第4話 時橋 夜光④

 リョウと昼奈が付き合ってから随分時間が経った。

リョウはよく自宅に遊びに来るようになり、家族との仲を深めて行った。

当初は複雑な顔をしていた深夜と朝日も、リョウの表面上の人柄を気に入り、奴に気を許すようになった。

しかも、リョウの義父は元プロサッカー選手で、今も現役監督を務めている。

さらにはテレビでよく顔を出すスポーツタレントとしても有名な男だ。

女房は病死したと聞く。

リョウ自身もサッカーの才能があり、あちこちの大会でチームを優勝に導いている。

将来は義父のチームに入り、ワールドカップを目指しているんだとか。

そんな将来安泰なリョウになら、このまま昼奈を嫁にもらってほしいと深夜も朝日ももらしていたな。

だが、正直その可能性は低いと俺は思っていた。

一部でしか噂になっていないが、リョウはかなりの女好きで浮気癖がひどい。

昼奈以外にも関係を持っている女がかなりいる。

とは言っても、どれもこれも割り切った遊びの関係だそうだ。


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 夏休みのとある深夜(義父の方じゃない)。

リョウはこの日、深夜と朝日の留守を狙って俺の自宅に泊まりに来ていた。

さすがに彼氏を泊まらせたことを2人が知ったら、黙ってはいないだろう。

昼奈が俺と夕華に口止めしに来た様子から、本人も褒めるようなことじゃないことは理解しているらしい。


「あぁ・・・わかってるって。 明日、いつものところだろ?

ちゃんと行ってやるって。 その代わり、可愛い子用意しとけよ?

・・・大丈夫、昼奈には全然バレてないって。

俺のことを信じ切ってるから・・・バーカ! これは浮気じゃなくて遊びだ。

だいたい、俺レベルの男が女1人で満足できる訳ないだろ?

無論、昼奈が俺以外の男に股開くマネしやがったら、即別れて、退学に追い込むがな・・・当たり前だろ? 俺がいるのに他の男に媚びうる女なんぞ死んで当然!」


 要するにリョウは、自分の浮気は肯定して彼女の浮気は否定する、メンヘラ野郎だと言うことだ。

実際、リョウは昼奈達に隠れて義妹である夕華にちょっかいを掛ける場面をよく見かける。

夕華は迷惑そうにあしらうものの、昼奈に気を使っているのか、家族に話そうとはしない。

逆に昼奈が男友達と楽しそうに話していれば、あからさまに不機嫌になる。


『僕がいるのに、どうして他の男と楽しくしているんだ!? まさか、あの男と浮気しているのか!?』


『ちっ違うよ! さっきは少し話が盛り上がっただけなの! 私が好きなのはリョウ君だけだよ!?』


『・・・わかった。 君を信じるよ。 でも、あまり軽率な行動は慎んでくれ』


『う・・・うん! 本当にごめんね、リョウ君』


 こう言った具合で、リョウの機嫌をよくするために、昼奈はひたすら謝罪を繰り返すばかり。

正直、よく付き合ってられるなと昼奈に関心すら持っていた。

昼奈にリョウのことを洗いざらいぶちまけることもできたが、今の昼奈にはもう俺の声は届きはしないだろう。

仮に物的証拠があったとしても、ねつ造だとケチをつけかねない。

何よりも……。


「・・・あぁ。 昼奈なら横でぐっすり寝てるよ。 2時間ぶっ通しでヤったんだから、当分起きねぇな


 今まさにリョウの隣で寝ている昼奈に対して、忠告する気にもなれなかった。

あいつらは俺が隣の部屋にいるにも関わらず、獣みたいに盛っていた。

思春期の男ならば、この状況は良い興奮剤になるだろうな。

だが、体を重ねているのは初めて恋をした女と俺をバカにしていじめていた男。

俺にとっては心をえぐるだけのただの拷問だった。

そんな苦しみから逃げ出したいがために、俺は無意識に発情していた己の欲望を発散させ、快楽に逃げた。


「(・・・何やってるんだ? 僕は・・・)」


 快楽に浸っている間は何もかもどうでも良く感じていたが、いざ終わってみると、自分がみじめで仕方なかった。

鼻を刺す独特な臭いが俺を見たくもない現実に引き戻す。


「(・・・僕はいつからこんなに汚くなった? いつからこんな最低なことをするようになった?)」


 俺は無様な自分に嫌気が差し、ただただ声を殺して涙を流していた。



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 夏休みが明けてから2週間ほど経ったある日の昼休み。

俺はいつも通り、自席で1人、朝日の作った弁当を食っていた。


「時橋君。 ちょっといい?」


「えっ?」


 俺に話しかけてきたのは同じクラスの天道 リカ。

クラスの中では清楚系美少女と人気のある女だ。

もちろん1度も話したことはないし、あいさつすらろくにしたことはない。


「社会科資料室の資料を教室まで運んでほしいって高橋先生に頼まれたんだけど、

西岡君がどこにも見当たらないから手伝ってくれない?」


 今更言うが、西岡と言うのはリョウの苗字だ。

そして、このリカとリョウは今日の日直当番。

辺りを軽く見渡してみるが、リョウの姿は見えない。

大方どこかで昼奈とメシでも食っているんだろう。

はっきり言って他人同然のこいつに協力する義務なんぞないが、

さすがに女の細腕でクラス分の資料を運ぶのはきついだろう。


「・・・わかった」


 俺は仕方なく、残った弁当の中身を一気に胃袋に入れ、リカの後に続いて社会科資料室へと向かった。

そして・・・この選択が俺の人生の最後の歯車を狂わせた。



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 社会科資料室の前まで来ると、リカが高橋から預かっていた鍵を使ってドアを開錠した。

資料室の中は昼だというのにほとんど真っ暗。

うっすらと見える窓を分厚いカーテンが覆って日光を遮断しているのが原因のようだが、なぜ締め切っているのかはこの時は理解できなかった。


「時橋君。 悪いけど壁のスイッチ入れてくれない? 私、暗い所苦手なんだ」


「うん・・・」


 俺は言われるがままに資料室に足を踏み入れ、手探りでスイッチを探そうとする。


「!!!」


 その時だった。

暗闇の中で突然、俺は口をガムテープで塞がれ、声を封じられた。

急いで剥がそうとするも、八方から伸びてくる手が俺の両手を掴んだと同時に、ロープ状の何かで拘束しやがった。


「(なっなんだ!? 一体何が起きたんだ!?)」


 パニックになっている俺を誰かが突き飛ばし、床に倒しやがった。

そして、肩をゴツゴツした手で押さえつけれ、俺は床に固定されてしまった。


「(うっ!)」


 突然ついた明かりに一瞬ひるみはしたが、すぐに視界は回復した。


「よう! 時橋。 気分はどうだ?」


 1番最初に俺の視界に映ったのは蔑むような笑みを浮かべるリョウの顔だった。

周囲には、以前リョウと一緒に俺をいじめていた取り巻き2人がいた。

1人は俺の肩をがっちりつかみ、もう1人はなぜかスマホで俺を撮影していた。


「そう警戒するなよ。 別にお前を痛めつけに来たわけじゃねぇよ。

むしろ気持ちいいって俺達に感謝するだろうぜ?」


 訳の分からないことを口走ると、リョウは2・3歩後ろに下がった。


「騙してごめんね? 時橋君」


 リョウと入れ変わるように近づいてきたのはなんとリカだった。

先程とは違い、どこか妖艶な雰囲気がただよっている。


「そのおわびに、たっぷりサービスしてあげるから」

 

 そう言うと、何を想ったのか、リカは俺の前で服を脱いで下着姿になった。

雰囲気はそこそこだったが、スタイルは正直微妙。

一言でまとめるとすれば、乳と色気を4分の1にした峰不〇子ってところかな。

だが、性経験がない思春期の男子を興奮させるには十分だった。

こんな状況なのにも関わらず、俺の中の男がうずき始めていた。


「さーてと・・・」


 慣れた手つきで俺のズボンとパンツを脱がすリカ。

俺は何もすることができずに、未使用のモノをさらす羽目になる。


「ハハハ!! なんだこいつの! ちっちぇ!!」


「絶対童貞だろ!? こいつ!」


「うわ~・・・ヤル気失せた。 こんなの足だけでいいわね」


 リカは俺のモノを足で刺激し、俺の興奮を高めてきた。

俺は涙ながらに抵抗するも、全く動くことはできなかった。

そんな俺の意志とは無関係に興奮を高める俺の性欲。


「(やめてくれぇぇぇ!!)」


 心の中で叫びながらも、俺は己の性をぶちまけてしまった。


「早っ! 小さい上に早いって、救いようないわね」


「おいっ! 撮れたか?」


「おぉ! バッチリだぜ! あとはこいつをネットで流すだけだな」


「どうだ? 時橋。 初めて味わった女の足は」


 男の尊厳を徹底的に汚された俺は、ただただ泣いていた。

もう抵抗する気力も湧いてこない。

それを察したのか、リョウはガムテープと拘束していた縄を解いた。


「お前達! 何をやっている!?」


 そう言って入ってきたのは高橋だった。

リョウたちもこれは予想外だったようで、慌てふためいていた。


「先生・・・あの・・・」


 俺は最後の力を振り絞り、リョウたちのことを高橋に言おうと口を動かした。

ここまでされたら、もう黙っている気はない。

だが俺と高橋の間にリョウが割って入り、こう叫んだ。


「先生! 時橋が天道を襲いました!!」


 この一言が、俺の人生にトドメを刺した。

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