興味
「(……ライカ、入ってくるのわかった?)」
「(奴らは入ってきてなどいない)」
「(どういうこと? お城で教会の奴が使った転移とか?)」
「(違う……幻影だ)」
幻影……幻か。
確かに現れ方は不自然だった。
まるでその場に浮き出たかのような……。
でも見た目は普通に人間だ。
とてもじゃないが幻には見えない。
床には影が落ち、動いた時の気配もちゃんとある。
「(見た目の精度だけではなく、実体の無い幻に気配まで持たせてある……恐ろしく高度なものだな。私の使う幻術でも、気配を持たせた上にここまで実体に近い姿を映し出すのは容易ではない。これがもし個人で生みだしたのであれば、相当な使い手だぞ)」
初めて出会った時にライカが使っていた幻術も唸るほどのものだったが、人間とは別次元の力を持つライカだからこそできたというなら納得もできる。
それと同じかそれ以上の幻を生み出せるのか……ドアニエルの戦闘能力といい、カガミ達の実力はやはり侮れないもののようだ。
「も、申し訳ありません! 決して騙すような気は……!」
現れた二人を咎めていたカガミだが、自分とライカがかなり剣呑な雰囲気を出したことで慌てた。
焦りながら頭を下げて謝る姿に、アンナが気の毒そうな表情になっている。
カガミがまとめ役のようだが、この様子だと随分振り回されているのだろう。
ちょっと同情心が湧いた。
実際問題、元々彼女らを大して信用していなかった手前、別に怒りは湧いてこなかった。
驚いただけである。
それよりも現れた双子が放った言葉に興味を惹かれた。
「いいよ別に。それよりもどういうこと?」
「フフン。言った通りの意味よ。あたし達の占いで出たの。あたし達の里で待っているのは、あんた達の中の誰かに縁深い者だってね」
「……誰かって誰?」
「さあ? 知らないわよ。でも、占いで出るくらいなんだからそれなりに実力ある者ってことじゃない? 無関係な一般人のことなんて占いに出ないし」
「……」
カガミ達の話したこととその占いとやらを信じるなら、当てはまるのは自分かライカ。
アンナやメリエは無関係ではないのかもしれないが、カガミやドアニエルのような力があるわけでもない。
つまり古竜種か幻獣種がカガミ達の里に居る、ということだろうか。
ライカは王都に来てから付き合いだしたので襲撃された時にはいなかった、となるとやはり自分と縁深き者……古竜種ということになるのか。
だが占いとやらを最近したのならライカも当てはまる可能性は十分出てくる。
まだ断定はできない。
ドアニエルの桁外れの強さや、ライカをも唸らせる幻影を創り出す彼女らの実力を考えれば、バックに古竜種や幻獣種がいたとしても不思議ではないような気もする。
寧ろそうした者達の力を借りて、カガミ達がこれだけの力を得られた、そしてその力を狙って各国が動いている、と考えれば辻褄も合いそうだ。
「どお? ちょっとは興味が出てきたんじゃない?」
勝ち誇ったように言う幻の少女に、カガミがガタッと席を立って怒りの声を上げる。
「キリメ! 失礼でしょう! 控えなさい!」
その声に負けじと幻の片割れも喰って掛かった。
「何よもう! カガミがくどくどと話して肝心なことを言わないから先に進まないんじゃない!
こういうのはズバッと言った方がいいのよ! ズバッと!
そこの筋肉バカだってそう思ってるわよ絶対!」
「……勝手に人を巻き込むな。そして筋肉バカと言うな無い乳娘」
「うっさいわね! 最近少し膨らんできたわよ! シグレと双子なんだからそれくらいまで大きくなるはずなのよ!」
ドアニエルがボソリと言った言葉に、アンナの肩がピクリと反応したが、知らん顔をしておくのが吉であると占いに出た。
占いというか、ただの勘だが。
ともあれ人の家で口喧嘩を始めた面々をぽかんとしながら眺めていると、さすがにまずいと思ったのかカガミが咳払いをして静かに座った。
「も、ものには順番というものがあるでしょう。一方的に要点だけを告げることが必ずしも近道にはなりません」
「そんなんだから彼らが難色を示しているんじゃない。私が言ったことの方がよっぽど彼らの興味を惹けているわよ」
「う……そ、そうかもしれませんが、順序立てて話した方が彼らも最終的には納得してくれるはず、です」
「キリメお姉ちゃん……喧嘩してたらそれこそ話し進まない……」
「シグレの言う通りだな。重要なことを口にしていないという言い分はわかるが、お前が場をかき回すことで余計な時間を取っているのは事実だ」
「むぐっ……あーはいはい。いいわよじゃあわかったからさっさと話しを進めなさいよ」
幻の片割れとドアニエルが割って入ると、喧嘩腰だった少女もバツが悪そうに腕を組んで引き下がった。
フウと溜息を吐いたカガミがもう一度頭を下げる。
「……お見苦しいところをお見せしました。そして、無断で彼女らが入ってきたこと、お許し下さい」
幻影だと見抜かれていないと思っているのか、カガミはそう言った。
まぁ確かにライカがいなければ見抜けなかっただろうが……。
対してこちらは腕を組み、黙って考え込むような姿勢で微動だにせず見詰める。
そんないつもと違う自分にメリエとアンナも何かを察したようで、不安そうな目を向けていた。
「……そ、その、どうでしょう? 私共と一緒に来てもらうことはできませんか?」
暫くの沈黙。
それに耐えられなくなったのか、カガミが恐る恐る一歩踏み込むように聞いてきた。
それをまた黙って受け止め、動かずに見据える。
黙って色々と考え、そして結論を出した。
「いいよ」
「!? そ、それは本当に!?」
「ああ、ただしこっちにも用事がある。それを全部済ませたらね。いつまでかかるかもわからないけどそっちが待てるのなら考えるよ」
まずはシェリアや王女たちとの約束、アンナの家族、そしてメリエの母親探しだ。
それ以外にもまだまだヴェルタの王都でやっておきたいことがある。
王都の件を片付けるだけでも恐らく数十日から数ヵ月はかかるだろう。
メリエの母親に至ってはどれくらい時間がかかるか見当もつかない。
そもそもヴェルタに保管されている地図程度では手掛かりがないかもしれないのだ。
確かにカガミ達の里とやらにいるかもしれないという同胞には少なからず興味がある。
同じ古竜種なら、なぜ人間達と一緒に居るのか、どんな者なのか、どんな考えを持ってるのか、一度会ってみたいと思う。
そんな動機が、元々自分をこの世界に駆り立てた理由でもあるのだから。
もしライカと同じ幻獣種ならそれはそれで人間といる理由に興味が湧く。
ライカは今のところ何も言ってこない。
しかし人間と一緒にいる自分に興味を持ったライカなら、同じように人間と隠れ住む同胞がいれば興味を惹かれているだろう。
「わかりました! ありがとうございます! いつまででも待ちます。我々は当分の間ヴェルタで宿を取り、滞在します。あなた方の用事が全て終わったらで問題ありません」
「……ったくもう、だからこういえば早く済むって言ったじゃない」
「お姉ちゃん」
「うっ……わ、わかってる、わかってるわよ。もう! キツく言ったのは悪かったと思ってるから! だからそんな目で見ないでよ!」
ほっと胸をなでおろすカガミの後ろで、同じ顔をした二人の幻が言い合いをしている。
それを辟易した表情でドアニエルが聞いていた。
こちらの面々も、自分が行くと言ったことに少なからず驚いているようだ。
おそらく後で色々と聞かれるだろうが、ちゃんとやるべきことが終わったらということは言ってある。
それなら行くことに対しては反対はされないだろう。
気がかりなのはカガミ達の本当の意思。
カガミは今のところ、キリメとやらが漏らしてしまったことはできれば言わずにおきたかったと考えていたようだ。
これがカガミ個人の考えなのかはわからないが、今のところそれ以外で後ろめたい部分を見せていない。
しかし本心は語っていない気がした。
嘘はついていない。
だが、まだ何か重要なことを隠している。
そう思わせる何かが、カガミ達にはあった。
「あ、あの、宜しければこれを」
カガミは懐から小さな丸いものを取り出すと、カタッとテーブルの上に置いた。
「これは……石?」
「〝鳴き石〟といいます。私たちに何か用事があるときにはこれを振って下さい。そうすると私たちが持っている鳴き石から音が鳴ります」
そう説明しながらカガミがテーブルの石を持ち上げ、軽く振った。
するとカガミの懐から鈴虫が鳴くような綺麗な音色が響いてくる。
電話みたいだ。
「音が鳴ったら会いに行きますので」
「成程ね」
カガミに手渡された石を掌の上で転がし見ながらつぶやく。
戦闘向きのドアニエルに対し、カガミはこうした支援系の色々な便利グッズを持っているようだ。
戦闘能力と支援能力でペアを組み、世界を旅しているという訳か。
「承諾、感謝します」
「すまないな。ウチのうるさいのが迷惑をかけた」
カガミとドアニエルが立ち上がり、ペコリと頭を下げる。
そんなドアニエルの物言いにカチンときたのか、静かになっていた幻影の片割れの目つきが変わる。
「ちょっとねぇ! うるさいのってあたしぃ!? 筋肉に言われたくないわよ! それに覚えてなさいよ! 無い乳言ったとこ忘れてないからね!」
「はいはい……キリメお姉ちゃん、もう行く」
「あ! 待ってシグレ! あたしまだ───」
そんな慌てた声を残して背後の二人は空気に溶けるように見えなくなった。
「お、お騒がせしました。彼女達には言っておきますので……私たちは今、王都の〝白い烏〟亭に部屋を取っています。何かありましたら〝鳴き石〟かそちらまで連絡を下さい。
逆にこちらから連絡をすることもあるかと思います。その場合には……またこちらに来ればいいでしょうか?」
「うん。暫くはここで部屋を借りてると思う」
まぁどこに居ても筒抜けなんだろうが、建前上はといった感じだろう。
カガミ達は頷くと、もう一度頭を下げ、部屋を出て行った。
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