第6話 休息

座席に戻ったのちは特に何事も起きず、和やかな雰囲気のまま解散と相成る。

帰宅するや否や、安堵感からか戸松の体にどっと疲れが押し寄せ、即座にベッドへ身を投げる。

(ああ……肉体的にも精神的にもグッと疲れたな……。しずく……)

既に重くなった瞼に抗いつつ2時間後にアラームをセットし、半ば意識を失うかのように仮眠をとる。

目が覚めたらシャワーを浴びて無理やり眠気を飛ばしつつ、編曲作業を開始する。

幸いなことに、寝不足気味の頭には余計なことを考えるだけの余力もなかったため、ひたすら作業に没入することができた。

一心不乱に作業した結果、レコーディングの翌々日には2曲ともDAW上での作業を完結させ、その翌日には生音源に差し替える楽器のレコーディング、そしてミックスダウンも終えることができた。


「お疲れ様、今回は頑張ってくれて本当にありがとうな。俺が言うのもアレだが、とまっちゃんのここまで疲れた様子はさすがに見たことないし、かなり無理を強いてしまったってのは流石に自覚しているんだ。あとは全部こっちでやっておくんで、ゆっくり休んでくれ」

作業終了間際にスタジオを訪れた田中の言葉に従い、自宅に戻る。

自宅に到着後ベッドへ潜ったところ、次に意識が戻ったのは半日後であった。


『おつかれー、ようやく仕事一段落したみたいね。どう?飲みにでも行かない?』

寝ぼけ眼で携帯をチェックすると、作詞家の北山惟子からメッセージが届いている。

今回の楽曲制作で香坂の作詞を手伝ったのがこの北山である。

彼女は戸松とも長らく仕事を共にしており、戸松にとって彼女は最も気兼ねなく接することができる数少ない異性である。

これまで、共作楽曲が仕上がった折には、二人で乃至田中も含めた三人で飲みに行くことが半ば恒例行事と化していた。

今回の仕事も、彼女にとっては間接的ではあれど戸松と同じ作品を作り上げたとの認識であり、その喜びを分かち合いたいとの思いは、極めて自然なものであった。

『お疲れ様です。いいですね、ぜひ行きましょう』

戸松も北山と気持ちは同じくしており、断る理由など思いつく余地もない。

手短に返信をし、身支度をし自宅を出発する。

二駅分の時間を電車に揺られ、普段からの二人行きつけの居酒屋に到着すると、既に北山はビールジョッキを8割方空けていた。

「やあやあ、来たな青年よ。遅かったじゃないか。待ちきれなかったんで、こっちはもう始めさせてもらっているぞ」

「いやいや、返信してから1時間と経っていないですよ。どんだけ酒に飢えていたんですか」

戸松が憎まれ口をたたくも、北山は全く意に介す様子もない。

「まぁまぁ、とりあえず今回はお互い大変でしたってことで。かんぱーい」

北山のおざなりな音頭に流されるままグラスを交わし、黄金色の液体で喉を潤す。

「いやあ、今回の制作はマジで綱渡りだったね。しずくちゃんがA面の作詞を頑張ってくれたおかげで、私が作詞したのは実質B面だけだったからまだマシだったけど、智久君はフルフルでの作業でしょ。私だったら逃げ出してるね」

北山があっけらかんと笑う。

「いやぁ今回はマジで地獄でした。今朝方にやっとアレンジが仕上がって、そのあとはもう爆睡ですよ」

ひとしきり愚痴で盛り上がるものの、やがて話題はKYUTEへと移る。

「で、どう?彼女たちの印象は」

「バランスがとれていていいユニットだと思います。実力もありますし、舵取りさえちゃんとすればいいところまで行くだろうなぁと」

「ふーん、なるほどねぇ。みんなの性格とかはどうなの?上手くやっていけそう?」完全に酔っ払いの口調であるが、視線だけは戸松を真正面から射貫いており、この質問にはちゃんと答えなければ、と戸松の本能が告げる。

「……今のところは。あ、そういえば俺の熱心なファンが一人いました。割とじゃじゃ馬気質で扱いに困ることもありますけど、妹分ができたみたいで嬉しいですね」

種田の顔を思い起こしつつ北山へ語り掛けると、彼女は苦笑いを以て応じる。

「作曲家ファンとはなんとマニアックな。そういう娘に対してはいい曲作って喜ばせてあげなきゃね。ま、私が関わったのはまだしずくちゃんだけだけど、彼女もなかなか面白いよね」

香坂の名前が出たことに内心ドギマギしつつ、努めて平静を装い会話を継続する。

「惟子さんから見た彼女の印象はどうですか」

戸松の質問に、北山はクツクツと笑い声を発する。

「んー、すごく面白い娘だよね。一見冷静沈着に見えて、ユニットでもそれを売りにしているけど、書いた歌詞には激情にあふれているし、内容をいろいろ聞いて深堀してみると、本人の性格も実の所かなり直情的だし」

ニヒヒと北山が不審な笑みを浮かべる。

「職業作家としての視点では非常に魅力的ではあるけど、アイドルという立場では危うさを孕んでいるなって印象かな。私は外様だからあんまりとやかく言える立場じゃないけど、プロデューサーとかに上手くコントロールしてもらった方がよさそうな感じ」

意味深な北山の話に思わず顔をしかめる。

「まぁとにかく、しずくちゃんは精神的に結構脆そうな感じがするのよね。この先、彼女たちに人気が出たらアンチも絶対に出てくる。口さがない中傷にしばらくは耐えられたとしても、ある日突然ぽっきり折れちゃうことは十分想像できるんだよね。何か精神的な支柱みたいなものがあれば、また話は違うんだろうけど」

北山の話を聞きながら、そういえば昔のしずくもメンタルが結構弱かったな、とふと思い起こす。

「ま、そういった精神的な危うさは智久君、キミにもあるんだけどね。ともあれ、二人上手くやっていけることを期待しているよ。とはいっても君の立場上、あんまり一人に肩入れするわけにもいかないんだろうけどね」

北山も酔いが回ってきたのか、徐々に口が軽くなってくる。


そのは後話題が他に移り、程なくお開きと相成ったが、戸松の頭には北山の言葉が一晩中こびりついていた。

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