森を抜けて
アンナが起きた際、切り裂かれて血のついた服を着た自分を見て寝ぼけていたアンナが悲鳴を上げたため、悲鳴を聞いたメリエとポロが何事かと飛び起きてちょっとしたパニックが起こってしまった。
動転する三人を見張りと戦闘の疲労が残る中、また一苦労して落ち着かせなければならなくなった。
「そうだったのか……。いや、全然気がつかなかったな」
「私も……クロさんの声が聞こえるまで何も……」
「(面目ないです)」
「まぁ三人とも眠らされてたんだし、しょうがないよ。それにみんなも荷物も無事だったんだから、とりあえずは良かったと思っておこう」
ボロボロにされた服は血もついてしまっているし、再利用はできそうもない。
仕方が無いので燃やして処分し、予備で買っておいた服に袖を通す。
そういえばショートソードもダメにされてしまったが、こっちは特に困ることも無いので気にしないでおく。
メリエが予備の剣を持っているので町や村ではそれを借りればいいだろう。
二人組みからの襲撃後、みんなが落ち着いた頃には夜明けが近くなっていたので、眠っていて何が起こったのかを把握できていない三人に事のあらましを話しつつ少し早い朝食を摂ることにした。
朝食には昨日獲ったウサギモドキの肉を使ったスープ、焼いて薄くスライスし、野菜と一緒にパンに挟んだサンドイッチを作る。
脂身が少なく、朝食べてもさっぱりとしていてヘルシーだ。
アンナばかりに料理をしてもらうのも申し訳ないので、切って挟むだけのサンドイッチの方は自分とメリエで作ることにした。
出来上がった朝食をテーブル代わりの平たい石の上に並べ、まだ薄暗いので明かりをつけていただきますをする。
ポロも朝から新鮮な肉を食べられるとあってご機嫌だった。
「アンナの作るスープは店で出して金を取れるかもしれないな。うまいうまい。
それにしても、話で聞いた限りでは飛竜を単独撃破できそうな感じだな。人間に変身しているとはいえ古竜のクロとも対等以上に渡り合っているわけだし、そこまでの強さを持っている人間種などそうそういないぞ。もしかしたら有名な人物かもしれないな」
「うーん。僕はそういうの疎いしね……。このサンドイッチも肉の塩気が利いてて美味しいね」
「私も知らないですね。あ、スープは昨日残しておいた骨から出汁を取ってるんですよ」
それぞれ料理の感想と昨日のことについてを思い思いに口にしながら、情報交換と朝食を同時進行で進める。
「身体的特徴とか、会話の中で個人が特定できそうなことは無かったのか? それだけの実力者なら名が売れているか、例え盗賊でも悪名が知られているかもしれない」
個人情報にうるさい現代日本の社会とは違って、この世界では実力ある人間の場合は名が広まることが多いそうだ。
というよりも本人が積極的に名を売るようにするらしい。
名が売れればハンターや傭兵なら仕事が増えるし、騎士などなら昇進するチャンスも生まれる。
命の危機が身近にあるこの世界では、危険に関する情報は割りと広まりやすいため、悪名も知れ渡るのが早い。
旅人や行商、運搬業者も自分が被害に遭わない様にと積極的に情報の交換を行うので、ギルドや耳聡い商人から悪人や盗賊の情報が公開されている。
国や領主も自分の利益に関るためそうした者には賞金を掛けたり、騎士団を派遣して捕まえたりと積極的に動くそうだ。
「えっと、正式名称じゃないかもしれないけど少女の方が男を『ドア』って呼んでたかな。あと男の方は額に角が生えてたよ。それから赤銅色のすごい切れ味の大剣を持ってたね。少女の方はすっごい美人だったけど普通の人に見えたなぁ」
少女の部分を説明したらアンナとメリエが何やら不満気な顔をして、こちらを見る目が少し冷たくなった気がした。
アンナはほっぺたをプクーっと膨らませて見るからに不機嫌になってしまった。
見たまんまの感想を言っただけで何故にそこまで嫌な顔をするのか……。
「ドア……ドアか……聞いたことは無いな。角があるという事は獣人種か妖人種なのだろうが、角が生えている種は結構いるしそれだけだと何とも言えないな。武器に関しては私もあまり詳しくないからわからんが、クロの話を聞く限りでは銘のあるアーティファクトかもしれない」
色々と知っているメリエでも心当たりは無いらしい。
他にも何か言っていた気がするが、こちらも結構一杯一杯な精神状態だったので気に留めていなかった。
思い出したら言うことにしよう。
「その少女の話しぶりからすると、近い内にまた接触してくるだろう。今回の様子では警戒してもあっさりと抜けられそうだが、まだ向こうの意図も読めないし用心しておくべきだろうな。クロの話が本当なら攻撃してくるということは無いと思うが……」
「どうだろうね。謝るとは言っていたけどあんまり鵜呑みにしない方がいいかな……。あと、今回のこともあったし、アーティファクトで周囲の様子を探ったりできるようなものを作ろうと思うんだよね。一応僕もある程度気配を探ったりはしてるつもりなんだけど、それに引っかからない実力者が結構いるからちょっと不安だし」
気配に敏感なポロでも気付けないとなるとやはりこうした対策は必要だ。
前々から【竜憶】に応用できる術がないか探してみてはいたのだが、まだ見つけていない。
もし無ければ自分で開発するしかないだろう。
「そうだな。できるのならいいと思うが、もしできたらこれまた国宝級の物になるぞ……。暗殺や奇襲を未然に防げるなんて王侯貴族なら喉から手が出るほど欲しいんじゃないか?」
「まぁ今までと同様に作れた場合は知られないようにするつもりだけど、王都に行くんだし今まで以上に注意するようにしておくよ」
何ならアーティファクトを隠蔽する術も何か考えてみるのもいいかもしれない。
「作成に取り掛かるのもいいが、まずは移動した方がいいだろうな。王都近くになれば不審者の取り締まりも厳しくなるから、不穏なことを考えているなら動きにくくなるはずだし、情報も手に入りやすくなる。賞金首や急討伐対象の盗賊団ならギルドで公表しているし、騎士団も情報を持っているだろう。
ああ、大きな都市の騎士団や警邏には相応の実力者が詰めているから、いざとなればそこに駆け込むのも手かもしれないな」
あの二人の実力では、例え町のど真ん中でも堂々と襲撃できる実力がありそうだが、顔を見られないようにしていたりとあまり人に知られないようにしていた節があるので、そういう意味では動きにくくなるだろう。
少なくとも今回のように襲ってくるということは難しくなるはずだ。形振り構わずに行動し始めるとその限りでもないが……。
「じゃあ移動しましょうか。今日中に森を抜けて、できれば村にまでたどり着けるようにするんですよね?」
「そうだね。少し急げば何とかなりそうだし、今回のこともあるから早く村に着きたいね」
とりあえず伝えられることは伝えたので、あとの細かいことは道すがら話すことにして手早く朝食を済ませて荷物をまとめた。
「あ、メリエ。剣を壊されちゃったから予備のやつを貸してくれない?」
「ああ、いいぞ。私の剣もそろそろ変え時だな。クロが替えの剣を王都で探すなら私も新しい剣を見てみるかな」
「ああ、アーティファクトの身体強化や電撃でかなり負担がかかってるから、傷むのは仕方ないかもね」
元々メリエの剣は細身だし、それにアーティファクトで力が増強された状態で攻撃をしたり電撃を通したりしているので傷んできているようだった。
村でも武器は売っているが品質は量産品と同じなので、良い物を買うなら王都に着いてからになるだろう。
「そだ。もしよかったら僕の鱗を素材にして剣作ってもらおうか。アンナも護身用にナイフ以外にも長物があるといいし、せっかくだから高品質の物を用意しようよ」
買い換えるということを聞いたのでそう提案してみたのだが、メリエは微妙な顔になった。
アンナはあまり必要性を感じていないのかアーティファクトでも十分そうだったが、丸腰というのも相手につけ込まれるかもしれないから何か武器があった方がいいだろう。
「……私はありがたいと思うが、古竜の竜鱗の剣なんか作ったら目立つんじゃないか……? 普通の飛竜の鱗や竜骨などの素材から作られる剣でもおいそれと買えるものじゃない。ダンジョンの深層から発掘される武具よりも希少な古竜の鱗製の剣はトラブルの種になると思うが……」
「無闇に見せびらかしたりするわけじゃないし大丈夫じゃない? 身を守るためのものでもあるんだし良い物の方がいいと思うけど」
「そうかもしれないが、鍛冶師にはどうやって頼むんだ? 古竜の鱗を素材に剣を打てる鍛冶師はそうそういない。希少価値の高い素材は希少価値に比例して扱う難しさも跳ね上がっていくからな。古竜の竜鱗ともなれば最高峰クラスの鍛冶師でないと扱えないと思うぞ。仮に頼めたとしても鱗の出所を探られたりと色々面倒事になりそうだが」
「そっかぁ。お金はたくさんあるし、いい考えだと思ったんだけどなぁ」
「まぁまだ時間はあるんだし、追々考えて決めればいいんじゃないか? 既存の剣にクロが術で効果を付与したりもできるかもしれないし、一から作らなくても方法はあると思うぞ」
それもそうか。
たくさん物が入るリュックみたいに鱗を剣に癒着させて何かの効果を付与したりすればいいのかもしれない。
今度試してみよう。
色々と考えながら野営の片付けをして街道に戻る。
まだ夜も明けきっていない時間帯だが、今日中に森を抜けコタレの村にたどり着きたいので、足早に進んでいく。
街道から森に入り3時間ほど歩いたが、特に魔物が出てくるといったこともなく、平和な道程だった。
森は街道が通っているだけあってそれなりに落ち着いていて、鬱蒼としている雰囲気ではない。
しかし街道から離れると人の手が入っていないので危険なのだそうだ。
森を通る街道には所々に休憩所のような小屋があり、走車の動物を休ませたり、ハンターなどが森の探索をする際の拠点に使われているのだとか。
小屋周辺は魔物避けをしているので旅人も休憩に使ったりしているようだった。
今回の自分達はそこには目もくれずに歩き続ける。
アーティファクトのお陰で疲労は気にならないし、進めるだけ進む予定だ。
歩いていて感じたのだがやはり森の中は落ち着く。
泉の森で生活していた手前、何となく懐かしい雰囲気というか居慣れた感じがする。
木漏れ日の中、森を吹き抜ける爽やかな風を頬に受けながら散歩気分で歩いた。
「しかしまぁ本当に魔物に遭遇しないな。街道付近だとしても森の中では遭遇率があがるのに、ここまで何もないと逆に不安になるぞ」
順調に歩を進めているとメリエが安全すぎる道程に対して、何度目かわからない驚きの言葉を口にした。
森に入ってから一度も魔物や盗賊に出会っていない。
森の中は隠れられる場所が多いので平地を歩くよりも待ち伏せされる率は高くなる。
しかし、相変わらず古竜の自分がいるせいか魔物は襲ってこなかった。
「足を止めずに進めるんだからいいじゃない」
「そうですよ。安全に進めるって凄いことじゃないですか」
「そうなんだがな……。そうそう、それについて思ったことがあったんだ。魔物が寄ってこないのはクロが古竜の気配を出しているからなんだろう?」
「え? うーん。自分では自覚が無いから絶対そうだとは言えないけど、多分ね」
母上と暮らしていた森では竜の気配を感じ取って動物達は姿を見せないようだったから、恐らく間違ってはいないと思うが、自覚が無いので改めて言われると自信が……。
「思ったんだが、その気配は遮断したりできないのか?」
「どういうこと?」
「昨夜の襲撃者はクロから何かを感じ取って狙ってきたのだろう? 可能性ではあるがクロの古竜の気配を感じ取って近づいてきたのかもしれない。こうして旅をしている分には安全でいいが、昨夜の連中のように何かの気配を察することに長けた者や、気配を探るような魔法を使える者にはクロの存在が知られてしまうかもしれない。できるのなら町中などでは気配を消したりできるようにした方がいいんじゃないか?」
言われてみるとそうかもしれないと思った。
しかし、相手を威嚇する威圧感と違って気配というものはどうやって断つのかよくわからない。
人間だった頃はそんなことを気にしたこともなかったし、竜になってからも動物の獲物を獲らなくてもよかったので気配を意識したことが無い。
一般的な野生動物のように息を潜めてじっとするとかなら自分でもできるのだが、人間の姿になっても出ているらしい竜の気配なんてどうやって断てばいいのやら。
いや、待てよ?
古竜の気配かどうかはわからないが、普通の生き物と古竜の違いが一つあることに気がついた。
星素の扱いだ。
ひょっとして魔物や昨夜の二人なんかは星素を操作しているということを感じ取っているのだろうか。
それなら人間の姿でも竜の気配を出しているということも納得ができるかもしれない。
星素はそこらじゅうに満ちているが、古竜種は【伝想】などを使ったりする手前、常に体に取り込んだり集めたりしている。
星素を扱うのは古竜種しかできないらしいので、星素を扱う気配が古竜の気配として魔物や動物などに認識されているということはないだろうか。
無論、古竜がその辺にホイホイといるわけでもないので、そうした生き物達が自分を古竜と認識しているというわけではなく、恐らくは普通とは違う、異質な気配を出す存在というくらいの認識なのだろう。
同じ竜種でも、ポロのような他の竜種では特に魔物が襲ってこなくなるといったことはないらしい。
それでも竜種ということで多少は相手に警戒感を与えるため頻度は減るそうだが、自分のように全く寄って来なくなるということはないそうだ。
そう考えると古竜の気配=星素を操作する気配という考えに信憑性が出てくる気がした。
ただこの考えも絶対とは言い切れない。
魂や精神、あるいは変身したとしても肉体から出てくる何かといったような消す事ができないものを気配として認識されている可能性も十分考えられる。
気配を遮断する術を考えるためには色々と調べてみなければならないだろう。
「色々実験してみないとわからないけど、気配については思うところもあるから遮断する方法を考えてみるよ。メリエの言う通り、今後のことを考えると隠せる方がいいかもしれないしね」
「私達は特にクロさんから何か違和感を感じたりはしないんですけどね。見た目は普通の人ですし……」
「まぁ私の考えも思い浮かんだだけだからな。私が思いついたこと自体が的外れであるということも考えられるんだが」
「それも色々実験してみる。まだ王都までは時間もあるしね」
索敵の星術もまだできていないのにやることが増えた。
時間を見つけたら【竜憶】で色々調べてみよう。
結局その後も魔物や盗賊が襲ってくることは無く、予定よりもかなり早く森を抜けることができた。
森の中で生活していた自分としては危険な森の街道も散歩しているのと大して変わらないと思ったのだった。
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