選んだ道
メリエと共に王都の大通りを王城に向けて歩く。
人波に逆らわず、流れに乗る。
こうして街を歩く人々を
肌の色で人種差別などが取り沙汰されていた地球だったが、この世界には色などどうでもよく思えるような鱗様の肌や毛皮、中には岩のような質感の肌を持つ種族もいる。
身体的にも小人のように低身長もいれば、優に2mを越える体格に長い首を持った種族もいるし、人間よりも動物の色が濃い獣人は殆ど二足歩行をしている動物と見分けがつかない。
そんな中にあっても、人々は平然と日常を送っている。
自分の知る人間という価値観を全てひっくり返されるような光景。
そう、全てが違うのだ。
勿論、国によって種族の偏りもあるし、単一種だけで運営される国もあるという。
このヴェルタが様々な種族が集まっている国というだけだ。
恐らくこんなことを考える、地球での価値観を捨てきれないでいる自分が異色なのだろう。
陽の明るさと、そんな人々の活気でいつも以上に賑わって見える。
人の影に気を付けて歩きながら、ふと空を見上げる。
今日は朝から抜けるような青空。
日差しは強いが暑いということもなく、激しく動いたりしなければ汗をかくことも無いくらい。
散歩するには絶好の天気。
そんな陽気だからかメリエも足取り軽く、道々にある露店や通り過ぎる人の様子を眺めて楽しそうだった。
メリエと並んでのんびり歩を進めていると、背後の人波の中から覚えのある気配が近寄ってくる。
その直後、背中にドシッという衝撃と慣れた重みがかかった。
「おっと」
「ん?」
「(用事は終わったか?)」
自分の声にメリエも反応する。
気配の主は普通の狐の姿を取ったライカだった。
近寄って来た時の気配で何となく察していたので驚きは無い。
ライカは走ってきて背中に飛び乗り、そのまま肩車のように頭に顎を載せて居座った。
「(終わったよ。これから王城に戻るところ。ライカはどこ行ってたの?)」
「(この都市に来てからの馴染みに会いにな。ここを離れることになるから、別れの挨拶だ)」
「(前に人間で親しくなった人はいないって言ってたから、動物の知り合い?)」
「(ああ、この都市に住み着いている獣たちだ。別に仲間という程でもないが、暇つぶしに付き合ってもらったり、話しに乗ってもらったりしていたからな。クロの事を話したら仰天していたぞ)」
「(いや、うん。まぁそうだろうね……)」
「(紹介してやると言ったがそんな暇はなさそうだな。……ところで、メリエはどうしたんだ? 何やら嬉しそうだが)」
ライカの横目を受けて、メリエが一瞬たじろぐ。
「(ああ、お師匠さんに会って来たんだよ。それでじゃない?)」
「(う、そうだな。今回はゆっくりと懐かしい話も出来たからな)」
「(……そうか? それだけではないような匂いもするが……その師匠とやらに何か言われたのか?)」
「(え!? あ、う、いや、その……)」
ライカが鼻をフンフンと鳴らしながらメリエの方を向くと、メリエの肩が跳ねる。
ライカはそれで何かに気付いたらしく、珍しくジト目でメリエを見た。
「(……成程? ま、私は別に誰の味方というわけでもないしな。それに発破になるかもしれんから、そうした刺激はあった方がお互いのためだろう)」
そう言われたメリエはぐっと何かを堪えるような、気まずそうな表情になり、次いで早足になる。
「(あ、メリエ待ってよ)」
「(クロもクロで、何やらややこしい匂いをさせているな……まぁいい、腹も減ったし、私もこのまま付いて行くとするか。アンナは親に会えたんだろう?)」
ライカの言葉に、ニグリナが言ったメリエを娶ってくれという言葉が蘇った。
内容のわりに軽く言われた手前、冗談なのか本気なのか判断できなかったが、自分の心に一石を投じるには十分だった。
あの時、母上に言われてから今までずっと、心の中に蟠っているものが再び浮かび上がってくる。
異分子……〝異質〟な自分が伴侶を得るという意味。
気にしなくてもいいのかもしれないが、相手はどうだろうか。
少なくない影響はあるだろう。
背中で見えないが、今の自分の思考を嗅ぎ取ったライカは恐らく怪訝な顔をしていることだろう。
努めて聞き流し、後半の部分だけに反応を返す。
「(あ、うん。王城の部屋を借りてね。お姉さんはまだみたいだけど、両親は到着したよ)」
「(ふむ。これでアンナの懸念材料の一つが消えたというわけだ。枷が消えたことで、今後はアンナの伸びも早くなるだろうな。戦闘経験もそこそこ積めているし、私が直接相手になってやるのもいいかもしれん)」
ライカはそう言うと、嬉しそうに尻尾を振った。
その尻尾がボフボフと当たるのが鬱陶しいやら気持ちいいやら。
ライカも伴い、そのまま王城に向かう。
城門前まで来ると、不安な気持ちが鎌首を擡げたが、メリエやライカの手前、なるべく平静を装って進む。
アンナはどんな選択をするのだろうか。
これからも一緒に旅をするのか、家族との穏やかな日々に戻るのか、それとも……。
これからも一緒に旅を続けたいが、それは家族との別離と、アンナの危険を意味する。
自分のせいで危険に晒すことも増えるかもしれない。
いや、それは間違いないだろう。
アンナは、アンナの家族は、それでいいのだろうか……?
平穏な日々と家族との安寧を選べば、普通の少女としての生活に戻ることになり、自分との関係は恐らく希薄になっていくだろう。
違う道を選んだとしても、会いに行けばいい。
今の自分には距離をものともしない翼もあるし、社会という煩わしい時間の制約があるわけでもない。
今生の別れとなるわけではないのかもしれないが、それでも……。
この先も一緒にいたい気持ちと、アンナには危険な目に遭ってほしくないという想い。
どの選択も、自分の中にしこりを残す気がする。
でも仲間として、アンナの選択がどんなものでも尊重したい。
自らの思考に溺れながら客間の前に到着し、メリエが扉を開ける。
「あ! クロさん、メリエさん! どこに行ってたんですか!? 酷いですよ置いて行くなんて!」
扉を開けてすぐ、いつもと変わらないアンナの声とやや不機嫌そうな表情。
アンナの後ろにはアンナの両親が笑顔で立っていた。
「ちょっとメリエと訓練をね。あとメリエの師匠にも会って来たよ。帰りにライカと合流したんだ。アンナだってご両親と久しぶりに会うんだから、家族だけの方がいいでしょ?」
「あ、それで……でも、折角今までの事を話しながらクロさん達を紹介できると思ってたのに」
アンナはそう言って両親の方を見た。
それに合わせてアンナの父親が歩み寄る。
「あなたが……クロ、さんですか?」
「はい。えっと」
「ああ、ありがとう、本当にありがとう。私はディラン。アンナの父です。アンナを救って下さり、心より感謝を」
万感の言葉。
それ以外に何も無かった。
ただただ父親として、娘の無事に礼を述べる。
しかしだからこそ、その後のアンナの選択が重いものとなる気がした。
「気にしないで下さい。出会ったのは偶然とはいえ、困ってたらそりゃ助けますよ」
「私からもお礼を言わせて下さい。アンナから聞きました、命を救って下さっただけではなく、私たちのことまで……何もお返しが出来ないことがこんなに苦しいなんて」
「それは違います。アンナが自分で考えて、今の結果になるように努力したからご両親と再会できたんです。アンナが主体的にならなければ、この現実は無かった。そこはアンナの功績ですよ」
「そうかもしれない……しかし貴方が傍らにいなければ、それが不可能だったのも事実。やはり貴方様に感謝は必要です。ありがとうございます」
常識的で、話の分かる人たちだった。
今までのアンナを見れば、育てた親御さんがどんな人なのかは大体察しがついていたが、予想通りだ。
子は親を映す鏡であり、逆も然り。
親の言動は、そのまま子の言動の基盤となる。
アンナがこんなにも素直で温かい心を持っているのだ。
両親がそうでないはずがない。
そう思える程に温かい人たちだ。
「どうか、これからもアンナを宜しくお願いします」
「え?」
心が温かくなったところで、アンナの母親からの一言で現実に戻された。
「聞けば大切な旅の途中なのだとか。まだまだ子供のアンナがお役に立てるか不安な面もありますが……」
アンナの父親も苦笑気味にそう続ける。
「お父さんそれどういう意味? 私だってちゃんと……ってクロさんまで! 何ですかその顔!」
「あ、いや……え? いいの?」
「何言ってるんですか、当たり前です! ずっとついて行きますよ!」
「いや、折角再会できたのにさ、決めるにしてももっとゆっくり話してからにしてもいいと思うけど」
ずっと願っていた再会。
僅か数時間でまた別れる話になってしまうとは、何ともな話である。
いや、そう感じるのは自分だけなのか?
そう思ってしまう程、アンナも両親も当たり前のように言う。
「大丈夫です。こうして無事なのはわかりましたし、王女様が生活のことは大丈夫と仰ってくれましたし」
「……そうなの?」
そこでイーリアスと共に一歩引いて聞いていたセリスに顔を向ける。
「はい。国賓扱いで、と最初は言ったんですが、さすがにそれはと……。なので王都内に住居を手配し、仕事も斡旋しようかと考えております。
その方がクロさんもアンナさんも心置きなく旅に集中できると思いますし、今までのお礼にもなります。それに気が向いたらここに帰ってきてもらえればいつでも会うこともできますから」
成程。
そうして自分とのつながりを保っておきたいという面もあるわけか。
アンナの両親が定住していれば、ヴェルタに何か起こった場合に自分が助けに来てくれるという保険にもなる。
見知らぬ村に戻るよりは安全だし、こちらの事情も知っている。
抜かりないというか何というか。
「クロさんが迷惑でないのなら、是非お願いします。アンナが決めたことですし、この娘もいい歳ですから。心強い方と共に在り、僅かな時でここまで立派になれたのなら、私たちは心配はしていません。それも運命なのでしょう」
「ええ、切っ掛けは悲しいものだったかもしれませんが、成人の歳を過ぎてこの逞しさがあるのなら、親元は離れるべきです。実際、私たちもそうでした」
アンナの両親はそう言って笑った。
まだ幼い印象があるが、アンナの生きる世界ではこれが当たり前ということ。
全員が納得しているなら、あとは自分次第。
一緒に行くアンナの身の安全。
特に自分が原因で降りかかる火の粉。
それを払う重責。
アンナ自らが危険を選んだのだから、自分に責任は無いのかもしれないが、そうだとしても、自分が許せなくなる。
「……わかりました。アンナ、これからもよろしく」
「はい! こちらこそ」
「(まぁ当然だな。さぁ腹も減ったし飯だ飯)」
ライカはライカで何を今更と言った風で、いつも通りだ。
「じゃあご飯にしようか」
「食事でしたら私も同席していいですか?」
「セリス様も?」
「ええ、先程約束しましたし、御迷惑でないのなら皆さんで。その席で住居の事や仕事の希望なども聞けますし、まだ到着していないアンナさんの姉君の事も伝えられますから、ちょうどいいでしょう」
こちらの事情も知っているわけだし、別に断る理由もない。
「じゃあお願いしようか」
「え!? あ、あの、我々も……ですか?」
王女と会食と聞き、今までのニコニコ笑顔から引き攣った表情になるアンナの両親。
さもありなんと言ったところだが、仕方がない。
「ええ、勿論です。ご両親のお二人にアイラさんのことをお伝えしないわけにはいきません。ではイリアさん、食事の手配をお願いできますか?」
「は、すぐに申し伝えましょう」
オロオロとするアンナの両親を他所に、食事の準備が始まる。
ライカは王宮の料理をたらふく食べられると息まいていたが、アンナの両親は緊張でそれどころではないかもしれない。
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