王都のお店

 メリエの話によると、商店が建ち並ぶ区域が王都内にはいくつかあるらしい。

 今回は以前メリエが武器の購入をしたお店がある場所に行ってみようという事になった。

 バークに持ちかけられた話をしておこうかとも思ったのだが、一応口止めされるような内容であるため、さすがに人通りの多い場所で堂々と話をするものまずい。

 なのでそれらは宿に戻ってから話すことにした。


 ただ自分を狙う者が増えたかもしれないので、今まで以上に警戒をするようにしている。

 それに紛れ込んでいる魔物の一件もあるし、町の中とは思わず今までの旅と同じくらいの緊張感を持って移動するようにした。

 そんな自分とは違い、アンナとメリエは楽しそうに華やかなお店や露店の数々に目移りしながら歩いている。


「うわぁー。今まで見てきたどの町や村よりも色々なお店がありますね」


「そりゃあな。この王国内では一番物が集まる場所だ。私も王都に来るのは一年ぶりくらいだし、新しい店や品が増えているな。まだ時間もあるから、武器以外の店も色々まわろう。幸い荷物はクロ特製のカバンがあるから大量に買い込んでも嵩張らないし」


 時間も日が中天に差し掛かるくらいになってきているので、商店を利用する人の数も大分多い。

 先日通った入り口の門の近くほどではないが、それでも歩くのが大変なくらいの賑わいだ。

 飲食店には既に人だかりができ始めている。

 こちらも昼食のことを考えておかねばならないだろう。


「この辺は日用品を扱う店が多い。武器や旅で使う道具などを売っている店はもう少し先にある。クラフターや鍛冶師が作業する工房もその付近に集中しているんだ」


 武器などの店は住民が多い区画よりも門に近い方にあるようだ。

 確かに利用するのは外に出たりする人間だろうし、旅で使うような物は外に近い方で売る方が効率的だろう。


「あ、素敵なカップがありますね。今使っている木のカップよりも使いやすそうです」


「ふむ、しかし割れそうだな。旅で使う物ではなく、家や店で使う物じゃないか?」


「あ、確かに店の商品も旅用のものじゃなくて普通の日用品ですね。デザインは素敵ですけど私達の用途だとちょっと合わないかな」


 二人が足を止めては店の商品を物色して行く中、一つ思い出したことがあった。


「ねぇ二人とも。後ででいいから魔法商店に行ってもいい?」


「ん? 何か必要な物があるのか?」


「物というより、アンナの魔力量を調べてもらいに行こうかと」


「私のですか?」


「うん。これから武器を選ぶなら魔法も選択肢に入れておいた方がいいんじゃない? 僕が作るアレでもそれっぽいことはできるけど、さすがに状況に合わせて使い分けるとなるとスゴイ数を用意しなくちゃならないし、魔法が使えるなら使えるようにしておく方がいいかと思って」


 アーティファクトには一つの星術しか込めることができない。

 それなら多種多様に使い分けができる魔法もあった方がいいだろう。

 どうやったら魔法を使えるようになるのかはまだわからないが……。

 もしかして何年も修行したり勉強したりする必要があるのだろうか。


 自分の星術を学んだ時の所要時間を基準に考えてしまったが、人間の魔法が同じくらいで覚えられるとは限らない。

 アンナが魔法を覚えると言うなら、所要時間も考えなければならないか。


 武器屋でも魔力測定ができる場所もあるという話だったが、もし無かったら別の店を探す必要が出てきてしまう。

 それなら専門に扱っている魔法商店で先に調べておく方が効率がいい。


「……そうだな。今後クロのサポートを受けられない状況が無いとも限らない。元々行くべきだろうとは思っていたし、早めに調べて選択肢を広げておくのもアンナのためになるか。そう言えば、クロの魔力総量はいくつだったんだ?」


 メリエに聞かれたので、無言でギルドカードを取り出し、嘗めて文字を表示させてから渡した。

 受け取ったメリエと、隣からアンナも一緒に自分の情報を覗き込んだ。


「魔力無し……。ということは自分の魔力で起動するタイプの魔道具は使えないのか。いや、クロはそもそも必要ないな」


「メリエさん。魔力無しって珍しいんですか?」


「いや、魔力を全く持っていない人間もかなりいるぞ。元々魔力が乏しい種族もいるし、同じ種族でも物凄い潜在量を持っている者もいればゼロの者もいる。詳しく調べたことはないが、珍しいということはないはずだ」


 ということは悪目立ちを気にする必要は無いという事か。

 これは朗報だ。

 まぁそうであったとしても自分の情報を無闇に他人に開示するつもりはないのだが。


「ハンターギルドの試験を一緒に受けた人が三人いたんだけど、僕以外は皆魔力を持ってるみたいだったからちょっと心配してたんだよね。珍しくないってわかってよかったよ」


「まぁ確かに魔力の多寡を気にする人間はいるが、実生活では殆ど関係無いからな。貴族なんかは屋敷にも魔道具があるから魔力を使うこともあるそうだが、一般の家庭ではかなり稼ぎが良くないと魔道具を揃えるのは無理だし、気にしすぎる必要はないと思うぞ」


 メリエに魔力のことを話してもらいながら商店街を歩いていくと、アンナがある露店の前で立ち止まった。

 それに釣られてメリエも足を止める。


 自分も覗いてみると装飾品などを売っている露店だった。

 以前アルデルでアンナに買ってあげた物と同じように、実用性があるものではなく、単純に着飾るためのアクセサリー類だ。

 持ち運べる大きさのガラスケースのようなものに入れて展示されている。

 やはり年頃の女性二人はこうした物が気になるらしい。


「わぁ。綺麗ですね。水晶でしょうか……こんなに透き通ってるのははじめて見ました」


「あら。お嬢さんお目が高いわね。アタシの露店で扱う物は質の良い宝石が採れる南方から仕入れてるから、その辺のお店よりも上等よ? ほら、これなんてどうかしら?」


 露店の店主らしい30台くらいの女性がにこやかに商品を勧めている。

 頭にはバンダナのようなものを巻いており、日に焼けた肌が随分と健康的に見える。

 アンナはちょっと困ったように苦笑した。


「あ……でも、私はもう買ってもらった物があるので……」


 そう言いながら自分の頭を飾る髪飾りに手をやる。

 以前アルデルの店で購入し、プレゼントした首飾りや髪飾りをアンナはずっと身に着けてくれている。

 この店の品ほど質は良くはない物のようだが、アンナは気に入ってくれたのか外出時にはいつも身に着けていた。


「……む、アンナの髪飾りはクロが買ってあげたのか?」


「え? ああ、うん。アルデルでアンナが気に入ったみたいだったから……」


「う……そ、そうなのか……」


 まだメリエと一緒に行動し始める前の出来事だから、メリエは知らなくて当然だ。

 アルデルでのことを話したら悲しそうな羨ましそうな表情で、アンナの髪飾りとこちらを交互に見ている。

 こうした実用品以外の物はあまり身に着けていないメリエだが、その目には何やら期待感のようなものがあった。


「あらあら。ポニーテールのお嬢さんも少しは着飾らないとダメですよ。年頃なんですから。彼氏のお兄さんも、ここは気前のいい所を見せないと」


「う!? か、彼氏……? わ、私の?」


 店主がメリエの方を意味深な目で見ながら、こちらに水を向けてきた。

 それを聞いたメリエは目を白黒させてたじろいでいる。

 彼氏ではないのだが、どうせ社交辞令だろうと訂正せずに流した。


 まぁ以前はアンナにも買ってあげたし、メリエも色々と世話になっているんだからこれくらいのお礼はしておくのもいいかもしれない。


「じゃあ……その紅い宝石の耳飾をもらえます?」


「はいはい。ありがとうございます。金貨1枚と銀貨1枚です」


 ガラスケースの中に飾られていた、メリエの雰囲気に合いそうな深紅の宝石がついたものを選ぶ。

 宝石も小さめでそこまで華美ではなく、持ち主を引き立てるような一歩引いた落ち着きのある装飾が施されているものだった。


 しかし露店で売っている物にしては結構高いな。

 南方から仕入れたと言っていたし、運搬などの手間賃も入った値段なのだろうか。

 この世界で遠方から物を運ぶのはかなり大変だろうし、高くなるのも仕方ないのかもしれない。


 まぁお金はたんまりとあるので別にいくらでもいいのだが。

 しかし、やはりこの金銭感覚に慣れると後々問題になりそうだ。

 意識して注意する必要があるかもしれない。


「はい。これはメリエに」


 お金を払って受け取った耳飾をメリエに差し出す。


「え!? い、いいのか?」


「うん。今まで散々お世話になってるし、そのお礼も込めて」


 とても嬉しそうに買ったものを見ていたメリエだったが、受け取る気配が無い。

 どうしたのかと見ていると、何やらまた期待を込めた目でこちらを見てきた。

 そんな様子を見兼ねたのか、店主がそっとアドバイスをしてくる。


「……お兄さん。ここは手渡しじゃなくて、着けて差し上げるのが宜しいかと。その方が喜ばれますよ」


 ああ、そういうことか。

 アルデルでもアンナに着けてあげたっけ。

 鏡も無いので自分で着けるのは確かに大変だ。


 言われた通り着けてあげようとしたら、パッとメリエが笑顔になる。

 嬉しそうに髪を避けて耳を出したので、横に回って片側だけの耳飾を着けてあげた。


「ど、どうだ? 私はあまりこういうものを着けたことがないから自分ではよくわからないんだが……」


「んー、赤い色がメリエの雰囲気に合っていて個人的にはいいと思う。アンナはどう思う?」


 栗色の髪と赤い宝石が良くマッチしている。

 メリエに赤系の色が似合いそうだと思ったのは間違っていなかったようだ。

 同じ女性のアンナから見たらどうかと思って聞いてみたのだが、なぜかアンナが頬を膨らませている。


「……似合っていると思います」


 どうもアンナのご機嫌メーターが一気に不機嫌の方に触れてしまっているようだ。今まで楽しそうだったのに……。

 一応メリエの方を見て感想は述べたが、不服なご様子である。


 メリエにだけ買ってあげたからだろうか?

 でもさっきアンナはいらないと断っていたし……。

 メリエはそんなアンナの様子には気付いていないようで、嬉しそうにモジモジしていた。


「……ク、クロさん、あの……私にも……」


 アンナが袖の端をチョンチョンと引いてきた。

 さっきは買って貰ったからと辞退していたが、何か気に入るものを見つけたのだろうか。


「ふふ、お兄さん隅に置けませんねー。そうそう贔屓はダメですよ。ここは平等にすべきです」


 そんなアンナの様子を目敏く見つけた店主が、すかさず購入を勧めてくる。

 ……お客の機微をよく観察している……商売上手だな……。


「アンナはどれが気に入ったの?」


「あ……いえ、その、私もクロさんに選んでもらいたいなって……」


 気に入ったものがあったというわけではないのか。

 アルデルでは気に入っていたものを買ってあげたので、今回もそうするのかと思ったのだが、メリエに選んであげたから自分も選んでほしいということのようだ。


 普段こうした我儘をあまり言わないアンナが、遠慮することなく歳相応に自己主張してくれるのはこちらも嬉しくなる。

 それに自分もアンナが着けたらきっと似合うだろうと思っていたものがあったので丁度いい。

 アンナも旅の間は料理やら見張りやらを頑張っていたし、労いの意味も込めて買ってあげよう。


「んー……じゃあ、その青い石がついた耳飾をもらえます?」


 アンナにはメリエの赤とは対照的な、ドロップ型の青い石がついた耳飾を選んだ。

 これもメリエのものと同じように片耳用のものだ。

 アンナの金髪にはブルーが似合いそうだと思ったので、淡く透き通るような青を湛えた石がついている耳飾にした。


「ありがとうございます。ふふ、ちょっとサービスしちゃうわね。金貨1枚でいいわよ」


 元々値段を気にしていなかったのでいくら安くしてくれたのかもわからなかったが、好意は受け取っておく。

 代金と引き換えに受け取った耳飾を、メリエと同じようにアンナに着けてあげた。


「わぁ。ありがとうございます。エヘヘ」


「やっぱり派手じゃないものが似合うね。ちょっとしたアクセントみたいで二人に良く似合ってるよ」


 今までアーティファクトとして作った真っ黒な装飾品は渡してきたが、やはり年頃の女性に似合うものではなかった。

 それに比べると今回買ってあげた物は女性の美しさを際立たせるのにふさわしいものだ。

 人間だった頃はどうしてこんなものに高いお金を費やすのか理解できなかったが、今の二人を見るとその価値はあると思えてしまう。


「あ、ありがとう、クロ。あ、そうだ。お礼というのもなんだが、前々から思っていたことがあるんだ」


「ん?」


「クロはちゃんとした服を持っていないだろう? せ、折角だから私が一着選んであげよう!」


 そう言えば服は相変わらず寝巻きのようなローブと、それに似たものばかりだ。

 そのせいかまだ変な目で見られることもある。


「それはいいですね! 私も選びますよ!」


「今度またシェリア殿とも会うわけだし、一着くらいはきちんとした服を持っていた方がいいだろう」


 確かに一着くらいはまともな服を持っていた方がいいだろうか。

 この世界ではどんなものがいいのかも自分ではわからないし、二人が選んでくれると言うならお願いするのも悪くは無い。


「……じゃあお願いしようかな。二人の着替えを買うのも一緒に済ませられるし」


「よし。じゃあ武器屋の前に服を見に行こう!」

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