第12話 西岡 リョウ②

「リョウ、この人知り合い?」


「いいや、こんなの知らない」


「なっ何言ってるの!? 私はリョウ君の彼女でしょ!?」


 俺の目の前で犯された分際で未だに彼女を名乗るとはな。

わざわざ電話までしてやったと言うのに・・・バカな女だとはわかっていたが、ここまでくると病気だな。


「意味のわからないことを言うな。 俺の彼女はこの子だけだ」


「じょっ冗談はやめてよ。 私達、愛し合っていたでしょ?」


「君こそくだらない妄想話はやめて帰れよ」


「もっ妄想話じゃない! これ見てよ!」


 昼奈はわざわざ俺とのツーショット写真を突き付けてきた。

神奈もさすがに青ざめ、俺に疑いの目を向ける。


「こんな画像、今どきいくらでも合成できる。

片思いはいいが、俺達に迷惑を掛けるようなことはしないでくれ」


 俺は適当に誤魔化し、すぐに神奈を連れて玄関に走った。

昼奈はしつこくすごんできたが、俺は昼奈の腹に蹴りを入れて黙らせ、玄関の鍵を閉めた。


「リョウ、さっきの子とは本当になんでもないの?」


「ある訳ないだろ? 最近サッカー部で有名になってきたからね。

あの手のストーカーがよく迫って来るんだ。

でも安心していい。 俺が愛しているのは神奈だけだ」


「そう・・・だね。 うん! 私、リョウを信じる」


 愛する神奈に信じてもらえるだけで、俺の心は高ぶった。

その後も昼奈はしつこく玄関越しに俺を呼び続けていた。

あまりにうっとおしかったので、俺はストーカーとして警察に突き出してやった。

報復の不安もあったが、数日後に交通事故で勝手にくたばったのはラッキーだったな。


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 それからまもなくして、地区大会が開かれた。

もちろん優勝は俺達のチームだ。

俺はチームを勝利に導いたエースとして一段と有名になった。

それがきっかけとなり、俺は長年の夢だった父さんのサッカーチームに入れることになった。

この決定は父さんだけでなく、試合を見に来てくれていた現役の選手たちも同意してくれた。

俺はプロとして世界に羽ばたくための切符を手に入れたんだ。

サッカー部の仲間達はもちろん、カケルや神奈も俺のプロ入りを心から祝福してくれた。



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 そしてプロ入りが決まった日の夜。

その日は俺の家で、祝杯を挙げていた。

そして俺は、意を決して神奈に俺の決意を伝えることにした。


「神奈。 まだ先の話になるけど・・・俺と結婚してくれないか?

一生君を幸せにすると誓う・・・だから、俺についてきてほしい」


「・・・はい」


 神奈は紅潮した顔で、俺の手を握ってくれた。

俺は人生の中で、これほどうれしいと思ったことはない。

愛する神奈が俺のものになった以上、ほかの女たちにはもう用はない。

俺はあいつらとの関係を切って、神奈を幸せにすると誓う。

そして、サッカー界の歴史に、俺の名を刻むんだ。



 夢と希望に満ちあふれた未来を夢見ていた矢先……。

俺の人生計画を狂わせるできごとが起きた。


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「なっなんだよ、これ・・・」


 地区大会優勝から数日経ったある日。

友人の1人から「お前らやばくね?」というメッセージと共に、動画が送られてきた。

その動画に映っていたのは、合宿1日目の夜の光景だった。

昼奈と交わる俺、昼奈を犯すサッカー部の連中と高橋先生、しかも彼らの証拠隠滅のところまでばっちり撮られていた。


「一体誰がこんなものを・・・いやそれより、こんな動画を神奈や父さんに見られたら・・・」


 俺の悪い余寒は当たった。

すでにこの動画は広範囲に拡散してしまい、多くの人間に見られていた。

サッカー部の仲間達は強姦の罪で逮捕され、学校も退学。

その中には俺のようにプロから声が掛かっていた奴もいたが、その話も白紙。

顧問の高橋先生も同様の罪で捕まり、懲戒免職。

奥さんと子供にも逃げられたそうだ。

避妊もせずに強姦し、証拠まで隠滅していたことが裁判でもかなり悪質とされ、罰もその分大きくなった。

そう客観的に見ていた俺も無事では済まなかった。

俺と昼奈の動画を、関係を持っていた女達にまで見られ、ネットで俺を”浮気野郎”と罵っていた。

俺のスマホにも批判の電話やメールが届き、何度ブロックしても新しい番号やアドレスに変えてくるのでキリがない。

自宅の電話も毎日なり続けているので、コードを抜くはめになった。

ひどいときには、直接家に突撃してくる非常識な奴らもいる。

ただ、俺を責めてくるのは女達だけじゃない。

その家族や彼氏、中には全くの無関係の癖に、面白半分に俺を責める狂人な奴もいる。


 だが有象無象が何を喚こうとも俺にはどうでもいい。

俺が1番心配なのは、神奈のことだ。

この騒ぎで彼女に俺のことを誤解されることはなんとしてもさけたい。


※※※


 俺は急いで神奈の家に向かった。


「神奈! リョウだ! いるんだろ!? 出てきてくれ!!」


 インターホンを連打し、大声で神奈に呼びかけると、ドアが開かれた。


「おじさん、おばさん・・・」


 ドアを開けて出てきたのは神奈の義両親だった。

2人には祝杯を上げた時に会ったばかりだが、

その時の朗らかな顔とは一変し、俺を軽蔑するような鋭い視線を向けてきた。


「娘に何のようだ?」


「おっ俺、神奈と話に・・・」


「君と話すことはない。 帰ってくれ!」


「彼女と話をさせてください!」


「よくもそんなことが言えるわね。 娘を騙して、他の事浮気していたくせに!」


 その口ぶりから、2人が動画を見たことは察せた。


「あれはフェイクです! きっと誰かが俺をハメるために・・・」


「強姦事件の証拠にもなった動画だぞ? フェイクなんてでたらめ、通用すると思っているのか!?」


 あの動画はすでに昼奈強姦事件の証拠として裁判でも提出されている。

無論、それは警察も本物だと認識しているということだ。

・・・たかが強姦で余計なマネを!!


「違うんです! 俺はあの女に脅されて・・・」


「あっあんな目にあわされた子に罪をなすりつける気なのか!?

君には人の心がないのか!?」


「だっだから・・・」


「神奈をあなたのような男と一緒にさせる訳にはいきません。

娘とは別れてもらいます。 2度とあの子に近づかないで!」


「そっそんな! 勝手にそんなことを決めないでくださいよ!!」


「勝手だと? 何人もの女の子をたぶらかすような不純な男に、娘をやる親などいないと思うが?」


「だっだからあれは・・・」


「どうせ遊びのつもりだったんだろうが、娘は真剣に君とのことを考えていたんだ!

私達も君達のことを応援しようと思っていた。

そして君はその気持ちを全て踏みにじった。

これでもまだ君に、神奈と話をする資格があると言うのか?」


 ひっ人が下手に出ていれば、こいつら・・・。

そもそもこいつらは、神奈とは血がつながっていない他人じゃないか!!

なんでこんな奴らに俺と神奈が引き裂かれないといけないんだ!? ふざけるなっ!!


「・・・もういい。 あんた達とは話にならない!!」


 俺はうっとおしい2人を突き飛ばし、家に入った。


「おっおいっ! 勝手に入るな!!」


「けっ警察を呼ぶわよ!?」


 俺には後ろでごちゃごちゃ言っている奴らの声なんて聞こえなかった。

当然だ!

家に入った瞬間、愛しの神奈が俺の視界に入ってきたからな。

彼女は無表情を維持しているが、ゆっくりと俺に近づいてきた。

やはり神奈は俺のことを愛しているんだ。

俺は両腕を広げ、近づいてくる彼女を抱きしめようとする。


パチンッ!!


「えっ?・・・」


 一瞬何が起きたのかわからなかった。

我に返った時、俺の頬はジンジンと痛み、目の前にいる神奈は涙を流していた。


「出て行って・・・2度と私の前に姿を見せないで」


 神奈はそういうと、2階の自室に駆け戻って行った。


「かっ神奈!! 待ってくれ!! 話を聞いてくれ!!」


 俺はすぐに神奈を追いかけ、部屋のドアを叩き、中にいる神奈に呼びかける。

だが、彼女は何も言ってくれず、俺はおばさんが通報した警察によって住居侵入と言う名目で強制的に神奈の家から出されてしまった。


※※※


 おじさんとおばさんは被害届を出さない代わりに、俺が神奈に2度と会わないことを約束しろと言ってきた。

冗談じゃないっ! 

神奈と2度と会えないなんて、俺には考えられない。

だが、あとで警察にやって来た父さんが強引に約束を承認し、契約書まで書かされた。

さすがに父さん相手では俺もどうすることもできなかった。


※※※


「・・・リョウ。 今日限りで、親子の縁を切る。 出て行きなさい」


 警察から自宅に戻ったばかりの俺に向かって、父さんが耳を疑うことを言い出した。


「はっ? じょっ冗談だろ?」


「本気だ・・・お前は多くの人間の信頼と期待を裏切った。

お前にはその代償を払ってもらう」


「なっ何言ってるんだよ! 俺は父さんの息子だろっ!?

血がつながっていないからって、俺を追い出すのかよ!

父さんはそんな薄情な人間なのかよ!!」


「・・・お前はカケルが今、どんな扱いを受けているか知ってるのか?」


「はっ?」


「不純を犯したお前の弟だと言う理由で、あの子は学校でいじめを受けているんだぞ?」


「いじめ?」


 父さんが言うには、カケルの学校の同級生たちが、あの動画をネタにカケルをいじめているらしい。

とは言っても、別に暴力を受けている訳じゃない。

”兄貴同様の女ったらし”だとか、”同級生を何人も妊娠させて中絶させたクズ”だの、何の根拠もないくだらない陰口を叩かれているだけだ。

クラスからは孤立させられ、”ゲス野郎”というあだ名までつけられたと言う。

そのせいで、カケルは知らない内に不登校になっていると言う。


「でっでもそんなの、カケルをいじめているクズ共が悪いんだろ?」


「あぁ、そうだ。 だが、原因を作ったのはお前だ。

お前がここにいる限り、カケルはどんどん傷ついていく。

お前に兄としてカケルを助けたい気持ちが少しでもあるなら、出て行ってくれ!!」


「カケルカケルって・・・結局血の繋がっている子が可愛いだけだろ!?

だいたいカケルだって大げさなんだよ!!

ちょっとクラスメイトにからかわれたくらいで、いじめだのなんだの騒ぎ立やがって!

男の癖にマジでみっともねぇ!!」


ドタドタ……、


「いてっ!」


 俺がそう叫んだ瞬間、後ろから突然背中を突き飛ばされた。

振り返ると、そこには涙で顔を濡らしたカケルが立っていた。

その目は今まで見たことがないほど、殺気に満ちていた。


「カケル・・・お前・・・」


「みっともなくて悪かったね・・・僕がどんなにつらい思いをしているかも知らない癖に!!


「だっだからそれはみんながふざけているだけで・・・」


「僕は本気で傷ついているんだぞ!! それを他人事だからって、”ふざけている”なんて言葉で片づけないでくれ!!」


「でも別に、暴力を振るわれた訳じゃないんだろ? たかが陰口なんて無視すればいいだけだ」


 俺がそういうと、父さんが俺からカケルを守るように立ち塞がる。


「リョウ! 暴力というのは殴る蹴るだけの話じゃない!

言葉で人を傷つけるのも立派な暴力なんだぞ!!・・・いや、明確な治療方法がない分、心の傷の方がずっとつらいんだ! なぜお前にはそれがわからない!!」


 はぁ!? 

何が心の傷だよ!!

女々しいことばかり言いやがって!!

そんなものに比べたら、神奈にぶたれた俺の方がよっぽどつらいに決まってるだろ!?


「リョウ・・・もう1度言う、出ていけ。

家族の気持ちも理解しようとしないお前にはここにいる資格はない」


 もっともらしいことを言いやがって……。

要はやっかい者の俺を追い出したいだけだろ?

クソッ!!

自分達の保身ばかり考えやがって!!

結局こいつも、俺を捨てた両親と同じって訳だ。


「これをやる。 しばらくは食っていけるだろう・・・学校を続けるのなら、卒業までの学費は別に出してやる」


 父さんはそう言って、俺に通帳を手渡した。

中にはかなりの額の金が入っている。

贅沢をしなければ、多分3ヶ月くらいは生活できる金額が入っている。


「それと働き口が必要になったら、お前がよく行く駅前の喫茶店に雇ってもらえ。

オーナーには私から話を通しておく」


 「・・・」


 父さんなりの気遣いだろうが、俺は感謝の気持ちが一切湧いてこなかった。

追い出された俺が警察に駆け込んでも、自分達には非がないって証拠を残したいだけだろ?

お前らの薄汚い根端は見え見えなんだよ。

俺は通帳と最低限の荷物を持って家を出て行った。


「クソッ!! クソッ!! なんで俺がこんな目に合わないといけないんだよ!!」


 俺は特に意識せず、夕日に彩られた道を歩いていた。

あの後、仲の良い友達の家にいくつも寄ってみたけど、

みんなあの動画を見たらしく、俺を拒絶するばかり。

サッカー部の仲間だった奴らに関しては、「こんなことになったのはお前のせいだ!!」と俺を責めやがった。

昼奈を犯した自分達を棚に上げて、勝手な奴らだ!!

ったく!!

どいつもこいつもくだらないことで大騒ぎしやがって!。

俺の女遊びに関しても、サッカー部の強姦に関しても、どこにでもある話だろ!?


トゥルルル……。


 その時、俺のスマホに着信が入った。


「・・・あっ! 神奈!!」


 そこに表示されていたのは、ブロックされていたはずの神奈の名前だった。

俺はすぐさま通話ボタンを押し、スマホを耳に当てる。


「もしもし!! 神奈!?」


『ハァ・・・ハァ・・・りょ・・・リョウ?』


 聞こえてきたのは確かに神奈の声だった。

心なしか息遣いが荒いように聞こえるが、今はどうでもいい。


『ウチに来てくれない? だっ大事な話があるの・・・』


「大事な話?」


『ハァ・・・ハァ・・ちょっ直接会って話す・・・から・・・お父さんとお母さんは今日、遅くなるるって・・・』


「わかった! すぐに行く!!」


『ハァ・・・ハァ・・・好き・・・大好き・・・』


「俺も大好きだよ、神奈」


 俺は通話を切り、急いで神奈の家に走った。

彼女は俺を信じてくれた。

だから家族に追い出された俺を助けようとしてくれたんだ。

俺はそう信じて疑わなかった。

暗闇に落ちた俺に、一筋の光が差し込んだ瞬間だった。

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