にも気分を害した風もなく、少し目を見開いた後に吹き出して笑った。


「ふふっ、はははっ! イザークは相変わらずだなぁ。それに、別に僕はオリヴィアに嫌われてないし……ねぇ?」

「も、もちろんでございます……っ! 殿下を嫌うなど、そんな恐れ多い……」


 アレクセイは年相応に笑ってイザークに「ほらね」と言い、得意げな顔をする。


「……であれば、きちんとお話された方がよろしいかと」

「だってさー、オリヴィア全然僕に会いにきてくれないのだもの。少し位お仕置きしないと……でも、少しやりすぎたかな。これでも魔力の量は調節した方なんだけど」


 オリヴィアの肩はびくりと跳ねる。


(こ、これで調節してるですって……? さすが王族……半端ないわ)


 オリヴィアはアレクセイからの顔合わせの呼び出しを、体調不良を理由に断りまくっていた。

 気まずさにアレクセイの顔をチラリと見ると、茜色の瞳と目が合う。

 その色は、以前どこかで見たような不思議な気持ちにさせられる色合いで、オリヴィアはなんだかソワソワするのと同時に、彼はオリヴィアを喜悦を含んだ瞳でじっとりと眺めており、なぜだか背筋がゾッとしたのだった。

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