差し込む影

「……あーれ? 1番は?」


 興奮が落ち着いてきたらしい小さいエルフの方がキョロキョロしながら言うと、無表情のもう一人が答える。


「……興味が無いらしい」


「えー、もったいない。うだうだ言われずに好き勝手殺り合えることなんて滅多に無いのに」


「魔道に狂った3番と同じというのは癪だが、同感だ。まさか生あるうちに、再び古竜とまみえる日が来ようとはな……」


「えぇ!?」


「……何の為に動かず上から見ていた? こいつは飛竜なんかじゃない。幼体だが、古竜種だ」


「うそぉ!? ってことは今までのはコイツの竜語魔法!? うはー!! こりゃあ何としても殺して持ち帰らないとね!! 研究が捗りそうだ!

 ってか狂ったって酷くない?! そっちだって戦闘狂じゃん!」


 喜んだり怒ったり忙しなく表情を変えながらピョンピョンと飛び跳ねるエルフを、無表情の男は一瞥する。

 言っていることに目をつぶれば無邪気にはしゃぐ子供にしか見えないのだが、言っている事が自分を殺そうというものである以上、こいつは敵でしかない。


「(……剣を持った男の方……全く思考が読めん。クロの威容を前にしても、感情や思考の匂いも変化しない。これは厄介だぞ)」


 エルフの方が並々ならぬ存在感を発しているのに対し、逆に無表情の男の方は何も感じることができない。

 そのお陰でどう動いてくるかがわからない。

 まるで正反対の気配に、ライカも困惑の表情になる。ライカでもこう言うのだから、気配や感情を消して動く技術が幻術を駆使するライカ並みということだ。


「……後はお前達に任せる。全ての後始末は私がつけよう。何も気にせず、好きにやるといい。今なら〝枷〟も命令違反をしたとは取らないだろう」


 老人は二人にそう言うと、壁際に転がっていた椅子を起こし、壁を背にして座った。

 やはり慌てた様子もなく、座り方も堂々としてる。

 生死を前に臆すことなく座して待つその姿勢……この老人も種類は違えど、やはり狂人。


「いやー何があるかわからないもんだね。こんな風にやっていいって言われるなんて……今回も2番の邪魔しない方がいいかい? ボクは竜語魔法を見れて死体を持ち帰れたらそれでいいんだけど」


「……いや、悪いが援護を頼みたい」


「あーれれ? 珍しいね。いつも気に入った相手との戦いで邪魔が入ると怒るのに」


「無論、できるなら一人で存分に戦り合いたいところではある。……が、それは危険だ。

 個体によって特性が大きく変わるのがコイツ等の特徴だ。特にさっきの何の前触れもなく広範囲を攻撃する竜語魔法……あれを考えるとそんな余裕は無い。加護があってもだ」


「ふーん、そっか。それなら手伝うよ。ボクもコイツには興味があるし。

 そう言えば初めてじゃない? 〝影〟のボク達が一緒にやるなんて。それも含めて、せいぜい研究の足しにさせてもらおうかな」


「!! クロさん、彼らは暗部の〝影〟の番号付きです」


 彼らの会話を聞いていた王女が小声で話しかけてくる。


「(番号付き?)」


「詳しい素性や能力などは明かされていないのですが……暗部の〝影〟にあって、それぞれの技能……例えば暗殺、諜報、潜伏などに特化した上位の実力者には番号が与えられています。さっき番号で呼び合っていたところを見ると、恐らくは彼らがそうだということでしょう。

 特に1番から3番の上位三名は、この国の戦闘従事者で純粋に最高の戦闘能力を有する者を指します。公式ではありませんが、恐らく御前試合で優勝する者をも凌ぐ実力を有しているはずです。十分に御気を付け下さい」


 成程。

 実態は明かされずとも、その強さを公表することで抑止力とする意味があるのだろう。

 私兵やハンター、傭兵で身の回りを固めた程度では彼らの攻撃を防げない。

 それだけの強さがなければ〝影〟の抑止力の意味は無い。

 上位の傭兵やハンターを大勢集めて守れば防げてしまうようでは、〝影〟で押さえ込むことはできない。


 そう考えると実力の片鱗は自ずと浮かび上がってくる。

 恐らく王女の言うことは当たっているだろう。

 闇の中で、闇を貪る化物を人知れず殺戮することを生業とする者達が、娯楽半分の御前試合で優勝する者よりも劣るとは考え難い。


「(……ライカ。もう一回そっちお願いね。多分、気を回す余裕は無いと思う)」


「(ああ……しかしまずいな。あの連中がこっちを狙って来たら、今の私だけではどうにもならんぞ)」


「(そうならないように動いてみるよ。というか長引かせるのは危険な気がするから、手早く片付ける)」


 力を制限されてるとはいえ、ライカがここまで言うのは珍しい。

 それだけ危険ということか。


「(……最悪の場合は、メリエ達の術を解除してもいいよ。向こうもそれなりの準備はしてあるし、それよりもこっちの方が危険かもしれない)」


「(……そうするか。約束を違えるのは気が進まんが……私が死ねばどの道術も解けてしまう。守りに回れば突き崩される可能性が大きい。こっちを狙ってきたら、私も打って出るぞ)」


「(わかった。そういう訳だから、アンナ、王女様をお願いね)」


「(は、はい……クロさん……)」


「(心配しないで。そっちに行かせるつもりは無いから)」


 幸か不幸か対峙する二人の標的は自分で間違いない。

 それにどちらかだけでも抑えれば、もう一方は最悪、ライカが押さえ込んでくれるだろう。

 まぁ、ライカの方にも行かせるつもりは無いが。


「(いえ、そうではなく……クロさんが心配です)」


 アンナは涙ぐむ目で見上げてくる。


「(……負けるつもりはないよ。護るべきものがあるんだから、負けられない)」


 自分が負けるということは、その背後にある全てを失うということ。

 それだけは看過できない。

 自分の信念を貫く為にも。


「(……私も、クロさんと一緒に戦えればよかったのに……悔しいです)」


「(僕はアンナがいてくれるだけで助かってるよ。アンナが後ろにいるから、負けられないって気持ちになれる。アンナがいてくれるから、僕は信念を持って戦える。だから気にしないで)」


 そう言ってみたが、アンナの表情は晴れなかった。

 やはり足手纏いになっているのではという思いは払拭できないか……。

 護られるだけというのは、確かに歯痒いものだ。

 だが、今の状況ではどうしようもない。


「(クロ、集中しろ。来るぞ)」


 ライカに促され、黙って対峙する二人に集中する。


「さーて。それじゃやりますかね……そっちも補助魔法かけるかい?」


「いや、それは必要ない。動きの感覚が狂うのは致命的だ」


「なーる。どんな時にも身体強化はあった方がいいと思ってたけど、そういう考え方もあるのね。ま、そういうなら攻撃支援に回るかな……肉体の真価───ブースト」


 エルフの手が動く。

 以前見た、身体強化系の魔法だ。

 それに合わせて、無表情の男が二本の剣を引き抜いた。

 予想通り二刀の構え。


 右手に持つサーベルのような反りのある一本は、刀身が真っ黒。

 暗殺用に塗料を塗っているのかとも思ったが、黒曜石よりもだいぶ鈍い金属光沢がある。

 なのでそういう色の素材で作られた剣ということだろう。


 逆に左手のもう一本は見た目通りのシンプルな直剣だった。

 が、刀身から放たれる気配がただの剣ではないと教えてくれる。

 それを脱力した腕で無造作に構え、跳んだ。

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