ヒトの観察

「(……やはり、人間は変わっているな)」


 相変わらず自分の首に座ったままで、足をプラプラとさせているライカが神妙な顔で言った。

 自分とライカ、アンナは、合議の大広間の扉の前で中の会話を聞いている。

 王女が登場したことで静まり返っている為、少し聴覚を強化すれば声も聞こえた。


 王女が入室するのを見送り、自分達は扉の外で待機している。

 さすがに竜を連れてづかづかと入れば要らぬ騒ぎを起こしかねないので、話が終わるか動きがあるまではここで待つことにしたのだ。


 王女に続いて合議の大広間に入ったのは近衛のイーリアスだけで、そのイーリアスも入ってすぐのところで見守っている。

 無論、王女が襲い掛かられても大丈夫なように防護膜の星術で対策はしてある。

 飛竜の渾身の一撃でも防ぎ切る防護膜を突破できる者など、そうそういないだろう。

 もしもこの国にそれだけの攻撃が出来る怪物のような人間がいるなら、小細工などせずに正面切って戦争を始めれば勝てるだろうし、それが無いということはこれで守りは問題ないはずだ。


 自分達の立ち位置からして、部屋の中にいる人からはこちらの姿は見えにくい。

 それに加え王女が登場したインパクトもあって、自分達に視線が集まることは無かった。

 番兵をしていた兵士二人は、すぐ隣にまで飛竜姿の自分が近寄ったために震え上がってしまっている。

 何かしたら力ずくで黙らせるつもりだったのだが、恐怖でそれどころではないようだ。


「(……どんなところが変わってるって思うの?)」


 王女と老人の会話を真剣な顔で聞いていたライカに、思ったことを聞いてみる。


「(ん? クロは思わないのか?)」


「(いや、僕も変っていうか、考え方が違うなって思うことはあるよ。ただライカはどう感じたのか興味があったから)」


「(ふむ。なら、クロとは些か視点が違うな。私が奇妙だと思ったのは、個々の考えについてではない。あのような破滅的な思考を持つ者に同調する輩が多すぎるという点だ)」


 ライカが言うように、推進派の人間が多く集まった会合だから、ここに集まっているのはあの老人の言うことに賛同している者達がほとんど。

 つまりは少なからず戦争を望んでいる者達ということだ。


「(……どういうこと?)」


「(そうだな……あの年老いた人間が言うことは、我々で例えるなら巣だけを守ってその中にいる仲間を見殺しにするということだ。

 巣を優先して同胞の命を疎かにすることなどありえん。巣が使えなくなればまた別な巣を探すなり、自分で掘るなりすればいいだけの話であり、代わりのいない仲間ではなく、代えの利く巣を命を賭けてまで大切にする意味など無い)」


「(そうだね)」


「(だがよく考えてみろ。どんな生物にも、こうした変わった考えを持つ奴というのは少なからず存在する)」


 ……そう言われると、そんな気もする。

 人間に限らず、趣味思考が同じ生物の中で異質なものはいるだろう。

 犬や猫にだって珍しい嗜好があるものや、変な行動を取るものもいるし、野生生物の中にも変わった行動をする個体がいたりもする。

 そんな特集をしているテレビ番組だってあるくらいだ。


 古竜でも【竜憶】を調べていくと、変わった嗜好や思考をもったものがいた記録はある。

 石が好きで世界中を飛び回っては珍しい形や色の石を集めていた竜や、【竜憶】があるのに人間が使う文字のようなものを作って誰にも理解されない一人遊びをしていた竜、自分は古竜ではなく飛竜だと言い張って飛竜の群れの中で一生を過ごした竜、空には恐ろしいモノがいるんだと思い込んで一度も空を飛ばず大地を歩くことしかしなかった竜。

 少し調べればいくらでも変わり者の記録が出てくる。

 かく言う自分だって、古竜の中では変わり者の部類だろう。


「(……言われてみれば、確かに……)」


「(そう、変わった奴というのはいるものだ。だがな、大抵そんな奴は孤独で、誰にも理解されずに朽ちていく。極稀にそれに理解を示すやつがいることもあるがな。

 しかしこいつらのように同調する者がここまで多いのは異常だ)」


 そう言いながらライカはまた足をパタパタと振ると、腕を組んで続きを語る。


「(多少他の者と考え方が違う変わり者くらいならオサキの群れにも稀にいる。私のような、な。

 だが、奴の考えは、その群れを破滅に導く思考だ。それは同胞を死の危険に晒す者であり、変わり者で済まされるものではない。

 もしもオサキの一族でそんな輩が出たら、そいつはその場で殺す。殺さねばならない。さもなくば、群れを滅ぼすことになるからな。

 しかしここにいる人間共は、あのような同胞を破滅させる思考を公言しているにも関わらず、誰もそれを止めようとしない。自分達を破滅に導こうとしていると言い切っているというのに、ここにいる者達は異を唱えない)」


「(……)」


「(こんな者達がここまで多いと、普通は種の存続すら危うくなる。それでも人間という生き物が存続しているというのは、恐るべきことだ。

 もしもこいつらが個を捨て、我々のように種を優先して団結するようになれば、古竜種といえども看過できない脅威となるだろうな……いや、巨大な個の欲望と異常ともいえる異質な思考があるからこそ、人間が他の種とは違った繁栄を遂げているとも考えられるのか……)」


 極稀に現れる、人とは違う考えや行動をする者が世界を牽引することは、歴史上いくつも起こってきた。

 それはカリスマなどと呼ばれて人心を集めたり、誰も考えたことのない新たな発明を齎したり、美意識や医学、科学をはじめとした学術の根幹であったりと多岐に渡る。


 そしてそれらは善でもあり、悪でもあった。

 だが、人類の進歩には善も悪もあまり関係無い。

 如何に他者と違うことを、誰にも理解されずとも貫こうとしたかが重要だったりする。

 中には誰にも理解されず、歴史に残ることなく消え去り、ただの馬鹿者と切り捨てられて終わった例も数多くあっただろう。


 全てが凡夫では人間の進歩は極緩やかなものとなり、人類の進歩はとても遅くなる。

 地球では僅か数百年、数十年で、信じられないほどに科学技術が進歩してきた。

 数年前まで夢物語だったことが、現実になることも珍しくない。


 そうした他者と違う〝異質〟が、人類を急速に進歩させ、繁栄させてきた〝強さ〟と考えたライカは、案外核心を突いているような気がした。

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