何かに狂う者
「(……一蹴か……さすがだな)」
「(まぁミクラ兄弟の時と違うからね。手加減してないし。ライカだってこれくらいは朝飯前じゃない?)」
元々の古竜種の体に加え、知覚系や身体を星術で強化し、さらに攻撃にも星術を使える。
その上相手は自分を古竜種だと認識しておらず、ブレスや近接攻撃以外は隙だらけときている。
これで苦戦しているようではミクラ兄弟やライカにはボロ負けしていたはずだ。
「(どこまで幻術に飲み込めるかで大分変わるが、どうだろうな。普通に殴り合ったら少しは苦戦していたと思うぞ)」
アンナ達の前で仁王立ちしていたライカはそう零す。
謙遜してはいるが、ライカでも元の姿に戻ればこれくらいの人間なら苦もなく圧倒できただろう。
それくらいの実力があるのは戦ってみてわかっている。
あのフワフワの毛並みからは想像もできない強烈な尾撃……ビルに使われるような鉄骨でも変形させるだろうその威力。
単純な打撃だけなら、身体強化などの星術を使っていない時の自分と同等かそれ以上はある。
それに加え、自分にはない素早さに長年で培った戦闘経験。
翻弄して隙を見せた瞬間に叩き潰して終わりになるはずだ。
「(苦戦なんて無さそうに思うけど……まぁ今はいいか。さて、問題は……)」
気持ちを切り替えて老人に首を向ける。
それに釣られて一同もそちらを見た。
「……」
老人は吹き飛ばされた護衛三名を冷ややかに一瞥すると、そのまま王女に視線を移す。
その態度は今までと変わらず落ち着いて見える。
残るは老人と、未だ見ぬ二階席に潜む連中のみ。
老人が発する重い空気の中、王女が言う。
「ドゥネイル卿……潔く投降なさい。貴族には貴族の責任の取り方があるはず。見苦しい最後は望まないでしょう?」
「……殿下のお力を過小評価した報い、ですかな……ですが、御冗談を。私の最後は既に決まっている。
私は私の望みのために、やれることは全てやる。例えそれが天の采配次第のものだとしても……確かに、私に残る手札も僅かとなった……しかし、潰えたわけではない」
「……まだ抗うというのですか?」
「最早、私が自由に使える手札は老いさらばえた我が身のみ……ですが、私の自由にならない鬼札が残っております」
「……?」
「……私には彼らに命令を下す権限がありませぬ。その権限を持つ者は、そこに倒れておりますれば。故に、後は彼らの気分次第……」
そう言うと静かに二階席を見上げた。
その視線が合図だったのか、老人の見た先、そこから舞い降りる影が二つ。
影の一つは、ヒュッという風を切る音だけを残して老人の前に降り立つ。
かなりの高さがあるはずなのに、重さを感じさせるような着地音が殆どしなかった。
それはつまり、その身体能力の高さを意味している。
そしてもう一つの影は、まるで空を舞うようにフワリと一つ目の影の隣に降り立つ。
明らかに自然な落下の動きではない。
恐らく、何かの魔法や魔道具などを使っているということだろう。
二つ目の降り立った影は、着地する前から嫌な笑い声を上げていた。
「あっはははは!! 見た? 見たぁ!? 未知の魔法!! ボクの知らない魔法だよ!? 何としても使った奴を捕まえてバラさなきゃ!! さっきの痛い魔法を我慢して、ジッと待ってた甲斐があったね!
興奮した笑い声を上げたのは子供。
見た目はアンナよりも幼い男の子に見えるが、耳が長いのでエルフかハーフエルフなのだろう。
ということは見た目通りの年齢ではないのかもしれない。
髪色も普通の金髪で、耳が長い以外は町中で見かけても気に留めないくらいの普通の容姿だった。
だが、その瞳がただの子供ではないと物語っている。
自分は一度、この目を見たことがあった。
そう、人間だった頃……。
「(……命を奪うことを何とも思わない者の目だ。あの目をした人間に幾度となくつけまわされ、その度に殺してきたが、こんな年端も行かぬような子供では初めてだな)」
「(……少し違うけど、僕も昔、似た目をした連中の相手をしてたよ)」
嫌な記憶が蘇る。
自分を部品としか見ていない、そんな目。
そんな人間と向き合うたびに、何度思ったことだろうか。
自分も生きているのだと。
あなたと同じ、人として見て欲しいと。
「(なら判っているな? 手心など加えず、確実に殺せ。この手の輩は生かしておいてはならん。奴らは何よりも、それこそ己の命よりも欲求が最優先。執着したものを満たす為なら見境なく悪意を撒き散らす。執着の対象はどうやらクロのようだし、逃がすと面倒では済まんぞ)」
小さなエルフの瞳に宿るのは、狂人のそれだ。
こちらを見る目が、まるで実験動物を見るかのようなものだった。
アンナと出会った森で遭遇したハンター達も、欲望に濁った目をしていた。
欲を満たす為なら他人の命も利用する悪意を持っていた。
しかしそれとはまた違う、鳥肌の立つような怖気の走る目だ。
望みを叶えようとするのは同じだが、欲望ではなく、ある種の人間が行き着く狂気に染まった瞳。
「(……クロ、聞いているか? お前の大切な者を巻き込むことになるぞ?)」
「(……聞いてる。大丈夫、逃がすつもりはない)」
「(……ならいい。それに、もう一人の方も気を抜くなよ。ある意味こっちの方が危険かもしれん)」
初めに降り立った人間。
そいつは黙ったまま顔を上げた。
こちらも見た目は町人のような普通の男性。
短髪の髪は茶が強く、スポーツマンのような精悍な顔立ちと体つき。
歳は20半ばくらいだろうか。
笑えば人気が出そうな顔なのに、影を落とす不気味な無表情が台無しにしている感じだ。
こちらを向いたその顔は、色がない、といえばいいのか、形容しがたいものだった。
ただの無表情とは少し違うような……存在感が希薄というか……。
感情を丸出しにするエルフの方とは打って変わって、こちらは一切の感情が読み取れない。
降りてきた二人はどちらも鎧などは着けておらず、町中を歩くような服装だった。
そんな服装に物騒な武器が異色に映る。
エルフの子供は身長の二倍はある巨大な杖を背負っている。
節くれた木製の杖の先には何かの鉱物の結晶と思われる石がいくつも埋め込まれている。
それだけではなく、手には指輪がいくつも嵌められており、これまた様々な結晶がつけられていた。
見たままの魔術師ということなのか、そう思わせるための装備なのか……。
男の方は剣を二本、腰に下げている。
一本は日本刀のような緩やかな反りがあるが、見た目はサーベルに近いもののように見える。
もう一本はそれよりもやや短い直剣だ。
装飾は華美ではなく、実戦向きの様相。
どちらの剣も片手で扱うには大きい気もするが、剣の佩き方からして二刀流で使うと見ていいだろう。
どちらも鞘に収まっている状態ではただの剣なのか、それとも魔道具やアーティファクトのようなものなのかといったところまではわからない。
が、恐らくただの剣ではないはずだ。
判然としないが、どこか嫌な気配がする。
さっきの護衛三人も実力で言えば上位、ミクラ兄弟と同程度はあった。
しかし、それでもまだ人間の範疇だった。
だが、この二人は違う。
佇まいが普通の人間のそれではない。
どちらかといえば人ではなく、飛竜などの野生に生きる獣と対峙している気分にさせられる。
さっきのように正面からぶつかれば、厄介さはこちらの方が間違いなく上。
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