開戦

「殿下、お恨み召されるな」


「……!」


 コートニーと呼ばれた男が立ち上がる。

 それに合わせて二階で人が動く気配がするが、さすがに隠れるのが上手く、自分では何をしているのかまではわからない。


「申し訳ありません、殿下。我々も、我々の為すべき事があるのです。全ては大いなる主の御心のままに」


「く……!!」


 神殿騎士を引き連れた教会の男も立ち上がり、王女に一歩近付く。

 神殿騎士達が殺気を放って武器を構える。

 取り囲むように立ち塞がった者達を前に、王女を庇おうとするイーリアスが歯を食い縛るように唸る。


 使徒と呼ばれた二人も、相変わらず武器は持っていないが、その不気味な気配を濃くしている。

 とても騎士のような戦闘に従事する者には見えないが、魔法が使えるのなら十分戦力になるため、油断はできない。

 鈍い自分でもわかるくらいに、大広間の中の空気には王女に対する敵意が渦巻いていた。


「……時に、殿下はボプスという遊戯を御存知ですかな?」


「……いいえ」


「そうですか。まぁ歳若い殿下が興味を持つようなものでもないのですがね。簡単に言いますと、運と知略、そして駆け引きを用いて役の点数を競うという遊戯です。

 作るのが難しい役ほど高得点ですが、作るのに時間をかけるとその時間分の点数が減算される。時間を掛ければ高難度の役も作れますが、それでは減算されてしまい安い役と大して変わらなくなる。

 相手の狙う手役を読み、その手役を上回る役を如何に作るか。そして妥協点を見出し、相手の手が整う前に安い役で上がるべきか、時間を掛けてでも難しい役に挑戦するべきか、はたまた自分の運を信じ、リスクを覚悟して短時間で難度の高い役を狙うか」


 ……麻雀やポーカーのようなものだろうか。

 カードゲームのようなものは今までに見かけていなかったが、そうしたものを扱う店には行っていなかったので、自分が知らないだけでもしかしたらあるのかもしれない。


「……私が何を言いたいのかわかりますかな?

 我々は長い長い時間をかけて、この役を準備してきました。殿下はどうですかな? 眠っていた三ヶ月間は何も出来ず、御目覚めになられてから半日ほど……その僅かな時間に我々の手役を上回る切り札が? それとも、それより前から準備を?」


「……」


 王女は答えなかった。

 悔しさと怒りを含む眼差しを受けて、老人は満足そうに言う。


「……殿下、あなたが我々を退け、この窮地を脱することが出来れば、殿下の勝ちです。しかし、我々の剣が殿下に突き立った暁には……」


「……あなた方の勝ち……ヴェルタは再び戦禍に見舞われるのですね」


「殿下がどのような切り札をお持ちなのかは知りませぬが、この状況を覆すだけの切り札を用意するのは簡単なことではない。ボプスではハッタリも有効な技の一つですが、現実はそうはいきませぬ。

 抵抗などせず、王族らしく果てるというのならば考慮しますが?」


「……必要ありません……そして、言葉を曲げるつもりもありません」


「……左様ですか。では……札を切るとしましょう」


 老人の一言で、護衛が動いた。

 それ以外の推進派の人間達は座ったままだが、壁際に控えていた私兵達は余裕を消す。

 王女を守る為に魔法を使った者がいると考えているようなので、警戒するのは当然か。


 老人の背後にいた者達はそれぞれが獲物を構え、一歩ずつ、ゆっくりと王女に近付いていく。

 油断はなく、王女を見据えながらも周囲に気を配っているのがわかる。

 武器も使い込まれているし、その扱いもこなれていて、隙らしい隙もない。

 簡単な星術程度の攻撃なら、余裕をもって防ぐくらいはしてきそうだ。

 カラム達と同じかそれ以上の力を有している。

 自分でもそうわかるくらい、嫌な感じがした。


 王女を背に庇うように、剣を構えるイーリアスが前に立っているが、その額には冷や汗が浮いている。

 表情から見て、恐らくイーリアスは対峙している者達の実力を知っているのだろう。

 王女を守る為には戦うしかないが、イーリアスだけで押さえ切るのは困難……といった心情だろうか。


「……殿下の手札は、彼女だけですかな? 出し惜しみをする余裕があるとお思いならば、あなたを買いかぶり過ぎたようだ。それとも、切れない理由が? ならば最早容赦はしませぬぞ」


「……」


 二階席にいる者の動向が知れないのは気掛かりだが、もう待つ時間はない。

 あと数秒もすれば、老人の護衛が持つ剣がイーリアスに届く位置まで来る。

 攻撃は通らないにしても、これ以上警戒されるのも面倒だ。

 それにまだ不安要素もある。

 余裕があるうちに打って出る。


「(……じゃあ、やりますか)」


「(いくのか。さて、ではクロの力の一端、見極めさせてもらおうか)」


「(……見極め、られるといいね)」


「(……何?)」


 愉しげに行ったライカに、トーンを落とした暗い声音で返す。

 聞き様によっては怒り声とも取れるような口調だったかもしれない。

 それくらい、今は集中していた。

 その普段とは違う返しに、ライカもいつもと違う何かを感じ取ったようだ。

 愉快そうな態度を改め、険しい目で王女の方を見詰めた。

 星素は十分。


 老人は言った。

 準備は万全、全てを見越して準備していると。

 だが、それは自惚れだ。

 よもや伝説の怪物呼ばわりされている古竜種が、王女に付いているとは思うまい。


「(……開戦だ)」


 王女とイーリアスを包む防護膜を一時的に強化し、自分達の方の防護膜も念のために強化しておく。

 暴発はしないと思うが、もし効果範囲を誤ったら古竜の鱗でもこの攻撃は防げない。

 防護膜で意図的に効果を遮る必要がある。


 王女達と自分達の防護膜のせいで集中が割かれるが、〝溜め〟の時間が十分あったため、それも問題ないだろう。

 イメージするのは……。


「(二人ともいくよ!)」


「(うっ!?)」


「(あうっ!?)」


 発動。

 ライカが一瞬顔を顰め、アンナは視界に起こった異常な出来事に目を瞑った。

 ミクラ兄弟を狙った時と違い、広範囲を狙ったことで自分にもその変化が視認できた。

 グニャリと水面が波打つかのように、蜃気楼が揺らめくかのように、王女達を含む大広間の中の景色が、一瞬だけ歪む。


 眩暈でも起こしたのかと錯覚するような現象。

 しかしそれもほんの僅かな時間だけ。

 瞬きをすれば見逃してしまうくらい。

 そして次の瞬間───雷鳴のような衝撃音が響き渡った。


「きゃあ!?」


 ドパァンという、ミクラ兄弟の時とは比較にならない大音量がビリビリと鱗を震わせる。

 推進派の人間達が囲んでいたテーブルの上にあるグラスや食器、そして窓に埋め込まれた美しいステンドグラスや天窓が、術の発動とほぼ同時に、粉々に砕け散った。

 驚いたアンナは、何とも女の子らしい悲鳴をあげて耳を押さえる。

 それと同時に、広間の中にいて術の影響を受けた者達の苦悶の声。


「ぐあ!!?」


「がっ!?」


「ぎゃあっ!?」


 苦痛の声を上げた人間達が、次々と倒れる。

 ある者は石の床に、ある者は座ったまま机に突っ伏し、ある者は壁に倒れ掛かる。

 糸が切れた人形のように倒れこんだ者達の頭上から、粉々になった天窓のガラス片が、陽光に煌きながら降り注いだ。


 その一瞬だけを切り取ることができるのなら、とても美しい光景だった。

 光が落ちてくるガラス片に反射し、視界一杯の煌きが部屋を満たす。

 壊れた窓から差し込む陽光、シャンシャンという細かいガラス片が落ちる音。

 そして……静寂。


 王女とイーリアス以外の全員が倒れるか、その場に膝を付いている。

 ライカが警戒していた者達は、何とか倒れずに耐えているが、それでも動けずに大きな隙を晒している。

 さすがは鍛え抜かれた戦士……だが、このままでは恐らく戦うことは出来ないだろう。

 なぜなら……。

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