攻防

「ゴフゥゥ!!」


「(ッ!! クロ!!)」


「(わかってる!!)」


 背後に迫った飛竜の口から、焼け付くような紅蓮が漏れ出る。

 それに反応したライカの意思を感じたとほぼ同時、直径にして10mを超える大きさの巨大な火球が放たれた。


 火炎のブレスだ。

 咄嗟に防護膜の術を強化し、迫る大火球に備える。


「きゃああああ!」


「バカな!? 姫様が乗っているんだぞ!?」


 スイが赫々かくかくたる豪炎が迫るのを見て悲鳴を上げる。

 そして足に掴まっている女騎士が、王女がいるにも関らず攻撃してきた飛竜に困惑の叫びを上げた直後、その瞬間がやってきた。


 ドドォンという内臓にまで響く爆音と共に、飛竜の吐き出した火炎ブレスが防護膜に激突して爆発を起こした。

 一瞬で視界が炎に塗り潰され、暗黒の景色に慣れていた目が強い光で眩む。


 しかし、それだけだった。

 巨大な火球と爆発の衝撃でも防護膜を突き破られることは無く、熱も通さない。

 さすがは星術の守りだ。


「(ふぅ。あー焦ったー。全員大丈夫?)」


「(は、はぁぁ。心臓が止まるかと……今だけはこっちにこなかったレアが羨ましかった……)」


 スイは憔悴した顔で背中に突っ伏した。

 生身で直撃すれば一瞬で全身が消し炭になるような豪炎が自分めがけて迫ってくるのだ。

 そうなるのも仕方が無い。


「(王女殿下も無事です。小さな砦なら一発で消し飛ばすというアルドレッドのブレスでも揺るがないとは……さすがです)」


 フィズは冷や汗をかきながらも冷静に現状を確認している。

 そして何事も無かったかのように攻撃を遮った星術の防護膜に畏敬と驚嘆を示した。


「(こちらも問題は無い。アレの直撃を受けて全く意に介さないとはな……だが、他の二匹も追いついてきてるぞ)」


 ライカも問題無さそうだ。

 ライカは炎が迫った一瞬、自身の身を守る何かの術を使おうと身構えていたのだが、その必要がなくなったと理解して肩の力を抜いている。

 ライカと戦った時に防護膜の星術は使ったが、どれだけの強度があるかまでは知っている訳ではなかったので、防ぎ切れない場合も考慮して動こうとしてくれていたようだ。

 その辺の冷静な判断は、さすがこの物騒な世界の野生を200年生き抜いてきた幻獣というだけはある。


「(あの大きさなのにかなり速度が出るね。風の影響を一切受けない古竜種の飛行にも引けをとっていないのは凄いな)」


 一瞬防護膜の方に意識を集中したので、【飛翔】の速度が落ちてしまった。

 その間に幾分小さい……といっても母上以上の大きさはあるのだが……二匹の飛竜も追いついてくる。

 そしてこちらが速度を上げる前に、その二匹もブレスを吐いてきた。


「(次がくるぞ!!)」


「(今度は火炎じゃないね)」


 小型の二匹が吐き出したのは水のブレスだ。

 古竜種が星術でブレスに似た攻撃をするのとは違い、飛竜種は物理的な方法でブレスを吐いている。

 そして飛竜種は同じ種族でも一匹一匹吐けるブレスが違う。

 飛竜種の喉にはブレスの際に吐き出す油や水などを溜めておく器官があるのだが、個体ごとにその袋に溜めるものが違うのだ。


 油を溜める個体なら火炎、水を溜める個体なら高圧水、空気を溜める個体なら空圧弾といった具合に、いくつかのバリエーションがあると母上が話してくれた。

 母上が教えてくれた中で自分なりに厄介だと感じたブレスが二つあるのだが、今回追って来た飛竜にその面倒なブレスを吐く個体はいないようだ。


 飛んできた高圧の水弾も勢いよく防護膜に衝突して、ドパァンという破裂音と共に砕け散る。

 飛び散った水しぶきも上空の強い風に流されて一瞬で霧状に霧散した。

 巨体の飛竜の火炎と違い、物理的衝撃力の強い水圧弾だったが、こちらの方も問題なく遮ることが出来た。

 やはり身体の大きさが巨体の飛竜よりも小さい事もあって、ブレスの威力もやや弱めなようだ。


「(向こうも今のところ決定打に欠けるようだが、クロも空中では自由に竜語魔法……星術だったか? まぁどっちでもいいか。それを使えないとなるとこちらも防戦一方だな。……私がやるか?)」


「(まぁ呼び方はご自由に。大丈夫だよ。何とかする手段はいくつかあるから)」


 速度は速いがこちらの【飛翔】の速度にもまだ余裕がある。

 逃げ切る事に全力を傾ければすぐに追いつかれてしまうということはない。

 次の攻撃を警戒して背後を振り返り、飛竜の様子を観察する。

 ある程度の溜めが必要なのか、ブレスを連発してくるという様子は見受けられない。

 そして目を凝らしたことで気付く。

 追って来る飛竜の背に人が乗っている。


「(……クロも気付いたか? あの人間どもに)」


「(うん、見えた。操る人間が必要だから一人は竜騎士なんだろうけど、他の人間は何だろうね)」


 巨体の飛竜には六人、小さい二匹にはそれぞれ三人が騎乗している。

 全ての人間が寒さ避けの外套のようなものをつけて全身を覆っているので、種族やどういった人間なのかまではよくわからない。


「(ふむ……飛竜以外の強い気配を感じるな)」


「(ってことはライカが言っていた実力者が乗っているか、もしくは強い魔術師とかかな)」


 国の最重要人物の一人である王女を攫うのだ。

 当然追手にもそれなりの者がつくというのも予想の範疇だった。


 竜騎士という確立した航空戦力を有しているということは、当然上空で行動する為のノウハウも蓄えているだろう。

 上空の強風や天候の変化などから身体を守るための魔法なり魔道具なりを使う人間は必要になる。

 そう考えればああして複数人が乗っているのもおかしなことではないか、と一人納得した。


 問題なのは実力者の追手がかかったということではなく、王女がいるにも関らず躊躇無く攻撃してきた事だ。

 それはつまり、あの飛竜で追いかけてきている者達が推進派側の息が掛かった人間という事だろう。

 しかし今はそれを考えている場合でもない。

 観察も程々に、追手を何とかする手段を考えることにする。


「(皆しっかり掴まっててよ)」


「(は、はい!)」


 この声にスイとフィズは王女を支えながら身構えた。


「(お? やるのか)」


「(合流に追手を引き連れたままはまずいからね)」


 こんなのが付いて来てしまったら落ち着いて治療も出来ない。

 【飛翔】を使っているので強力な星術は使えないが、やるだけやってみよう。

 追って来た巨体の飛竜に狙いを定め、星術を起動する。

 周囲の空気に干渉して気圧を操作し、風を任意の方向に集めていく。


「(……風を操る術か。応用力が高いな。しかし竜語魔法は使えないんじゃなかったのか?)」


「(あれだけの飛竜を確実に仕留められるような複雑で強力な術は無理だけど、簡単なものなら何とか使えるよ)」


 透明な空気を操作しているので乗っている面々は何が起きているのかわかっていなかったが、気配に敏感なライカは気付いたようだ。

 イメージしたのは竜巻。

 風が渦巻き、やがて猛烈な突風となって発射される。


 そこまで強力なものではないが、通常とは異なり真横に伸びる竜巻を生み出し、追って来る飛竜に向けて飛ばしたのだ。

 星術での飛行とは違い、飛ぶ為に空気の流れを利用している飛竜なら足止めくらいはできると踏んで、過去の古竜が使っていた風を操る星術を選んでみた。

 飛竜達は避ける素振りさえ見せず、星術によって生み出された竜巻と正面から激突した。

 だが───。


「(うーむ。効果なしかー)」


 渦巻く暴風、小型とはいえ竜巻が激突したはずなのに、特に変化も無く飛竜三匹は追いかけてくる。

 ふらつくことすらなかった。


「(クロ。風が当たる直前に、背に乗る人間達が何かをしていた。恐らく複数人の人間で使う魔法だろう)」


「(かなり強力な防御系の魔法が使えるみたいだ。生半可な術だと防がれちゃうね)」


 風を操作するだけの簡単な術だったし、人間でも何人か集まって魔法を使えば凌げるかもしれない。

 それでも軽く家を吹き飛ばすくらいの突風だったはずなのだが、それを着弾までの僅かな時間で防いで見せたということはそれだけの力を持つ者達ということか。


「(ち、近付いてきます!)」


 フィズが悲鳴のような意識を飛ばしてくる。

 また飛竜との距離が近くなってきていた。

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