初恋の義姉が俺をいじめている男と付き合い、俺は冤罪で家と学校から追い出される。 もう俺には何もわからない。

panpan

第1話 時橋 夜光①

 物心ついた時から、俺には親はいない。

そういうのは大抵、事故か何かで死んだとか、金がないとか、やむにやまれぬ事情があるものだろうが・・・俺の場合は少し違う。


 孤児院のスタッフから聞いた話によると……。

俺の母親はかつて美少女コンテストで優勝するほどの美貌を持っていたらしい。

頭もよく、運動神経も抜群で、スタイルも抜群という男にとってみれば夢みたいな女だろう。

だが、きれいな見た目とは裏腹に、母は自他ともに認める美貌を餌に、大勢の男を喰いまくる尻軽だった。

なんでも母の両親(俺から見れば祖父母)が、交通事故で他界してしまい、その寂しさを紛らわすために、男にすり寄ったと聞く。

顔が良ければ年齢はお構いなし。

恋愛関係を築いていた男もいたと聞くが、母にとっては複数いる男の1人に過ぎない。

噂では小学生にまで手を出したとかなんとか……。

しかもやっかいなことに、母はパートナーのいる男を奪う・・・いわゆる寝取りがたまらなく好きなゲスだった。

数えきれないほどの男達を奪い去り、パートナーであった女達が泣き寝入りするのを見るのが母の生きがいだった。

恋人関係ならギリギリ大事にはならないが、それが妻子持ちや婚約者持ちならば話は別だ。

そんな母でも、避妊だけはしっかりしていたつもりだったようだが、毎日のように男と体を繋げる生活を続けていれば、妊娠の1度や2度あってもおかしくはない。

……まあ、その過程でできたのが俺なんだけど。

無論、母には俺を育てる気など毛頭ない。

かといって、複数人と関係を持っていた母には誰が父親なのか検討もつかない。

しかし、タイミングの悪いことに、関係を持っていた数名の男の妻たちに不倫関係がバレてしまい、母は慰謝料を請求される羽目になった。

それがきっかけとなり、関係を持っていた男達は我が身を守るために母から離れ、残ったのは莫大な慰謝料だけ。

そんな母には俺を中絶する金等あるはずもなく、俺は腹の中で放置されることになった。

母はすぐさま別の男を探すものの、誰にも相手にされることはなかった。

その大きな要因となっているのが、母が掛かってしまった性病。

かなり重い病らしく、母が病院に行ったときはすでに余命いくばくもないと医師に申告されたと言う。

それを偶然知った看護婦が周囲に言いふらしたのだ。

その看護婦も母に家庭を壊された女の1人だというのが、まさに因果応報だ。

両親も男もいなくなった母はついに、違法薬物に走ってしまうが、すぐに警察に逮捕された。

だが、母は臨月を迎えているため刑務所には送られず、医師の監視の元、病院で入院することになった。

そのせいか、母は精神的に不安定になり、その原因は俺にあると考えてしまった。

ある日、母は俺を殺そうと自分の腹を何度も殴った。

すぐに医師や看護婦によって止められが、これ以上母の中にいては、俺の命が危ないと判断した医師はすぐさま帝王切開で俺を母から解放してくれた。


 俺が誕生してから1ヶ月も経たない内に、母は病院内で1人寂しくこの世を去った。

身内のいない俺は、孤児院へと引き取られることになった。

その際、名無しでは不便だろうと、病院で母の帝王切開を担当した医師から名前を付けられた。

……夜光と。



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 孤児院に預けられた俺は同じ境遇の連中と寝食を共にすることになった。

だが俺は、物心ついた時から孤児院の奴らに距離を置かれていた。

その理由となっているのが母の存在だ。

どこから知られたのかわからないが、俺は性病で死んだ母を持つ子供であることを知られてしまった。

とはいっても、孤児院にいるのは性知識の皆無な5歳児ばかり。

性病なんて理解できるはずはない。

たが、子供の想像力と言うのは時に恐ろしい。


「うわっ! 寄るなよ!ばい菌!」


「ばっちぃ手で触らないでよ! ふ・・・ふえぇぇぇん!」


 誰が言ったのか、”性病はばい菌の仲間”と孤児院の中では認識されていた(まあ、間違ってはいないが)。

それだけならまだいいが、孤児院の連中は、俺も母と同じ性病に掛かっていると思うようになり、俺は孤児院で独立させられてしまった。

風呂は男子達の意見で常に1人で最後に入り、トイレも俺が使った所は誰も使わない。

手が触れると、男子は怒って殴り掛かり、女子はその場で泣き崩れて、周囲が俺に罵声を浴びせてくる。食事も俺だけ食堂の隅でひっそりと食べる(スタッフが何度か付こうとするが、その都度一緒に食べようと連中が誘って行ってしまう)。

一応言っておくが、まだ性経験すらない俺が性病なんて掛かってないし、定期的に受けている健康診断でも異常なしだ。

孤児院のスタッフがそれを何度も説明するが、まだ知識の乏しい子供達にそんなことは理解できるはずもない。

俺が6歳を迎えた頃になると、孤児院の連中は俺と会話すらしなくなり、俺自身も心を閉ざすようになり、誰とも関わろうとしない陰キャとなった。


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「まあまあ・・・金河院長。 わざわざご足労頂いて・・・」


「院長はよしてください。 今日はプライベートで寄っただけなので・・・」


 冬が明け、周囲に春の訪れを示す美しい桜がいたるところで花開くある日、外で絵本を読んでいた俺は、孤児院に訪れた子連れと男を見かけた。

その人は金河 誠と言う精神科の医師。

月に何度かこの孤児院に来ては、孤児院の連中と遊んでいく子供好きのおじさん。

かなりでかい病院の院長なようで、孤児院とは金銭面で支えている関係だ。


「あら? この子はお子さんですか?」


「はい。 私の息子の誠児です。 今年6歳になったばかりなんです。 ほら、誠児。 きちんとあいさつしなさい」


「・・・」


 スタッフのおばさんが笑顔を向けるも、誠児は父親の足にしがみつき、目を合わせようとしない。

俺と同じ歳のようだが、顔立ちは整っており、服もかなり高そうだ。

まあ一言で言えば、金持ちのお坊ちゃんと言ったところか。


「すっすみません。 少し人見知りでして・・・」


「いえいえ、お気になさらずに。 さあ、中へお入りください。 子供達も待っていますので」


「それは楽しみです」


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 俺はそのまま絵本を読み進めていたんだが、 

金河院長が孤児院に入ってからすぐに、歓迎ムードたっぷりの大声が周囲にこだました。

窓からこっそり中を覗くと、金河院長を笑顔で取り合う連中の姿が見えた。

誠児の方も連中に囲まれて、遊びに誘われているようだ(顔立ちからか、やたら女子が多かった)。


「(まあ、僕には関係ないか・・・)」


 子供好きの金河院長に見つかれば、強引に混ぜられそうだと考えた俺は、人気のない裏庭のベンチで絵本を読み、金河院長が帰るのを待った。


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 「・・・」


 絵本を読み返しながら、ただただ時間が過ぎるのを待つ。

とは言っても、絵本1冊を何度も読み返せば、どんなに好きでも飽きがくる。

ついにはページをめくることもせず、絵本を眺めているだけになってしまった。



「・・・!!」


 ぼんやりした意識の中、俺の視界に人影が入った。

絵本を閉じ、反射的に身構える。


「・・・君、誰?」


 俺の前に立っていたのは、誠児だった。

遠目では気づかなかったが、面と向かって顔を見ると、かなり冷めた目をしていた。

普通から気を悪くするかもしれないが、自分以外を認めようとしないその目に、俺はどこかしら親近感を感じていた。


「・・・」


 初対面に名乗る気が起きない俺は黙秘し、目を反らして無視を決め込む。

気を悪くして立ち去ると思っていると、誠児の目が俺が持つ絵本に止まる。


「・・・桃太郎好きなの?」


 誠児が俺の読んでいる絵本のタイトルを口にする。


「・・・うん」


「みんなと遊ばないの?」


「・・・みんな僕が嫌いなんだ。 だから関わりたくない」


「・・・そうなんだ」


「・・・君はなんでここにいるの?」


 あれだけ連中に歓迎されていた誠児が誰もいない裏庭に足を運んできた理由がわからない俺は、無意識にその気持ちを口にしていた。


「騒がしい場所は好きじゃないんだ。

みんな遊ぼうって誘ってきたけど、正直うっとおしいだけだから、適当に抜けてきたんだ」


「なんで孤児院にきたの?」


「本当はお母さんのお墓参りについてきたんだけど、お父さんが少し孤児院に顔を出したいって言うから・・・」


「・・・お母さん、死んだの?」


 デリカシーのない質問かもしれないが、母親のいない俺にとって、お母さんと言うワードは非常に興味をそそる言葉。

6歳という好奇心が高い時期では、自分の欲には抗えない。

かといって、誠児には黙秘という選択肢もある。

だから無理に聞こうとは思わなかった。


「・・・殺されたんだ」


「えっ?」


 予想外の言葉に俺は思わず聞き返してしまった。

誠児は俺の座っているベンチに腰を掛けるものの、俺に気を使ったのか、個人的な理由からか、俺から少し距離を取った。


「3歳の時に、お母さんと公園で遊んでいたら、知らないおじさんに連れて行かれそうになったことがあるんだ。

すぐにお母さんが気付いて僕を取り返そうとしてくれたんだけど、おじさんに突き飛ばされて階段から落ちちゃったんだ・・・おじさんが逃げて僕は助かったけど・・・お母さんは頭からいっぱい血を出して死んじゃったんだ」


 つらい記憶を思い出したからか、誠児の目からうっすらと涙が流れていた。


「・・・君のお父さんとお母さんはどんな人なの?」


 誠児は袖で涙をぬぐうと、俺の母親について尋ねてきた。

普段なら、答える義理はないと黙秘を主張する俺だったが、誠児に涙を流させた罪悪感が、俺に答えるよう促す。


「・・・知らない。お母さんは僕が生まれてすぐに僕を捨てて死んじゃったし、お父さんはどこの誰かもわからない」


「そうなんだ・・・ごめん」


「気にしなくていいよ。 もう今はなんとも思ってないから」 


「お母さんに会いたいって思わない?」


「ちょっとはね・・・こんなところで暮らすくらいなら、お母さんといた方がマシだよ」


「僕も会いたい・・・お母さんに・・・」


 誠児はベンチの上で顔を覆うように膝を折り、母親を恋しがるようにえずく。

そのいたたまれない姿に、俺は掛ける言葉が見つからなかった。


「・・・なんか不思議だな。 こんな話、今までお父さんにしかしたことないのに・・・」


「僕も・・・久しぶりにスタッフ以外の人と話せた」


 とは言っても、スタッフとは会話とは言いがたい、必要最低限のことしか話さないけどな。


「・・・そうだ」


 誠児は突然顔を上げ、再び涙をぬぐうと、初めて俺と目を合わせた。


「まだ名前を言ってなかったね・・・僕は誠児、君は?」


「夜光・・・」


 これが、俺の初めての友達、誠児との出会いだった。



「」


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