経験値

「準備はいい?」


「……はいっ!」


 戦意を宿らせた真剣な声。

 吹き抜ける風に混じる、チリチリとした闘志。

 背にいるアンナは矢じりを潰した弓矢を携え、手綱を握る。


 対するは竜騎士見習いで、アンナの友人、アリカナージ。

 軽鎧に身を包み、長大な三又槍トライデントを右手に、金属製の杖を左手に持つ。

 細身ではあるが、その佇まいには戦いに対する慣れが感じられるほど、落ち着いて見える。


 ヴェルタ王立研究院付属王立学院の訓練場。

 飛竜の姿でアンナを乗せ、20mほどの距離を取って相手の竜騎士と向かい合う。


「それでは、模擬試合を始める。三手先取の他、降参、または戦意喪失と判断された場合、そこで終了だ。また、騎手の落下、気絶、騎竜の継戦不能も敗北と見なす」


 審判役を務めるのは教官のアラミルド。

 広大な訓練場だが、よく通る声だ。

 何かの魔法を使っているのかもしれない。


 周囲を取り囲むように生徒たちと一部の教官や講師が観戦している。

 そしてやや離れた位置にはアラミルドの相棒であり、竜騎士養成科の幼い飛竜たちの親役でもある成竜ダナがこちらを窺っていた。


 アンナが両親と再会してから幾日かが過ぎた。

 ヴェルタでやらなければならないことも大方消化し、あとはアンナが王立学院の勉学を終え、ヴェルタ国内を公的に飛び回る許可を得るだけとなった。

 カガミ達の方もドアニエルが回復していつでも出発できるようになり、こちらの用事が済み次第、ユルミール森海に最も近いとされる、ヤルナトヴァ王国に出発する予定だ。


 ヴェルタだけではなく、登記された竜騎士が国家間を移動する際の決まり事や注意点、法律上気を付けなければならないことなど、大体の内容を学び終えた。

 しかしやはり、自分たちのように特定の国家の騎士団に所属していない竜騎士は少数派らしく、国境を越える際には色々と手続きが発生するのは免れないらしい。

 ただ、国家ではなくギルドや教会といった特定の団体に所属する竜騎士はいるので、全くゼロというわけではないとのこと。


 一応セリスがいくらか配慮してくれると申し出てくれ、ヴェルタ王国からの特例として王族からの書状で多少は手続きを簡略化してくれるとか。

 そんなこんなで当初の予定通り王立学院の在籍期間も残りわずかとなった折、中止となった戦技会の代案として模擬試合が計画され、アンナもそれに参加することになった。


 トーナメントではなく、抽選で対戦相手を決める方式で、戦いは勝っても負けても一人一試合のみ。

 いくつかの生徒同士の対戦の後、何の因果かアンナとアリカナージの対戦が決まったのだ。


「(クロサン、よろしくッス。胸を借りるッスよ)」


 既に臨戦態勢となっているアリカナージの騎竜ラカスが、いつになく剣呑な気配を匂わせる。

 温厚そうに感じてはいたが、一歩戦場に入れば途端に竜としての本能を垣間見せるのは、その身に刻まれた戦いの遺伝子故か。


「(こっちも、勉強させてもらうよ)」


 実際、竜騎士となって日が浅い自分より、数年に渡って訓練を繰り返してきたアリカナージとラカスのコンビの方が経験値は圧倒的に上だ。

 ラカスがどのタイプのブレスを使うのか、または使えないのかもわからないし、騎手であるアリカナージの手腕も未知数。


 対してこちらは観衆の関係で星術は制限される上、騎手としてアンナを伴っての空中戦はほぼ初めてと言っていい。

 自分もアンナも身体能力は上げているが、相手の戦術次第では歯が立たないことも考えられる。

 そして更に懸念すべきは……。


(手綱は……持たないのか)


 今まで見てきた竜騎士の多くが轡と手綱を着け、手動で騎竜の制御を行っていた。

 しかしアリカナージは完全に両手で武器を使う構えをとり、ラカスには初めから手綱は着けていない。

 即ち、メリエとポロのように阿吽の呼吸で動けるだけの信頼関係と経験を伴っていると考えた方がいいということだ。


 素人目に見ても、メリエとポロの戦場での動きは驚異的だった。

 人間同士であってもあそこまで息を合わせて動ける者などそうそうはいないだろう。

 アリカナージ達もそれと同じだけの動きが出来るとなれば、素人の自分とアンナにはかなり厳しいものとなるだろう。


「(アンナ、すぐ上を取るよ)」


「(わかりました)」


 こちらもそれと同じだけのことを星術で行えるが、意思を飛ばして知らせるラグはどうしても発生する。

 そこも踏まえて動かなければならない。


「……始め!」


 アラミルドの声と同時に垂直に飛び上がる。

 他の幼竜の多くが飛び上がるのにある程度の助走を必要とするのに、ラカスはトトッと数歩駆けただけで上昇を開始した。

 両者の素早い離陸に観衆からどよめきが広がるが、その声も一瞬で風の音で無くなった。


 人間にバレないように抑えめに【飛翔】を使う自分の上昇速度にラカスは僅かに遅れて追いすがる。

 高所は押さえたが、ここまで食いつかれるとあまり優位性は無い。

 数十mほど上昇したところで、アリカナージが杖を突きだした。

 その直後、水の砲弾が発射される。


(まずは小手調べかな)


 上昇をやめ、横に旋回するように大きく回って水の砲撃を回避。

 回る勢いを利用して上昇してきたラカスの正面を捉える。


「(アンナ! いいよ!)」


「(!!)」


 こちらの意図を汲み取り、アンナが矢をつがえる。

 魔法で弓を強化し、更に自分の鱗製のアーティファクトで一発の精度、威力を向上させる。

 普通は狙いを定めるのに一定の間を必要とするものだが、アンナは高速で動く自分の背に乗りながら、ほぼ一瞬で狙いを定め、弦を離した。


「ッ!!」


 矢じりを潰して代わりにインクを染みこませた布の玉を巻き付けた矢を、アリカナージとラカスは慌てて回避する。

 ルール上は矢によるインクの跡を体に三回つけられたら敗北となる。

 想像以上にアンナの一射が早く、その正確さもあって驚いたようだ。


 身を捻ったラカスの動きは読みやすく、どちらに向かうのかアンナでもわかるものだ。

 それを狙ってアンナは第二射を構えていた。

 動きを先読みしての偏差射撃。

 メリエとの訓練で何度も練習していた技術だ。

 ヒョゥッという風切り音がラカスの翼の付け根に吸い込まれ、ボンと赤いスタンプが捺された。


「(!! 当たりました!)」


 攻撃の命中にアンナが喜色を示すが、アリカナージとラカスは一切動揺を見せず、むしろアンナのそうした反応を読んでいたかのように不意を突いて魔法を飛ばしてきた。


「(来た! 掴まって!)」


「(きゃあ!?)」


 アリカナージの杖から飛ぶ水の砲弾。

 アンナの偏差射撃同様、向こうもこちらの動きを先読みして逃げ道を塞ぐように弾幕を張ってくる。

 魔法による攻撃も三回命中したら負けとなる。

 弓矢と違い質より数で攻められる魔法は手数で有利。


 一応自分とアンナはベルトのような紐で体を繋いでいるため、かなり無理に動いても落ちる心配はない。

 それを考慮して身を捻り、ギュンと加速して砲撃の下を潜り抜ける。


「ほわーっぷ!?」


「(あ)」


 何とか水の砲撃による弾幕は避けられた。

 ……自分だけ。


 バッシャンと水の玉を浴びたアンナの上半身がずぶぬれとなり、ぺったりと張り付いた服と髪の毛が悲し気に水を滴らせる。


「(うぅー……)」


「(ゴ、ゴメンアンナ……避けたつもりだったんだけど……)」


「(酷いですぅ……)」


 これが人を乗せての空中戦の経験の差。

 圧倒的な身体能力差があるはずの自分とラカス。

 それでも痛み分けとなる現実。


 確かに星術も抑え、本気の一割も出していないし、実戦とは違うのかもしれない。

 が、一定のルールの中で技術を競うとなると自分やアンナに足りていないものがいくつも見えてくるようだった。

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