第5話 密約

「こんだけの人数となると、この近辺ではファミレスぐらいしか行けるところないけど勘弁してね。あと、俺ととまっちゃんはこの後も仕事あるから、食べ終わったら早々に解散ということで」

田中が苦笑いをしながら了承する。

「やったー、ありがとうございます!では行きましょう!戸松さん、せっかくなので今回の曲について道すがらいろいろと聞かせてください」

種田がテンション高く出発の音頭をとり、周りの面々は苦笑しつつも彼女を優しい目で見つめる。

慌ただしくもスタジオを出発し、ファミレスへの道すがら、レコーディング時に説明しきれなかった内容を話すにつれ、種田の目が輝いていく。

「いろいろとお話いただいて面白かったです。今はお忙しいでしょうけど、落ち着いたら是非ご自宅での曲作りの風景も見せてください」

グイグイと距離を詰める種田に気圧されるものの、先刻の田中の言葉を思い出す。

「お見せしたいのはヤマヤマなんですけど、アイドルが男の家に行くなんてことが世間にバレたら炎上必至です。申し訳ないですが……」

言いかけたところで種田の顔を見ると、肩を落とし気落ちした様相であり、なんとも言いようのない罪悪感が戸松にのしかかる。

「ただ、プライベートで来るのは無理でも、例えば作曲家インタビューというオフィシャルな形でやれば問題ないと思うので、そこは提案してみてください」

「ありがとうございます!」

やむを得ず折衷案を提示したところ、種田の曇っていた顔がすぐに笑顔に転じる。

(やっぱり、自分を慕ってくれる子が悲しい顔をしているのをそのままにしておけないあたり、俺は甘いんだろうなあ)

苦笑いをしてふと種田から視線をそらすと、香坂と目が合う。

香坂は肩を竦め、かすかに戸松へ笑いかけてきたように感ぜられた。


ファミレスに到着すると、6人掛けの席に案内される。

夕方という時間帯で且つ近所にゆっくり出来る店が僅少であることを勘案すると、すんなり入れたのは僥倖であった。

各々が注文を終えたところで、田中が席を立つ

「それじゃ、俺はちょっとタバコ吸ってくるから飲み物よろしく。ウーロン茶でお願い」

「分かりました。ほかの皆さんは何飲みますか」

「あ、私も手伝います。一人だと運ぶのも大変でしょうし」

戸松が皆の希望を聞くと同時に、新垣も立ち上がる。

連れだってドリンクバーへ向かうと、新垣が口を真一文字に結び神妙な顔つきをしながらコップに氷を詰める。

「すみません、一つ言い忘れていました。戸松さん、私がさっきスタジオでお話ししたことは内密にしてください。不安の種を摘み取るつもりで質問したつもりでしたが、結果として場を引っ掻き回すだけになっちゃって、失態だったなと反省しています」

ドリンクをグラスに注ぎながら、新垣が後悔の念を吐露する。

戸松も自分の立ち回りが悪い方向へと作用してしまったことを思い起こし、後味の悪さがジワリと脳を蝕む。

「新垣さんもご存じのとおり、このプロジェクトには莫大なお金がつぎ込まれることになっていますし、田中さんや皆さんが並々ならぬ心血を注いでいます。私も音楽プロデューサーという責任ある立場として、プロジェクトが崩壊するようなことが起きないように全力を尽くすつもりです。恐らく新垣さんが心配されているようなことは、これまでもないですし、今後も起こりえないので安心してください」

新垣の気落ちに少なからず責任を感じ、彼女を安心させるべくおずおずと笑いかける。

「なんにせよ、これから私たちは運命共同体と言っても過言ではありません。うまく仕事を回していくため、というと言い方が悪くなっちゃいますけど、これから仲良くやっていければと思います。よろしくお願いします」

必死に言葉を紡ぎ続け、ようやく新垣も笑みを返す。

「あれ、お二人いつの間にそんな仲良くなったんですか?千里って結構人見知りだったよね」

いつの間にか香坂が近づいてきて、戸松と新垣の両者をジッと見つめる。

「……ほら、私と戸松さんって、ユニットリーダーと音楽プロデューサーって立ち位置じゃない?これから共に活動するにあたって、いろいろと相談しやすい雰囲気を作っていかなきゃかなと思って」

「……そうなんだ。私にも協力できることがあれば言ってくださいね」

香坂の顔には笑みが浮かんでいた。

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