初戦 ~大老狐尾裂一族末位・磊華~
本当に、此奴らと一緒にいると、退屈しない。
幾度目かわからんが、この都で、平穏ではあるが刺激の少ない時間を過ごしてきた私が今再びそう思うのは、僅かに先の話。
善き友にして、世話の焼ける
が、それ以上に、先達たる友として、この広大で未知なる世界を自らの足で歩む権利を得ることに、歓喜の想いを禁じ得ぬ。
「これより第二会場予選一試合目を始める。ルールは説明した通りだ。生命の危険がある場合のみ、我々判定官が介入する。各々、準備はよいか」
アンナは強張った面持ちで私を地に下ろした。
支給された弓と矢筒を背に固定し、
戦うと割り切った以上、怖気づくことなく戦意を露わにする。
さすがクロと共に旅をしてきただけはあるというべきか、命を危機に晒した経験も手伝い、思い切りの良さはここでも良い方向に働いているな。
相対するは六人。
その出で立ちと匂いからして……人間でいう魔術師が二人、魔獣使いが一人、武魔複合が二人、純武闘派が一人、か。
何れも手練れと言えるほどの使い手ではないし、不穏な匂いを発している者もいない。
どうやら例の貴族の息が掛かった者はいないようだ。
アンナにとっては初の乱戦だが、この程度ならばメリエとの訓練の動きを見ても問題なさそうにも思えるな。
「では、開始!」
号令。
アンナはメリエとの訓練で学んだように、まずは相手の動きを観察している。
つまりは、見。
私もまずは状況の確認のため、鼻を研ぎ澄まし、空気の流れと匂いを読み取る。
動いた他二名はアンナ以外を狙ったようだ。
「ゼラァ!」
刃引きされた剣を振り上げ、愚直にアンナに突進するのは武魔複合の男。
比重は魔よりも肉弾戦のようだが、補助魔法は掛けているようだな。
匂いにしてはそれなりの速さ。
対するアンナは───。
「フッ!」
低く屈んで、一足。
向かってくる男の剣の間合いを一気に侵襲し、その内側に入り込む。
「!!?」
男の剣よりも二手早く、アンナは短剣を振り抜いた。
軽鎧の上から胸骨を
「おごぉ!? がぁ!」
刃引きされ切れ味はないが、速い振りからの短剣の横薙ぎは男の肋骨に痛打を与えたようだ。
剣を取り落とし、身悶える男は膝をつく。
その次の瞬間───。
「!?」
「グハッ!?」
打たれた部分を抑えて膝をついた男が、突然の風弾に吹き飛ばされて横へと転がった。
一瞬早く、それに反応できたアンナが咄嗟に数歩下がる。
「(こいつかアンナ、どちらでもいいから隙を見せた方を横から狙い撃ちにする腹積もりだったわけか)」
攻撃系の魔法で横槍を入れてきたのは魔術師のうちの一人。
そう、何も正面から相対するだけが戦いではない。
特にこうした一対多の戦いではな。
別に驚くことでも非難することでもない。
こうした搦め手も、戦場では常套手段。
命の遣り取りに清濁など関係ないのだ。
ただ生き残る者だけが勝者。
それが世の理であり、アンナが知らなければならない、そしてこれから踏み入ろうとしている世界。
「戦闘不能! 失格だ!」
もんどりうって吹き飛ばされた男はそのまま失神し、外側で見ていた審判役が近寄ると、離脱を告げられる。
打たれ弱さも匂いの通りだな。
私からすればありきたりな展開だったが、それを観戦している者達にとってはそうではなかったようで、どよどよというざわめきが広がっている。
前に潜り込んだ御前試合とやらの時のように歓声を上げるような観衆ではないため、場を盛り上げるにはやや物寂しいところだ。
にしても、今のアンナの動きは終始良かった。
「(メリエとの訓練の成果だな。目を見張る成長だ)」
闘志を剥き出しに襲い来る男の気迫に屈せず、冷静に間合いを測り、そして踏み込む。
一撃を入れた後にも気を抜かず、次の動きへとつなげ、すぐに周囲の状況を確認すべく視線を走らせる。
実戦経験も数少ないというに、想像以上の進歩だ。
「(フゥ、フゥ、……はい! 今のはびっくりしましたけど、地下書庫の時の経験が活きました。メリエさんからは常に次を考えて動くようにと言われて稽古をつけてもらってきましたから。それに、クロさんのアーティファクトを外して稽古したおかげで少しは体力も上がったようです)」
ククク。
飲み込み良く、そしてこの思い切りの良さ。
これを少しでもクロのことに向ければもどかしい関係も進展しそうなものだが、私の友人はそっち方面は不得手のようだな。
まぁ今まで時を共にしてわかり切っていたことだが。
「(いいぞ。クロのアーティファクトが無くてどうなるかと思ったが、嬉しい誤算だ。
そう、常に万全の状態で戦えるとは限らない。それを解っているのといないのとでは、覚悟にも動きにも差が生じるもの。
さぁ次だ)」
先手に動いた三人のうち、アンナに向かってきた者は敗退、一人は戦闘中、もう一人もアンナと同じように一瞬で勝敗が決したのか既に敗退したようだ。
残るは四人。
アンナに敵意を向けてるのは先程攻撃魔法を使ってきた奴だけ。
他は他で戦闘中、こちらに気を向けてはいない。
が、ここは教えるべきではないな。
アンナは身構えつつ周囲を見回す。
そしてすぐに動いた。
「はやっ!? ひ! うわっ! 待って、参った! 降参だ!」
アンナが身を翻して突進した先にいたのは、不意打ちをしてきた魔術師。
次の魔法が間に合わず、アンナの攻撃を防げないと悟った男は、必死に降参を宣言する。
自分が血を流す覚悟もできてはいないとは、呆れてモノも言えん。
「棄権! そこまで!」
これで残るは三人か。
純武闘派が一、魔獣使いが一、武魔複合が一、そしてアンナ。
長剣を携えた男が間合いを詰めようと、短槍を持つ女ににじり寄っている。
女の方は既に魔法を起動しており、カウンターを狙う腹積もりのようだ。
それを遠巻きに観察しているのが馬のような小型の魔獣を従えた魔獣使い。
この中でアンナに気を向けているのは魔獣使いのみ。
戦闘中に他に気を回す余裕が無い、つまりはその程度の実力者の遣り取りということだ。
アンナは戦いながらでも横槍の魔法を回避できるくらいには周囲に気を配っている。
此奴らにアンナを抜ける道理はないな。
アンナ自身がどう思っているかは知らないが、もう誰が見ても幼くか弱い村娘などではない。
「
私を連れたアンナの動きを見て脅威と悟ったか。
使い魔をけしかけてきた。
体表が硬度のある鱗で覆われた馬型の魔物で、走車を牽引する魔物として街中でもよく見かける。
魔物の出没する都市外であっても耐久力が高く、肉以外も食べられるため世話もしやすい。
人が重宝する種類の魔獣だ。
まだ幼体の域を出ないようだが、それでも体高はアンナの倍以上。
それが体当たりしようと突っ込んでくる。
さて、アンナはどう出るか。
「……っ!」
「(ほう……)」
アンナは突っ込んでくる魔獣に正面から突進する。
観戦していた者達からも、アンナの意外な対応に驚いたどよめきが湧き起こった。
そして魔獣と交差するよりも前に進行方向を変え、その横を余裕を持ってすり抜けた。
その体の構造から、即座に反転できない馬型の魔獣を置き去りにし、背後で立つ主人を倒しに走った。
「なっ!?」
まさか正面突破で自分を狙ってくるとは思わなかったのか、魔獣使いが明らかに動揺する。
魔獣任せで自身の戦闘能力はあまり磨いてこなかったようだな。
こうした場合にどう動くべきかの判断が遅い上、体が恐怖と緊張で強張っている。
「ハッ!」
「あがっ!?」
短剣の一撃が魔獣使いの左腕に吸い込まれる。
その打撃による苦痛に涙を浮かべた魔獣使いは膝をついて負けを宣言した。
「失格だ!」
主人が敗れたため、反転してきた従魔も戦意を喪いカッポカッポとスピードを落とし、主人の元へと歩いて行った。
「(ふむ。良い判断だな。今の動きは、あの魔獣のことを知っていなければできない。知らずにやっていたのならば蛮勇に過ぎると
「(フゥ、フゥ、はい。知っていました。私の住んでいた村でも飼われていましたし、アスィという村でも馬のような魔物を見ました。馬型の魔獣は走り出して速度が出るとすぐに方向転換できない、だからそれを利用しようと……)」
「(成程な。よく考えたじゃないか)」
「(ありがとうございます……これで残りは……)」
アンナの試合場に立っているのはアンナと、長剣を携えた純武闘派の男のみとなっていた。
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