異変
「クロッ!!」
ライカの焦った声が響く。
その先を聞くまでもない。
鱗越しでもチリチリとくるこの感じ。
狙いは自分で間違いないだろう。
気配に集中すると、背中側から自分に飛び掛ってくる何かを感じ取る。
「ふんっ!」
振り返っているだけの猶予はない。
咄嗟に尾に力を込めて振り上げる。
そのまま横薙ぎにビュオンと振り抜き、飛び掛ってきた何かを撃ち落とした。
飛び掛ってきた何かは泥を跳ね上げながら大地を転り、森の木にぶつかって止まる。
「次から次へと……まだ何か隠れていた?」
だが……妙だ。
殺気を向けられるまで何かが近付いてくるような気配は感じなかった。
今回は油断せずに注意していたし、森から何者かが近付いてくれば何か感じただろう。
自分より索敵に長けたライカも警戒していたので、そうそう見逃すということはないはずなのだが……。
王女が重要人物であり、放置することはできない存在だと理解してはいる。
しかし理解はできても、鬱陶しいことに変わりは無い。
「……!!?」
内心で辟易としながら、今度はどんなヤツが襲ってきたのかと相手を確認して、思わず目を見張った。
「ひっ!?」
「キャア!?」
「ウッ!?」
同時にそれを目にしたアンナとスイ、レアも恐怖に目を見開き、硬直する。
かく言う自分も、驚きと一種の空恐ろしさで足が止まってしまった。
むくりと立ち上がるそれを見て、ライカも驚いている。
しかしライカの驚きはその異様な姿にではなく、気配を探れなかったことに対してのようだった。
そんな中、無言でフィズとメリエは動いた。
フィズは王女とスイ達を、メリエはアンナを守るように立ち、身構える。
さすがは戦いに従事してきた者、驚きはしているがやるべきことはわかっているようだ。
周囲に満ちる朝日の爽やかで朗らかな光、そして早朝の森という静謐な場所。
それがいるべき場所はこんな穏やかな光に満ちた場所ではなく、深い闇の中が相応しいと誰もが思っただろう。
どう贔屓目に見ても、場違いすぎる気がしてならない。
皆が戦慄する中、それが踏み出す。
今まで自分達の前に立ってきた様々な敵、それと同じ殺意を放ち、攻撃しようとしてくる。
母上と暮らしていた森を出て盗賊やら何やらと幾度か戦い、命のやり取りを経験してきたことで殺伐としたものにも徐々に慣れてきた。
少なくとも怖気づくよりも先に、戦う意思が前に出るくらいには。
しかし、今目の前に居るモノはそんな自分を凍らせる。
絶対的強者に直面した時に感じる不安や恐怖というものはない。
だがその異様な立ち様が、久しく忘れていた生理的嫌悪感というものを思い出させた。
自分達の思考を麻痺させるには十分な姿をした、首の無い、バーダミラが。
それは今までと同じように鎚を持つ。
振り抜かんと腰を落とし、また飛び掛る姿勢を作った。
不自然すぎる状態でありながら今まで自分を攻撃してきたのと同じ自然な動き……。
それが一層不気味さを際立たせる。
人を殺めたことはある。
腐乱した死体も見た。
人外と戦い頭を潰した事もあった。
命を奪い、陰惨な光景を目にすることを経験してきた。
しかし頭部を失い、生命として在り得ざる姿で動くモノを見るのは初めてだ。
死者が動く。
その現実が、この世界に慣れてきていたと思っていた自分の脳を黙らせるには十分な衝撃を齎した。
「クロ! 来るぞ!!」
ライカが声を荒げたことで、気持ちを切り替えることができた。
アンナとメリエを庇うように前に出る。
それと同時に、首の無いバーダミラが跳躍した。
あるべき頭部を失った首から流れる血もそのままに、上半身を紅に染めて。
「っ!!」
何が何だかわからなかったが、やらねばならないことだけは明白だ。
四肢を大地につき、竜の鋭い眼を向けて牙を剥く。
翼を僅かに開き、首を少し下げる。
いつでも振り抜けるよう尾にも力を込めた。
アーティファクトを使っていないのか、鎚には水が無かった。
しかしどうであろうと、もう攻撃に当たってやる必要はない。
隠す必要も無くなったので、遠慮なく星術を使う。
万一抜かれた場合に備えて体勢も万全。
強烈な
しかし、人ならざる者となったバーダミラは、何の躊躇いも無く古竜に向かって跳ぶ。
ゴイィンという鐘を突いたような音を響かせて、振り下ろされた鎚と防護膜がぶつかる。
バーダミラの攻撃はこちらに当たる前に弾き返され、その反動で身体ごと後方に跳ね飛ばされた。
さっきまでと攻撃の速度などはほぼ同じだが、頭部を失っているためか受身や身のこなしなどの技術的な部分が低下しているようで、動きが前よりもぎこちなく見える。
しかし地に転がったバーダミラだが、またすぐに起き上がってくる。
「……
「……不死種の匂いはしない。だがさっきまでの人間とは違う匂いを放っているぞ。
気配も……人間のものとは程遠い。人間の肉体に見えても、こいつを人間種などとは思うな。気配だけなら我々幻獣のものに近いぞ」
「……何だかよくわからないけど、敵であることに代わりはない。ならやることは一つ」
ライカでも知らないのでは、今は調べようもない。
そして首なしバーダミラの正体について詮索している時でもない。
ならば、今まで襲ってきた者達と同じように対応するだけ。
こちらの意思を知ってか知らずか、首なしバーダミラも戦意を失うことなく再度向かってくる。
相変わらず水を使う気配は無く、正面から突っ込んでくる。
「みんな下がって!」
アンナ達を下がらせ、バーダミラに集中する。
星素を操り、星術を使う。
遠距離攻撃をする様子も無く、正面から近付いてきてくれるなら好都合だ。
離れた場所に術を発動するよりも制御が楽になる。
バーダミラが跳躍し、鎚を振り被る。
狙うタイミングは振り下ろす瞬間……。
まずは斥力を発生させ、攻撃の速度を鈍らせる。
一瞬だけ強い斥力を生み出したことで、鎚を振り下ろそうとしていたバーダミラがガクンと一瞬硬直した。
(ここ!)
狙い通りのタイミング。
硬直の瞬間を狙って、先程頭を吹き飛ばした星術を起動する。
途端にバーダミラの右足が付け根部分から弾け跳んだ。
胴を狙ったのだが、少しずれてしまったか。
やはりまだ練習が必要だ。
「ウッ……」
後ろで見ていたアンナが口を押さえる。
血を振り撒きながら、頭に続いて右足を失ったバーダミラはバランスを崩し、仰向けに倒れた。
普通であればもう立ち上がることはできないはず。
普通、であれば……。
(……あ…………あ……)
声ともつかない、呻きのような音。
さっき聞こえたものだ。
音の出所はわからないが、バーダミラからそんな音が出たと思うと、吹き飛んだ足の付け根に異変が起こる。
流れて出ていた血の代わりに、傷口から水が流れ出した。
「!?」
ゴポゴポと傷口から溢れ出てくる水は大地に流れ落ちることなく、先程自分を縛りつけた触手のように傷口から伸びていく。
水の触手は不定形にうねりながらも、バーダミラの肉体を支える不恰好な義足となる。
透明な水の義足を大地につき、
「……これも……アーティファクトの力?」
「……いや、こんなものは聞いた事も無い……」
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