第5話 時橋 夜光⑤
その日、学校は昼休みに男子生徒が女子生徒を強姦したというニュースで持ち切りだった。
リョウの証言はその場にいた俺以外の3人ととっさに”俺がリカを強姦して、リョウたちが俺を止めようとした”と口裏を合わせて信ぴょう性を高めてしまった。
俺はリョウたちにはめられたと証言するも、高橋を含めた先生たちは誰も信じなかった。
その日の夜には、学校に呼び出された深夜と朝日が昼奈と共にリカや先生たちに頭を下げた。
2人にも必死に説明するが、メンタルチキンな深夜は世間体ばかりを気にして真実は無視。
朝日と昼奈は完全にリョウたちの話を信じ切ってしまっていた。
俺は2人に下げたくもない頭を無理やり下げさせられた。
そしてわずか2日後、俺は責任を取る形で退学させられてしまった。
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「出ていけ!!」
退学になった日の夜、深夜が突然俺の部屋に入ってきて、俺の顔を思い切り殴った。
続いて朝日と昼奈も軽蔑の目を俺に向けながら入ってきた。
ちなみに夕華は事件の前日から部活の合宿で不在になっている。
部活の妨げになるので、事件のことは帰宅してから話すことになっていた。
「お・・・お父さん?」
「お前のような奴を引き取ったのが間違いだった! 今すぐ消えろ!!」
「そっそんな・・・」
俺は助けを求めるように朝日に視線を向けるが、彼女は俺を蔑むように睨んでいた。
「女の子を襲うような男は家族じゃありません! 2度と私達の前に現れないで!!」
「・・・お姉ちゃん・・・助けて・・・」
俺は涙を流しながら、懇願するように昼奈の両肘を掴んだ。
リョウと付き合っていようとも、俺にとって昼奈は最後の希望だ。
絶対に助けてくれると俺はそう信じていた。
「触らないで!!」
だが、昼奈は俺の手を振り解き、俺の頬に平手打ちを喰らわせた。
「・・・」
昼奈に初めて受けた平手打ちは、これまで受けてきた仕打ちの中で最も俺に強い痛みをしみこませた。
「リョウ君が言ってた・・・あんたみたいな陰キャが世の中で犯罪を起こすんだって。
私、そんなの信じていなかったけど、それが間違いだったわ!」
そんなの偏見もいい所だが、俺が陰キャって言うのは昼奈の中で確定していたのが地味に響いた。
「お姉ちゃん?・・・」
「家族の名前に泥を塗ったあんたなんて、弟じゃない! お姉ちゃんなんて呼ばないでよ!
! 気持ち悪い!!」
「!!!・・・あぁぁぁぁ!!」
最後の希望であった昼奈に完全に拒絶されたことをやっと理解した俺は部屋から飛び出し、夜の闇の中へ駆け出した。
アテなどもちろんない。
俺の頭に流れてくるのは、俺に笑顔を向ける家族たち・・・そして、俺に手を伸ばしてくれた誠児。
全てが走馬灯のように消えて行く恐怖を感じるも、すでに限界を超えていた俺は涙さえ流れなかった。
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ふと我に返ると、俺は隣の地区のコンビニの壁によりかかっていた。
隣とは言っても足を運んだことはないがな。
「・・・死にたい」
俺の弱った心が、俺の口から人として口にしてはいけない言葉を吐き出させた。
家族に捨てられ、学生と言う身分も失った。
目の前の道路に飛び込めば、そこを走る車が楽にしてくれると、自分の命にさえ未練を失っていた。
「ねぇ、君。 今、1人」
そう言って俺に話し掛けてきたのは、大学生くらいの見知らぬ男だった。
チャラついた服装ではあるが、怪しげな風貌が漂っている。
「俺さ、いいものあるんだけど、ちょっとどう?」
そう言って男が俺の前に出したのは、白い粉が入った小さな袋だった。
「もう1回で病みつきになるよ? 嫌なことなんか全部忘れて気分最高になれるよ?」
察しのいい奴ならわかると思うが、こいつが持っているのは違法薬物だ、
17歳のガキだった俺だって薬物の怖さくらい知っていた。
「(どうせ誰も助けてくれない・・・このままいたってずっと苦しいだけ・・・だったら薬でもなんでもいい! 僕を楽にさせてくれ!!)」
俺は苦しみから解放されたいがために、人の道から落ちてしまった。
※※※
薬物を使用してから数分間、俺の中にはまだ罪悪感があった。
「(・・・!! なんだ? 気分がどんどん楽になっていく!!)」
今まで感じたことのない高揚感が俺の全てを支配した。
先程まで感じていた心の痛みも嘘のように消え去っていた。
「す・・・すごい・・・」
わずかに残っていた罪悪感は消え、俺は苦しみから解放されたことがただただ幸せだった。
「気に入ったみたいだな。 またほしければ、いつでも連絡してくれ」
男はポケットから紙きれとペンを取り出すと、おもむろに電話番号を紙切れに書いて渡しやがった。
男はすぐにその場を去り、手元には男からもらった紙切れと使用した薬物の袋と注射器のみが残った。
「・・・この薬さえあれば、もう苦しまなくて済むんだ。
・・・でも、次は絶対に金を要求してくるはず」
薬物を無料で何度も配る訳がない。
あいつは薬物の習慣を利用して俺から金をとるはずだ。
だが、俺にはこの薬が必要だ。
かといって、俺には金もなければ働き口もない。
人脈もスキルも何もない中卒の俺を雇ってくれる場所などそうそうないだろう。
「・・・そうだ!」
俺の頭にある考えがよぎった。
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翌日、俺が向かったのは元自宅。
もちろん謝って家族に戻りたい訳じゃない。
俺はある人物が来るのを待っていた。
「あっあなたは・・・」
俺の前に現れたのは合宿から戻ってきた夕華だった。
彼女は目の前に現れた俺に心底驚いていた。
「久しぶりだね。 夕華」
「うん・・・」
「学校でのこと、聞いた?」
「うん・・・昨日、お母さんから電話で・・・」
「僕はもう終わりだ・・・これから死のうと思う」
「なっ何を言ってるの!?」
夕華は驚いていたが、俺は死ぬ気などさらさらない。
だが俺はその気持ちをひた隠しにして、人生を諦めたような顔を演じた。
俺がそんな三問芝居をやる理由は1つ、夕華の同情を誘うためだ。
夕華の今までの態度を考えたら、俺の泣き落としなんぞ無視して帰宅すると考えてしまうかもしれない。
だが俺には夕華が俺を見捨てない根拠があった。
「最後に君の顔を見ておきたかったんだ・・・じゃあ、僕はもう行くよ」
「まっ待ってよ!」
「・・・何?」
「もう家には帰ってこないの?」
「あの家に僕の居場所はもうないよ。 学校もやめさせれたし」
「私がみんなを説得するから・・・」
「無駄だよ・・・みんなもう僕を厄介者としか見ていない」
「だっだからって、はやまらないで!」
「なんで僕を止めようとするの? 僕がどこで野垂れ死にしようと、夕華には関係ないだろ?」
「関係なくない! 家族でしょ!?」
「家族? 今まで僕のことをばい菌みたいに扱ってきた君がよく言うよ!」
「そっそれは・・・ごめんなさい・・・」
普段俺に対して冷たい夕華がしおらしくなり、初めて俺に謝罪の言葉を述べた。
「ひどいことを言ったことは謝るから・・・戻ってきて」
「僕の居場所なんてないって言っただろ?」
「じゃあせめて、死ぬなんて言わないで!!」
「家もお金もない、中卒で働き口もない僕がどうやって生きていくって言うんだ!?」
中卒でも立派な社会人をやっている連中もいるとは思うが、根性のない俺はカウントしないでくれ。
「学校ではクラスメイトにいじめられて・・・家では君に罵られる・・・そんな毎日を過ごしてきた僕の気持ちがわかるか!? 家族に何も理解されずに拒絶されるのがどれだけつらいか、わかるか!?」
同情を引く芝居のつもりだったが、このセリフだけはわりと本音で口走っていた。
「・・・」
「もう楽にさせてくれ・・・」
俺は夕華に背を向けて歩き出そうとした。
「まって・・・待って! お兄ちゃん!!}
夕華は突然俺の元に駆け寄ると、両手を俺の胸に回し、背中に抱き着いてきた。
「離してくれ!!」
「いや! 私がお兄ちゃんを守るから・・・どこにも行かないで!!」
「守るだと? さんざん僕を傷つけておいて・・・」
「好きだったの!!」
俺の言葉を遮り、夕華は大声で耳を疑う告白を口にした。
「・・・えっ?」
「お兄ちゃんのこと・・・ずっと好きだったの」
「何を言って・・・」
「お兄ちゃんはお姉ちゃんのことが好きだったんでしょ?
2人が仲良くしているのを見てたら・・・悔しくて・・・悲しくて・・・ついお兄ちゃんにきつく当たっていたの!」
要約すると、夕華は俺を嫌っているのではなく、素直になれないリアルツンデレ妹だったと言うことだ。
おい誰だよ!? ツンデレ妹は可愛いとか言い出した奴は!?
「本当にごめんなさい・・・謝っても許してくれるなんて思っていないけど・・・ごめんなさい」
「・・・」
「気持ち悪いよね? 義理でも妹に好きって言われるの・・・」
「・・・本当に僕のことが好きなのか?」
「うん・・・大好き」
「だったら僕のことを一生守って・・・絶対に・・・」
我ながらめちゃくちゃ情けないセリフだと思う。
「うん! 一生お兄ちゃんに尽くすって誓う」
俺は1度夕華の手を解くと、振り向き様に彼女を抱きしめた。
「夕華・・・僕にはもう君しかいない・・・」
「お兄ちゃん・・・」
夕華は誓いを立てるかのように、俺にそっとキスをした。
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感動的なラブコメムードをぶち壊すようで悪いが、俺は夕華のこの気持ちには、とっくに気付いていた。
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きっかけは俺が中2の頃、夜に洗面所で歯を磨いていた時に、風呂場から夕華の声が聞こえてきた。
「(夕華?・・・)」
俺は気になってドアに耳を近づけてみることにした。
一言声を掛けることもできたが、覗きの冤罪を被らされると思い留まった。
・・・まあ、盗み聞きもいい趣味じゃないがな。
「好き・・・ちゃん・・・好き・・・」
「(・・・何を言っているんだ?)」
その時の夕華の声はかなり色っぽく、息遣いも荒かった。
「夜光お兄ちゃん好き・・・大好き・・・」
「(えっ? 夕華?)」
「おにいちゃぁぁぁん・・・」
俺はすぐに音を殺して自室に戻った。
中2とはいえ、女の秘め事がわからない歳ってわけじゃない。
夕華は風呂場でこっそり俺を想って自分を慰めていたんだ。
っていうか、夕華も中1の癖にマセてるな。
「夕華が・・・僕を?・・・」
その時はまだ、何かの聞き違いだと自分を無理やり納得させることができた。
※※※
だが、それから数週間後……。
休日に家族が出払っている間、普段世話になっているお礼もかねて俺は家中を掃除していた。
「なんだこれ?・・・日記?」
夕華の部屋を掃除していた時(無論タンスの下着などは触っていない)、偶然机に夕華の日記を見つけてしまった。
俺は普段きついイメージしかない夕華が何を考えているかを知りたいという子供じみた好奇心から、俺は他人の日記を読むと言うデリカシーの欠片もないことをしてしまった。
「・・・なっこれって・・・」
日記には夕華の俺に対する想いがつづられていた。
一例をあげるとこんな感じ。
『お兄ちゃんにまたきついことを言ってしまった。 あんなに優しくてかっこいいお兄ちゃんに冷たくする自分がイヤ!』
『お兄ちゃん・・・またお姉ちゃんにベッタリしてる。 やっぱりお姉ちゃんのことが・・・』
『どうしたらお兄ちゃんが好きって、素直に言えるの? 何をしたら、お兄ちゃんは喜んでくれるの?』
そんな乙女チックな文章がずらりと並んでいるのを見てしまったら、
人生経験の少なかった中2の俺にだって理解できる。
「夕華・・・僕のことが好きなんだ・・・」
夕華の気持ちを知って以降、俺はあいつから何を言われても、ぐっとこらえることにした。
「(夕華が僕につらく当たっているのは、自分の気持ちに正直になれないないからだ。
でも僕は夕華の気持ちには答えられない・・・だからせめて、夕華を傷つけるようなことだけはしない!)」
俺が夕華の暴言に反論したり、昼奈に相談しなかった最大の理由がこれ。
夕華が俺にきつく当たるのは俺にも責任があると自分に言い聞かせ、俺は耐えることを続けた。
なんてかっこつけても、つらいことには変わりないがな。
それと同時に、俺が夕華に接触した理由でもある。
俺に長年好意を抱いている夕華が俺を見捨てるはずがない。
博打に近かったが、上手くいったと俺は内心ほくそ笑んでいた。
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「お兄ちゃん・・・大好き・・・」
「僕も・・・大好きだよ(・・・散々 僕に好き勝手やったんだ。
せいぜい僕に尽くしてもらうよ? 夕華)」
この時の俺にはすでに、”誰かを信じる”と言う気持ちが壊れていた。
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