信仰
バークの言葉を反芻し、何とか飲み込もうとしてみたがやはり無理だった。
「……あの、話が見えないんですけど? 王立学院?」
「ああ、ちっと細かい所を
俺が試験の判定官としてお前さんの戦いを見た時に、気になることがあったんだが、自分では気付いているか?」
うげ、まずい。
心当たりがありすぎる。
手加減したことか?
いやそれはさっき聞かないと言っていた。
ということは星術に関することを見抜かれた?
それとも魔力が無いのに身体強化っぽいことをしていたから?
どれのことだろう……。
「……考え込むってことは気付いていないか、思い当たることが多すぎるってとこか。野盗五人を無傷で叩き潰したのに手を抜いていたってのも気にはなったが、そっちじゃねぇ。別に実力を隠そうとする人間がいないわけじゃないしな。
俺が気になったのは、お前さんが最後にダールへ攻撃を仕掛けた時、シールドの魔法を抜いたように見えたことだ。さっき見せてもらったお前さんの魔力総量はゼロ。ってことは可能性として考えられるのは、お前さんが潜在的に魔法無効化能力を持っているか、そうしたことができる何かを隠しているってことになる。試験の様子からして、俺は前者じゃないかと睨んでいるんだが……」
手を抜いていたのは見透かされていたか。
さすが判定官をやるだけはある。
雰囲気からしてもバークがかなりの実力者だということはわかる。
胆がその辺の人間とは違うのだ。
そうした相手に素人の自分が隠し通せるものではなかったか。
それにしもてこちらも気になる、というか、知らない単語が出てきた。
「魔法無効化能力?」
「そうだ。知らないのも無理はねぇか……これは先天的に保有する固有能力の一種で、かなり稀有なものだ。各国で活動しているギルド関係の人間の中にもこの能力を保有している者は三人しかいない。もしかするとお前さんが四人目かもしれないってことだ。まぁ国に抱えられた奴もいるだろうから能力者自体はもっといるがな」
「……まだよくわからない部分は多いですけど、その希少な能力と学院に入るのと何の関係が?」
「もしお前さんにその気があるなら王立学院で学んでその能力を開花させ、あることに協力してもらいたい。……こっから話すことは公にしていないからあまり他言はしないでくれ。王立学院に研究院があるのは知っているか?」
「ええ。詳しくは知りませんけど話だけなら」
恐らくメリエが話してくれた、竜の角の使い道を知っているかもしれないという施設のことだろう。
「細かく説明してると日が暮れちまうから手短に言うが、その
王立と名前に入っている通り国が管理運営しているから国が主導って思われがちだが、学院を運営する資金の半分以上をギルド連合が出資している。その関係でギルドも研究のために研究院を使用できるんだ。王国は場所と名前を貸し、優秀な人材や研究成果を手に入れるチャンスを得ているって感じだな。ま、それは今はどうでもいいな。
魔物の中で討伐難易度上位のものは魔法や特殊能力を使ってくるヤツが多い。一応アーティファクトや魔道具で魔法を防ぐタイプの物もあるが、アーティファクトは高価な上に数が少ないし、現状の魔道具は性能があまり良くなくてな。もっと確実に安全を確保できる魔道具を開発するために、その研究を行なっている」
そこでバークは一呼吸置くと、真剣な眼差しでこちらを見ながら続ける。
「上位のハンターでも強力な魔法に対抗できるヤツは限られる。魔法無効化能力を調べてハンター達の生還率を上げる為に、魔道具に応用する研究に協力して欲しい」
成程。
ギルドの犠牲を減らすためにということか。
要するに実験の手伝い、というかモルモットになってくれということのようだ。
「まだ私がその能力を持っていると決まったわけではないですよね?」
「それでも、だ。可能性があるってだけでも投資する価値は十分ある。それだけ魔法無効化能力は貴重ってことだな。学院に入るための金やら何やらは全てギルド側が負担するし、後見人は俺の名義で責任を持つ。成果が出ても出なくても協力に対する謝礼は用意するし、身の安全も保障する。ついでに特殊指名依頼ってことにしてギルドの評価も上がるようにしといてやる。どうだ?」
バークの言に少し考え込む素振りを見せる。
確かにこの世界の学校というものに興味はあったが、これは無理だろう。
バークの言う魔法無効化能力がどういうものなのかはわからないが、恐らくバークの考えているモノと自分が先日シールドの魔法を無効化したモノは違う。
先天的な固有能力ではなく、古竜の体や星術が関係しているものだ。
もし自分にそんな能力があったのなら最初から火球の魔法を防げていただろう。
あの時シールドを突き破ったのは手を竜鱗で覆ってからだった。
とすればまず間違いなく古竜の肉体や星素、星術が関係したということだ。
人間が持っているという魔法無効化能力とは根本から違うものである。
まぁ他者から見たらそんなことはわからなくて当然なのだが。
仮にそんな能力を持っていたとしても、実験材料にされるのでは協力したいとは思わない。
それにシェリアの一件から、研究した内容を国にも知られてしまうとなればロクなことに使われないのではないかと勘ぐってしまう。
それくらいこの国の上層部にあまりいい印象を持っていなかった。
「……その能力をもっているかどうかもわからない私ではなく、実際にその能力を持っている三人に頼めばいいことじゃないですか?」
「まぁそれができればいいんだがな。さっきも言ったが魔法無効化能力は稀有なものだ。当然その能力を使いこなせる人材は貴重なものとなる。さっき言った三人は既にギルドの中でも重要なポストについていて、長期間王立研究院に束縛するのが難しい。
……新人に話した賞金首狩りや執行部の話を覚えているか?」
「ええ」
「……ギルドが粛清対象に挙げる人間の中には強力な魔法を使う者も少なくない。分不相応な魔法の力を手にしたがために自身の欲望に走る人間ってのが多くてな。並みの実力者じゃ返り討ちに遭うことも多い。
そうした上位魔術師を捕らえたり始末したりするには、この能力を持っているヤツの手を借りるのが最も犠牲が少なくなる。そんな危ない連中を野放しにすればそれだけ被害も広がっちまうから、この能力者は酷く多忙だ。それ以外にもその能力が無ければ達成困難な依頼を受けたりもしているから、常に各国を渡り歩いている。とてもじゃねぇが長期間研究院にいることはできねぇ」
対魔術師の切り札ということか。
バークの言い分はわかったがやはり自分は協力することはできない。
「すみませんが、協力はできません。こちらにも都合があるので」
「……そうか。残念だが仕方ねぇな。ま、気が向いたらいつでも言ってくれ。断ったからって別に何か罰則があったりすることはねぇから心配すんな。さっきも話したがギルドは信用と信頼を重んじている。強制するってのは信用を裏切る行為の一つだ。平気でそれをやってくる国や教会と違って、ギルドは根幹を揺るがすようなよっぽどの事でもなけりゃ例え総長の俺でも強制はしない。それと、仲間内程度なら話してもいいが、あまり吹聴しないでくれよ。何なら口止め料もいるか?」
「いえ、必要ありません。言いふらしたりする気も無いので」
「助かるぜ」
思ったよりもあっさりと引き下がった。
確かアルデルのロアも同じような事を言っていた。
緊急依頼を断っても罰則は無いと。
ギルドのメンバーとなったからにはギルドの方針には従っていかなければならないのかと思っていたが、ある程度は自由が利くようだ。
仮にもし意にそぐわない事を強要されるようなら、身分証取り上げ覚悟で脱退を考えていた。
確かに強制で縛り付けていたら人はその組織を離れていくだろう。
独立性を維持するためには、例え効率が落ちるとしてもそうした妥協が必要になるのかもしれない。
「それはそうと、一つ忠告しておこう。お前さんが思っている以上にその能力は重大だ。昨日の試験でお前達新人の戦いを見ている者がいただろう?」
試合場を取り巻いて見物していたあの野次馬連中の事か。
「ええ」
「あいつらの中に国や教会と通じているヤツがいる。恐らくそいつらもお前さんが持つ稀有な力について気付いているだろう。国は体面があるから微妙なところだが、教会の方はもしかするとお前さんにちょっかいをかけてくるかもしれない。注意しておけよ」
「……密偵みたいなものですか……。そうした人間がいると判っていてなぜ取り締まらないんです?」
「そこが難しいところでな。ギルド連合も教会や各国の上層部から情報を得るためにあれやこれやしてるんだわ。
教会はちっと違うが、ギルドと国は持ちつ持たれつの関係。敵対的にならないためにはある程度の情報開示は必須となる。ギルドがどれくらいの戦力を保有しているかを開示する事で余計な疑念や軋轢を生まないようにしているのさ。傭兵ギルドを除いてギルド連合は各国間の政治的問題には中立を謳っている。その関係でおおっぴらに国に情報を渡すことはできない。その代わりそうした密偵まがいのことはお互いに黙認している部分があるんだ」
ギルドのような大きな組織が国軍と同等の戦力と国家並みの財力を持っているとなれば、国側は気が気ではないだろう。
いつその力が自国に向けられるかもわからないのだ。
それを考えれば、ギルドが国家に対して「やましい事なんてありませんよ」と情報を公開するのは有効かもしれない。
人はわからないもの、理解できないものに恐怖を抱く。
わからないという恐怖はやがて自分が脅かされるのではないかという猜疑心に変わり、何かある前にそれを消し去ろうとする行動に変わっていく。
中立を謳っている関係上、国の内政に関わる部分に触れないために、バークが話したような「知りたければ勝手に調べてどうぞ」という姿勢でいるのかもしれない。
「ま、その辺はお前さんらにはあんまし関係ないだろう。が、教会は気をつけた方がいいぜ。ギルドや教会ってのは国から独立したものってことになってんだが、教会は国に乗っかってる部分が大きいんで、どちらかというと国寄りの組織だ。おまけに自分達のためなら『信仰』って理由をつけて結構な無茶を平気でやるタチの悪い面がある。ギルドや民衆の不利益になるようなことをしでかしても、国に寄っている部分があるから面と向かって事を構えるのも難しくてな。
そんな教会がここ最近戦力の拡充を行なっている。神殿騎士の育成だけではなく、一般からも手広く戦力になる人材を集めているそうだ。連中が稀有な能力を持つお前さんに目を付けたら放っておくとは思えない。すぐにどうこうってことはないだろうとは思っているが、どう動くかはわからん」
「……わかりました」
「ま、何かあったらギルドに駆け込め。こちらとしても将来有望な人材を失うのは痛手だからな。同胞を守るのもギルドの勤めだ。何なら俺の名前を使ってもいい」
これは恐らくシェリアが言っていた戦争の準備に関わる事だろう。
教会も戦争で得られるメリットが大きい組織だ。
自分達の安全を確保し、甘い汁を吸うために戦争に関与するということは考えられる。
戦争推進派の人間の中に教会に通じている人間がいる、或いは教会側が積極的に戦争推進派に関わっているとすれば、バークの言う国とのパイプが太いというのも頷けるし、戦争の準備をしていてもおかしい事ではない。
ギルドも国や教会から情報を得るために動いているそうだが、この件についての情報は掴んでいないのか?
いや、掴んでいたとしてもそう簡単に漏らしていい内容ではないのは自分でもわかる。
自分のような末端にバラして下手に民に知られたらパニックが起こる。
バークなどのギルド上層部にも何か思惑があるのだろう。
それは自分の知ったことではないし、知る必要もない。
「では、何かあったら頼らせてもらいます。しかし、いいんですか? こんな事を初対面の者に話しても」
「普通は在り得ねぇさ。だが、今回のことはこちらから話を振ったんだ。まずは言い寄った側がリスクを負わなきゃな。それにこれでも人を見る目ってのはあるつもりだ。お前さんには裏があるって気はしているが、少なくとも口は堅そうだ。さっきも言ったが有望な人材が引き抜かれるのも防ぎたいしな」
「……わかりました。危険回避のために仲間内では情報共有をすると思いますが、口止めはしておきます」
「ああ、時間とらせて済まなかったな。何かあったらいつでも来な」
一応礼を払ってからバークの部屋を出る。
まぁ頼るようなことは無いだろうと思うし、あって欲しくもないのだが……。
ハンターギルドの総長という人物に目を付けられたということが、吉と出るか凶と出るか。
今の段階では何とも言えないが、新たな情報を得られたのは収穫だ。
教会……この世界の宗教観については殆ど何もわかっていない。
何を信仰し、どんな活動をしているのか。
以前教会の神殿騎士が魔物を討伐しているといったことを少し耳にはしたが、そんな程度だ。
人間だった頃は宗教についてあまり深く考えていなかったし、自分が死んでも別に墓になんか入らず、そのまま大地に還ればいいくらいに思っているような人間だった。
まぁ一般に言う、無宗教な人間だったということだ。
しかし信仰そのものが嫌いと言うわけではなく、土着の信仰には好感を持っていた。
自身が住む土地に、恵みを齎す山に、時には牙を剥く海に、そうした大自然に神秘的なものを感じ、その中に超自然的な存在を感じて崇めるという心境はわからなくもない。
そうした地方の祭事や風習はどこか風情があって好きだ。
自分だって心の琴線に触れる大空に神秘的なものを感じ、広大で吸い込まれるような空を神聖視して見上げていた。
そういう意味では自分も「空という神」を崇めていたのかもしれない。
本来信仰とは誰かに教えられたからとか、世界的に有名だからとかで決めるものではなく、自分の心の内側から自然発生的に生じるものではないかと、個人的には考えている。
なので自宅に勧誘に来るような宗教団体などは、正直嫌いだった。
それに、地球の歴史を紐解けば、大きな宗教に纏まつわる黒い話は数多くある。
歴史上の大規模な戦争のいくつかも宗教がらみだったという事実もあるし、有史以来宗教が関わる事柄で凄まじい数の人間が命を落としている。
そうした歴史と自分の価値観もあり、世界中に広まる大きな宗教や、人が人に教え広める宗教というものは好きではなかった。
まぁだからといって心の安寧を求める人間が信仰を追い求めるのがわからないわけではない。
信じるものは人それぞれということも理解している。
なので個人的なスタンスとしては「やりたい人達で勝手にやってどうぞ。だけど無理に他人を巻き込まないでね」といった感じだった。
別に他人の宗教観を否定しようとも思わない。
しかし、現代日本ではそれでも大丈夫だったが、この世界ではどうなのかまだわからない。
地球の過去を遡ると、大きな宗教が土着信仰を駆逐し、改宗しなければ異端とされ命が脅かされるということも多々あった。
もしかするとこの世界の宗教もそうした強い影響力を持っている可能性もあるのだ。
往々にして宗教を金集めの道具とし、自分の権力を維持するために私的に利用するという話がいくつもある。
そうした人間が教会の上層部にいるとしたらバークが言っていたことも十分可能性はあるだろう。
そんな風に今後の問題点ややることについてを考えながら、昨日試験を行なった総合ギルドの訓練場に向かう。
訓練場に入ると、メリエとアンナを探しながら壁伝いに歩く。
昨日試験をした場所で武器を借りられるので、そこにいるかと思い視線を向けると、案の定そこにいた。
「おまたせ。終わったよ」
「お帰り。どうだった?」
「お疲れ様です。登録はできました?」
「うん。大丈夫だった。あとでまたメリエに教えてもらいたいことができたから時間のある時にお願い」
「ん。いいぞ。こっちはアンナの武器選びをしていたんだが、さすがにこんな短時間では決まらないな」
確かにまだ2時間も経っていない。
こんな短い時間で数多くある武器を色々試すのは無理だろう。
「そっか。アンナは今までに武器を使ったことはないんだっけ?」
「ナイフと弓は少し練習したことがあるんですけど……」
アンナの年齢でいきなり剣を振り回すなんてことはしないか。
するとしたら最初からそうした職に就くと決めているような者だけだろう。
「じゃあ暫くはここで武器選びかな?」
「それでもいいが、一度武器屋に行ってみよう。腕のいい武器商人ならその人間に合った武器を見繕ってくれるはずだ。それに服なども買わないといけない」
アルデルの武器屋でも店主の女性がアンナの手に合うナイフを選んでくれたっけ……。
確かにここで闇雲に探すよりは参考になるかもしれない。
「じゃあそのほかの買い物のついでにもなるし、この後は武器屋を含めた買い物かな」
ということで、この後は王都のお店めぐりに決まった。
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