第18話 時橋 夕華③
お兄ちゃんのために生きると決めた私がまず始めたのは、生活費の援助だった。
今のお兄ちゃんは色々なことが重なって心に深い傷を負っている。
働き口のあてもないお兄ちゃんを1人にはできない。
私は普段あまり使わないお小遣いからお兄ちゃんの生活費を出費することにした。
とはいっても、親からもらうお小遣いだけじゃ人1人の生活を支えることはできない。
私は家族に黙って部活をやめ、隣町の喫茶店でバイトを始めた。
ここなら家族にバレる可能性は低いからね。
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それからというもの、お兄ちゃんは私に笑顔を見せるようになった。
お金で自分の罪が消えるなんて思っていない。
私はこれからの一生をお兄ちゃんに捧げる。
お金はそのための1歩にしかすぎない。
でも、私はとっても幸せだった。
だって、愛するお兄ちゃんが私を必要としてくれるんだよ?
私に微笑んでくれるんだよ?
好きって言ってくれるんだよ?
それだけで、私の心は温かくなる。
なんでもできる気がする。
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「夕華・・・お前を俺のものにしたい・・・いいかな?」
「・・・うん」
ある日、私はついにお兄ちゃんに女を求められた。
私の答えはもちろんYESだ。
私達はホテルの一室に入る。
こういった場所に入るのは初めてだったけど、思ったよりもきれいだったな
互いに生まれたままの姿になり、ベッドに横になる。
「夕華・・・愛してるよ」
「私も・・・愛してる・・・」
私達は唇を合わせ、互いの想いと熱を感じ、自らの欲望を活性化させる。
そして……私はお兄ちゃんの手で、女としてのステップを踏んだ。
初めての相手が愛する人だなんて、女にとってこれほど嬉しいことはないでしょ?
この時の私は、お兄ちゃんと愛し合うために生まれてきたんだと、運命的なものを感じ始めていた。
※※※
「お兄ちゃん・・・もしよかったら、私と結婚してくれる?」
行為を終え、互いの熱で体を温めながら、私は結婚を申し込んだ。
責任を取ってほしいとかそんなんじゃない。
お兄ちゃんの覚悟が知りたかっただけ。
「あぁ・・・もちろん」
お兄ちゃんはそう言って私を抱きしめてくれた。
私は目に一杯の涙を浮かべ、お兄ちゃんの体を力一杯に抱きしめた。
「うれしい・・・」
「夕華・・・これからも俺と一緒にいてくれ」
「もちろんだよおにい・・・ううん。 夜光!」
こうして私は結婚を前提にお兄ちゃんと付き合うことになった。
愛する人に見も心も繋がることができた私には、その後の学校とバイトの二足の草鞋を履く疲労感すら心地よく感じた。
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でも、いいことばかりじゃないのが現実という世界。
お兄ちゃんと結ばれてからしばらくしたある日。
お父さんの不倫が発覚した。
我が家のリビングで家族4人で話し合うことになったが、
私を含め、お母さんもお姉ちゃんも軽蔑の視線を向けていた。
「この写真・・・説明してくれるわね?」
「・・・」
きっかけになった写真がどうしてウチのポストに入っていたのか?
誰が取った写真なのか?
気がかりなことはあったけど、私の頭はお父さんの不倫という事実でいっぱいだった。
相手は私とさほど変わらない女子高生と聞く。
性格に言えば、お金を受け取って行為をする、いわゆるパパ活みたいだけど、正直不倫と何が違うのか教えてほしいくらいだ。
しかもパパ活の理由が、ストレス発散という子供じみた馬鹿馬鹿しいもの。
今まで家族のために働いてくれた憧れのお父さんが、一瞬で汚らしい害虫に姿を変えて見えた。
「もうあなたをお父さんだなんて思いません!!
私はお母さんとお姉ちゃんについていく!
二度と姿を見せないで!!」
「ゆっ夕華・・・」
最後に見たお父さんの姿は、膝を崩し全てを失ったと悟った後悔の涙を流す無様なものだった。
でも私には同情の欠片も湧いてこなかった。
家族を裏切ったお父さんが、全て悪いんだ。
だから、離婚が成立した後、お母さんがお父さんの会社にパパ活の事をばらして解雇に追いやったこともやりすぎだなんて全く思わなかった。
私達3人は心機一転を図るために、別の場所に引っ越すことにした。
だけど・・・お母さんはお父さんに裏切られたショックから心を壊してしまい、家から1歩も出なくなってしまった。
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だけど、悪いことって言うのは続くものだ。
離婚が成立してからまもなく、ネットにある動画が流れた。
そこに映っていたのは、お姉ちゃんと西岡リョウの行為と、サッカー部の男達と顧問の先生が、お姉ちゃんを犯す、レイプシーンだった。
動画を見た瞬間、気持ち悪くなってはきそうになった。
でも、よくよく思い出せば、お父さんのパパ活が発覚した時期から、お姉ちゃんの元気がなかったな。
何かあったのか聞いても、「なんでもない」としか言わなかったから、それ以上何も聞かなかったけど……。
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この動画が証拠となり、サッカー部の奴らは逮捕され、退学処分を言い渡されたらしい。
ごくわずかに退学を免れたのもいるけど、これだけの騒ぎを起こしたのだから、まともに生活できないでしょうね。
それと、西岡リョウの所にも関係を持ったらしい女達が彼を”浮気野郎!!”とネットで叩いていた。
中には家に突したのもいたみたいだけどね。
まあ、今までの言動からそんな男だと思っていたから、特に驚きはしなかったし、ざまあみろと思う。
それより問題はお姉ちゃんだ。
大切な人に裏切られ、複数の男に犯されたお姉ちゃんは、別人のように暗くなり、
部屋に引きこもるようになってしまった。
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私は高校を卒業したと同時に、大手会社の事務員として働くことにした。
元々お兄ちゃんを養うためにそう決めていたから、別に嫌だととは思わなかった。
それに・・・お姉ちゃんも少し落ち着いたようで、コンビニでアルバイトを始めて、家族を支えようとしてくれた。
だったらなおのこと、私がしっかりしないとね!
「みんなは・・・私が守る!」
そう決意したのもつかの間、私の耳に信じられない悲報が飛び込んできた。
それは”お姉ちゃんが車にはねられた”という警察からの連絡だった。
私は急いで会社を早退し、お姉ちゃんが運び込まれた病院に直行した。
「お姉ちゃん!!」
私が見たのは、能面のような顔で眠っているお姉ちゃんの姿だった。
「申し訳ありません・・・手は尽くしたのですが・・・」
医師はそう謝罪を述べるが、私には理解できなかった。
だって今日、会社に向かう前に会ったんだよ!?
お姉ちゃんは笑顔で「いってらっしゃい!」って送ってくれたんだよ!?
そのお姉ちゃんが・・・死んだ?
意味がわからない・・・。
「お姉ちゃん?」
ベッドで眠るお姉ちゃんの顔を触ると、ほんのりと温かな体温が手から伝わって来る。
だけど・・・その瞳に私が映ることはない。
その口から、元気な声が聞けることもない。
互いに抱きしめあうことすらできない。
受け入れたくない事実が、徐々に心に刻まれていくのを感じる。
「うぅ・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私はお姉ちゃんにすがるように、大声で泣き叫んでいた。
脳裏によみがえるお姉ちゃんとの思い出だけが、私に最後のぬくもりを残してくれた。
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お姉ちゃんの死から数週間後、この悲報を聞いたお母さんが家の中で自殺を図ろうとした。
それに気づいた私がすぐに救急車を呼んだことで、命は取り留めたみたい。
だけど、いつまた自殺を図ってもおかしくないレベルにまで壊れたお母さんをそのままにはできず、
私はお母さんを大きな病院で入院という形で預かってもらった。
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ほんの数ヶ月・・・たったそれだけの時間で、私の家族は崩壊した。
あんなに楽しかった日々が、シャボン玉みたいにあっけなく消えた。
そんな私の心をつなぎとめてくれたのは夜光だけだった。
「夜光は・・・どこにもいかないよね? 私を1人にしないよね?」
「当たり前だろ? 俺にはお前が必要なんだから」
すべてを失った私には夜光しかいない!
夜光以外の人間なんていらない。
私は仕事以外の時間を、全て夜光との時間に使い、それ以外の人間関係を絶った。
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それから数年が経った。
私は会社でそれなりのキャリアを積み、若くしてかなり上の立場になることができた。
その頃になると、私は夜光とタワーマンションで同居するようになっていた。
相変わらず夜光は働こうとはしなかったけど、そばにいてくれるだけで幸せだし、今の私の給料なら、問題なく生活を送れるから。大丈夫!
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ある日の午後。
昼食を外で済ませ、会社に戻ろうとした時だった。
「・・・夜光?」
私は偶然夜光らしき人間を見かけた。
それだけならなんでもないけど、その横には派手な格好をした女が夜光らしき男に肩を回されて、
一緒に歩いていた。
しかも、その先にあるのはホテル街だ。
「そんな・・・」
私はすぐに2人を追ったが、距離があったことと追跡に不向きなヒールを吐いていたため、途中で見失ってしまった。
「夜光・・・いや・・・まさかそんな・・・」
遠目ではっきりと見えた訳じゃないし、後ろ姿しか見えなかったから夜光とは限らない。
私がその場で夜光に何度も電話を掛けてみたけど、なぜかつながることはなかった。
仕事時に夜光に連絡するのは、残業で遅れる時くらいだったから、何とも思わなかったけど、
もしも今のが夜光なら、浮気を隠すために電話に出ないってことなの?
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その日の夜……。
私は夜光が寝た隙を狙って、夜光のスマホの中身を確認することにした。
ロックは掛かっていたけど、番号はこっそり見て覚えているから難なく解除できた。
「なっ!」
そこには、夜光が自分以外の女と行為を楽しんでいる写真や動画が大量にほぞんされていた。
しかも、相手の女は1人じゃない。
ざっと数えても5人以上はいる。
しかもその中には、あろうことか、私の部屋で行為に及んでいる写真まであった。
「うっ!」
私は想像を絶する衝撃に耐えかね、トイレで吐いてしまった。
「嘘だ・・・」
そう信じたかった。
お父さんは不倫して去り、お母さんは精神を壊し、お姉ちゃんはこの世にいない。
私の心と命をこの世につなぎとめているのは夜光といって過言じゃない!!
でも・・・こんなことを相談できる友達なんてのもいないし……。
もしもこのことを問い詰めたら・・・夜光は私の元を去るかもしれない。
かといって、夜光が自分以外の女と交わることを黙認なんてできるわけがない!
夜光のために稼いだお金やこのマンションを、知らない女と使っている・・・そう考えただけで、この部屋が汚らしく見えてしまう。
「どうしたら・・・どうしたらいいの?」
私は夜光のスマホを元の場所に戻した後、リビングのソファで夜を明かした。
だけど、結局一睡もできなかった。
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翌朝、私は会社に電話をして有休をもらった。
こんな状態じゃ仕事なんてできないよ。
だからといって夜光と一緒にいるのもつらいし……。
私は眠っている夜光を部屋に残し、お母さんがいる施設に向かうことにした。
心を壊し、まともな会話すらままならなくなったお母さんの心を少しでも癒すために、
3年ほど前から似たような境遇の人達が集まる施設に医者の進めて入れてもらったんだ。
決断できない私にとって、気晴らしになると思い、私は重い足を運んだ。
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「・・・夕華?」
「うん。 お母さん、元気そうだね」
施設に入って3年経った今、お母さんは前ほどじゃないけど、少し元気を取り戻せたみたい。
口数も少し多くなり、ちょっとした会話もできるようにはなった。
でも、夜光のことは話していない。
今だに犯罪者と思っている夜光と私が同性しているなんて話せないし、まして夜光の浮気なんて話せる訳がない。
※※※
「じゃあ、また来るからね」
「バイバイ・・・」
お母さんと1時間くらい過ごした後、私はお母さんと別れて施設を出ることにした。
この後のことは特に考えていない。
夜光の事も、今後どうすればいいかわからない。
「あの・・・時橋 夕華さんですか?」
「えっ?」
そんな私に1人の男性が声を掛けてきた。
見た目は俳優並みの顔とルックスで、芸能人と名乗っても疑うことはできない。
「そうですけど・・・あなたは?」
「申し遅れました。 俺、金河誠児っていいます。
夜光の・・・友達です」
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