面会
こちらの要望を聞き、立ち上がったリヒターが部屋を出て行く。
その後暫く待つと個室の入り口が開き、リヒターに続いて縮こまった姿勢で申し訳なさそうに女性が入ってきた。
「ほらエシー、しゃんとしなさい。あなたはおどおどしなければ見られる娘なんだから、自信を持つんだよ。せっかくこうして会って下さってるんだから、胸を張って」
「はぅ!? は、はい~~ぃ」
更に後から入ってきた女将さんのような恰幅の良いおばさんに注意され、縮こまっていた女性が間延びした声を上げて背筋を伸ばす。
緊張のせいか目が泳ぎ、落ち着きがない。
顔も赤いし、あがり症のようだ。
「えっと……その! エシリースです! 親しい人からはエシーとかリースとか呼ばれてます! よよよしくおねがします!」
かみながら一気にまくしたて、ガバッと頭を下げる。
その勢いに思わずのけぞってしまった。
「ど、どうも……」
挨拶に釣られて思わずこちらも頭を下げると、エシリースと名乗った女性は目をぱちくりとさせる。
奴隷に対して買い手側が頭を下げるというのは変だったのだろうか。
ともあれ、改めて緊張気味に立つ彼女を見る。
身長はメリエと同じくらいか。
髪色は茶が強く、後ろ手にまとめている。
容姿は普通とリヒターは言ったが、童顔で素朴な顔は自分からするとなかなか美人だった。
実年齢は24歳らしいが見た目は20くらいだ。
万人受けするモデルのような、誰が見ても美しいという美貌ではないが、街中で見かけるといいなと思って目で追いたくなる……そんな容姿だ。
確かに連れてきたおばさんが言うように、おどおどせずにシャキっとしていればかなり好印象だろう。
逆に言うとその性格でせっかくの素朴な美しさが陰ってしまっている感じか。
例えるなら花屋で売られているバラではなく、野原や道端に咲くタンポポのような純朴な印象の女性だった。
血色もよく、服も簡素ではあるが割とちゃんとしている。
今までの話からも何となくわかっていたが、やはり奴隷だからと粗末に扱われているということもないようだ。
「彼女が三人目だな。ちょいと抜けてるところはあるが真面目で一生懸命やってる。今は家事全般の練習をしているが、まだ途中でな」
「は、はい! 精一杯頑張りますですはい!」
リヒターがおばさんに注意されるエシリースを見て苦笑いしつつ、そう説明する。
さっきのリヒターの説明が本当ならば、確かに真面目さが空回りしそうなタイプではある。
一つのことを真剣にやりすぎて周囲が見えなくなるタイプ……要領が悪いのはその辺のせいだろうか。
労働の現場で空回りされたらたまったものではないだろうし、労働力としては下というのも頷けるか。
しかし、その瞳からは温かみのある誠実さが伝わってくる。
傍から見ているとアンナとはまた違った微笑ましい感じだ。
アンナとメリエにちらりと視線を送ってみたが、二人も好印象を抱いているようだった。
対して相変わらずのライカは見向きもせずにお菓子と格闘中である。
自己紹介が終わっても入室したエシリースは座る気配を見せなかった。
立ったまま話すのかと最初は疑問に思ったが、客の前で奴隷がソファに向かい合って座るというのもおかしいかと思い直す。
入ったところで立ち尽くす彼女に質問してみた。
「えーと、エシリースさんは読み書きができるんですか?」
「はは、はい! い、一般的な言葉なら」
「ほかの国に行ったこともあるんですよね?」
「ええーと、はい! ヴェルタ以外ではドナルカとウェラー、あとワムダールにも。行商として小さい村々を回ったことがあります」
「行商はどれくらいの間やっていたんですか?」
「うーんとぉ……走車を譲り受けて独り立ちしたのは20歳の時だったから……3年と少しくらいです!」
うーむ。
どこの国や地名も聞いたことがない。
逆に言えばそうした知らない場所のことを知っているということでもある。
あとはどの程度深くまで知っているかだが……3年も行商としてやっていて名前しか知らないということはないだろう。
ある程度の知識は期待できそうだ。
他国について考えていたら続いてメリエも質問を投げかけた。
「我々は遠くまで旅をすることを考えているんだが、体力的にはどうだ?」
「ええと、それはー……どうでしょうか……すすすみません。あまり運動とか得意じゃなくて……」
「ふむ……」
しょぼんとするエシリース。
期待した答えを返せず、さっきまでの威勢が一気に萎んでしまったようだ。
行商をするのに商品を担いで歩いて移動というのはこの年の女性ではかなり酷な労働だ。
それをやっていたのならもっと筋肉がついていなければならないが、見たところそんな様子でもない。
ならおそらく、ほとんどの行程を走車で行き来していたのだろう。
となるとやはりリヒターの言う通り体力は下の方か。
確かに走ったら盛大にスッ転びそうな印象である。
長距離を歩くとなると足手まといになってしまう可能性は捨て切れないようだが……まぁその辺はアーティファクトをつけさせればどうにでもなる。
「どうだ? まだ聞きたいことはあるか? 戦闘技能とかを知りたいなら手合わせも許可できるんだが、いかんせん知識となるとな」
「んーと……メリエやアンナは何か聞いておきたいことある?」
もっと他国についてを聞きたいところではあるが、リヒター達の手前、そこまで根掘り葉掘り聞くのは憚られるので、とりあえずアンナ達に振ってみる。
少なくとも世間知らずということはなさそうで、自分たちの知らない土地について知っているというのは確認できた。
読み書きについては一般的なことだけとなると、地図のような専門用語が出てきそうなものまで読めるかは微妙なところかもしれない。
やはりメリエと同じ程度と思っておく方がいいだろう。
「ふむ、判断材料としては十分か……?」
「私も今は……でも優しそうで素敵な方ですね。一緒に旅したら楽しそうです」
「そ、そうですか!? えへへ~」
アンナの一言に照れ臭そうに身じろぎする。
普段褒められることが少ないのか、やたらと嬉しそうである。
この性格に奴隷となる不幸を背負うようでは、確かに褒められるようなことは少ないのかもしれない。
「ホントにもう、単純なんだからねぇ。でも、私からも保証しますよ。この娘は頑張り屋です。境遇にもめげず日々学んでいますし、宿舎では他の世話もやっていますからね。良くしてやって下さい」
連れてきたおばさんも、仕方ないなという笑顔を浮かべながらそう告げる。
性格は申し分ないか。
その他のことが微妙ではあるが……。
まぁ決めるのはもうちょっと候補を見てからにしよう。
それよりも……。
「宿舎っていうのは?」
「ここのすぐ隣にある建物さ。奴隷は買い取られるまでは宿舎で集団生活するんだ。お互いに世話をしながらな。そこで戦闘訓練や技能訓練もする」
ん?
隣……?
商館の入り口のように、物々しい警備などをしている建物は無かったはずだが……。
覚えている限り、あったのは普通の建物だけで塀で囲われたりしている建物は見かけなかった。
「彼女の前で言うのは申し訳ないが、逃げられたりしないのか?」
「ハッ。逃げたって何の得もねぇからな。
身売りって言ってもな、ギルドが保証しない限り、買い手がつくまでは売り手や奴隷に金は入らねぇんだ。買い手がついて契約が成立した時点で初めて支払われる。
宿舎では食事を含め最低限の物は支給してるが、それだって微々たるモンだ。着の身着のまま逃げたところで何にもなりゃしねぇよ。
そして逃げれば一発でブラックリスト行きだ。逃亡奴隷となって今後一切助けてもらえなくなるし、戦争奴隷や犯罪奴隷は処刑も在り得るからな。それでもいいってんなら止めはしねぇさ。警備をつけるのだってタダじゃねぇからよ。
まぁ当然犯罪奴隷とかのヤバイ奴は檻の中で過ごしてもらうがな」
成程、逃げるような人は最初から身売りになんてこないで犯罪者になっているってことか。
リヒターは言わなかったが、奴隷と売り手が別の場合は奴隷だけではなく売り手側にもペナルティがあるのだろう。
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