接触

「うひゃーいい風ですねー!」


「(ふおおおお!)」


 学院の訓練場を飛び立って数秒。

 速度も控えめ、高度も抑えめで風もそこまで強くないので、防護膜の星術を解除する。

 鱗に覆われた自分には無いに等しい程度の風だったか、アンナやライカには結構な強さに感じるようだった。


 アンナの透けるような金髪が風に揉まれて靡くが、表情はとても気持ちよさそうだ。

 そんなアンナの頭に乗った青い鳥、もとい風の中位精霊は、羽毛が風で乱れつつも風精霊というだけあり強風にも動じず安定して座り続けている。

 ただ、強い風に嬲られて舞い踊るアンナの髪に絡まりそうになっていた。

 ライカも日を反射して金に輝く毛が雑に撫でられてもみくちゃにされた時のようにボサボサになっている。

 まぁ、本人は至って楽しそうに嬉しい悲鳴を上げてご機嫌だからいいか。


 見下ろす学院の敷地は長方形の形をした広大なものだった。

 王都寄りの土地には教室棟をはじめとした様々な建物が立ち並び、人工物ながら美しい景観を築いている。

 逆に王都とは逆方向の土地には訓練場や竜舎、後々聞いてわかることになる大型の従魔を管理するための獣舎、実験棟、そして王都の防壁を越えて続く訓練用の森が続いている。

 少し考えれば当たり前だが、危険な訓練施設や実験施設を町から離れた場所に設置していた。


 その中でも一際大きいのが教室棟と管理棟が連なった中央の建物だった。

 まるで小さな城のように尖塔がそびえ立ち、王都の最高学府と言うに相応しい威容を誇っている。

 塔に張り巡らされた窓ガラスが陽光を反射して煌めくと、巨大な灯台のようにも見えた。


「(さすがと言うべきか、凄い規模だね。これだけ広いのに他にも王立学院の敷地が王都内にあるらしいし、学問に力を入れてるってことかな)」


 王都郊外にあるこの王立学院は危険な戦闘訓練や実験、飛竜や従魔を扱うためにわざわざ人々が暮らす中央部から離してあると言っていた。

 こことは別に商人や文官を育成するための、いわば別なキャンパスが王都の中心部にあるらしい。


 更には魔法や魔道具など各種研究をメインに行う王立研究院アカデミアもあるそうだし、合わせればここの数倍の規模になるのだろう。

 地球で言えば中世くらいの技術レベルで、ここまで大規模な学問の組織を構えているヴェルタはかなりのものだということが窺える。


「王城地下にあった地下書庫の蔵書も凄い数でしたし、やっぱりそうなんですかね」


「(アルバートとナルディーンも地下書庫の情報もあって周辺国よりも学問が発展したとか言ってたもんね)」


 そんな学院の敷地の外にはこれまた大きな建物があった。

 こちらは城と言うか砦のような石造りの建物で、鎧を着た人間がたくさん見える。


「(あっちは併設されているって言ってた騎士団関係の建物っぽいね)」


「ああ、合同で訓練もしたりするって言ってましたね」


「(戦闘技能を競う戦技会とかいうのもあるって言ってたし、竜騎士というだけあって騎士団とかかわりが深いって事か)」


「(やっぱり空から見ると歩き回って見知っている都も違って見えていいな。クロ、ホラ、次に行くぞ、次に)」


「(そうだね)」


 ライカの言う通り、遊覧飛行は程々にしておき、今度は訓練に意識を向ける。

 アラミルドの指示では森の中にある高い二本の木を回って戻ってくるということだったが……。


「(……高い木ねぇ。ここからじゃ見えないね)」


「森そのものもかなりの広さがあるってことですね」


 だだっ広い訓練場の先に広がる青々とした森。

 鬱蒼としている様子はないので一応は人の手が入っているようだが、かなりの広さがあるのは間違いない。

 上空に上がって見渡してみても、突出して高い木は見当たらなかった。

 巨体の飛竜が訓練に使用するというだけあって、それなりの敷地面積はあるのだろう。


「(じゃあこのまま進んでみようか。丁度道案内してくれる人たちがいっぱいいるしね)」


 そう言いながら眼下に目を向ける。

 訓練場を飛び立った竜騎士見習いたちが徐々に高度を上げ始めていた。

 落ち着いて悠々と飛行していた成体の飛竜と違い、必死に翼をはばたかせながら飛ぶ様はやはりまだ子供の飛竜なのだと思わせる。


 速度もまだまだで、疾竜のポロの全力疾走に比べれば速いのだろうが、裏を返せばその程度しかないということ。

 体格や力、風の利用法、翼の使い方から考えれば妥当なところか。

 ただ、やはり個体差はあるらしく、徐々に速い飛竜と遅い飛竜で差がつき始めていた。


「(お?)」


「一匹上昇してきますね」


 一匹の飛竜が幼竜にしては結構な速さで、自分たちが飛ぶ高さにまで高度を上げてくる。

 騎手は男。

 赤みがかった茶髪を風に靡かせ、片手で手綱を操りながらこちらに近付く。

 飛竜も体が大きく、見習いたちが乗ったものの中では一番成長しているようだ。


「(……今のところ敵意は感じないな)」


「(てことはつまり……)」


 特に反応するでもなくそのまま飛び続けると、やがて並走する形になる。


「手綱も無いのにその操術、少しはやるようだな!」


 並んだところで男子生徒が声を張った。


「君の実力ならばいいだろう! 4日後の戦技会、僕らと組ませてやる! どうだ?」


「え、ええ?」


 突然の誘いにアンナが困惑するが、男子生徒はそのまま続ける。


「なに、返事は今すぐでなくともいい! 僕の腕を見ればすぐにその気になるだろうさ! では先に行くぞ!」


 一方的に言いたいことを言うと、男子生徒は見せつけるように大仰に手綱を操った。

 それを受けて飛竜が反応するが、その飛竜と一瞬だけ視線が合い、次いで意思が飛んでくる。


「(……新入りが……俺の前に出るなら覚悟するんだな)」


 それだけ言うとやや高度を下げながら速度を上げて離れていった。


「(おーおー、口だけは達者だな。私はともかく、これだけ近づいてクロの気配にも気付かんとは)」


「な、なんだったんでしょう……」


「(なんかアンナを勧誘してたみたいだけど……プライドは高そうだね。飛竜も人間も)」


 一応口調は温和だったが、貴族らしいというかキザったらしい雰囲気が仕草のあちこちに見受けられ、言葉にもどこか他者が自分に従って当たり前というような感じがあった。

 ……まぁ一言で言うなら、いけ好かない奴っぽかった。


「どうしたらいいですかね……?」


「(ほっとけばいいよ。何かあったら僕やライカがいるから気にしないで)」


 アンナの友達候補にはなりそうもない。

 というかあんな感じに人と接してたら友達もできないんじゃないだろうか。

 そんなことを考えていると、徐々に残りの竜騎士見習いたちも高度を上げてくる。

 その中の一匹がまたこちらに近寄ってきた。


 今度の飛竜は飛び方が上手く、風をうまく使って飛んでいるのがわかる。

 乗っているのはこちらも男の生徒だった。

 明るい金髪を短く刈り揃え、体つきもがっちりとしたスポーツマンのような見た目だ。

 騎竜訓練の服の上からでも筋肉質な感じが窺える。

 しかし乗っている男子生徒よりも先に、飛竜の方が意思を飛ばしてきた。


「(フフ、アナタまだ小さいのに飛ぶの上手いじゃない)」


 やや幼い、女の声音。

 雌の飛竜のようだ。

 当然と言えば当然だが、飛竜にも雄雌がある。

 今回初めて雌の飛竜に出会ったので少々驚いた。

 というのも見た目には雄と雌の見分けがつかないのだ。

 なので近寄って声を聞くまで気付かなかった。


 話しかけてきた雌の飛竜は、さっきの飛竜と違って敵意のようなものは感じない。

 好奇心から声をかけてきたらしい。

 こちらが反応する前に乗っていた男子生徒が声をかけてきた。

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