ジークハルトのおまじない
流石に突然乙女ゲームがどうと言うと頭がおかしいと思われても困るため、少し先の未来がわかる設定にしてジークハルトに説明していく。
あと少しすれば、アイリスという少女がカテリーナの腹違いの妹として侯爵家にくる事。
市井で育った彼女も学園に一緒に入学し、数々の男性がアイリスに交際を申し込む事と、その中にはジークハルトもいる事。
最終的にカテリーナ達三人は、それぞれの婚約者に捨てられる事など話した。
ジークハルトはカテリーナの話を遮らず、ましてや嘲ったり茶化したりもせずに、ただ真剣に静かに聞いていた。
そして、ジークハルトはカテリーナが話し終えるとその形のいい眉毛を寄せて短く嘆息する。
「……俺が君を差し置いて、他の女にうつつを抜かすなんて到底信じられないが」
「アイリスは私と兄の腹違いの妹なので、れっきとした侯爵令嬢です。学ぶ事は多いでしょうが、次期公爵となるジークハルト様の伴侶としてならば、私じゃなくっても」
カテリーナがほんのり婚約解消を示唆すれば、ジークハルトはガチャンッとカップを落とした。幸いにもカップは割れず、お茶も溢れずに済んだが彼は愕然とした顔をしていた。
「──な……ッ! 俺は……俺は、家の事がなくたって……ッ!」
ジークハルトのあまりの狼狽ぶりに、カテリーナも少し動揺する。カテリーナ的には、ジークハルトに伴侶候補の選択肢が増えた事を伝えたつもりだったのだが、余計なお世話だったのだろうかと心配になった。
「……いや、急に声を荒げてすまない。忘れてくれ」
「は、はい……」
家の繋がりだけで婚約者となったが、さすがにまだ会って間もないカテリーナの事を今の時点でジークハルトが本気で好きになっているなどあり得ないだろう。それなのに、彼の必死にも見えるこの反応は対応に困る。
「……君が聖光気を纏えるのは、彼女の影響か?」
話を逸らすかのように核心部分に急に触れて来たジークハルトの質問に、カテリーナの肩が分かりやすく跳ねた。
「いえ……こんな未来はありませんでした。私にも、よく……わからないんです」
「聖女として教団を後ろ盾にすれば、国外追放や市井に降るなどないと思うが……」
『教団』という単語が出るだけで、カテリーナの表情は抜け落ち、顔色は蒼白になる。
(こんなの、私の知っているストーリーじゃない……っ! このまま……もしこのまま、聖女として教団に囚われたらどうしよう……恐い、恐い恐い恐い………ッッ!)
カテリーナの全身がカタカタと震え、うちに渦巻く混乱と恐怖心から生理的な涙がはらはらと紫の瞳からこぼれ落ちた。
「──ッ、カテリーナ?! ああ……こんなに震えて」
ジークハルトはカテリーナの異変に気付き、隣へ座り込んでそっと体を支えた。距離がかなり近いものの、今のカテリーナには気にしている余裕は微塵もなかった。
「……ごめん、もう何も聞かないから……泣くな、泣かないでくれ。君に泣かれたら、俺は……どうしたらいいかわからない」
ジークハルトはそのまま、カテリーナの涙と震えが止まるまで優しく抱きしめ続けた。
♦︎♦︎♦︎
情報を共有して、今日はもう帰る時間となった。帰り間際、ジークハルトがカテリーナを見下ろす。
ジークハルトは燃えるような赤毛を短めに切り揃えており、普段着も騎士団見習いが着る詰襟の軍服を纏っており凛々しく勇ましく見える。
彼の焦茶色の切れ長の目に、不安そうで情けない顔をしたカテリーナが映っていた。
「カテリーナ、一つおまじないをしようか」
「おまじない……ですか?」
「そう。俺が君を絶対に裏切らないって言うおまじない。効くはずだよ」
ジークハルトは、今日話していてもかなりの現実主義者という事がわかる。おまじないなどという非現実的なものは到底信じていなさそうな彼がするものに興味を惹かれた。
「はぁ……? じゃあ、お願い……します」
ジークハルトはふっと挑発的に目を細めて微笑むと、カテリーナの頬を片手で包み、腰に手を回してグッと引き寄せた。
カテリーナが「えッッ!?」っと思った時には、既に唇がジークハルトに重なっており初めての口付けを交わす。
強引なその行為に驚きはしたものの、なぜか不快さは全くなかった。まるで、ずっと前からこうするのが自然なような。ずっと求めていた、魂の片割れに触れたかのような安心感をもたらす。
気付けばカテリーナとジークハルトは、お互い求めるように角度を変えて深いキスをしており、家令が慌てて飛んできて二人を引き離すまでキスを続けてしまっていた。
怒っている家令にジークハルトは軽く謝りながら、カテリーナの耳元で「続きは、また今度」と十四歳とは思えない色気のある事を囁いて、ドリュー家をあとにした。
このおまじないは、その日の夕食で何故かカテリーナがジークハルトを唆してキスをねだった事になっており、ヘンドリクスに『この、破廉恥めッッ!』と、怒られると言うとんでもないおまけ付きだった。
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