大義と信念

 広間の中。

 ライカが警告した忍び寄る不穏な空気に気を配りながら、王女と老人の会話に再度耳を傾ける。


「やはり、どうあっても……投降する気はないのですね」


「くどいですな。我々は、我々の大義を為すためにここにいる。そのために、全てを捧げてきた。それを無駄にするなど、それこそ愚かというもの」


「……そんな大義など……例え勝って、領土を取り戻したとしても、すぐに覆るでしょう。両国の更なる疲弊は、友好的でない周辺諸国にとっては好機以外の何ものでもない……虎視眈々と窺っていた国々は、ここぞとばかりに宣戦布告をしてくるはず。その時には兵にも民にも、それを迎え撃ち、退ける余力などありはしない。

 一時の栄華のすぐ後に、破滅が待ち構えているのですよ」


「いいえ、そうはなりませぬ。それくらいのことは、この老人にも考えが及びますとも。だからこそ、各国に根を張る教会に協力を仰いだのだ。それこそ長い時と、多額の布施を用意してね。

 ……先程、殿下は私を責めましたが、私は……いえ、我々は自らに非があるなどとは一切考えておりませぬ。殿下こそ今一度御考え下さい。国を想うことが、咎められることですかな? 身を挺して国に尽くすことが、罰に値すると?」


「民あっての国、それを忘れてはならない……卿は自らの望みの為に、立場を利用して、何も知らぬ民を死に追いやろうとしている。そんな多くの誰かを犠牲にする欲望のために、民を苦しめるわけにはいかない。私は王族の血を継ぐ者として、何をおいても、あなた方の凶行を止めねばなりません」


 平行線。

 どちらも曲げないし、交わらない。

 わかってはいたことだが……。

 王女の決意に満ちた視線を受けた老人は、一度寂しげに目を伏せた。


「そうですか。残念です。……が、やはり殿下は実情を分かっておいででない。セリス様、貴女様は王族であり、第一位王位継承権者ではありますが、王権の保持者というわけではない。陛下に何かあり、王としての責務を果たせないとなった場合に国の舵取りを委ねられるのはどなたか、聡明なセリス様ならご存知ではありませぬか? それを覆そうとは、殿下こそ法に反する野心家と取られますぞ」


「ええ、知っていますとも。あなた方を法的に止める手段を持っていないことも、戦う力が無いことも。

 ですが、私には志を同じくした方々がいます。力無き愚かな私に、手を差し伸べてくれた方達が……皆が私の背中を押してくれました……だからこそ、私は、私の信念のために戦います。

 あなた方が大義を謳い、人々の命を奪うのなら、王国の法に反しても、力ずくで止めましょう。そのための罰は、甘んじて受ける覚悟です」


「……国あっての民、国なくして民は安寧を得られることはないというのに……やはりここまで舌を尽くしても、御理解頂けませなんだか。

 しかし、殿下、運命は変えられませぬ。

 殿下には死という大きな役目がある。その身に流れる血の宿命により、この国のいしずえにならねばなりませぬ。ヴェルタのために血を流す、王族としての責務、ここで果たして頂きましょう」


「冗談ではありません。私はそんなことのために舞い戻ったのではない。私は卿らの暴走を止める為に戻ったのです」


「……口では何とでも言えますが、この状況を覆すどのような手を用意しているのですかな?」


「卿の方こそ、この状況で私を殺せばどうなるかわかるでしょう? 私の死は、敵国の手によるものだから意味がある。卿が私を殺せば、その意味は全く違うものとなるはず。どうやって取り繕うというのですか?」


 ……諸外国の攻撃によるものと、政争によるものとでは意味が全く違う。

 王女の言う通り、このままでは民の怒りの矛先は敵国ではなく、推進派に向くことになる。

 だが、老人はうろたえない。


「いいえ、その心配は無い。セリス王女殿下は昨夜、敵国の竜騎士の襲撃によって落命されました。それが、此度の真実」


「……ここに来るまでに私は多くの者に見られています。そんな言い分がまかり通るとでも?」


「ええ、通りますとも。殿下を見たものは一人残らず殉職する。彼らは昨夜襲撃してきた竜騎士と勇敢に戦って殉死したのです。

 昨夜から城内は戒厳令に順ずる警備を敷いておりますので、一般兵も使用人もまだ城下には出ていませぬ。数もそこまでではありませんし、話を広められる前に握り潰すことは可能」


「!! まさか、殺すというのですか!? 何の落ち度もない者達を! そんな理由で!!」


「そんな、とは些か失礼では? これはこの国の行く末を左右する重大なことです。兵達はこの国の礎として殉職する。国に仕える者として、命を捧げるに足る理由でしょう。

 しかし、殿下が気に病む必要はありませぬ。殿下は、それを見届けることなく、ここで果てる」


「……卿は!! 人ではない!!」


「……かつてのヴェルタが戻るのであれば、私は命も、人であることも捨てましょう。……コートニー」


 老人の声に反応したのは、老人の席の向かいに座っていた男。

 その男が無言でスッと手を上に動かすと、二階席から王女に向かって影が飛び出した。


「(!! クロさん!!)」


「(……わかってる。大丈夫だよ)」


 遠目に全体を見ているので、アンナも素早く動く影に気付けたようだが、真上から迫り来る位置にいる王女が気付くのは難しい。


「セリス様ッ!!」


 それにいち早く反応したのはイーリアス。

 飛び掛ろうとする影を撃ち落そうと、一瞬で剣を払い抜き、推進派の人間達が座る席の間を王女に向かって駆ける。

 身体強化系の魔法をかけていたのか、風のように早い。

 その声を聞いたことで王女も察したようだ。


「っ!?」


「させん!!」


 イーリアスが王女に覆い被さろうとした影……短剣を構えた人影を空中で捉える。

 風に舞う木の葉のように、軽やかに跳んだイーリアスの正確に突き出した直剣の一突きは、王女に飛び掛った男の脇腹を抉り、そのまま石の床に叩き落す。

 男は一言も発することなく、ゴロリと床に転がった。

 イーリアスは近衛の役目通り、寸でのところで王女に迫る凶刃を退けた。

 だが……。


「な……!?」


 イーリアスの焦った声が響く。

 確かに襲撃者は退けた。

 しかし、それだけではなかった。

 王女の足元の床から、石筍のような鋭い石塊が突き出し、王女の喉元を狙うように伸びる。

 恐らく、何かの魔法だ。

 飛び掛る男を囮に、上に意識を向けさせた上で、足元から致命傷を狙う二段構え。


「しまっ……!」


「……!!」


 焦るイーリアスと王女を、老人は黙って見詰めていた。

 その目は鋭く、険しい。

 優位な立場にある者に特有の愉悦は、一切感じられなかった。

 周囲の者達は老人と違い、目には余裕が満ち、王女が石槍に貫かれるのを眺めている。

 しかし、その場違いに落ち着いた空気が、次の瞬間に豹変する。


「(ま、届かないけどね)」


 王女の喉元に迫った石槍は、王女の身体に届くことなく、不可視の防護膜に衝突して砕け散った。


「これは、クロ様の……」


 その様子を見た周囲の者達は、一拍の間を置いてからどよめく。

 この一撃で王女の死が確定すると思っていたのに、予想と反することが起こったからだろう。

 しかし、対峙していた老人だけは違った。

 相変わらずの鋭い眼で、防護膜に守られた王女とイーリアスを見詰めている。


「……わかっていましたとも……あなたは聡明な方だ……何の策も無しに、無謀に乗り込むことなどしないでしょう……〝影〟の殺傷魔法を退けるとは、近衛の魔法ではありませんな。すると……」


 老人は暫し考え込むような仕草を見せると、すぐに向かいに座っていたコートニーと呼ばれた男に視線で合図を送る。

 コートニーはすぐに頷き、また無言で指を動かした。

 ハンドサインのようなものだろうか。


「……並みの魔術師の防御ならば容易く破る魔法を歯牙にもかけず……言うだけはありますな。かなりの使い手がそちら側についたようだ。……ですが、私とてそれを考えなかったわけではありません。常に最悪を想定して動くのが、国営、外交の鉄則。故に、準備は怠らない」


 老人の声にあわせ、動き出す。

 ライカが警戒していた老人の護衛、二階席に潜む暗殺者、神殿騎士、そして推進派の私兵。

 武器を構える者、主人の護衛に動く者、逃げ道を確認するように視線をさ迷わせる者。


「準備は万全。全てを考慮し、私は人を集めております。ここを打破できるのなら、殿下、あなたの勝ちだ。ここからは言葉ではなく、力での対話です。殿下の決意、見せて頂きましょう」


 さて。

 次は、自分達の番だ。

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