誰かのために
◆◆◆
話が一段落したので一呼吸置き、次に今後のことを決めておく。
治療をするにしてもまずはやらなければならないことがたくさんある。
まずはシェリアが無事に王都に戻れなければ話にならないのだ。
「本当に、ご協力、感謝致します」
「それは今後のシェリアさん達の頑張り次第ですから、お礼を言うのはまだ早いですよ。ではさっき話した通りヒュルまで送るということでいいですか? アルデルに行くなら僕達は一緒に行けませんし、その場合でも護衛は必要になるからヒュルには戻らないとダメでしょうし」
「そうですね。それで問題ありません。……ここからの移動なんですが、私達が無事だという事を知られるのは極力避けたいと思います。戦争推進派の人間の手は広く、各都市の衛兵や警邏隊、一部の都市の商人などにも息がかかっています。そうした者に知られるとまた攻撃され兼ねません。就寝前に言っていたクロさんのお仲間が都市から呼んだ救援の人間の中にもそうした者が紛れている可能性も否定できません」
ふむ。
可能性がある以上警戒しないわけにもいかないか。
今回は偶然が重なって助けることができたが、この次に襲われればどうなるかわからない。
都合よく助けることができるかもわからないので、避けられる危険は避けるべきだろう。
「わかりました。僕の仲間にも伝えておきます。あ、ちなみに名前はメリエでハンターをしている人間種です。僕やアンナよりも人間社会のことに詳しいのでしっかりフォローしてくれると思います」
「お願いします。夫のシラルはともかく、私達はあまり顔を知られてはいないと思いますし、名乗り出たりしなければ大丈夫だと思います。現状ではヒュル内部の動きがどうなっているのかわかりませんので、ヒュルの中央門は通らずに門の外まで迎えに来てもらうようにしようと思います。中央門で警備をしている人間に私共が戻ってきたことを知られるのはまずいですから」
ヒュルまでは正体を隠して移動するということにし、ヒュルでは迎えに来てもらって警備兵などに知られるのを防ぐ。
ここまで話している段階で自分もシェリアも町中で一緒にいることの危険性に気付いていた。
「……シェリアさんが警戒している事から考えると、町中で僕達が一緒に居るのを見られるとまずそうですね」
「はい。戦争推進派の人間に私共とクロさん方が一緒に居る所を見られ、仲間だと判断されてしまうとクロさん達の方にも監視や刺客が送り込まれる危険が出てきます。それを考えるとヒュルの中で一緒に行動するのは避けるべきでしょう」
「わかりました。では僕達は補給だけ済ませて先に王都に向かいます。僕達が居なくなっても護衛とかは大丈夫ですか?」
「ええ、夫と合流できれば問題ありません。夫は自身の実力のみで将軍の地位を得た人間ですのでそれなりに腕が立ちますし、今回の事を話せば夫自身を含め今まで以上に厳重に護衛をつけてくれるはずです。多少行動が制限されて不便にはなるでしょうが、王都の屋敷まで戻れればそう簡単に手出しすることもできなくなるはずです」
「では、やはり具体的なことは王都に着いてからですかね。シェリアさん達が王都に戻り、ある程度の筋道を立ててから打ち合わせ、その後に王に掛け合ってもらう。となると、実際に治療するまでには結構な時間がかかりそうだ」
その間に戦争推進派の人間が大人しく待っていてくれるだろうか?
それは恐らく無いだろう。
不安要素であるシェリア達が無事である以上、何らかの動きを見せてくるはずだ。
今の所、自分とシェリア達の繋がりは知られていないはずなので、こちらの方は自由に動けるだろうが油断しすぎないように注意はしておくべきだ。
それに軍の動きも気になるところだ。
現段階で事態がどの程度まで進行してしまっているのかはわからないが、無駄に時間をかけてしまえば治療が間に合わず大規模な戦いが起こってしまう可能性も捨て切れない。
「はい。出来る限り迅速に行動します。クロさんも宜しくお願い致します。それと王都に着いてからのことですが───」
◆◆◆
「───あらま。降ってきたね」
ここまで話したところで雨が落ちてきた。
空を覆う雲と、しとしとと降る様からすぐには止みそうもない。
移動と話を中断して濡れないように外套を被り直す。
ポロは濡れても平気ということでそのままだったのだが、荷物だけは濡れないように外套で包んでおくことにする。
「そういうことだったんですか。でも確かに地図を見せてもらえるなら色々な事を調べるのには良さそうですねメリエさん……メリエさん?」
話を聞いていたメリエは少し後ろで歩みを止めたまま、雨に濡れながら呆然と佇んでいた。
アンナの呼びかけに反応すると深刻そうな表情を作り、荷物の雨避けをしている自分とアンナの方を見つめ、搾り出すように言葉を紡いだ。
「クロ……は、その……私のために、そんな大変な事を請け負ってくれたのか……? 下手をしたら、この王国に居る事も出来なくなると言うのに……」
「メリエさん……」
そう言いながら手を握り締め、雨に濡れる街道の石畳に視線を落とす。
メリエは申し訳ないという表情で俯いている。
メリエは自身の母親を探す手がかりとなる情報を得る為に、王国の戦争に関わるという大事に巻き込まれることになってしまったと思い、負い目を感じてしまっているようだ。
メリエは自分達よりも常識があり、竜だということが国に知られてしまうことがどれだけ大変かをこの中で一番理解している人間だ。
自分やアンナは人間社会のことについてはまだまだ疎いので結構楽観している部分がある。
それも相まって巻き込んでしまったのではないかという罪悪感を持ってしまったのだろう。
メリエの性格を考えると薄々そうなるであろうと予測はしていた。
そんなメリエを見たアンナも悲しそうな目で俯いた。
今はそれ程でもなくなったが少し前まではアンナも今のメリエと同じように、自分のせいで迷惑をかけてしまっているのではないかという想いを抱いていたようなので、思うところがあるのだろう。
「もしかしてメリエのせいで危ない事に首を突っ込む事になったとか思っているのかもしれないけど、それは違うよ」
少し強い口調でそう否定すると、メリエが俯かせていた顔を上げる。
「違う……のか?」
「まずシェリアさんからの頼みを受けようと思ったのは自分の意思だよ。誰かに強制されたわけでもないし、アンナやメリエもいるのに考えなしに危険に踏み込む真似はしない。そうしたことも考えた上で決めたんだ。
それから、メリエの母親を探すための地理情報を得るっていうのも勿論あるんだけど、それだけじゃないんだ。シェリアさんの想いと同じように他者に手を差し伸べたいという自分の意思や、人間の歴史や社会の事を知りたいという好奇心もあるんだよ。相談しなかったのは悪かったと思ってるけど、全部自分で考えて判断して決めた事だから、メリエが罪悪感を感じる必要はないの」
確かにメリエのために情報を得ようと思ったというのは大きい。
少なくともメリエの母親のことがなければ、こんな報酬は望まなかっただろう。
シェリアの想いに応えたいということに関しては事実だが、自分が知りたいと思うこの世界の情報の部分については、半分以上がメリエの罪悪感を薄れさせるための口実だ。
読めもしない文献をもらうよりも自分で見て回る方がいい。
でもそのことで自分に良くしてくれているメリエに悪いと思って欲しくはなかった。
心の片隅では真面目なメリエがこう考えてしまうのではないかと思っていた。
だから色々と並べ立て自分の意思での行動と印象付け、自分のせいでという罪悪感をメリエが持たなくてもいいようにと考えていたのだ。
しかし、これは自分の配慮が足りなかった。
シェリアを助けるための理由とメリエの母親探しの情報を得るという二つ。
上手く結び付けて都合よくことが進めばと思った自分は、愚かで浅はかだったようだ。
メリエは聡いし、人を思い遣る優しさも持っている。
そんな薄っぺらい考えだったために、結果としてメリエに悪いという思いを抱かせてしまった。
これは自分の行動の理由を他人に預けようとした自分が悪い。
「……だけど……」
「ごめんね。僕の勝手な考えでメリエにそんな思いをさせちゃって。でも繰り返すけど自分の意思で決めた事だから、メリエが止めても僕は勝手にやるよ。だからさ、そんな顔しないで。それに危なくなったらこの国をさっさと出て行けばいいんだし、逃げるだけならどうにでもなるから」
これは自分の意思。
そうメリエに宣言した以上、最後までその言葉に責任を持たなければならない。
メリエが罪悪感に囚われる事無く、全員無事で旅を続けられるように。
気恥ずかしくて口には出さなかったが、自分に良くしてくれる二人の笑顔を守るために、そして自分の良心に従いシェリアの手助けをするために、必要とあらば全力でやる。
そう心に誓った。
「私も気にしていませんよ。メリエさんにもクロさんにもお世話になっていますし、むしろ協力させて下さい! それにクロさんがいてくれれば何かあっても助けてくれますよ」
「アンナ、ありがとうね。僕も頑張るけど、あんまり過信されすぎるのもちょっと……」
「平気ですよ! だってクロさんですから!」
苦笑いをしつつ、笑顔で握りこぶしを作ってやる気を出しているアンナの頭に手を置いて、ぐりぐりと撫で付ける。
アンナが自分に抱いているその根拠の無い自信はなんなのだろうか……。
自分だって失敗もすれば命も落とすことだってある。
先の誓いのこともあり油断無く当たるつもりではいるが、予想外のことが起こる可能性だって十分ある。
やはり伝説や御伽噺で語られる古竜と重ねて、絶対無敵の存在のように思っているのか……?
だとしたらちょっと考えを改めてもらう必要がある。
盲目的な過信は時に重大な事態を招く事もあるのだ。
時間のある時にでも少し言い聞かせるべきかもしれない。
アンナが自分に対して抱いているモノに若干の不安を覚えつつも、メリエに目を向ける。
自分とアンナのそんなやり取りを見たメリエの目にはいつもの雰囲気が戻っている気がした。
「……わかった」
「じゃあ濡れちゃうし、少し早めに雨避けできる今夜の野営場所探そうか」
「あ、クロ!」
「ん?」
移動しようとしたところをメリエに呼び止められて、再度振り向く。
「あ、その……えっと」
メリエは言い難そうなことを言おうとしている子供のように、手を忙しなく動かして顔を真っ赤にしながらモジモジとしている。
いつものハキハキしたメリエと違い、年相応の女の子のような仕草をしているメリエの様子に思わずドキッとする。
「あ、……ありがとう……な」
否定はしたが、やはりメリエには今回の報酬がメリエの母親を探すためだったということを見抜かれていたようだ。
消え入りそうな声でそう言い、真っ赤な顔を隠すためか慌てて雨避けのフードを目深に被ると下を向いてしまった。
「気にしないで。今回はこっちが勝手に決めちゃったけど、今度からこういう事はなるべく相談するようにするよ。それに仲間なんだからさ」
「仲間……か、そうだな……。やはりクロは優しいな……私も、もっと積極的に……。そうだ! 今度お礼をしよう! 何でもするから、あ、あの、王都に着いたら、その、町を見て回らないか?」
「あ、うん。僕もアンナも王都は知らないし、案内してくれるのは助かるかも」
「あ……そうではなく、な、……えっと、二人きりで(ゴニョゴニョ)」
「え? 最後が聞こえなかった」
「あ、いや! 何でもないぞ!」
なるべく気にしないようにと言ってみたが、どうもメリエの様子は気に病んでいるのとは違うようだった。
何というかとても嬉しそうに赤い顔でモジモジしている。
しかし、そんなお礼が必要なほどをのことをしただろうか?
さっきも言ったように結局は自分の勝手で決めた事だし、傍から見ると寧ろこっちが二人を危険に巻き込んだ感じがしないでもないのだが……。
でもまぁそれでメリエの気が晴れると言うならお礼をしてもらうのも
「むぅーーー!」
そんなメリエとのやりとりを見たアンナが、なぜか頬袋に食べ物を詰め込みすぎたハムスターのようにプクーっと頬を膨らませている。
「ど、どしたのアンナ?」
「クロさん……その調子でお姫様も……いえ、何でもありません! こ、今回のメリエさんのことは仕方ないですけど、他の人にはあまり優しくし過ぎないで下さいね! 特に女の人には!」
ビシッと指を指され、目を吊り上げながら言う。
なぜか怒られた。
いつものお説教とはまた違う感じの怒り方だった。
困っている人に親切にして怒られるとは……。
「え? ど、どういうこと? 困っている人に優しくしたらダメなの?」
「誰にでも優しいクロさんは素敵だと思います。けど、女の人に誤解を与えるまで優しくしたらダメってことです! これ以上ライバルが増えたら……」
「……誤解?」
「いえ、こちらのことですから気にしないで下さい。それより早く移動しましょう。(メリエさん、この件についてはあとでじっくり話し合いましょう。こっそり
「あ、逢!? いや、その、えーとだな……」
お怒りアンナさんの矛先がなぜか何もしていないはずのメリエにまで向いている気がする。
自分と同じようにビシリと指を指されたメリエは、赤い顔を更に真っ赤にしてしどろもどろになる。
「ま、まぁ話しは後にしようよ。メリエも行こう。本降りになってくるよ」
何だかわからないがアンナのご機嫌が悪いようなので、これ以上ヒートアップする前に移動を促す。
やや目を吊り上げながら足早に先に行くアンナを追いかける。
この天気では明るいうちに寝られそうな場所を探して、早めに野宿の準備をした方がいいだろう。
「(ポ、ポロ。私達も行こうか)」
「(……ご主人、アンナ嬢には申し訳ないですが、私はご主人を応援しますよ。今度からはなるべくクロ殿に密着するように心掛けましょう。時には大胆に誘惑する事も大切です。いいですか? クロ殿がその気になったらそのチャンスを逃してはなりませんよ。それから、いつでも
「(な!? わ、私はそんなつもりじゃ……!)」
「(ご主人。ご主人の凛々しく奥ゆかしい様は素晴らしいと思います。が、時には自分の気持ちに素直になって当たらなければ、意中の相手を振り向かせることはできません。クロ殿と
「(つ、つ、つが……!? 私と……クロが……)」
「(あ、置いて行かれますよ、ご主人)」
「(え? あ! ちょっと!)」
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