成果

「え、スティカさん、大丈夫なんですか?」


「私も知らない魔物なので、わかりません。でも、試してみたいんです」


「……いいよ。何かあったら助けに入るから、やってみて」


 スティカは落ち着いていれば冷静に状況を判断することが出来る。

 こうして名乗り出るということはそれなりに自信があるのだろう。


 元々魔術の素養もあるし、前に古竜の血を飲んだ影響で肉体的にも人とは一線を画している状況にある。

 断片的に古竜の力を引き出して鶏獣や守護像を圧倒していたが、それが人間のままの身体に与える負荷も軽くはないとわかった。

 今スティカの身体がどのような状態にあるのかを知れるのでこちらとしても都合がいい。


「(クロ、あまり無理はさせるなよ)」


「(わかってる。スティカの身体が耐えられないと判断したら無理にでも止めるよ)」


 スティカは頷くと、ドアニエルの前に出た。

 その様子に、ドアニエルもこちらに怪訝な目を向ける。


「……スティカ・ミラーズ、と言ったか。彼女一人にやらせるのか?」


 当然の指摘だ。

 軽鎧と旅装に身を包んではいるが、その下の華奢な身体は隠しきれていない。

 明らかに戦闘向きな佇まいではないのだ。


 カガミやキリメも線は細いが、それでも彼女達には今までに見せた実績がある。

 少数で未開地を抜けてくるだけの戦力、異質な術や体術、少なくない死線を潜ってきたであろう経験に裏打ちされた落ち着き。


 彼女らの行動には自信が見て取れた。

 しかし、スティカはそうではない。

 やや盲目的ではあるものの類稀な度胸を持っていることは認めるが、古竜の血やアーティファクトの件が無ければ自分でも止めただろう。


「やる気みたいだから、任せてみるよ。無理そうなら助けに入る」


「……初見で一人は、無謀だと思うがな」


 そんなドアニエルの言葉に眉一つ動かさず、スティカは静かに歩を進める。

 その背中にエシリースが声援を送った。


「スティちゃん! 頑張ってー! 成果を見せちゃえー!」


(……成果?)


 場違いな明るさの声援に一同の空気が緩んだ気がしたが、スティカは違った。

 真剣な眼差しを緑の化物に向け続ける。

 暫し相手を見据えた後、スティカはそのまま目を閉じて体の力を抜いたようだった。


「……誘いか」


「相性のいい魔術的な攻撃手段が無ければ、それしかないでしょうね」


「よっぽどの力か業物を持ってないと、矢や投擲じゃドニーの速さにも届かないからねぇ」


 こちらが見守る中、前に出たスティカとつきまとう草ストーカーは微動だにしない。

 そのまま30秒ほどが過ぎる。

 両者とも動かない時間が続いていたが、つきまとう草ストーカーの方に僅かな変化が見られた。

 僅かにザワザワと体を揺するような仕草を見せ始める。


「……来るぞ。いいのか?」


「任せてるからね」


 更に数分。


「───スゥ」


 スティカの深い呼吸が聞こえた瞬間。

 ボコッとスティカの足元の土が動いた。


「来たわよ!」


 スティカの足元から伸び上がった針金のような細さの茶色い根。

 植物とは思えない速度でスティカの両足を絡めとろうと巻き付き始める。

 しかしスティカは───。


「!!!」


 黒に近い濃い茶色の髪に隠れて目立たなかったスティカの額から生える小さな角。

 その漆黒の角が煌めくと同時に、スティカが目を見開く。

 見開かれた目はヒトのそれから竜のそれに変わっていた。


「な、何!?」


「あの時の!?」


 動じること無く、スティカは足元の自由を奪おうとする針金のような根を、その細腕でまとめて掴み取る。

 それを一気に引っ張った。


 普通なら千切れそうなものだが、細い根の束はボコボコと土を捲り上げながら芋づるのように外気に露わにされてゆく。


「す、すごい……!?」


「嘘でしょ!? 牛や馬でも捕まえる程の拘束力があるのに!」


「だが、切断されるぞ……!」


 力任せに根を引き続けるが、つきまとう草ストーカーはザザザと体を大きく振った。

 根を切り離して逃げるつもりらしい。

 それを悟ったスティカは、根を掴んだまま駆けた。


「ウソ!? はっや!」


 根ごと土を捲り上げながら一気に接敵したスティカは、未だ根を切り離せていないつきまとう草ストーカーに肉薄し、軽鎧の懐から短刀を引き抜いて横に薙いだ。

 護身用として旅装と一緒に買ったナイフよりは長くショートソードよりは短い剣で、本人が遠慮したので高価なものではないが、なるべく頑丈そうなものにしてある。

 振り抜かれた剣が葉を散らすと、中から枝に覆われた巨大で不気味な一つ目が覗く。


「うわ! 気持ち悪ー!」


「……っ!」


 二撃目を加えんとスティカが態勢を戻そうとしたが、そこで大地に張った根を切り離される。

 ドアニエルと同じかそれ以上の速さを見せたスティカだったが、スティカが追おうとする間も与えない程に速く、つきまとう草ストーカーが離脱する。

 尾根の下まで転がるように斜面を駆けて、見えなくなってしまった。


 行き場を失ったスティカの構えた剣。

 スティカは臨戦態勢を解除すると、残念そうにこちらに戻ってきた。

 目は悔しそうだったが、普通の人間の目に戻っている。


「く……すみません。逃げられてしまいました」


 しょぼんとしながら戻ってきたスティカに一同が唖然としている。


「いや、それはいいよ。無事だったことの方が大切だから……にしてもどうしたのその動き……?」


「ああ、見事な身のこなしだった。いつ訓練したんだ?」


 異常なまでの速さは古竜の血の影響だと理解しているため、メリエはその点は指摘しなかった。

 しかしそれを差し引いても動きは洗練されていた。

 少なくともメリエが驚くくらいには。

 自分とメリエの問いに答えたのはエシリースだった。


「ふっふっふー。スティちゃんはクロさんたちが学院やらギルドやらで忙しそうにしている間に、ヴェルウォードのお屋敷にお勤めしている騎士様たちにお願いして戦いの訓練をしていたんですよー」


「え? だって文献の解読もかなり量があったでしょ? アレを全部終わらせたってのも凄いと思ったのに」


 実際全部終わるとは思っていなかったので、ある程度役立ちそうなところだけでいいと念を押しておいた。

 それをやりながら戦いの訓練となるとそんなに時間を割けるとは思えないが……。


「いやークロさんの役に立ちたいってすごい頑張ってたんですよ。私がお昼寝したりオヤツ食べたりしてる時だって訓練していましたしねー」


「エ、エシー姉、言わなくていいから」


 随分優雅な……。

 いや、まぁ休憩は必要だから別にいいのだが。


 見たところ負荷による身体への影響は最小限のようだし、無理な力を使ったためにダメージを負っている様子は無い。

 つまり冷静であればという条件は付くが、あの力をかなりコントロールできているということだ。

 メリエがギルドで仕事をし、アンナが学院で学んでいる短い期間でここまでできるようになっていたのかと素直に感心した。


「(フム。まだまだ粗はあるがかなりの上達だ。己の意思でクロの力の断片を引き出せるとは、末恐ろしいな)」


 確かに感情に任せず、任意に力を引き出していた。

 自分でも半人半竜の時などの力に慣れるまではかなりの時間を要したし、今でもカンペキかと言われればそうではない。

 それを一人でここまで高めているとは、ライカの言う通り末恐ろしい。


「(しかし見たところ今の時間でギリギリだろう。あれ以上長引けば、また身体に負荷が蓄積される)」


「(地に埋まった根を引っ張る抵抗を受けながらあれだけの速さで動くとなると、相当な力を出しているってことだからね。アーティファクトの身体強化と治癒があっても無視できないか)」


「(逆にそこを補助できるような何かを得られれば、彼女は化けるぞ)」


 なら外骨格のような鎧や服を用意してみようか。

 力を出すことで人間の肉体に一番負荷がかかっているのは骨格と筋肉、そして内組織。

 それを外から補うか、古竜並みに強化できれば、スティカは半人半竜に変身した自分と同じだけの力を使えるようになるということかもしれない。


「(アンナもメリエもうかうかしていられんな)」


「(む……負けないですよ、私だって)」


「(別に勝ち負けは無かろう。気が急くと要らぬミスをする。ハンターでそれは致命的だぞ。私とポロもそんな焦りを抱えることもあったが、それで失敗することも多かった)」


「(ありましたね、御主人。苦い記憶です)」


「(う、は、はい。気を付けます)」


 そんなことを話していると、カガミ達もこちらに近寄ってくる。


「す、すごいですね……つきまとう草ストーカーに直接触るってかなり難しいことなんですが……」


「ホントに、アンタ何者なのよ」


「私はクロさんの使用人です。それ以下でも以上でもありません」


「いや、そういう意味じゃなくて……」


「ともあれ、単体とは言えつきまとう草ストーカーを撃退できるのであれば戦力としては申し分ないですね。ユルミール森海であれ以上厄介なのはかなり奥に入らなければ出てきませんから」


「戦って普通に強いってのはウジャウジャいるけど、いやらしいヤツは確かに奥まで行かないと出ないわよね。ただ強いだけならドニーが何とでもしてくれるし」


「俺にばかり頼られてもな。まぁクロの実力なら問題なかろう。

 ……それよりも、一つ聞きたい」


 ドアニエルは真剣な表情でスティカを見つめると、今までに無い声の調子でスティカに問いかけた。


「スティカ、お前は……鬼族の落胤か?」


「……はい?」


「小さいから気付かなかったが、その角、力も……鬼族のものではないのか? 父親や母親には、同じように角が無かったか?」


 ドアニエルはそうであってほしいと願うような、そんな様子で問いかける。

 対してスティカは無表情のまま、さらりと返した。


「違います」


「し、しかし、しかしだな。その角と力、妖人種でも……」


「この角は、私が生まれ変わる折に、クロ様に授けられた大切なものです。両親は普通の人間でしたし、混血ということも聞いたことがありません。なので、間違いなくこの角はクロ様から頂いたもの、私の誇りと宝です」


「(ス、スティカさん、あんまり話したらまずいですよ……)」


「(ハッ! す、すみません思わず私……)」


「(言っちゃったものはしょうがない。次は気を付けて)」


 このことになるとスティカはムキになる傾向がある。

 それだけ大きな部分を彼女の中で占めているということでもあるが、あまりそれにばかりこだわり続けるのもよくない。

 もう少し自身の事にウエイトを置くようになってくれればいいのだが。


 ドアニエルはこちらをじっと見ていたが、変に反応すると余計な誤解を与えかねないので、腕を組んだまま無表情に見つめ返す。

 ドアニエルも今はそれ以上言うこともなく引き下がったが、明らかにスティカを見る目が変わっていた。


 不愛想で素っ気ない印象のドアニエルにしては珍しく、どこか心配するような、残念なような、複雑な心境が見て取れた。

 そしてスティカの話を聞いてこちらに対する反応も変わっていた。

 気付くとこちらを見ているような……そんな視線を感じるようになるのだった。


「……ドニーもあれで大変だからね。でも姫様たちには朗報よね」


「ええ、クロ様が同行して下さったこと以外にも、良い報せができそうです」


「ま、その姫様のところに行くためにも、とにかくまずは進みましょう。山を下りればすぐに補給が出来るわ。そこからは一気にユミルの森ね」


「十分な量の補給が出来なければ、もう少しヤルナトヴァ北部の町まで足を延ばさねばなりませんけどね」


 何やら意味深なことを言っているが、それも彼女らの頭領に会えばわかるのだろう。

 まずはメリエの両親の情報を持っていないか聞くことが先決だが。


「まだ国境を越えて間もないのに、こんなにすぐ森に入っちゃうの?」


「はい。直接私たちの集落に行くには距離があり過ぎるので、ユルミール森海の中の氏族の集落で補給をしなければなりませんが、ヤルナトヴァでの補給は次の町で十分でしょう」


「その氏族ってのも色々面倒でねー」


「ああ、一筋縄ではいかんな」


 確かにメリエの師匠のニグリナも不穏なことを言っていたが……まだまだ波乱はありそうだ。

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