幻術
こちらもまだ右足の自由を奪われたままだが、このまま無力化するくらいなら問題は無い。
再度身を屈め、少女に飛びつこうと身構える。
だが、その矢先、自分と少女の間に割って入る者があった。
「!」
「この私がこんな
ガチリガチリという音を響かせ、少女を守るように立っているのは見覚えのある二人の男。
この建物の前で見張りをしていた衛兵の二人だ。
軽鎧を着け、手には槍を持っている。
しかしその表情は弛緩し、目の焦点は虚空を彷徨っていて理性の光は感じられず、
「不本意ではあるが、仕方が無い。この町に入ってからの様子からして、お前も私と同じように無闇に人間を傷つけることを望まないのだろう?」
「人間を盾にするのか? 見た目や言う事に似合わず、汚い手を使うな」
「は、笑わせる。随分と変わった考え方をするのだな。まるで人間のようだ……。
我々にとって姿形など仮初め。それは貴様も同じだろうに。何ならもっと違う姿をとってやろうか?」
そう言うと少女は膝に手をつきながらゆっくりと立ち上がる。
それと同時に姿が変化し始めた。
「!!」
星術の【転身】とは違って、いきなり目的の姿に変わるのではなく、高速で成長していくように少女の姿から20台くらいの女性の姿に変わった。
そして徐々に皺が増え、髪の色が抜けて行き、そのまま老婆のような姿へと変貌する。
改めて相手をしているのが人外の存在なのだと思わされる光景だった。
星術の【転身】では生きた時間を誤魔化して姿を変える事はできない。
変身した姿でも竜の体の成長に合わせて変身するため、子供の竜なら子供の生き物に、大人の竜なら大人の生き物に変わる。
少女の使う変身の術は、そうした制約が無い根本から違う術なのかもしれない。
それとも、これも幻なのか。
「
しわがれた声でそう言うと、また徐々に若返っていき、元の少女の姿に戻った。
しかし先程の電撃が効いているようで、まだふらついている。
「くっ……よくもやってくれる。膝をついたのは久し振りだよ。……行けっ!」
少女の周囲からいくつもの黒い塊が現れると、一瞬で小さな鼠のような動物の姿に変わった。
その数10以上。
その動物達が凄まじい速度でこちらに向かってきた。
「うわっ!」
いくら身体強化をしていても、右足は動かないまま。
更に先程までの直線的な攻撃とは違い、それぞれが本当の生き物であるかのように複雑な挙動で向かってくる。
即座にそれに対応するにはまだ経験が足りなすぎた。
目や腹などの重要な部分は何とか守ったが、腕や足は無防備となり動物達の攻撃に晒される。
小さな鼠のような姿のため、攻撃そのものはそこまで強力なものではない。
しかし牙や爪で傷つけられると、さっきの黒い塊に触れた時のようにその部分が動かなくなってしまった。
だが、体の自由と引き換えに確信した。
この少女が繰り出す攻撃の正体。
少女の言った言葉、炎や氷、黒い塊、動かなくなる体、そしてあの二人の操られた人間。
それらと竜の記録、そして自分の記憶が結び付く。
何とか二本足で立ってはいるが、動かなくなった膝は震え、防御のために掲げていた腕も力なく垂れ下がる。
気を抜くとすぐにバランスを崩し、倒れ込みそうだ。
……竜の姿に戻るか……?
いや、できればまだもう少し……。
「お前も……体が不自由になる気分はどうだ?」
「……貴女が使う術……その言葉や攻撃、そしてそこにいる操られた人間。それらから察するに、幻を生み出すだけのものではない。
幻を生み出すのと同時に、認識を惑わせる術を使っているな。周囲の人間から姿を見えないようにしているのもそれだろう」
「……」
ポロが言った通り、少女は幻術と言っていた。
最初は本当に幻を生み出しているだけかとも思ったが、それだけでは説明できないことがある。
それで思い至ったのが神経伝達を狂わせる神経撹乱系の攻撃……いわゆる視覚、聴覚、触覚などの知覚系に干渉する類のものだ。
周囲の人間から自分達を見えなくさせたりしているのはこれのせいだろうと予想した。
人間に限らず生物は五感から得た情報を、電気信号によって脳に送っている。
その送られてきた信号から脳が情報を処理し、行動する。
その部分を魔法などで狂わせれば、今までされたような現象を任意に引き起こすことも可能なはずだ。
人で賑わう王都の道を少女を追いかけて歩いた時、周囲の人間達は自分や少女が見えていないようだったのは、やはりこの幻術で周囲の人間達の知覚を狂わせ、自分達を認識できないようにしたのだと思われる。
そして少女の攻撃。
黒い塊が変化した様々な攻撃もそうだった。
よく観察するとおかしなことに気が付く。
ダールと戦った時に見た火の魔法は、火に熱せられた周囲の空気が陽炎のように歪み、火が壁に当たれば焦げが残っていた。
しかし少女の青い炎の玉はダールの魔法よりも高温であるはずなのに、熱せられた周囲の空気は揺らめく事も無く、避けて壁に当たった後に目をやっても焦げもしていなければ傷もついていない。
氷の短剣の時もそんな違和感を感じた。
高速で飛来する物体が取るにしては不自然すぎる軌道、避けた後に下に落ちたり壁に当たったりしても音がすることも無ければ、やはり床や壁に傷もつかない。
そして掠めた脇腹は肉体に損傷を負ったのに服は全く影響を受けていない。
どちらの攻撃もまるで実体のない立体映像のよう。
これらの事から考えて今までの攻撃が実体の無い幻だったというのは恐らく間違っていないだろう。
だが……それだけではまだ説明できない事がある。
ただ知覚が狂わされたり幻を生み出しただけなのだとしたら、自分が凍傷を負ったり体が動かなくなったりはしない。
最初は幻に合わせて実体のある攻撃を繰り出しているのかと思ったが、自分以外に傷や攻撃の跡を残さないことから考えるとそれも違いそうだった。
それにそうやって攻撃するならそもそも幻なんて使わず、直接風の刃でも何でも飛ばしたり、黒い塊など出さず完全に透明な攻撃を繰り出せば済む話だ。
では、これは何なのか。
それは恐らく……。
「その程度を見破ったくらいで、私の術を攻略したつもりか? ならば片腹痛いわ」
少女は手を高々と掲げる。
すると湧き出した黒い塊が頭上に蟠わだかまり、巨大な氷柱つららが幾本も生み出される。
大雑把に判断しただけでも長さ数m、直径も1m近くはありそうだ。
人間がまともに受けようものなら挽肉か肉塊になるだろう。
「貴様の言うことが正しければ、ただのまやかしに過ぎないのだから、当たってもどうということもないだろう?」
幻……だとしても!
自分が考えていることが正しいとすれば、これに当たるのは危険!
少女が手を動かすと、巨大な氷柱の群が襲い掛かってくる。
だが体はさっきの攻撃で麻痺状態。
「っ!」
意識を集中させ、あらん限りの星素を操作して全力で斥力を発生させる。
が、氷柱には何の変化も無い。
当然だ。
斥力を使った対象は、自分自身。
幻なのだとしたら氷柱に斥力は効果が無い。
もしかしたら本物かもしれないが、違ったら再度術を起動しなおしている時間は無い。
なら確実に効果があるものに使用するべきだ。
自分の肉体は幻ではない。
使えば必ず効果が現れる。
強力な斥力によって体が弾き飛ばされたことで、降ってきた氷柱の攻撃を回避する。
氷柱は地面に当たると、激しい破砕音と共に跡も残さず砕け散った。
やはりこれも幻だ。
体が動かない状態で派手に吹き飛んだため、受身も取れず無様に石の床を転がり、やっと止まった。
無様な姿の自分を視線で追う少女は、蔑むこともなく真剣な目でこちらを見据えている。
「体の自由は利かないはず。ということはこれも何かの術か……先程の攻撃といい、今までに見たことも無いものばかりだ。しかし、結局避けるのだな。口では幻と言いつつも、適当なことを言っただけということか?」
「いいや。違う」
手足が動かないので寝転がったまま答える。
少女の使う術。
それにはもう一つ、恐るべき特性がある。
例え実体の無い幻でも油断はできない。
「……いくら強がっても、その状態では最早手詰まりだな。で? 次はどうするんだ?」
少女が自分の優位を確信した愉快そうな声音で問いかけてきた。
体は動かない。
でも星術は使える。
少女の気配は今居る位置から変わっていない。
ということは幻ではないという事だろう。
今までの様子から、自分の星術と同じように一度に複数の術を使うことはできないか、難しいと思われる。
もしできるのなら最初の掴み掛かっての電撃は幻を使って避けられていたはず。
確実に攻撃を当てるために幻術が使えないよう、何かの術を使わせるか意識を割かせておかなければならない。
寝転がったまま空中に星術で水を生み出すと、消防車の放水のように高圧をかけて少女に打ち出した。
「ハン。無駄な足掻きを。そんなものでやられるか!」
少女は身を翻し、当たれば軽く吹き飛ぶほどの高圧放水を難なく回避していく。
動き回る少女を高圧放水で追いかけるが、予想以上に素早い身のこなしで当たりそうもない。
操られていた人間二人は水で吹き飛ばされてしまったが、これは仕方が無い。
鎧を着ているし大怪我をすることはないだろう。
「どうした。終わりか? では約束通り叩き出してやるとしよう」
案の定、少女には回避されたが、それでいい。
布石は打った。
気配も……変化は無い。
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