第19話 金河 誠児①
俺は小さい頃、母さんを亡くした・・・いや、殺されたって言った方がいい。
公園で母さんと遊んでいた時、知らない男が俺を連れ去ろうとしたんだ。
小さな子供の俺に、大人の男の腕を振り解く力はなく、泣き叫ぶのがやっとだった。
「誠児っ!」
俺の声に気づいた母さんが、俺を男から引き剥がそうとしてくれたんだけど……。
「母さんっ!!」
抵抗した男の腕が母さんを石でできた階段に突き飛ばし、母さんは転がるように落ちて行った。
男は逃げたものの、すぐに警察に捕まった。
だけど、俺を助けようとしてくれた母さんは打ちどころが悪く、亡くなってしまった。
「母さん・・・ごめん・・・ごめん・・・」
俺は何もできなかった自分が悔しかった。
母さんを助けられなかった自分を恥じた。
だけど、母さんはもう戻ってこない。
俺は事件のトラウマがきっかけになり、他人を拒絶するようになった。
特に幸せそうに大人に甘える同世代の子供が大嫌いだった。
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そんな俺に友達ができたのは、6歳の頃。
父さんに半ば強制的に連れて行かれた孤児院。
誰にも心を開かない俺を案じてくれた父さんなりの気遣いだろうけど、正直俺には苦痛でしかなかった。
親がいないとはいえ、孤児院の子供たちはスタッフを親のように慕っている。
俺にはそれが我慢ならなかった。
甘えられる余裕と環境のある彼らが、憎たらしくてしかたなかった。
「・・・?」
フレンドリーに近寄って来る子供達が疎ましくなり、外に出た時だった。
裏庭で1人、同い年くらいの男の子が絵本を読んでいた。
「・・・」
俺に気付くと、彼は子供らしからぬ高圧的な目で俺を睨んだ。
初対面としては、失礼極まりない目だが、俺にはどこか親近感を感じた。
彼の人を寄せ付けない目は、人を拒絶している俺の目とよく似ていた。
「君・・・誰?」
それが、俺と夜光の出会いだった。
それからと言うもの、なぜか俺は夜光のことが気になり、時間を見つけては孤児院に会いに行っていた。
夜光は疎ましく思っていたみたいだけど、俺は気になって仕方なかった。
物心がまだ未熟な子は現実を知らない分、周囲の大人よりも、ずっと幸せそうに目を輝かせている。
だけど、夜光は違う。
彼の目からは、幸せを羨み、他人を憎む心を感じた。
それは、母さんを失った俺の心情そのものだった。
親近感を感じた俺には夜光が双子の兄弟のように思えてならなかった。
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そんな夜光と心が打ち解け合ったのは、夜光が泣いている姿を目撃した夕方の公園。
彼は頑なに涙の理由を口にしようとはしなかった。
「どうかしたの?」
「なんでもない・・・?」
「・・・お父さんが言ってた。 つらい時や苦しい時に泣くことができるのはとっても勇気のあることだって・・・人の目を気にして涙を流せないことがこの世で1番みっともないことだって・・・今の夜光を見てたら、なんとなく意味がわかってきた」
そう言葉で夜光を説き伏せようとするが、彼は口を開こうとはしなかった。
まだ幼かった俺は業を煮やし、夜光の口を暴力に訴えて開こうとした。
子供とはいえ、いささか乱暴な方法だとは思う。
だけど、人に自分の感情を伝えると言うのは、そんな簡単なことじゃない。
俺の持論だが、人間の真意というのは言葉だけで引き出せる訳じゃない。
時に非常識な行動の中にあると俺は思う。
「話してくれる気になった?」
「・・・ならないって言ったら?」
「なるまでほっぺを引っ張る・・・僕は妙な所で諦めが悪いから・・・」
「・・・バカだね、君は」
昭和の青春映画みたいに2人して地べたに転がっちゃったけど、俺達はこの時、本当の意味で心が通じ合った友達になれたんだと思う。
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それから俺は父さんに頼み込み、夜光を引き取ってもらう里親を探してもらった。
あの孤児院の子達のことをスタッフ達にぶちまけてもよかったんだけど、
すでに夜光の悪いうわさが浸透している以上、問題解決よりも、夜光を遠ざけた方が良いという父さんの説得に押された。
その頃の俺は、夜光と本音で語れるほど仲良くなったことで、彼と一緒にいることが楽しくてしかたなかった。
俺が生きてきた人生の中で、一番笑っていた時期だったのかもしれない。
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そして、夜光は父さんの古い知り合いの元に引き取られることになった。
「誠児・・・ありがとう。 おかげで孤児院から出ることができたよ」
「僕はお父さんに頼んだだけだよ?」
「じゃあ、お父さんと君にありがとうって言うよ!」
「うん!!・・・寂しくなるね」
「・・・僕、お手紙書くから。 そしたらお返事書いてね」
俺と夜光はこうして別れた。
会ってから半年のことだけど、俺にとって彼との出会いは、俺の人生を大きく変える出会いだと思っている。
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引っ越してからもしばらくは、夜光と文通を通して話をしていた。
だけど、年齢を重ねるにつれ、俺は彼との関わりを疎かにし始めた。
別に夜光が嫌いになったとかそんなんじゃない。
だけど、年齢を重ねるにつれ、俺にもやるべきことが増えていく。
遊んでいたばかりの幼少期を終え、学生と言う大人になるための準備期間に突入した。
俺は父さんのような立派な大人になるべく、勉強やスポーツに努力を重ねた。
学生なりの忙しい日々が、俺の中にある夜光との思い出を薄れさせていった。
そして、いつの間にか夜光との文通そのものを忘れてしまった。
幼少期の頃の思い出や約束を年齢と共に忘れてしまうというのは別段珍しいことじゃない。
だけど・・・忘れてはいけなかった。
俺が忘れていなければ・・・”あんなこと”になることはなかったんだ。
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17歳の高校生……。
人生の中で、最も多感な年頃とな歳にまで到達してしまった。
この頃になると、夜光のことなどすっかり忘れてしまっていた。
俺は変わらず勉学に勤しんではいたけど、がり勉って訳じゃないんだ。
高校入学と同時に俺はボクシング部に入部し、頭だけでなく体も鍛えていた。
ボクシングが好きな人には申し訳ないけど、俺は別段ボクシングに興味があったわけじゃない。
俺がボクシング部に入ったのは、父さんを守るための力がほしかったから。
俺のことを守ってくれた母さんを、俺は守ってあげられなかった。
だから今度は、俺が父さんを守る!
”母さんの分まで父さんを守って支えてあげられる立派な大人になりたい!”
俺の頭には常にその想いだけが溢れていた。
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家族ばかりを想っているように聞こえるけど、だからといって他人に冷たいって訳じゃない。
勉強を教えてほしいと言われれば協力するし、ボクシング部で伸び悩んでいる後輩がいれば、俺なりのコツを教えてあげることもあった。
そういった日々の積み重ねがあってか、人間関係もそれなりに良好なものだった。
仲の良い友人ができ、俺達はよく遊びに行っていた。
「誠児! 放課後みんなでカラオケ行こうぜ!」
「いいよ。 ついでに宿題もやろうかな」
「げっ! カラオケで宿題するのかよ!」
「カラオケを理由に宿題を疎かにしたくないからな」
「誠児って本当に真面目だよな~」
勉学に勤しんではいたけど、普通の高校生らしく友人達と遊びに行くことはある。
「誠児君! クッキー作ってきたんだ。 食べてくれない?」
「ありがとう・・・うんっ! うまいよ! 舞は相変わらずお菓子作りが上手だね」
「よかった・・・あっ! そうそう。 この間、友達から遊園地のチケットもらったんだけど、今度の日曜日に一緒に行かない?」
「もちろんだよ。 それより今後は前みたいにはぐれないでくれよ? 探すの大変なんだからさ」
「もう! いじわる言わないでよ!」
可愛い彼女である舞もそばにいる。
なんだか青春漫画みたいな環境だけど、俺はそこで幸せに暮らせていたんだ。
・・・本当に。
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「えっ? パーティー?」
『ほらっ! この間の大会で優勝したお祝い、まだしてなかったでしょ?
明日はちょうど日曜日だし、ウチでパーティーを開きたいんだ。 みんなも来るからどうかなって・・・』
ある夏の日、俺は電話越しに舞の家に誘われた。
実は一昨日、高校ボクシングの大きな大会があり、俺は優勝してチャンピオンになったんだ。
父さんも舞も友人たちも、自分のことのように喜んでくれた。
そのお祝いを兼ねてみんなでパーティーを開きたいとのことだ。
舞の家は割と金持ちで、その分家も大きいから、パーティーは十分可能だ。
いつもなら即OKを出すが、今回だけは違っていた。
「ごめんその日は・・・あっ!」
断ろうとした俺の手から父さんがスマホを取り上げてしまった。
「ぜひ、お願いします! 誠児も喜んでいますから!」
父さんは勝手に承諾し、電話を切ってしまった。
「父さん! 勝手に何を言ってるんだよ!」
「何って。 せっかくみんながお前を誘ってくれるんだから、行かない訳にはいかないだろ?」
「だけど明日は父さんの誕生日だろ!?」
そう・・・明日はちょうど父さんの誕生日だった。
俺は毎年、父さんと2人・・・いや、仏壇の母さんの3人と一緒に祝っている。
誕生日を家族と過ごす、それが俺にとって当たり前の日常だった。
父さんだって、医者という忙しい立場にも関わらず、誕生日のためにいつも無理を言って休みをもらってくれているくらいだ。
「誕生日なんていつでも祝えるだろ? お前の気持ちは嬉しいが、友達や恋人のご好意を無下にしてはいけない」
「だけど・・・」
「父さんは大丈夫だから。 行っておいで!」
「・・・わかった。 じゃあ、また今度、お祝いするよ」
「あぁ!」
俺は舞たちのパーティーに参加することにした。
父さんにはああいったけど、俺は内心嬉しくてたまらなかった。
みんなと一緒に初めて過ごす夜(とはいっても宿泊はしないけどね)に、俺の胸は高鳴りを上げていた。
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翌日、俺は舞の家に向かうことにした。
「じゃあ、いってくるよ」
「いってらっしゃい。 楽しんでくるんだぞ?」
「うん!」
父さんに見送られ、俺は意気揚々と家を出た。
それが、父さんと交わした最後の会話になるとは知らずに……。
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「父さん! ただいま!」
パーティーが終わり、俺は嬉しさの熱を保ったまま鼻歌交じりに帰宅した。
「父さん?」
いつもなら帰ってきた瞬間、俺を出迎えてくれる父さんが、この時に限っては違っていた。
「電気も付けていないし・・・寝てるのかな?」
俺はそう考え、
手にもったお祝い品の入った紙袋を下ろすためにリビングに足を運んだ。
※※※
「うっ! なんだ? この臭い・・・」
リビングに入ると、何かの異臭が漂っていた。
俺は思わず鼻を抑えながら、壁に設置されている電気スイッチをオンにした。
「えっ?・・・」
電気が点いた瞬間、俺の視界に入ったのは、血まみれで倒れていた父さんだった。
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