第13話 西岡 リョウ③


「神奈!! 俺だ!! 来たよ!!」


 俺はインターホンとノックを連打し、中にいるはずの神奈に呼びかける。

だがいくらやっても応答はない。

神奈の部屋にはカーテンが掛かっていて、彼女が中にいるのか確認することができない。

仕方なく俺は、もう1度神奈に電話を掛けた。


トゥルルル……。


「もしもし? 神奈? 家に着いたから開けてくれないか?」


『・・・』


 電話は繋がっているはずなのに応答がない。

だが、かすかに神奈の荒い息遣いが聞こえる。

俺のために急いで部屋を片付けてくれているのか?


「神奈? 何か言ってくれないか?」


『・・・久しぶりだな、リョウ』


「!!!」


 スマホから聞こえてきたのは男の声だった。

だが、俺はすぐこの声の主がわかった。


「お前は・・・時橋?」


『嬉しいねぇ・・・覚えていてくれたのか』


「なっなんでお前が!? 神奈はどうした!?」


『神奈なら俺に乗って必死に腰振ってるぜ?』


「なっ何を言っているんだ? 腰?」


『言わなくてもわかるだろ? お前だってピュアな童貞って訳じゃないんだし』


「ばっバカなことを言うな!! 神奈がお前みたいなゴミを相手にする訳が・・・」


『ぎっぎもちじぃぃぃ・・・』


 次の瞬間、俺の耳に飛び込んできたのは神奈の艶やかな声だった。

息遣いは荒く、時折聞こえる肉同士がぶつかる聞き慣れた音が、2人の行為を物語っていた。


「そんな・・・そうか!! お前、嫌がる神奈を無理やり犯してるんだな!?」


 そうに決まってる!!

そうでなければ、こんな底辺な男に神奈が体を許すわけが……。


『おい神奈。 俺とヤルのは嫌か?』


『ううん!! 全然嫌じゃない!!

むしろずっとこうしていたい!!』


「かっ神奈!! 何をバカなことを言ってるんだ!?

そっそうか!! 脅されているんだな!? そうなんだな!?」


『ひどい言われようだな・・・っていうか、そんなのどうでも良くね?

神奈が俺とヤってるって事実は変わらないんだしさ』


「ふっふざけるな!!」


『女が彼氏以外の男と寝るのは無理やりだろうが合意だろうが浮気になるんだろ?

だったらこんな浮気女なんか放っておいて、別の女でも探せよ』


「だっ黙れっ!! 神奈は特別なんだ!! 他の女とは違う!!」


『バカみたいな顔して彼氏でもない男に腰振る女がか? こんなのその辺の尻軽女とあんまり変わらねぇと思うぜ?』


「うっうるさいっ!! 神奈から離れろっ!! この変態野郎!!」


『浮気しまくりの野郎に言われてもなぁ・・・』


「仕返しのつもりか? 俺が昼奈と付き合ったから・・・」


 こいつは昼奈に惚れていた。

そんな昼奈と付き合ってやった俺は、こいつにとって俺は好きな女を奪った男。

でもそれは、俺と時橋の問題であって、神奈は関係ない。


『勘違いするなよ。 俺はお前に裏切られた神奈を慰めてやっているだけだ。

いわば、ボランティアってやつだよ』


「何がボランティアだ!! お前は俺から神奈を寝取りたいだけだろ!?

それに、俺は神奈を裏切っていない!!』


『いちいちでかい声で叫ぶなよ。 ぼっちのお前とは違って、こっちはお楽しみの最中なんだよ』


「おっお前・・・こんなことをしてどうなるかわかっているんだろうな?

お前みたいなゴミなんて、俺がその気になればどうにでもできるんだ」


『おぉ、怖っ! おい神奈、こいつ俺を殺したいみたいだぜ?』


『ちょっとリョウ! 今いい所なんだから水を差すようなこと言わないでくれる?』


「神奈!! なんでそんな男を庇うんだよ!? 俺達は愛し合っていただろ!?」


『そうよ。 でもリョウにとって、私は関係を持っている女の1人に過ぎないんでしょ?』


「そっそんなことはない! 俺は君のことを愛してる!!」


『・・・そう言っていろんな女の子に付け込もうとしてるんでしょ?

はっきり言って、もうリョウのことなんとも思っていないから。

私のことを心配してくれる夜光君の方が、ずっと素敵な人よ』


「そっそんな・・・」


『おい、神奈。 この際、どっちとヤルのが気持ちいいのかも言ってやれよ』


『そんなの夜光君に決まってるでしょ?

リョウってリードしてくるわりに全然下手だし、サッカーばっかりしてるから汗臭いことが多いし、何より・・・』


『何より?』


『男の・・・アレが小さいの。 私の人差し指といい勝負かも』


『ハハハ!! 救えねぇな!! 男として終わってるだろ? それ』


『それより続きしようよ・・・チュ!』


「神奈・・・まさか今、キスを・・・」


 どうして神奈はここまで俺を拒絶するんだ?

どうしてここまで時橋を受け入れるんだ?

俺の知っている神奈は俺をこんな風に俺を罵倒したりしない。

男の尊厳を踏みにじるような汚い言葉を使ったりはしない。

なにより俺以外の男とキスや体を許したりしない。


『じゃあ俺らは続きを楽しむから』


「時橋・・・テメェ・・・」


『あっ、そうそう。 俺、結構雑な性格なんだよな。

だから避妊も結構適当にしてるから、ひょっとしたら神奈を妊娠させちまうかも・・・』


「にっ妊娠だと!!」


『じゃあな』


 時橋はそういうと、電話を切りやがった。


「神奈が妊娠?・・・時橋の子を?・・・そっそんなことさせるかぁぁぁ!!」


 俺の心はもう限界だった。

俺は家の裏庭に入り、立て掛けられていたガーデニング用のスコップでベランダのガラスを粉々にし、鍵を開けて中に入った。

俺はキッチンにより、スコップより殺傷能力が高い包丁を手に取り、神奈の部屋に向かう。

俺のしていることが犯罪なのはわかっている。

でも、神奈への想いと時橋への怒りが俺の頭を支配していた。

そんな俺に常識なんて言葉は理解できない。


「時橋!! 出て来い!! ぶっ殺してやる!!」


 神奈の部屋で時橋を呼んでも反応はない。

鍵もかかっているからドアは開かない。

どうせシカトしてるだけだろうが、だったら力づくでドアを開けるまでだ。


「時橋ぃぃぃ!!」


 俺は持って行ったスコップで部屋のドアをぶち破ってやった。

その衝撃で鍵も壊れ、俺は部屋の中に入った。


「いっいない・・・なんで?」


 部屋の中には神奈も時橋もいなかった。

家中をくまなく探したが誰もいない。


「クソッ!! どうなってるんだ!?」


 俺は再度神奈に電話を掛けた。


『まだ何か用があるのか?』


「おいっ! お前らどこにいる!! 神奈の部屋にいるんじゃないのか!?」


『あ~・・・さては神奈の家に勝手に入りやがったな?』


「そんなことはどうでもいい!! どこにいる!?」


「俺達? 駅前のラブホで楽しんでるぜ?」


「なっ! 神奈の家にいるんじゃなかったのか!?」


『誰がいつそんなこと言った? 神奈は”ウチに来て話をしたい”って言っただけだぜ?』


「直接話があるって神奈が・・・」


「直接話したろ? 電話越しに」


「ふっふざけるな!! 直接話すって言ったら、面と向かって話すのが普通だろ!?」


『なんでわざわざそんな高いリスク背負ってお前を出迎えないといけないんだ?

だいたいお前が来たらせっかく2人で楽しんでいるのに、シラケちまうだろ?』


「こっこのゲス野郎!! どこまで俺をコケにする気だ!?」


『コケになんかしてないぜ? お前が勝手に突っ走っただけだ・・・っていうか、お前よく俺と話せるな』


「何!? どういう意味だ!?」


『お前今、神奈の家に不法侵入してるんだろ? だったらそろそろセキュリティ会社の人間が来るんじゃねぇか?』


 そっそうだ・・・神奈の家は以前、泥棒に入られたことがあって、それ以降家のあちこちに防犯装置が取り付けられているんだった。

頭に血が登って後先考えず家に入ってしまったから、証拠なんていくらでも残っている。


「おっお前まさか・・・俺をハメるためにここへ呼びつけたのか?」


『バーカ。 全部お前が勝手にやったことだろ? 俺は神奈とヤっただけだ、

まあ、仮にハメたとしてもそれは”お互い様”だろ? じゃあな』


 時橋はそう言って再び電話を切った。

再度電話するも着信拒否されていた。


「・・・」


 俺は・・・捕まるのか?

サッカー部のエースとして活躍し、プロ入りにまで行きついた俺が犯罪者になるのか?

・・・神奈も俺をハメるために電話をよこしたのか?

俺のことを愛していると言ってくれた神奈が・・・俺をハメ・・・時橋と寝たのか?

ハハ・・・ハハハ!! 

夢だ・・・これは悪い夢だ・・・。

そうに決まってる・・・。

だって神奈が俺を裏切る訳がないんだ。


「早く・・・目を覚まさなくちゃ・・・」


 俺はフラフラと神奈の部屋からベランダに出ると、手すりをまたぎ、身を乗り出した。


「かんなぁぁぁ・・・」


 俺は愛する人の名を恋すがるように呼びながら、吸い込まれるように落ちた。


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