第2話 時橋 夜光②
誠児はその日を境に、ちょくちょく孤児院を訪れるようになった。
最初こそ、孤児院の連中が誠児を遊びに誘っていたが、誠児が俺とばかり遊びたがるため、次第に誰も誠児を相手にしなくなった。
誠児自身はそんなことは全く気にせず、俺とよく遊んでくれた。
鬼ごっこやサッカー等、1人では楽しむことができない遊びの楽しさを、誠児は俺に教えてくれた。
俺は渋々ながらも、誠児に心を少しずつ開こうとしていた。
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「・・・ひぐっ」
ある蒸し暑い夏の昼、俺は孤児院近くの公園で1人泣いていた。
少し前に俺は、孤児院の連中に汚い掃除用のぞうきんを投げつけられた上に、バケツ内の汚い水まで掛けられた。
スタッフ達が注意を促すも、連中は「暑そうだから水をかけてやった」とほざいていたが、そんな親切心等欠片も持っていないことは明白だった。
周りも俺のことを笑ったり、汚物のように距離を取ったりと、散々な対応だった。
それに耐えきれなくなった俺は孤児院を飛び出し、泣く姿を見せまいと公園に来た。
※※※
「夜光?・・・」
ブランコに乗って泣いていた俺に声を掛けてきたのは誠児だった。
俺は反射的に涙を拭い、ブランコから降りて誠児に背を向ける。
「どうかしたの?」
「なんでもない・・・それよりなんでここにいるの?」
「孤児院に行こうとしてたら夜光を見かけたんだ・・・そんなことより、何かあったの?」
「なんでもないって!」
「なんでもないのに泣く訳ないだろっ! なんで話してくれないの? 僕達友達でしょ?!?」
「友達になった覚えなんてないよ! 君が勝手に僕と遊んでいるだけだろ!?」
「だったらせめて、顔を見て話してよ! そっぽ向いて話すなんて失礼だよ!」
「いやだよ・・・こんな顔、誰にも見せたくない・・・」
俺の顔は大量の涙でぐちゃぐちゃになっていた。
男のプライドからか、子供としての羞恥心からか、俺はみっともない顔を見せまいと、背で語るのをやめられなかった。
「・・・お父さんが言ってた。 つらい時や苦しい時に泣くことができるのはとっても勇気のあることだって・・・人の目を気にして涙を流せないことがこの世で1番みっともないことだって・・・今の夜光を見てたら、なんとなく意味がわかってきた」
「・・・」
「強がって平気なフリをする夜光より、声を出して泣きじゃくる夜光の方がずっとかっこいいよ!!」
「・・・何も知らないくせに! 勝手なこと言うなよ!!」
「だったら言ってくれよ! 言ったこともないくせに、勝手に僕のことを知った風に言うな!!」
「うるさいっ!!」
感情的になった俺は、思わず誠児の頬を殴ってしまった。
誠児は倒れてしまったが、歯を食いしばって、すぐに立ち上がった。
「このぉぉぉ!!」
誠児は俺にタックルを喰らわせて俺を倒し、馬乗りになって俺の頬を引っ張る。
俺も負けじと誠児の腕に噛みつく。
誠児は痛がるそぶりを見せつつ、頬を引っ張る手を緩めない。
「話すまで離さないからな!!」
「・・・」
※※※
取っ組み合ってどれくらい経ったのかはわからない。
気付いたら、俺達は力尽きて公園のド真ん中で息を切らして倒れていた。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・なんで僕にここまでするんだ?」
「僕さ・・・お母さんが死んでからずっと、人が怖くて仕方なかったんだ。
周りにいるのはみんな・・・僕の気持ちを知りもせず、笑って近寄って来る人ばかりで、いつの間にか人を避けるようになっていた。 だからかな・・・僕と同じように人を避ける君が気になって仕方ない」
「なんだそれ・・・くだらない・・・」
「くだらなくたって・・・それが本心なんだから、仕方ないだろ? それより、話してくれる気になった?」
「・・・ならないって言ったら?」
「なるまでほっぺを引っ張る・・・僕は妙な所で諦めが悪いから・・・」
「・・・バカだね、君は」
目から再びあふれ出た涙が頬を伝わるのを感じた。
俺は初めて人前で涙を流した。
だけど、思ったよりも羞恥心は感じず、どこか心地よい感覚が俺の体を包み込んだように感じた。
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俺はその後、誠児に孤児院での話をした。
誠児は俺を孤児院から解放するために、すぐお父さんに事情を話して、俺の引き取り先を探してほしいと頼んだ。
2週間後、俺は誠児のお父さんの古い知り合いである時橋という人に引き取られることになり、俺は忌まわしい孤児院から解放されることになった。
だが、それと同時期に、誠児がお父さんの仕事の都合で、引っ越すことになってしまった。
県をいくつか跨ぐため、会いに行くのはかなり厳しかった。
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引っ越し当日、俺は誠児と別れの挨拶をしに、あいつの家を訪れていた。
すでに荷物がトラックに運ばれており、あとは誠児がお父さんの乗る車に乗るだけだ。
「誠児・・・ありがとう。 おかげで孤児院から出ることができたよ」
「僕はお父さんに頼んだだけだよ?」
「じゃあ、お父さんと君にありがとうって言うよ!」
「うん!!・・・寂しくなるね」
「・・・僕、お手紙書くから。 そしたらお返事書いてね」
今どき手紙?と思う奴もいるかもしれないが、当時6歳の俺では手紙と電話以外の連絡手段知らない無知な時期だから大目に見てくれ。
「元気でね・・・夜光」
「・・・君もね、誠児」
俺と誠児は固い握手を交わした。
別れを惜しむかのようにお互い涙をこらえて笑顔を強引に作っていた。
照れくさくて口にこそしなかったが、俺は心の中で「また会おうね」と誠児に再会を誓っていた。
それはたぶん、誠児の方も同じだったのかもしれないな……。
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誠児と別れてから10年の月日が流れた。
誠児のお父さんに紹介してもらった時橋家の養子となった。
俺は時橋夜光と名乗って学校に通いながら自分なりに普通の生活を送っていた。
ここで軽く家族構成を説明する。
1人目・・・義父であり、俺を引き取ってくれた時橋 深夜(しんや)。
見た目はさえない中年親父だが、有名な大企業の子会社で部長を務めている稼ぎのいい男。
休みの日は家事の手伝いをしたり、子供の相手をしたりと、父親としてそれなりに良い方だと思うが、メンタルがかなり弱く、優柔不断であるため、頼りにはならない。
2人目・・・義母の時橋 朝日(あさひ)。
深夜とは違って意志の強い女。
タバコのポイ捨てなどのマナー違反を目にすると、相手がどんなこわもてでも烈火のごとく怒る。
顔立ちもなかなかよく、料理がかなりうまい。
コミュ力も化け物じみており、近所に住むほとんどの主婦が彼女と交流がある。
3人目・・・義姉の時橋 昼奈(ひるな)。
朝日と同じく顔立ちが整っている美少女。
能天気でだらしない性格だが、コミュ力と正義感の強さは母親譲り。
その影響か、学校でも近所でも評判が良く、人脈が広い。
ちなみに学校の成績は平均の俺より低い。
4人目・・・義妹の時橋 夕華(ゆうか)。
姉同様の美少女だが、性格は全くの正反対。
真面目で成績の良い優等生。
だが顔見知りが激しく、家族以外の人間に対しては冷たくあしらう。
血のつながりのない俺も例外ではない。
深夜と朝日がいくら注意しても
5人目・・・俺こと時橋 夜光(やこう)。
家族内での口数は多くはないが、それなりに良い関係だと思う。
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血は繋がっていなくとも、家族の一員になれたのは良いことだとは思う。
・・・まあ、だからと言って幸せかと聞かれたら、そうでもない。
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「おいっ! ばい菌! 消毒してやるよ!」
「やっやめて!」
学校で俺をばい菌呼ばわりしているの同級生のリョウ。
父親が大きな病院の院長で、サッカー部のエースで学校一のイケメンと、少女漫画から飛び出してきたような男。
小学校・・・中学校・・・高校と・・・何の因果か俺と同じ学校に入学してくる。
最悪なのが、こいつが俺と同じ孤児院出身だということ。
今覚えば、孤児院でもこいつが率先して俺をバイ菌呼ばわりしていたな。
「おいっ! 逃げんな! ゴミカス野郎!!」
「うっ!」
リョウは毎日のように、俺に罵声を浴びせながら俺に消毒液を
スプレーで吹き掛けてくる。
服や髪の毛に掛かる程度ならまだいいが、あいつは俺の顔にばかり掛けてくる。
俺が逃げたり顔を腕で覆ったりすれば、サッカー部の友達(というより取り巻きだな)を使って今みたいに俺を抑えつけてくる。
「やめて! やめて!・・・うっ!」
「なに行ってんだよ? 俺達はお前の汚い顔をきれいにしてるだけだろ?」
「そうだぜ、ありがとうくらい言えねぇのか? ほらっ! お前のくせぇ口も洗ってやるよ」
「ごほっ! ごほっ!」
取り巻きが俺の口を強引に開け、リョウが消毒液を流しこみやがった!
無論俺は吐き出しだが、リョウは俺の髪の毛を引っ張り、「何吐いてんだ!?」と、意味不明にキレやがる。
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「キャハハハ!! もっとやって!」
「次はケツにでも掛けてやれ!」
言うのを忘れていたけど、周囲には見物を決め込んでいるクラスメイト達がケラケラ笑っている。
連中にとって、俺が受けている仕打ちは大道芸のように写っているみたいだ。
「ハハハ! リョウ! 授業までには終われよ?」
ヤバいのはその中に担任の高橋まで混ざっていることだ。
俺は1度だけ、高橋にリョウのことを相談したことがある。
俺が真剣に話しているにも関わらず高橋は笑いながらこういった。
『ただの可愛いイタズラじゃないか。 殴られたわけでもないのにそれくらいでいじめだのなんだの訴えるなんて、みっともないぞ? そんなくだらないことでクヨクヨせず、みんなともっと溶け込もうと努力しなさい。 先生だって暇じゃないんだ』
高橋は力になるどころか、ほかの奴らと一緒に俺を笑い者にしやがった。
あいつらにとって、いじめとは殴る蹴る等のシンプルなものとしか思ってないようだ。
「・・・」
「何してるの!?」
もう涙すら流す気力もない孤独の中、クラスメイト達をかき分けて俺の元に駆け寄る唯一の存在がいた。
「弟に何してるの!?」
それは、俺の義姉である昼奈だった。
母親ゆずりの正義感からか、小学校からずっと、彼女は俺を守ってくれた。
「何って、きれいにしてるだけだろ?」
「ふざけないで! 目に入ったらどうするの!? 夜光、大丈夫?」
俺を抑える取り巻きを払いのけ、俺の顔にべっとりついた消毒液をハンカチでぬぐってくれた。
人気のある昼奈ではリョウ達も手出しできないだろうな。
「立てる? 保健室行こう」
「・・・うん」
唯一の味方である昼奈は、誠児以外に俺が心から信頼できるただ1人の家族。
俺が時橋家に来た時も、彼女が積極的に接してくれたのがきっかけで、馴染むことができたと言える。
そして俺はいつの間にか誠児のような信頼感を、昼奈に感じるようになった。
だが・・・男と女の複雑な関係が、この信頼感を特別な感情に昇格させてしまったことに、俺は年相応の悩ましさを感じていた。
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