候補
リヒターはテーブルの紙束を手に取ると一枚一枚吟味し、そこから半分以上を抜き取っていく。
リヒターが全ての紙を見終えると、手元に残ったのは四枚だけだった。
「おめぇさんらの条件だと、ウチの店には四人しかないな。読み上げてやろうか?」
「お願いします」
「わかった。長いからかいつまむぞ。この四人は全員戦闘能力評価は最低ランクだな。旅ならともかく、いきなりハンターや傭兵の仕事をやらせようとは思うな。即戦力としては役に立たん。今回は知識優先って話だからそっちは二の次にしてある」
戦いに関しては自分とライカがいる限り殆ど問題は無いだろう。
別にギルドの仕事をさせるつもりも全く無いのだし。
いざとなればアーティファクトで補強もできる。
「一人目は戦争奴隷で、ドナルカ出身。33歳の男だ。元下位貴族らしいが士官経験は無し。読み書きはできるが、そっちが望むような知識はドナルカのものだけだろうな」
ふむ。
ヴェルタと交戦状態にあった隣国がドナルカだ。
元貴族……没落したのだろうか……読み書きならメリエもできるわけだし、できればもう少し旅をした経験などがある人がいいのだが。
「二人目だ。こちらも戦争奴隷、男、歳は28。ドナルカ出身だな。商人の次男だったそうだが、今回の戦争の余波で戦争奴隷となった。ドナルカだけじゃなく仕入先の国をいくつか回った経験があるそうだが、人任せで走車に乗っていただけじゃ知識としては微妙かもな」
やはり戦時とあって、戦争奴隷が多いようだ。
それともたまたま自分たちの条件に合いそうな人がそうした人達だったというだけだろうか。
話を聞く限りでは出身国以外にも行った経験があるようだが、リヒターの言う通り行商の付き添い程度しかしていないのでは知識としてはあまり期待できないかもしれない。
「三人目。身売り奴隷だな。24歳の女。ヴェルタ出身だが旅の商人として周辺国を巡ったことがあるって話だ。しかしドナルカとの戦乱で立ち行かなくなり、ここヴェルタで身売りに来た。要領が悪くドジくせぇが、ある程度の読み書きはできる」
女性もいたようだ。
アンナとメリエも女性の話になると少し目の色を変えていた。
やはり女性からすると、奴隷だとしても一緒に居てくれるのは女性の方がいいということか。
一応候補にはなりそうである。
「で、四人目だが……」
最後の紙に目を落とすリヒター。
しかしここで言葉を止めた。
どうしたのかと思いつつ、黙って次の言葉を待った。
するとリヒターは静かに紙から目を上げる。
「こいつは、少し特殊だな。買うなら値段も最低価格にしてやろう」
「?? どういうことだ?」
「四人目。14歳、女……ってより少女だな、ワドナ出身……元は身売り奴隷だったが、一度売られてから店に戻された。四人の中じゃ一番知識豊富かもしれん。文字も読めるが……書くのがな」
アンナと同い年か。
そして聞いたことが無い国の出身のようだ。
「こういう言い方が正しいのかわからんが……返品された、ということか?」
「いいや、返品じゃねぇ。買い手が罪を犯して捕まったことで、保護のために店に戻されたのさ。その一件のせいで旅に連れまわすのはキツいな。おめぇさんらにはあまり勧められねぇだろうが、一応条件には当てはまる」
何やら訳ありのようだが、リヒターはそれより先を口にしなかった。
パサリと紙をテーブルに放り、こちらに問いかける。
「どうする? 気になった奴がいたら会ってみるか? 言えば連れてくるぜ」
「……少し相談させてくれ」
「ああ、構わねぇよ。
参考までに言っておくか。価格は一人目が金貨50枚、二人目が金貨45枚、三人目が緑金貨2枚、四人目が金貨5枚だな。
隷属の首輪をつけるならこの値段にプラスして別に代金が発生する。後で説明するが、魔道具だから安くねぇぞ。多少の装備はサービスでつけてやる」
「……随分とばらつきがあるな」
「そりゃあな。だが奴隷としてはかなり安い価格帯だぜ。多少の読み書きはできても戦闘技能や生活技能も特に無ぇし、労働力としての体力も下の下、良くても下の中がいいところ。特別な種族ってわけでもねぇ。ただ容姿は普通でも年齢がある程度若いから、その辺だけ値が上がる要素になってるな。
これが体力もあり、戦闘もできる、魔法が使える、固有のスキルを持っているなんてなってくると緑金貨50枚も余裕で越えてくる。それに加えてエルフやなんかなの希少種だったり、見目麗しい女だったりすれば緑金貨100枚、200枚もあり得るな。種族や魔法、スキルなんかの希少度が上がれば上がるほど高くなるぜ」
それなりの技能を抱えた奴隷ともなると、アーティファクトよりも高くなるのか。
確かに特殊技能を備えているなら利用価値も高くなりそうだ。
一般的な労働力として見るなら高すぎるが、重要な役割を担う仲間として見るならそれ程法外ではないのかもしれない。
「同じ能力なのに三人目だけが異常に高いのは?」
「女性ってのは、奴隷としては大きなアドバンテージだ。こう言ったら年若いおめぇさんらは軽蔑するかもしれんが、夜伽として買い求める客も決して少なくないんだぜ。んなわけで仕事ができなくても女ってだけで高値が付くことがままあるんだ。ま、美麗な男でも高値がつくこともある。その辺は趣味の問題だからな。
四人目も女だが……彼女はちょっと別だな。価格が安いのにもそれなりの理由がある。
気に入らなけりゃ他の奴隷商を当たるって手もあるが、知識を重視するって言われたらどの奴隷商も似たような奴しか見繕えないはずだぜ」
リヒターの言い方からすると、買い手の資産でも値段が上下している感じだ。
夜伽目的などで奴隷を買うのは、娼館を経営する者以外では金持ちが買うというイメージがある。
そうした客層になら高い金額になるのも頷けるか。
「競合商人の話が出たから一応聞いておきたいんだが、オークションならばどうだ?」
「おめぇさんらみたいなのがオークションに行く意味は無いと思うがな。オークションは希少価値の高い品を出すものだろう? そういう意味では奴隷だって同じさ。
買い手が集まり、競うだけの価値がある奴隷かどうか……大体は希少種、希少能力を持っている者が対象だな。知識があるってだけじゃオークションに出しても誰も飛びつかん。だから、おめぇさんらが探しているような奴隷は見つからないだろうよ。
まぁお前さんらが見た目に反し莫大な金を持っていて、知識だけじゃなく特殊技能を備えた奴隷を買えるってんなら行く価値も生まれるがね」
「そうか……クロはどう思う?」
「んー。僕もオークションは行く必要ないと思うね。ここ以外でも似たり寄ったりになるなら、まずは紹介してくれた奴隷を見てから考えてもいいんじゃない?
紹介してくれた奴隷の中では一人目と二人目は知識としてはあんまり期待できないかな。読み書きはメリエができるんだし、やっぱり自分で旅をした経験がある三人目かな? ……四人目も気にはなるけど……」
何やら匂わせているが、一番知識豊富かもしれないという言葉は魅力的だ。
「そうだな。私も三番目の女性に会ってみたいと思うが、アンナはどうだ?」
「えっと、私も男性よりは女性の方が……クロさんはいいですけど、ほかの男の人と一緒はちょっと怖いというか……それも人によるのかもしれませんけど……。
あと、私は四人目の方にも会ってみたいです。年が近い方が何かと話やすいですし」
二人はやはり女性の方がいいようだ。
男性だと若くても二人より10近く年上だし、気が休まらないというのはあるだろう。
元貴族や商人というのも価値観が違いそうでやりづらくなる気もする。
一応ライカにも聞いてみるか。
「(ライカはどう? 気になった人とかいる?)」
「(ん? まずは私よりもクロたちが目的を果たすために必要かどうかを判断することが先決だろう)」
「(いやさ。一応一緒に旅をすることになるんだし、意見は聞いておかないとって思うから)」
「(本当に竜らしくないな。竜と言えば自分第一、傍若無人が当たり前じゃないのか? クロのように他人に気を遣って細かいことに気を回す竜など聞いたことも無いぞ……私の好き嫌いは大した問題じゃないだろう? まぁ気に入れば相手はするさ)」
そう言ってテーブルに置かれているお菓子に向き直った。
その言葉、そっくりそのまま今のライカに返したいと思うよ……。
最初から無関心だったし、ライカは誰でもいいようだ。
ライカの場合、気に入らない性格とかだったりしたら幻術で矯正するくらいはやりそうな気がする……。
「じゃあとりあえず女性二人に会ってみたいんですけど」
「……わかった」
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