生命の誕生
ミレイユは一人腹を括った。
こうなってしまっては、もはや一刻の猶予もない。来ない医者を頼り、最悪の結末になる事だけは、なんとしても避けなくてはならない。
ミレイユは袖の長いローブを脱ぎ捨て、髪の毛を高い位置で一つにまとめる。執事に消毒用アルコールがないかを聞いて、無ければ一番度数の高いお酒を持ってくるようにと伝えた。
オロオロしているメイド達にも大量のお湯と、ありったけの清潔なタオルを出してもらうよう指示を飛ばし、手際よく場を整えていく。
ロベルトが物言いたげな視線を投げかけてきたが「私、馬の出産で慣れてますからッ!」と強引に言い張り黙らせた。
因みにグラン家の馬は雄ばかりだ。
ロベルトには母親の傍で手を握って、汗を拭いたり水を飲ませたりする役を任命した。
母親の痛みからくる鬼気迫る様子に、ロベルトが狼狽えている。
「あぁ、母上……。ミ、ミレイユ嬢……あの、回復魔法を使っては?」
「いえ、それはやめておきましょう」
先ほどのおっとりとした口調のミレイユからは想像できない程、きっぱりと反対にあいロベルトの顔は絶望に染まる。
「こんなに、辛そうなのに……」
逆にロベルトの形のいい眉毛は、先ほどのキリリとした様子はなくハの字にに下がり、頼りなさげにミレイユを見上げた。
「回復魔法は素人が範囲を指定するには技術が高度過ぎます。折角開いた子宮口が塞がってしまい、母子共に危険になるかもしれないのでやめておきましょう」
実際そうなるかは不明だったが、下手な事をして取り返しのつかない事態に発展するのだけは避けたい。
ミレイユも余裕が無いので物言いが少し冷たくなってしまったが、とても気にしていられなかった。
♦︎♦︎♦︎
そんなこんなで二時間が経った頃。
やっと雨足が弱まり、再度従僕に橋が渡れるようになってるか見に行ってもらい、行けそうならそのまま医師を連れてきてもらうよう頼んだ。
ミレイユはメイドと交代しながら夫人の腰を摩ったり、汗を拭ったりを繰り返していた。十四歳の体力の限界はとっくに過ぎていたが、ランナーズハイの境地へ至っており感覚は麻痺していた。
もう陣痛の間隔は二分を切っており、股の間を確認したら何と赤子の頭が見えていた。
ミレイユは思わず天を仰ぎ、もう何度目かの腹を括り直して夫人に力強くいきむよう伝える。
流石、一度出産経験があるだけあり、上手に力を込めて三回目のいきみでずるりと赤ん坊が出てきた。
丁寧に赤子を受け止めて、すぐさまタオルで包み温める。
白い胎脂に包まれたぷりんとした割と大きめの女の赤ん坊は、出てきて直ぐ大声で産声を上げた。ひとまず子供の無事は確認できて、ホッと胸を撫で下ろす。
臍帯を縛り"どうせなら、お兄ちゃんにへその緒を切って貰った方がいいだろう"と、ミレイユはついつい出過ぎた老婆心が顔を出して、拒否するロベルトに無理やりハサミを持たせ切って貰った。
メイドに産湯を頼み、夫人の容態に再び神経を尖らせる。お産は胎盤が出るまで続くからだ。やるべき事をメイドに伝え、ミレイユが疲れから少し意識を飛ばしてるとズルズルと大量の胎盤が出てきた。見た所奥様も疲れでグッタリはしてるが元気そうだ。
(あぁぁ、よかった〜〜〜〜)
へなへなと膝から崩れ落ちたと同時に、従僕が医師を連れ立って駆け込んできた。
血だらけ体液だらけのミレイユ達を見て、医師は一気に最悪の結末を想像をしたであろう悲壮な顔をした。しかし赤子の力強い泣き声と、力無くぐったりはしているが割合元気そうな夫人の様子を見て安心したのか「後はこちらに任せてください」とミレイユはロベルトと共に部屋から追い出された。
ミレイユは必死過ぎて、ロベルトの精神状態に気を配る余裕がなかった。極度の緊張感によりピリピリしてしまい、彼の事をかなりぞんざいな扱いをしてしまった自覚があったため、彼が今どんな顔をしているのかと気になった。
(……もしかして、怒ってらっしゃる……?)
そう思いおそるおそる見上げると、ロベルトは放心状態で微かに震えていた。
確かに多感な十四歳でこの経験はエゲツない。ミレイユはロベルトの事がなんだか可哀想になり、背伸びして両手を使って彼の頭を撫で撫でしてあげた。
「ロベルト様、良く頑張りましたね。もう大丈夫です。偉かったですよ〜!」
ミレイユが安心させる様にへにゃっと笑うと、ロベルトは何とも言えない顔をしてギュッと抱きしめてきた。
ミレイユは、結構な量の血液がついてる服だったし少し気後れしたが、お互い様だから大丈夫だろうと思い直し、彼の震えがおさまるまで背中を優しく摩ってあげた。
こうして長い夜が終わったのだった。
この時のミレイユには知る由もないが、のちにカテリーナから明かされた真実があった。
彼女曰く、ロベルトルートにて明かされる過去で一年前に母親が妹を出産する日に大雨のせいで医者が呼べず、妹と引き換えに母親が亡くなり、心を閉ざすと言うエピソードがあったらしい。それを救うのがヒロインという存在だったのだ。
後日カテリーナからの手紙にてミレイユはそれを知り、頭を抱えたのは言うまでもない。
その後、宰相の息子であるロベルト・アローズからしれっと半ば強制的に正式な婚約を結ばされたのである。
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