肉弾戦

「病人に女子供、小型の飛竜と疾竜……それも檻に閉じ込め、逃げる事も自由に動く事も封じた。だが、手は抜かない。いつも通り行くぞ」


「ハハッ、いいねぇその目。飛竜がいるから強気になってるみたいだが……その心、すぐに圧し折ってやるよ」


 まずは自分に意識を集中させる。

 そのためには自分を脅威だと思わせなければならない。

 だが守るべき者がいる以上、あまり無茶は出来ない。

 使える星術は体内で完結するタイプと、飛竜が使うブレスに似せた火炎だけ。

 それで倒せるならいいが、無理ならライカが監視者を何とかしてくれるまで耐え凌ぐ。


「(ライカ。あのアーティファクトはただ壁を作るだけじゃないかもしれない。それも気を付けて)」


「(……わかった。警戒しておこう)」


 自分が脱皮した鱗に複数の星術を込めるのが難しいのと同じで、未知の技術で作られたアーティファクトでも同じように複数の能力を込めることはできないのかもしれないが、絶対ではない。


「(じゃあ行くよ!)」


 まずはこの水の壁を突破してライカを外に出さなくては。

 狙うは正面に立って自分に狙いをつけているバーダミラではなく、厄介な水の壁を作り出し、守りも堅いカラムの方。

 先程よりも集める星素を増やして火炎弾の温度と大きさを上げる。

 それを遠慮なく撃ち出した。


「如何に竜種のブレスだろうが来るとわかってる攻撃なんざ脅威でもなんでもねぇ!」


 カラムは盾で受けることはせず、横に飛んで回避する。

 やはり重装備とは思えない程に速い。

 矢を射るのと大差ないくらいの速度はあるはずの火炎弾も、難なく回避してきた。

 バカ正直に攻撃しても無駄か。


「ハッ!」


 カラムを狙った火炎弾がカラムの脇を通り過ぎる。

 それを目で追う暇をバーダミラは与えてくれなかった。

 バーダミラは、カラムにブレスを吐いた隙を好機と判断し、一足飛びに間合いを詰めると脳天を目掛けて鎚を振り下ろしてきた。


 重心が先端にあるはずの鈍器系の武器なのに、まるで軽い剣を振り回すかのような攻撃速度。

 普通の獣や魔物なら避けることも難しいだろう。

 そして長身のバーダミラが長柄の鎚を振り被ると、その長大な射程距離リーチで跳ばなくても自分の頭に攻撃が届く。

 これも相手に隙が生まれにくいので地味に厄介だ。


「(よっ!)」


 頭を狙ったバーダミラの振り下ろしを、首を振って回避する。

 生憎とこちらは普通の獣ではない。

 ライカにも追従する速い攻撃だが、身体強化の星術まで使ってあるのだ。

 いくら大きな竜の身体でもそうそう遅れは取らない。


「ぬぅ!?」


 バーダミラの空振った鎚が大地に激突し、土をめくり上げてクレーターを作る。

 バーダミラの予想を上回る機敏な身のこなしで攻撃を避けたためか、一瞬だが目を見張っていた。

 カウンターのチャンスだが、間合いが近すぎる。

 それにカラムと同様に真正面からの攻撃はそうそうもらってはくれないだろう。


 飛び散る土が大地に還るよりも早く、行動に移る。

 身を退いて少し距離を取ると翼を大きく広げ、未だ体勢を戻し切れていないバーダミラに向かって一気に振り下ろした。


「うお!?」


 翼を団扇うちわのように使って突風を巻き起こす。

 強い力で羽ばたいて発生させた強風により、ゴバァという音と共に草ごと土の一部が吹き飛ばされる。

 一瞬の暴風をしたたかに浴びたバーダミラは、数mほど後方に吹き飛んだ。


「(うわぁ! あんなこともできるんですね)」


「(ただ噛み付いたり引っ掻いたりするだけじゃないよ)」


 直接的な攻撃力はあまりないが、竜の姿の時には尾撃や爪撃だけではなく、他の生物には馴染みのない翼での攻撃もできる。

 手足を使うことなく追撃を加えられるので隙も生じにくく、以外と使える小技である。

 強風に煽られてバランスを崩しながら後退したバーダミラに向かって、尾を横薙ぎに振るった。

 土を抉りながら身体を半回転させ、しっかりと遠心力を乗せる。

 ビュオンという風を切る音と共に、撓らせた尾がバーダミラに迫った。


「チィ!!」


「やらせるかよ!!」


 体勢が整うより先に追撃を加えようとしたところ、すかさずカラムが飛び込んでくる。

 先程と同じように巨大なタワーシールドを前面に構え、振り抜かれた尾に正面からぶつかった。

 長い竜の尾と金属の盾が激突し、ドゴンという下っ腹に響くような重厚音が伝わる。


「(うおー硬った)」


 かなり本気で尾撃を繰り出したのだが、カラムは踏ん張り切った。

 両足が土に沈み込んで後退はしたが、体勢を崩さすに耐え凌いでいる。

 何とも強靭な足腰だ。

 尾と激突したタワーシールドも健在で、破損した様子も無い。


 個々の技量もさることながら、やはりかなりしっかりとした連携が取れている。

 攻撃で生じる隙をもう一方が完全にカバーして動く。

 しかも竜の攻撃を受け止めて無傷で済むほどの防御力となると、やはり先にカラムを何とかしないときついか。


「……あの身のこなしや状況判断……本来なら今の一発で頭を粉砕しているはずなんだがな……本当に幼竜か?」


「ったく、めんどくせぇな。ケモノの分際で……小賢しい賞金首と手の内の読み合いをしているようだぜ」


「カラム、コイツだけに時間を掛けるわけにはいかない」


「わかったよ」


 バーダミラは再度飛び掛ってくる。

 だが、単純な攻撃ではないと即座に悟る。

 バーダミラの鎚には先程とは違い、明らかな変化があったためだ。


 振り被った鎚の金属塊ハンマーヘッドの部分から水が湧き出し、その水が纏わりついて巨大な水の塊となる。

 これがバーダミラのアーティファクトの能力……いよいよ本気になったということか。


「ぜぃや!」


(!!)


 鎚に蟠った水は、分厚いフライパンのように丸く大きく広がり、それがこちらの頭目掛けて振り下ろされた。

 鎚だけではなく大量の水の重さが上乗せされているはずだが、バーダミラの攻撃速度には微塵の鈍りも見られない。


(げっ、でかい!)


 自分の体の大きさよりも広い……これはさっきのように首を捻るだけでは避けられない。

 避けようと無闇に動けば水の壁に触れてしまう。

 仕方なく身体で受けることを選択する。


(こなくそ!)


 身体の一点で受け止めたら、それだけその部分にかかる負担は大きくなる。

 なのでなるべく広範囲に衝撃が拡散するよう、背中と首が平らになるように身を屈め、四肢を踏ん張った。

 頭は低く下げて攻撃の範囲に入らないように注意する。


 その直後、水がぶつかったとは思えないような凄まじい衝撃が背中を打った。

 実際にぶつかった事など無いが、重さ数tはあるコンクリートや岩の塊が高所から降ってきてぶつかったらきっとこんな衝撃なのだろう。

 元々のバーダミラの膂力に加え、竜の身体を覆い尽くすほど巨大になった水の塊の重量によって、四肢が土に深くめり込み、大地が陥没する。


「(っくぅー)」


 巨大で分厚いフライパンのようだった水塊は、衝突の一瞬あとに一気にその形を崩す。

 氷が一瞬で水になったかのように、ザブンと大量の水が鱗を洗い流すかのように流れ落ちる。

 陥没した大地に流れ込んだ水で池のような水溜りが足元に出来上がった。


「(クロさん大丈夫ですか!?)」


「(平気平気。凄い衝撃だけど痛くはないよ。カラムのとは違ってバーダミラの方はただの水みたいだね)」


 大地に沈み込んでしまった足をズボッと引き抜きながら身体の異常を確認するが、痛みや違和感は無い。

 強酸や毒などの追加効果を与えてくるかと中和の準備まで考えていたが、どうやらそれはなさそうだ。


 だが単純な打撃だとしても凄まじい威力である事に変わりは無い。

 バーダミラはまだまだ動きに余裕を残している感じだが、今の一発だけでも自動車を煎餅せんべいのようにペシャンコにできるものだった。


 以前アスィで戦った巨人種ギガントよりも打撃力は上だ。

 しかし、上手く衝撃を分散させた事で身体にダメージはない。

 もしも頭などの一点にあの攻撃を喰らったら無傷では済まなかっただろうが、星術で補助を加えている古竜の鱗を砕くほどではなかった。

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