探り合い
空に瞬く星の数が増え、薄暗さも増してきたので、早めに夜目のアーティファクトを使う。
戦う事になれば他の星術も使わなければならないので、余計な術に集中を割きたくない。
同じ理由で身体強化もアーティファクトのものを使用する。
濃い夜の影が落ちる観客の居ない
こちらが臨戦態勢を整えたように、少女の方も戦う準備を整えたようだ。
足を肩幅ほどに開き、やや前傾姿勢で身構えている。
……これは困った。
「……その姿のままで戦うのか?」
「その言葉、そのまま返そう。舐められたものだが、こちらもいきなり手の内を晒す気はない。そちらこそ手を抜いて後悔するなよ?」
てっきりすぐにでも本当の姿を現し、全力で戦うものと思っていた。
というかそうしてもらいたかった。
今の少女の姿のままで戦うとなると相手はともかくとして、こちらはとても戦いにくい。
見た目は本当に可愛らしい獣人の少女なのだ。
この見た目の相手に殴りかかるというのは、やりにくいなんてものではない。
罪悪感で精神的に大ダメージを被ること受けあいである。
自分にあれは魔物が変身している姿なのだと言い聞かせても、人間同様に言葉を話し行動する姿を見るとやはり意識してしまう。
「どうした? さっきの威勢は偽りか?」
そんな心情が表情に表れてしまったのか、少女が馬鹿にしたような顔で指摘してくる。
ぐぬぬ。
仕方が無い。
なるべく早く制圧してしまおう。
「ふっ!」
重心を沈ませ、人間の姿で出せる全力で突進する。
自分も相手も無手の状態。
そしてお互いに使える手札は伏せられたまま。
このまま睨み合っても埒が明かないだろう。
となれば、どちらかがリスクを背負って動く必要がある。
「!!」
少女に手を伸ばすが、手が届く直前で陽炎のように少女の姿が掻き消える。
やはり幻か。
昼間の別れ際のことを考えると、それもありえるだろうと予想はしていた。
姿は消えたが相変わらず自分の周囲に気配はある。
即座に視線を巡らせ、相手の位置を探る。
「ほう。すぐに気付くか」
少女は自分の左側、数mの位置に立っていた。
幻に惑わされず気配を探れば、相手の位置を見失うということは無さそうだ。
しかし気配を隠されたらわからない。
戦いながらも気配を隠せるとしたら他の手を考える必要がある。
少女に向き直り、再度身構える。
少女の方は余裕のある笑みを浮かべ、腰に手を当てている。
こちらの単純な攻撃を見てやりやすい手合いとでも思ったのだろうか。
「貴様は力に自信があるのか? 残念だが見ての通り、私は格闘は得意ではないのでな。殴り合いは勘弁願いたい。気を悪くしないでくれよ? では、次は私の番だな」
いやこっちだっていたいけな少女相手に殴り合いはしたくないよ。
そんな気の抜けるようなことを考えながら少女に真剣な眼差しを向ける。
すると少女は先程と同じように身構えた。
格闘が苦手、ということはやはり……。
身構えた直後、少女の足元の影が揺らぎ、黒い水滴のような塊となって湧き上がる。
それが空中に浮かぶと、燃え上がり、青い炎の玉となって少女の周囲でゆらゆらと揺れる。
やはり遠距離攻撃でくるか。
何も無い中空に炎を生み出す様子は、人間の魔法や古竜の星術と似ている。
しかしそれは人間が見せた魔法や古竜の使う星術とは異なるものだった。
周囲の星素に変化は無く、魔法のような言葉を発する事も無い。
幻術以外の術も使えるということなのか、それともこれも幻術なのか。
「安心しろ。さっきも言ったが私はこの場所が気に入っている。人の棲み処を壊したくはない。お灸を据えて叩き出すくらいで勘弁してやるよ」
「いいのか? こんな場所で派手な術を使えば人間に気付かれるぞ?」
「そんなことは百も承知。手を打っていないとでも? それともそれにすら気付かないほど力が無いのか? 私の技で周囲の人間には音も聞こえないし、我々の姿が見えることも無い。少しくらい派手に暴れても問題は無いさ」
やはりポロの予想は当たっていた。
周囲の人間達の様子がおかしかったのも、この少女が幻術を使ったかららしい。
ならばこちらも多少派手に暴れても周囲の人間に感づかれる心配をする必要は無いという事だ。
これは有難い。
「私達に比肩する者と戦うのは里以来だな。どれ、まずはお手並み拝見」
少女が言い終わると同時に、少女の周囲に浮いていた炎の玉が一直線に飛んでくる。
試験で戦ったダールのものよりも数段速い速度だ。
身体強化で力を漲らせ、身を低くして即座に横に飛び退く。
青い炎の玉は数瞬前まで自分の体が在った場所を鋭く射抜き、背後の壁に衝突して弾ける。
試験官ダールとの戦いで見たこの手の攻撃は問題なく避けられる。
「ほう。さっきも思ったが人間に擬態したままでもそこそこ動けるのだな。では……こんなのはどうだ?」
同じ場所に立ったままの少女の足元からまた黒い塊が現れる。
今度はそれが細長くなり、透明な刃を煌かせる氷の短剣に変わった。
糸で釣られているかのように、夕闇に怪しく煌く三本の氷の短剣が、少女の周囲の空中で静止している。
少女がツイッと指を動かすと、炎と同じく自分の方に向かって高速で飛来する。
さっきのように直線的な動きなので、先程と同じように横に飛び退いて回避を試みた。
が……。
「
回避した。
高速で飛んできていたが、かなり余裕をもって動き、短剣の軌道も考慮して避けたはず。
なのに当たった。
痛みの先に目をやると、接触した腕の一部分が紫色に変色し、以前高空に行った時のような凍傷を起こしている。
……実体がある。
ということはこれは幻術ではない別の攻撃という事か?
「何だ、期待はずれだな。気配からもっと手に負えないような
少女はまた氷の短剣を出現させると、同じように飛ばしてくる。
それをさっきと同じように回避する。
しかし今度は目に強化を集中し、高速で飛来する短剣の軌道を目で追いながら体を動かす。
(!)
短剣は直進していた軌道を不自然に曲げ、避けようと動く自分の体に引かれるように動いてきた。
まるで動いた自分に吸い寄せられるかのような、在り得ない軌道だ。
そのまま高速で脇腹を掠め、それと同時に感じる脇腹の疼痛。
服で見えないが、この感じは凍傷のものだ。
ダールのホーミングする魔法とはまた違う、誘導型の攻撃。
だが……。
(違和感……これは……)
二回目の氷の短剣の攻撃を受け、引っかかるものが残る。
「避けるだけか? ならどんどん行くぞ? 次はコレだ」
また少女の足元に、黒い塊が顕れる。
今度は形が変化したりはせず、液体のように流動する不定形のまま。
攻撃の起点となっているが、この黒い物が何なのかはまだわからなかった。
それに避けてばかりでは状況は改善しない。
少女が指を動かし、黒い塊が飛んでくる。
足の筋肉を撓ませ、全力で横に飛ぶ。
さすがにかなり余裕をもって全力で動いたので誘導も追いつかないのか、後方の壁と床に当たった黒い塊は跡形も無く霧散する。
今度は避けるだけではなく、大きく半円を描くように回り込み、少女に組み付こうと考えた。
「はっは。そうこなくてはな!」
少女は向かってくる自分を見据え、優雅な動きで一歩後ろに下がる。
それと同時にまた足元から黒い塊を
黒い塊は、そのまま飛びかかろうとする自分に向かって伸び上がってくる。
空中にいるのでこのままでは回避できない。
慌てて斥力を発生させる術を起動し、黒い塊を弾き飛ばそうと星素を操作した。
「っ!?」
しかし、黒い塊は遠ざけようとする斥力の力に全く影響されず、何事も無かったかのように自分の足に向かって伸びてくる。
伸びて触手のようになった黒い塊が右足を舐めるように這い上がってきた。
「!!」
石の床から湧き出した黒い塊に右足が触れた途端、右足が動かなくなる。
即座に黒い塊を振り払って飛び退き、動かなくなった右足を確認するが、見た目には特に怪我などの異常は無く、ただ動かなくなっただけだ。
(……麻痺毒……? いや、そんな感じじゃない)
「よもやこうもあっさりとかかってくれるとはな。どうする? このまま
少女の問いには答えず、星術を用意する。
竜の筋力に身体強化まで使っていれば、片足だけでも一足で飛び掛るには十分。
さっきよりも距離が近くなっているし、あの正体のわからない黒い塊も相手が油断している今なら一回は無効化できる。
「いいや。そのつもりはない」
言葉と同時に左足に力を込め、再度飛び掛る。
「フン。そうか……なら、自らに
少女はさっきと同じようにゆるりと一歩下がると、また黒い塊を足元から喚び出す。
斥力が効かなかったとなると、防護膜を使ってもすり抜けてくるかもしれない。
なら、防御は捨てる。
黒い塊が湧き上がるやや上に、防壁の術を使う。
身を守るためではなく、足場にするために。
「な!?」
自分が黒い塊に飲み込まれると思い、ほくそ笑んでいた少女が驚愕を口にする。
星術で作り出した防壁の上に左足を着け、即座に飛び上がり、そのまま少女に組み付く。
少女からは何も無い空中でもう一度ジャンプしたかのように見えただろう。
「ぐ! きさ……アガアァァァァ!!」
少女に手が触れた瞬間、電撃の術を起動し、少女にお見舞いする。
触れた。
幻術で逃げていると思ったが、そうではなかった。
油断していた?
幻術といっても自由自在に幻を出したりはできず何か制約でもあるのか?
それとも射程距離?
「うっぐ……! このぉ!」
「っ!」
少女の外見からは想像もつかない威力の蹴りを腹にもらって後ずさる。
これは失敗した。
少女という見た目に惑わされ、手加減してしまった。
手加減したと言っても、普通の人間がもらえば問答無用で昏倒するくらいの威力は出したのだが、麻痺させたり気絶させたりすることはできなかった。
「ぐぎっ……な、んだ、これは……!?」
しかし効果はあった。
電撃で体が痙攣し、思うように動かないのか、苦しそうな表情でふらふらと横によろけ、膝をつく。
この機を逃す手は無い。
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