アンナの魔力
アンナに代金の金貨3枚を手渡しておき、店主のおばあさんが戻るのを待つ。
おばあさんは店の奥から、何やら箱を取り出してきた。
「どっこいしょ。ふぅ、これを出すのも久しぶりだねぇ。じゃあお嬢ちゃん、こっちにきておくれ」
「はい……あ、これ代金です」
「はいよ。まいど」
アンナがおばあさんの前に行き、代金を支払う。
おばあさんはそれを受け取って仕舞うと、箱から大きなガラス玉のようなものを取り出した。
これで調べるのだろうか。
「さて。調べるにはこれに触ってもらわなければならないんだけど、ちょっと熱くなるからね。少しだけ我慢しておくれ」
やはりこの玉で調べるようだ。
ギルドの物はガラス板のようだったが、こうした玉の測定器もあるのか。
ギルドのものと形は違うが、熱くなるということだけは同じらしい。
アンナは言われた通り玉に右手を置いて、緊張した面持ちでその時を待った。
「あっ!」
おばあさんが玉に手を翳すと、透明な玉の中心付近が薄っすらと赤く光る。
光ると同時にアンナがびくりと肩を振るわせた。
手が熱くなったのだろう。
光はすぐに消え、何事も無かったかのように元通りになった。
「はい。もういいよ」
おばあさんが終わりを告げるとアンナは手を離し、手の平をまじまじと見つめた。
別に火傷などはしていないようだ。
これもギルドの時と同じか。
「……お嬢ちゃんの魔力総量は……6ってところだね。結構な量だ、将来は立派な
おばあさんが嬉しそうにアンナを見つめながらそう言うと、本を読んでいる青年が平坦な声音で訂正する。
「オババ。今は魔女という呼称は使わない。魔術師だ」
「アンタは細かい事を気にするねぇ。……そうだったね、もう魔女という呼び名は廃れたのか……私が幼かった頃は、この国にもまだ
おばあさんはそう言うと悲しそうに目を伏せた。
魔法にも色々と種類があるのだろうか……。
まぁ、そちらも気にはなるが調べるのは後回しにしよう。
今はアンナのことだ。
魔力量6くらいだとどれだけのことができるのだろう。
「メリエ、魔力総量6だと何ができるの?」
「……前にも言ったが、私も魔法に関することはあまり詳しくないんだ。せいぜい自分に関係する魔道具のことを知っているくらいで、魔術師の知人がいるわけでもなかったからな」
「ひっひ。良かったらそこで油を売っている男に教えてもらっちゃどうだい? こんなのでも宮廷魔術師だそうだよ」
こちらの話を聞いていたおばあさんが、隣で本に視線を落とす青年の方へ顎をしゃくった。
それに合わせて自分達三人も青年に視線を集める。
「オババ。こんなのは余計だ。それと私は客員魔術師だ。王国に仕えているわけではない」
青年は相変わらず無表情のままで、本を見ながら淡々と答える。
客員ということはかなりの実力者ということだろう。
実力も無い者をわざわざ客員扱いで迎えるということは無い。
しかし、そんな人物がこんなところで何をしているんだろうか。
「細かいことはいいから、教えてやったらどうだい? いつもいつも店の本をタダ読みしてるんだ。たまには人の役に立ちな」
おばあさんに言われた青年は、フゥと溜め息を吐くと本を閉じて顔を上げた。
「仕方が無いな。私はアルバート・シャズリックという。簡単にでいいなら魔力総量のことを説明するが?」
「あ、アンナです。お願いしてもいいですか?」
「メリエだ。宜しく頼む」
「クロです。お願いします」
三人で簡単に自己紹介をし、説明をお願いした。
青年は一つ頷くと話はじめる。
「いいだろう。講義ではないから簡潔にしておく。
そうだな……まず魔法を自身で使えるかどうかのボーダーとなる魔力量が3とされている。それ以下でも魔法を使うのが不可能というわけではないが、使用は困難を極める。そして魔術師としてやっていくのなら最低でも4はなければ厳しい。それくらいは無いと連続での魔法使用ができない。お嬢さんは6ということだから、訓練すれば魔術師になることもできるだろう。……何か聞きたいことはあるか?」
「あ、一つ窺いたいんですけど、魔術師ってどうやってなるんですか?」
「うむ。魔術師になるには四通りの方法が知られている。
一つ目は独学。自身で文献を探して読み、触媒を買い、訓練する方法だ。どれくらいで覚えられるかは本人の資質と努力次第になるが、他の手段よりも時間がかかることが多い。
二つ目が王立学院を始めとした各国、各都市に設置される学院の魔法科に通い学ぶ事だ。順序立てて学べるため独学よりも効率的だが、試験と高額な入学金が必要となる。
三つ目が師を探す事。熟達した魔術師に師事し、教えてもらう方法だ。……が、知人にいたりしなければ弟子にとってくれる人物を探すのはなかなか難しい。見つけたとしても法外な報酬を求められる事もある。
最後の四つ目は少し特殊だ。自分で自分だけの魔法を組み上げること。これはかなりの才と人生を捧げるほどの膨大な時間を費やせる人間でなければ難しい。規格化された既存の魔法を覚えるのとはわけが違うからな。我々魔術師の間でそうした独自の魔法を使う人間は『
……こんなところでいいか?」
「はい、とてもわかりやすかったです。ありがとうございました」
結構色々な方法で覚えられるようだ。
一緒に護衛依頼をしたコレットは魔術師見習いということだったから、恐らくまだ学んでいる途中だったのだろう。
アンナが代表でお礼を述べると、アルバートはまた何事も無かったかのように本を開いて読み始めた。
「ひっひ。今では学院に通うのが一般的かねぇ。独学では限界があるし、師事するにも熟練の魔術師はみな自分の仕事があるからね。他国では魔法の才能が高い者を無料で学院に入れて抱え込んでいるところもあるらしいから、外国に渡って学ぶという者も増えたそうだね」
「わかりました。色々ありがとうございます」
「気にすることはないよ。大切なお客様だからね。ここで日がな一日店の本を読んでる魔術師様とは違うさね」
「……」
おばあさんの皮肉にもアルバートは反応せずに視線を本に向けている。
この様子からしておばあさんとは大分付き合いが長いのかもしれない。
きっといつもこんなやり取りをしているのだろう。
それくらい二人の間に打ち解けた雰囲気があった。
「どうだい? 魔法の練習をするなら触媒も見ていくかい? 一応杖型から指輪型まで置いているよ。使いきりの触媒もあるからね」
「オババ。消耗型の触媒は高度な魔法や精霊魔法用だ。どう考えてもお嬢さんにはまだ無理だろう」
「ひっひ。そうだったね」
「すまない。また聞きたいのだが、杖型と指輪型は何が違うんだ?」
メリエが質問するとおばあさんではなくアルバートの方が答えてくれた。
「杖型は魔力の伝導率や放出率が高いものが多く、他の武器を使わず魔法一本に集中する魔術師向けだ。
指輪型はそれらは低くなるが両手が空くので、他の武器を使用しながら魔法を使うことができる。
またこれら以外にも触媒としても使える剣や槍などが知られているな。高い金を出して探せばかなり良質な物も買うことができる。が、目玉が飛び出るほどに高いぞ」
「成程、ありがとう」
ハンターギルドの試験の時に、アルダが杖もなしに魔法を使っていたのは指輪型の触媒を持っていたということだろう。
後方支援や火力支援をするなら杖、魔法剣士のように他の武器も使いながら魔法も使うという場合は指輪と使い分けるようだ。
「アンナどうする? 練習するなら買ってもいいよ?」
「うーん。まだすぐには決められそうにないので、一回武器屋さんの方を見てからでもいいですか?」
「ん。じゃあ必要になったらまた来ようか」
「ひっひ、そうかい。まぁまたいつでも来るといいよ」
「色々とありがとうございました」
おばあさんと色々教えてくれたアルバートに頭を下げると、魔法商店を後にした。
店の様子は暗い感じではあったが、お店としては普通だった。
次もまたあそこを利用してもいいだろう。
来た道を戻り、大通りに出たところで疑問に思ったことを口にする。
「あのアルバートっていう人は結構な魔術師みたいだけど、どうしてあんなところにいたんだろうね」
「さぁ、私にもわからんが……客員魔術師というのが本当なら宮廷魔術師長と同等かそれ以上の実力はあるだろうな。もしかするとシェリア殿の一件に関わる人物かもしれない」
「言われてみれば……」
他国との戦争が間近に迫っているなら、戦力となる強い魔術師を客員として招いていても不思議ではない。
もしも戦争推進派が招いた人物だとしたら、戦争を止めようと動く自分達に敵対する事も考えられるという事だ。
賑わう王都の様子からは微塵も感じられないが、いよいよ戦争の影が濃くなってきているのかもしれない。
シェリア達の方は今どうなっているのだろうと考えながら、建物の隙間から覗く青空を見上げた。
「まぁよくわからない彼のことはさておき、魔術師に関することは色々と知ることができたな。聞いて思ったのは、現状でアンナが魔法を覚えるのはなかなか難しそうだということか」
「どうして?」
「独学ならまず語学から学ばなければならないし、学院に通うなら修めるまでかなりの日数を要する。魔術師の師を探すのも伝手が必要になりそうだった。そうした前提も大変な事だが、どの方法を選んでも、長い時間一つ所に留まる必要が出てくるぞ」
学院に通うとなれば何ヶ月という間その都市に留まる必要がある。
恐らく魔術師に師事する場合も同じだろう。
また独学で学ぶとなれば一から語学を学び、文献を買うなり借りるなりして読まなければならない。
重い本を何冊も抱えて旅をするのも難しいし、旅をしながらでは学ぶ時間も限られるから、これも都市に留まる必要がありそうだ。
最後に言っていた独自の魔法を作り出すというのも、そもそも基本となる理論などは知らなければならないだろうからこれも学ぶのに時間がかかる。
メリエの言う通り、この後もあちこち旅をしなければならない現状ではかなり厳しいかもしれない。
「メリエの言う通りかもね。一緒に旅に付き合ってくれるような魔術師がいればいいけど、そうじゃなければどこかの町に居続けないと勉強も難しいか……。アンナどうする? やる気があるなら学院に通ってみる? そうするなら一回別れることにはなるけど、勉強はできると思うよ?」
メリエとの約束もあるし、今のところ都市に定住はできない。
しかし、アンナがやりたいというなら入学金などは払えるし、学院に通わせてあげることはできる。
「え!? それは嫌です! 一緒にいられなくなるなら魔法なんか使えなくていいです!」
アンナの今後を考えてそう提案してみたが、アンナは余程嫌なのか切羽詰った表情で拒否してきた。
「別に今生の別れとかじゃないから、勉強が終わり次第、また合流する事もできると思うけど……」
「いいえ。私はこれからもクロさん達と一緒にいられる様に身を守る術を身につけたいと思ったんです。一緒にいられなくなるのならそもそも学ぶ意味がなくなってしまいます」
そう言えばそうだった。
自分はアンナの将来を見据えていたが、それはアンナが見据えているものとは違うのだ。
このアンナの必死な様子は、もしかすると家族と離れ離れになる恐怖を思い出してしまったのかもしれない。
アンナの心の傷が癒えるにはまだ時間が少なすぎる。
長い先を見据えて動くのは心の傷が十分癒えてからでも遅くは無いだろう。
「……わかったよ。魔法に関しては誰か教えてくれる人とかが現れない限り、暫くお預けだね。それじゃあ今度こそ武器屋を見に行ってみよう」
「そうだな。当初の予定通りアンナに適した武器を探せばいい。別に魔法が使えなくても魔道具が使用できるから戦術の幅は広がるし、調べるのも無駄だったわけじゃない」
「はい。お願いします」
離れ離れになる心配がなくなったからか、アンナにまた笑顔が戻ってきた。
今後はもう少し、その点に配慮してあげるようにしようと心に留めておいた。
メリエの先導でまた人が行き交う通りを進む。
お昼時はすぎたはずだが、飲食店はまだまだ人で賑わっていた。
商店街を行き交う人の数も減ることはなく、活気も衰えを見せない。
時折荷物を満載した商人達の走車が人の波をかき分けて走ってゆく。
様子からして王都で買い付けをした物資を別の町や村に運ぶようだ。
護衛に就いたハンターや傭兵がその後ろに続いている。
自分達が向かっている工房が集中する方から来たという事は、積荷は食糧などではなく武具や道具ということなのだろう。
町並みや擦れ違う人を見てそんなことを考えていると、不意に視線が吸い寄せられる。
それと同時に足を止めた。
「ん? どうかしたか?」
「クロさん?」
突然足を止めた自分に気付き、アンナとメリエが振り返る。
しかし、二人に答えを返すことはできなかった。
吸い寄せられた視線の先。
何かを見つけるのも儘ならないほどに多くの人で溢れ、人が行き交っている道の向こう側。
道具などを売っている店の横、狭い路地の前だった。
「(……二人とも。先に宿に戻っててくれる? 武器屋は今度でお願い)」
「(……どうしたんだ?)」
間違いない。
多くの人間の気配の中に今までに感じたことの無い異質な気配。
それを放っている存在。
視線を吸い寄せられたのは、この気配を感じて意識がそちらに向いたからだろう。
「(……あそこにいる、たぶんあれが、王都に紛れ込んだっていう魔物だ)」
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