追手

 身を翻し、翼を広げて入ってきた時に開けた穴から空中に躍り出る。

 【飛翔】の術を起動するまでの一瞬の浮遊感。

 飛び出す際に更に壁の一部を壊して穴を広げてしまったが……まぁ既に大穴を開けているので今更だ。

 何とか厄介な人間が出てくる前に離れることができたようだ。


「(おわわ!?)」


 飛び出して【飛翔】の術を起動した所で異変に気付いた。

 さっきまでと飛ぶ感じが違う。

 何か来た時よりも重たい……。

 王女を乗せてるからそれは当たり前か。

 いや、それだけじゃなくて後ろ足にも違和感があるような……。


「(クロ。さっきの女騎士がお前に掴まっているぞ)」


「(げ)」


 首を回して後ろを見てみると、後ろ足の足首にさっきの女騎士がしがみ付いていた。

 仕える王女の為とはいえ、落ちれば即死を免れぬ高い塔から空中に飛び出した飛竜に躊躇い無く飛びつくとは見上げた忠誠心だ。


 剣は捨ててきたのか何も持っていない。

 まぁ武器を持っていなくても魔法を使えるのかもしれないし、何とかしなくては。

 丁度良く城のすぐ隣には高い建物の屋根があるので、そこの上を通るついでに払い落とそうと試みる。


「(ちょっと、下りて、下りてってば)」


「ぐっ! 姫様を! 放せ!」


 ブンブンと足を振ってみたが、落ちてくれそうもない。

 それどころかさっきよりもしっかりとしがみ付かれてしまった。


「(おいクロ。それどころではなくなったぞ)」


 ライカの声に再度後ろを確認すると、新城の後方にあった古城、そこから大きな影が三つ、飛び上がるのが見えた。

 今までに見たことはなかったが、直感する。

 飛竜だ。


「(げげぇっ! うわっでっかぁ!?)」


 古城が飛竜の厩舎になっているのだろうか。

 飛び上がった飛竜はグオオという低い唸り声を上げると、真っ直ぐにこちらに向かって来る。

 足に掴まっている女騎士を振り落とそうとしている間に、一気に距離を詰められたことで、保護色と夜闇で見難かったその巨大な威容が明らかとなった。


 三匹のうちの二匹は30mくらいの体長だ。

 以前アルデル近郊の上空で撃ち落した鳥竜どころか、母上よりも大きかった。

 そして中央から迫ってくるもう一匹は、それよりも更に巨体だった。

 軽く50m以上はある長大な身体に、その巨体で空を飛ぶ為の大きな翼。

 やや細身ではあるが、竜の森に居た深緑の古竜よりも大きいかもしれない。


 飛竜の体のつくりは古竜と似ているが、星術ではなく自身の肉体で飛んでいるため、古竜の身体よりもほっそりとした身軽な体つきで翼も大きい。

 飛竜については今までに母上から聞いたことはあったし、その他でも何度か話題に上ったものの【竜憶】で細かく調べたことはなかった。


 聞いたことなどから古竜の劣化版のような竜だろうと勝手に思い込んでいのだが、この威容を見るとそれは間違いだったと思い知らされる。

 巨体とその圧倒的な迫力から、星術が無くとも古竜と渡り合うことができる存在なのだと確信した。

 それらが大きな翼を力強く羽ばたかせて迫ってくる。


「あれはアルドレッド!! ヴェルタが保有する騎竜の中で最強の飛竜です!」


「貴様ら! どこの国の者か知らんが、ここはヴェルタのど真ん中だぞ! 逃げ切れるわけが無いだろう! 今すぐに姫様を下ろせ!」


 足にぶら下がった女騎士が叫んでいるが、それは無理な相談だ。

 古竜とて一つの生物であることには変わりない。

 つまり他の生物と同じように、生存競争がある。

 他の生き物と命を賭けて戦う事だって当たり前のようにあるのだ。


 古竜と縄張り争いができる生物は少ないが、老成した古竜よりも大きく成長し、古竜に並ぶ頑強な肉体を持ち、それでいて群れで活動する飛竜ならば古竜とも十分戦えるだろう。

 そんな飛竜三匹が、生まれて半年ちょっと、体の大きさもやっと6mを超えたくらいの自分を追いかけてきている。

 捕まれば丸呑みにされてもおかしくない体格差である。


 当然のことながら、飛んで逃げる自分達を竜騎士が追いかけてくるだろうことは予想していた。

 しかし想定外のことが二つあった。


 まずここまで巨大な飛竜が追手になるとは予想していなかった。

 大きいということはそれだけでも武器になる。

 体力や耐久力もそれに比例して多くなるだろうし、以前アスィ村で襲ってきた巨人種ギガントのように、大質量から繰り出される攻撃の破壊力も比例して大きくなる。


 こちらが実力で圧倒的優位に立っていて、仮に攻撃されても一切被害を受けないというのなら大人しく止まることも一つの手段として考えるかもしれないが、あの巨体に襲われたらどうなるかはわからない。

 人間が従えているならせいぜい大きくても以前相対した鳥竜か母上と同じくらいだろうと勝手に思い込んでしまっていた。

 これはしっかり調べなかった自分の落ち度である。

 というかどうやってあれだけの飛竜を手懐けているのか、そっちの方が気になってしまう。


 そしてもう一つの予想外。

 それは追手がかかるのが早過ぎることだ。

 頭から城に突っ込んで離脱するまでにかかった時間は数分。

 侍女や医者はすぐさま部屋を出て行ったが、連絡するにも少しは時間がかかるはず。

 それに竜騎士を追っ手として動かすにも距離を稼げるだけの時間はかかるだろうと思ったのだが……読みが外れてしまった。


「おい! 聞いているのか! すぐに地上に戻せ!」


 あ、予想外のことがもう一つあった。

 足にぶら下がっている女騎士を忘れていた。

 とりあえずぶら下がっているだけで何も出来ないようなので、今は放っておくことにする。

 何かしようとしたらライカに止めてもらおう。


「(何を驚いているんだ。同じ竜種、クロの親戚みたいなものだろう?)」


 親戚って……まぁ他の生物から見れば飛竜も古竜も似たり寄ったりなのかもしれないけど……。


「(今まで飛竜に出会ったことはなかったし、詳しく調べていたわけじゃないからあんなに大きいって知らなかったんだよ)」


「(生まれて半年余りじゃそんなものか。しかし確かに割と大きい方だな。上の下くらいの大きさだが、あれ程の飛竜なら人間の近寄れぬ場所に棲んでいるはず。よくぞまあ非力な人間が従えられたものだ)」


「(それ、すごく同感。あんな巨体の飛竜を操るような強力な魔法もあるんだとしたら、僕やライカも捕まったら危ないかもしれないね)」


「(フン。私はともかく、我々の幻術をも無効化する古竜ならそんなもの杞憂だ。

 まぁ魔法などではなく自分の意思で人間に従っている可能性も捨て切れんがな。

 飛竜も高い知能を持っている。何かの理由で人間との共生を選ぶ物好きもいるのかもしれん。私やクロのような例もあるから、一概に無いとも言えんだろう。

 にしても、長くこの都市に住んでいたがあんなのがいたのは知らなかったな。大分前だが、あの古い城に忍び込んだ時には居なかった。ここ最近になってこの都市に来ていたという事か。野生の連中同様に気配も隠せるらしい)」


 あれだけの竜だ。

 人間の戦列に加わればかなりの戦力となるのは間違いない。

 ということは戦時などでは前線にいて、落ち着いていた間に王都に来たということだろうか。

 もしくは何かのために呼び戻していたのかもしれない。


「(ま、私が以前に見たことのある大きい個体はあれの比ではなかったし、そこまで珍しい大きさでもない。人間が言う未開地などの奥地に入ればアレくらいのがゴロゴロしている場所もある。

 だが、あれだけの大きさとなると私でも真姿しんしに戻らなければ倒すのも容易ではないぞ。恐らく500年は生きた個体だろうな。

 で、どうするんだ? 我々を乗せたまま空中戦でもするか?)」


「(空中戦は無理だね。体格差がありすぎて自由に動けない今は戦いようが無い。倒す術もあるにはあるけど、僕が飛ぶ為に使ってる術は結構集中していないといけないんだ。竜語魔法で何とかしようにも飛びながらじゃ使えない)」


「(だが、このままではずっと付いて来るぞ? というか、迫ってきてるぞ)」


「(げげげっ!?)」


 ライカとの【伝想】に意識を向けている間に巨体の飛竜が翼を羽ばたかせ、ぐんぐん速度を上げて距離を詰めてくる。

 巨体に似合わずかなりの速度を出せるようだ。

 女騎士のことは後回しにし、星術で防護膜を作って慌てて速度を上げようとした自分達の後方に付けると、その巨大なあぎとを開いた。

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