ちょっとだけお勉強

 朝食後、宿の部屋に戻ってメリエに尋ねる。


「そういえばハンターギルドの試験ってどんな事をするの?」


 まさかとは思うが、筆記試験があったりするのだろうか。

 もしあったらその時点で諦めるしかなくなるのだが……。


「……そうだな、丁度いいからギルドカードのことも含めて少し話しておくか。ちょっと座って待っててくれ」


 そう言うとメリエは自分の小物入れの中からどこかで見た金属プレートを取り出してきた。

 見せてもらった金属プレートは以前森で見つけた死体の荷物や、自分とアンナに襲い掛かってきたハンターの死体から回収したものと同じだ。

 メリエのものもそれと同じで何も書かれていなかった。


「まず試験の話の前に、これがギルドに正式登録すると作ってもらえるギルドカードだ。

 このカードは魔道具の一種で、この金属の中に記録された情報は専用の魔道具を使うか、ある事をしないと読み取ることができないんだ。どういう原理なのかはギルドと国の重要機密で、探ろうとしたり偽装しようとしたりすると極刑も在り得る重罪だから注意した方がいい。市民証も同じだったはずだ」


 そう言いながら金属プレートをデコピンするようにチンチンと指先で叩く。

 重さと見た目に一番似ているのはステンレスだろうか……?


「……そういえば、これと同じものを以前拾ったんだよね」


 メリエと同じ金属プレートを、保管していた物入れから取り出して机に並べる。

 よく見ると二枚だけ微妙に色の違うものが混じっていた。

 並べられたプレートを見たメリエの目付きが鋭くなる。


「……察するに以前クロ達を襲った人間の物か?」


「当たり。それと、たまたま森で見つけた人間の死体の近くに落ちてた荷物に入ってた物だね。襲ってきた連中を返り討ちにしてお金とかを回収したんだけど、何だか分からないこのプレートも一応もらっておいたんだ」


「成程な。まぁ他人のものは持っていても使うことはできないから、ギルドに行った時にでも適当に理由をつけて回収してもらっていいんじゃないか?」


 メリエはこう言ったが、下手にギルドに渡すのは危険だろう。

 ギルドに登録されたハンターだとすれば、あの森に竜討伐に派遣されたことが記録されているはずだ。

 その人間のものを自分が持っているということが知られると色々勘ぐられる危険がある。

 このまま持っていても危ないのでどこか適当なところで捨てるべきかもしれない。


「そっかー。まぁそんな気はしてたけどね。ところで微妙に色が違うのがあるけど、何で? 市民証とギルドカードの違いとか?」


「いや。これは持ち主の種族の違いだ。市民証はギルドカードとは形が違うからな。

 対象の生体情報を焼き付けると、私やアンナのような普通の人間の場合はこうした銀に近い色、獣人なら少し茶が混じった銀色、妖人なら少し紫がかった銀色というように、種族によって少しずつ色が変わるんだ。そして記録された情報は一度焼き付けると本人以外には読み取るための魔道具を持った者しか見ることはできない」


 少し色が違う二枚は茶色が混じったような色なので獣人種のものということか。

 襲ってきた人間達は兜などを被っていて獣耳が生えているか分からない者もいたし、死体の方も損傷が激しかったので獣人かどうかわからなかった。

 きっとその中に紛れていたのだろう。


「へー……ん? これってさ、竜の僕でも登録できるの? 色の違いで種族がバレるんじゃ登録するのはまずくない?」


 一応、【転身】は精巧に肉体を作り変える術だと母上は言っていたから、アンナ達と同じで普通の人間として認識されるのかもしれない。

 しかし確証は無い。

 いきなり正体が露見する事態は避けたいところだ。


「試したわけではないから絶対に大丈夫とは言い切れないが、恐らく平気だと思うぞ。ポロのような従魔も安全のために誰が管理しているかを登録する義務があるんだが、その際にも同じ金属に生体情報を焼き付けるんだ。

 今まで何度か見てきたが、魔物を登録する場合も色は人間種の時と同じになる。獣に近い魔物なら獣人種と同じ色といった具合にな。ちなみにポロは獣人と同じ色になったし、他にもオークのような魔物なら妖人種と同じ色になる。恐らくクロもポロと同じ獣人と同じ色になると思う」


 説明を聞いた限りではそこまで厳密に種族を分けているわけではなく、かなり大雑把に四つの色に分類されているようだ。

 普通の人間が銀、獣人系が茶、妖人系が紫、これらの分類以外の少数種族などが青となるらしい。


 メリエの話では更にもう一色あり、大きな四色に当てはまらない場合は全て残りの一色となるのだとか。

 その例外の一色になる場合も結構とあるので、その辺はあまり気にしなくてもいいそうだ。

 ちなみにどういう原理でそんな色に変化するのかはよくわからないらしい。

 これも機密の一つなのかもしれない。


 そういえばオークの巣にいた魔獣使いっぽい女性が使役していた魔物には、首輪とタグのようなものがついていた。

 あのタグが登録した魔物の情報を焼き付けた金属プレートなのだろうか……。

 ちなみにポロのプレートはメリエが保管しているそうなので、今度見せてもらえばわかるだろう。


「で、ギルドカードに記録された情報をさっき言った読み取るための魔道具を使わずに見るには、こうするんだ」


 そう言うとメリエはプレートの端をペロリと嘗めた。

 するとプレートにじわりと文字が浮かび上がってくる。

 しかし残念ながら自分もアンナも相変わらず読めなかった。


「「おお~」」


「本当に重要な場面で個人を証明する際には血を使うんだが、唾液でもできる。この金属の中に記録された個人の情報は、登録した本人の血か唾液をつけることで見ることができるんだ。文字が浮かび上がっている時間はかなり短いんだがな」


 温めると文字が浮かび上がるインクがあったが、それにちょっと似ている。

 成程、確かにこれなら他人がギルドカードや市民証を使うのは難しい。

 本人の血や唾液でなければ中身を知ることができないし、中に記録されている情報と持ち主が同じかどうかもこれで確認することができるわけだ。


 そんな事を考えていると浮かび上がっていた文字が薄くなり、やがて消えてしまった。

 時間にすると2~3分くらいで消えてしまうようだ。


「二人は読めないと思うが、ギルドカードに書かれている数字くらいは読めた方がいいから、今教えよう。数字だけならすぐに覚えられるだろう? 数字がわかれば商品の値札も読めるようになるし、買い物の時にも役立つはずだ」


 そう言ってメリエが紙とインクを取り出して数字を書き出してくれた。

 お金の数え方と同じでこの世界の数字も地球でメジャーな十進数だった。

 まぁ今までの様子からそうだろうとは思っていたが。


 ちなみにこの世界でも紙は一般に普及している。

 紙の質はそれほど良くはないが、一般人でも手が出るくらいの値段だ。

 アンナと二人で少し時間をかけて数字だけ覚え、もう一度メリエにギルドカードを見せてもらった。

 さすがにすぐ完璧に覚えるのは無理なので、メリエが書いてくれた数字を片手に読んでいく。


「市民証には名前、どこの国のどこの都市に定住しているか、登録した場所や時期などの情報が記録されている。ギルドカードはそれと少し違い、名前、登録した場所、時期、そしてギルドで必要となる情報が記録されているんだ。例えばここ───」


 そう言いながらギルドカードの文字を指差す。

 指の先には3つの文字が並んでいる。


「これが登録者のギルドランク。私はBとなっている。その隣の数字がギルドの戦闘能力評価だ。ギルド登録の際に受ける試験で判定される。この二つによって請け負える依頼の難易度が変わってくる。更にその隣、括弧がついた数字が魔力の多寡。私は魔法に関する才能はあまり無くてな、下から3番目のランクだ」


 メリエのハンターとしてのギルド情報は次のようになっているようだ。


〔 ギルドランク B 戦闘能力評価 4 (魔力総量 2) 〕


 表示は略号だけなので実際には『B4 (2)』としか書かれていない。

 戦闘能力や魔力総量の部分は何とか自分で読むことができた。


「ギルドランクは8段階。最上位がマスターランクのM、そこからS、A、B、C、D、E、Fとなっている。余程の例外でもない限り、初登録の者はFからだ。これはすごく単純に言うなら今まで積み上げた実績や、ギルドからの信頼の大きさだな。

 戦闘能力評価は以前話した魔物の討伐難易度と同じで9段階。最大が9で最低が1。ただ、魔物の討伐難易度とは少し違う。討伐難易度は生息地や数なども加味した危険度の総合評価だが、こっちは個人の戦闘能力だからな。だから討伐難易度と戦闘能力が同じ値でも、同じくらいの強さというわけではない。

 魔力総量は最大が9、最低は0、0はつまり魔力無しということだ。依頼にはあまり関係なさそうな魔力総量だが、これは魔道具を駆使できるかどうかを判断する材料だ。依頼によってはギルドから支給される魔道具を使わなければならないものもあるからな」


 おおー。

 何というか、ゲームっぽいなと思ってしまった。


「ギルドランクと戦闘能力評価は、最初の試験以外では請け負う依頼の難易度で上下する。基本的に自分のランクの一つ上の依頼までは自己判断で請け負うことができるんだが、コンスタントに上の依頼をクリアしていくとギルドが判断して上げてくれる。逆に依頼失敗ではすぐに下げられる。

 ギルドランクも戦闘評価も越えて受けられるのは1つ上までだ。例えばB4の私の場合、受けられる依頼はA5から下ということだな。だからS2やD6といった、どちらかが1つ以上高くなっている依頼は私だと受けられない。ちなみにクロの居た双子山の竜関係の依頼は実行部隊でS7,偵察や支援でB5だったぞ」


 ふむふむ。

 この辺はギルドの依頼を積極的に受けるなら覚えておく必要がありそうだが、自分のように身分証明だけ欲しい場合にはあまり必要無さそうだ。


「魔力総量ってのは上がらないの?」


「魔力量は基本的に殆ど動かない。一応例外はあるが、訓練したりして上下するものじゃなく、生まれつきの部分が大きいからな。

 ここは本当にギルド側が必要だから表示してるだけであって、個人にはあまり関係ないと思う。ただ、魔術師としてやっていく場合は戦闘評価と同じように個人の強さの指標となるから、魔術師の場合はかなり気にしている人間がいる」


「成程ね」


 まだ魔術師のことはよくわからないが、単純な魔力の量も実力に直結している部分があるのだろう。


「まぁクロの場合は身分証明として使うくらいだと思うからこの辺はあまり重要ではないかもしれない。

 ただ二つ注意がある。ギルドカードを発行してから3ヶ月間実績がない場合、つまり3ヶ月間で一度も依頼を成功させていない場合はギルド登録が抹消される。ギルド側も仕事をしてくれない人間を在籍させておいても利点は無いからな。まぁ簡単な青依頼でも一つ成功させておけばいいからそこまで難しくは無い。お金はかかるが再登録も可能だ。

 ああ、そうそう。青依頼は難易度設定は無い。赤と白の依頼からギルドランクと戦闘評価が関わってくる」


 確かに仮登録でも受けられる青依頼ではそうした注意点を説明されていなかった。

 町中での雑用やお遣い程度の仕事なので必要ないのだろう。


「もう一つの注意は?」


「もう一つは、緊急依頼の中に断ることができない、つまり要請を受けたら必ず参加しなければならないものがあるということだ。特段の理由無くこれを断ると即座にギルド登録が抹消され、再登録も不可能になる。まぁ滅多に無い事なんだがな。

 今までの緊急依頼でそういうのがあったのは、都市が戦争に巻き込まれそうだから防衛に参加しろといったものだったか。これもあまり気にしなくていいかもしれないな」


 戦う能力を厳選して登録するわけだし、戦えない人間のためにあるのが傭兵ギルドやハンターギルドだ。

 戦う場面で戦わない人間は必要無いという事か。


「聞いた限りだと僕にはあんまり関係無さそうだね。青依頼なら受けた事もあるし、身分証明として使うだけならランクとかも気にしなくてもよさそう」


「そうだな。しかし、ギルドの戦闘評価やランクは単純にその人間の強さや能力を評価する指標として結構使われているから、都市で日常生活をしていても話の中には割と出てくる。普通の人間でも知っていて当たり前という部分もあるから覚えておいた方が悪目立ちはしないと思うぞ」


「そっか。じゃあ少しは覚えておくよ」


「他の細かい規約などについては試験を通ればギルドで教えてくれるだろう。じゃあ試験について少しだけ話しておくか───」

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