眠れる獅子 ~大老狐尾裂一族末位・磊華~
「(あとは奴だけだが、
「そこまで! アンナ、ルカスの両名が勝ち残りだ」
「(おっと、そうだったな)」
残り二名が勝ち上がり、次の戦いに進む。
決着をつける必要は無いわけだ。
私の助言に身構えたアンナだったが、見届け役の宣言にアンナは構えを解いて力を抜いた。
結局今回もアンナの頭の上に鎮座した役立たずの鳥は役立たずのままだった。
何のために取り付いているのやら……妖の者共の思考は私でも読めんから、不気味にも思えるな。
観衆の者達は特に称賛を送ることも無く、周囲の者達と何事かを囁き合っている。
何ともつまらぬ連中だ。
そんな外野を気にせずアンナは私を抱え上げると、いの一番にクロの元へと向かった。
「(クロさん! どうでしたか?)」
開口一番に聞くアンナの表情。
その顔に喜色を浮かべ、紅潮した頬。
戦いの昂揚による赤みだけではないのは明白。
なんともわかりやすい友人だ。
「(……正直びっくりした)」
さすがのクロでも驚嘆したか。
無理も無いな。
暇を見つけてはメリエとハンターとしてやっていくための訓練をしているのはクロも見ていたはずだが、それにしてもアンナの成長ぶりは目覚ましい。
天賦の才もあるのだろうが、本人の努力が何よりも大きいのはクロも理解しているだろう。
「(凄いよ。この短期間にここまで動けるとは思ってなかった)」
クロに褒められたアンナの顔が一層華やぐ。
ここで気の利いたことを囁いてやればいいものを……まぁクロだしな。
「(私から見ても十分すぎる。気概もそうだが、伸びしろもまだまだ大きい。何よりも、死線とまではいかずとも、殺意の前に身を晒した経験が活きている。その場数で怖気づかないだけでも見事なものだ)」
「(えへへ)」
褒められて身じろぎする様は、まだあどけない少女のそれなのだがな。
まぁアンナらしいと言えばアンナらしくていいのかもしれん。
「(そう言えば、魔法は使わなかったの?)」
「(はい。触媒は買いましたけど、戦いで使えるような魔法はまだ覚えていませんし、覚えていたとしても練習の時間が少なすぎていきなり使うのは怖いです)」
「(それもそうか。使えることと実戦で役立てることは別だしね)」
「(はい。それならそっちに気を取られず動きに集中した方がいいかなって)」
「(その辺の判断も含めて、今までの訓練の成果だな。
……む?)」
クロを撫でるアンナに、覚えのある匂いが二人、近寄ってくる。
アンナも気が付いたが、フードのある服で顔を隠しているため怪訝そうな顔をした。
「お疲れさまでした。アンナさん!」
「あ、スイさん! レアさんも!」
居候している屋敷の主の娘二人だ。
私もクロもいることには気付いていたし、アンナのことを見ていたのだろう。
「あっ、シーシー! 見つかると目立っちゃうから静かに」
「あ、ごめんなさい」
こやつらは人間で言うところの位の高い家格なんだったな。
アンナがそうした人間と接触しているのを見て、嫉妬する馬鹿が増えても良いことは無いということか。
「いやー凄い動きでしたね。私もお父さんに稽古をつけてもらってますけど、今のアンナさんのように状況判断して動くのは無理ですよ」
「私はまだお姉ちゃんにも届いていないから、とても尊敬します」
二人は先程のアンナの動きを称賛した。
フフン。
当然だろう。
私ですら目を見張ったのだ。
「私もお父さんにもっと鍛えてもらわないとなー。あ、そうそう、内緒ですけど、実は王女様も見に来ているんですよ。コッソリ砦の方から見ているはずです」
「え、そ、そうなんですか」
さっきクロに教えてもらったアンナは気まずそうな顔をしたが、別に後ろめたく感じる必要もなかろうに。
「私たちも応援してますし、勉強のためにもアンナさんの動きを参考にしたいと思います。頑張ってください」
「うんうん。ヴェルウォードの屋敷に戻ったら、今度手合わせして下さい!」
「はい、ありがとうございます。頑張りますね」
「じゃあ私たちは観覧席に戻りますね。アンナさん達は怪我もないですし、もうすぐ予選二試合目に呼ばれると思います。しっかり休憩して下さい」
「わかりました」
「じゃあまた後で!」
笑顔で言い残すと、嵐のようにやってきた二人は慌ただしく人の流れに消えていった。
そんな二人の背中に、アンナは控えめに手を振る。
「(やっぱりスイやレアもいたね。まだ入学していないから観覧している貴族の側かな)」
「(ですね。あー、あんな風に言われてしまうと逆に緊張しそうですぅ)」
「(案ずるな。今回は私がしっかり補助しよう)」
「(次の動きはどうするかとか、ライカがアドバイスしてくれたら流れを掴み易いと思うし、いい勉強になるだろうね)」
「(さっきは殆ど手助けしていない。アンナの実力だぞ)」
「(……ホントに凄いね……アンナ)」
「(そ、そんな……フフ……て、照れちゃいますね……)」
クロの座る竜房で暫しの間そんな話をしていたが、本当にすぐに呼ばれることになった。
さっきの試合の審判役の者がやってきて、次の試合の準備をするように告げる。
「(次も頑張ってね。学生とはいえ勝ち残った訳だし、それなりに強いだろうから)」
「(そうだな。少なくともさっきのようにはいかんだろう。すぐに負けてはアンナの訓練にならん。必要なら私も手を出すからな)」
それに、見ているだけというのも味気ないからな。
例えお遊びだとしても、闘の空気は昂るものが在る。
「(はい、気を付けます)」
クロと別れ、私とアンナは次の試合場へと足を運ぶ。
他の面々は既に揃っており、アンナが一番最後だったようだ。
先程と同じように、アンナは私を地に下ろし、武器を抜いて周囲を窺った。
第二試合の人数は先程より一人多い、アンナを含めて八人。
それにこの匂い……。
「(……アンナ、気を付けろよ)」
「(……!)」
さっきとは明らかに匂いの違う者が混じっている。
実力的に、メリエに迫るような使い手は……一人のみだな。
それよりもこの匂いは実力がどうこうではなく、策謀を巡らせている匂いだ。
「ではこれより予選第二試合を始める。ルールは先程と同様だ。残った二名が本戦へと進む。
では、はじめっ!」
全員が構える。
今回の傾向は……純武闘派が二、武魔複合が三、魔術師が二か。
アンナのように獣魔を連れている者はいないようだ。
「……っ!!」
面子は違えど、先程と同じように近くの者と戦いが始まるかと思いきや、やはり動き出したか。
学徒のうちの五人が、示し合わせたかのように同じ人間一人に狙いを定めた。
「お、お前ら! うわっ!?」
狙われたのは武魔複合の男。
二人が同時に剣で斬りかかり、その攻防の隙をついて背後から魔法が飛ぶ。
ほぼ一瞬で一人が退場することとなった。
「(ライカさん……!)」
「(そういうことだ。さっきとは比べ物にならないぞ)」
そう。
つまりこれは、徒党を組んでいるということ。
一人を集団で倒した五人は、残りの一人とアンナに視線を向ける。
そこからは全く同じ流れで更に一人が退場することとなった。
残るは六人。
アンナと、示し合わせた五人。
「(メリエ並みに動けそうな奴が一人いたが、経験不足と波状攻撃でやられたか。経験に勝るアンナならばああはならんと思うが、一筋縄ではいかんぞ)」
「(……!)」
搦め手や策を巡らせる相手との闘い。
これもいい経験にはなる。
が、ちとアンナには厳しいか。
さて、どこまで静観すべきかな。
「(……アンナ。これはメリエとの訓練では学べない貴重な経験だ。だが無理はするな。私が何人か削ってやる。出来る範囲でいいから、多対戦の空気を感じ取れ)」
「(……! はいっ!)」
先程の乱戦とは違い、全員がアンナを狙っている。
多少の怪我は覚悟すべきだろうが、それもクロがいれば問題ない。
過保護だけでは、何も得られないからな。
アンナににじり寄る近接型の三人が、得物の切っ先をアンナへと合わせる。
アンナの足で五歩ほどの距離まで近付いた中央の学徒がボソリと吐いた言葉が耳に届いた。
「……ブロード様の寛大な言葉を無下にしやがって……」
「(……フン。やはり、あの身の程知らずの手下どもか)」
アンナを自分の派閥に引き入れようと近付いてきた奴。
……報復……それも自分の手を汚さずとは、つくづく下種な思考だな。
「(くるぞ)」
「(っ!)」
まず動いたのは直剣を握る二人。
その二人に僅かに遅れ、短槍を構えた一人が後を追う。
時間差攻撃。
更に追い打ちと言わんばかりに、背後にいる二人が魔法を使う素振りを見せた。
体術にはかなり慣れてきたアンナだが、この状況下で二人がかりの魔法は厄介だな。
今のアンナならば近接三人なら圧倒はできないまでも、ある程度持ちこたえられると踏み、魔術師タイプの二人を黙らせることにする。
獣術を操作し、体の大きさは変えずに尾だけを肥大化させる。
それと同時にアンナに向かう三人の横を素早く回り込み、アンナに向けて魔法を放とうとする男の横腹に狙いを定めた。
「ごあっ!?」
まずは一人。
尾撃の薙ぎ払いで脇腹を打ち据えられた一人が沈む。
それを見てもう一人の魔術師がこちらに意識を向ける。
これでアンナの方に攻撃をする余裕は無くなっただろう。
しかしここでアンナの苦痛を堪える声が上がる。
「あぐっ!」
「(!)」
初手の時間差攻撃をしのいだアンナだったが、間髪入れずに攻寄る三人の波状攻撃を捌き切れず、首を狙った直剣での攻撃を肩口に受ける。
刃引きされていても、突きで繰り出されればその部分を抉ることは容易だ。
肩口の服が破れ、ジワリと血が滲む。
やはりまだ一対多での戦いを無傷でしのぐには経験が足りぬか。
そう思って助太刀に走ろうとした矢先だった。
「あ?」
アンナの肩口に突きを入れた男の手が、剣を握ったまま地に落ちる。
手首から切り落とされたそれは、ボトッと転がって止まった。
それが起こった瞬間、アンナも含めて戦いの最中にあった全員の空気が凍り付いた。
「あ、あっ、あっ、あああああああああああああ! 俺の腕があぁぁぁああ!」
何が起こったかわからない様子だった男が、脈動によるビュッという耳障りな音と共に、自分の腕から血が噴き出すのを見て、悲痛な悲鳴を上げた。
「なっ!?」
「何が起こった!?」
審判役も含めて何が起きたのかわからず、狼狽する。
私ですら瞬時に何が起こったのかを把握できなかった。
だが、人間どもよりは先に察した。
「(オマエ……!!)」
アンナの頭に鎮座し、今まで動くことすらなかった鳥の妖。
奴の口が裂け、鳥にはあり得ない牙が覗いていた。
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