強者
「!?」
「なっ!?」
自分の変化を見て対峙する二人は驚愕に目を見開く。
人間の姿ではどうにもならない。
かといって竜の姿では速度に付いていけない。
ならば、泉の森で試した半竜の姿で応戦する。
これなら小回りは利くし、竜の鱗と爪であの男の剣にも対抗できるはず。
更に星素に親和性のある鱗を纏うことで竜の姿程ではないが、人間の姿の時よりも星術を使いやすくなり威力も上がる。
実戦で試したことはないが、一応実験は済ませてある。
他にもいくつか対応できそうな方法もあるが、今の自分にとってこの男を圧倒できる可能性が一番高いのはこの姿で戦うことだ。
以前試した半竜の姿そのままではなく、新たにアルデルで見かけた蜥蜴種族の姿をイメージに織り込む。
皮膚が黒い鱗に変わり、右手からは強靭な竜の爪が20cm程の長さまで生えてくるが、左手の方は手を自由に使いたいので爪は僅かに伸ばして止めておく。
尾骶骨あたりから長く伸びた竜の尾は、するりと振ると月の光を反射して妖しく煌いた。
翼は生えずに背中も鱗で覆われる。
大きさは変わっていないしズボンでもないので今着ている服が破けるといったことはなかったが、男に胸のあたりをばっさりと斬られ、大穴が開いてしまっているので補修をするか捨てるかすることになるだろう。
手や足を動かし違和感を確かめながら新たな星術も用意する。
「こいつ……
「……まさか……」
身体強化の星術をかけ直し、追加で硬度を上げる星術を爪と鱗にかける。
竜の姿で使う身体強化の強さを10とするなら、人間の時に使った場合は1~2、半竜のときに使った場合で大体4~5くらいの強さになるようだった。
他の星術は種類によって制御の感じが違うので身体強化と同じ割合になっているわけではないが、大体似たり寄ったりな減衰となる。
これでさっきよりはこの男の動きについていけるようになるはずだが、男が本気を出してきたらどうなるかまだわからない。
向こうもまだ手の内を全て晒したわけではないだろう。
ここは、先手必勝。
「速い!?」
男が動く前にこちらから仕掛ける。
以前ポロがアスィ村でやっていたように体を左右に振り、ジグザグに突進することで狙いを搾らせず、そのまま男の横をすり抜ける。
男の方ではなく、背後の女性に向かって飛び掛る。
「あっ!」
まさか自分が狙われるとは思っていなかったであろう女性は、口元に僅かな動揺を浮かべ小さく悲鳴を上げると肩を強張らせた。
爪の短い左手を伸ばし、女性に掴みかかろうとする。
上手くいけばこのまま組み伏せて電撃で気絶させるつもりだ。
「くっ!」
女性は肩にかけられたベルトに留められた黒っぽい色をしている石に手を伸ばすが、自分の左腕が到達する方が早い。
何かする前に腕を弾くか、電撃で気絶させればいい。
それを見た男は泡を食って身を翻し追いかけてくる。
やはりさっきよりも速い。
今まではこちらの様子見と自分が素人ということで手を抜いていたのだろうが、仲間の危機を悟りそんな余裕がなくなったということだろう。
「させるかぁっ!」
……かかった。
この男の動きは例え今の状態で攻撃をしても、正攻法では確実に当てられる自信はない。
しかし女性の方を狙えば庇うために動くだろうと思っていた。
男を直接攻撃した場合、反撃や回避を読むだけの経験や技術は自分にはないが、庇おうとした場合の動きなら素人の自分でもある程度予測できる。
恐らく自分と女性の間に割って入るか、その前に自分を攻撃して止めるかだ。
仮に読みが外れたらそのまま女性を気絶させて捕獲すればいい。
男は自分の動きのやや先を狙い、女性に掴みかかろうとする自分の左腕を狙って大剣を振り下ろしてくる。
その一閃を鱗で覆われ、更に硬化の星術をかけた腕でガードするために素早く防御の姿勢を取る。
鉄など及びもしない強度を誇る古竜の竜鱗に硬化の術までかけたのだ。
如何に凄まじい切れ味をした男の剣も簡単には切り裂けないだろう。
これでも切り裂かれるなら奥の手の一つを使うまで。
鱗で覆われたとは言え生身であの切れ味の剣を受け止めようとしたことで、僅かに男の表情が歪み、剣速が鈍った。
それでも剣を止めることは無く、斬りかかってくる。
あの歪んだ表情が命を奪う可能性への戸惑いか、それともあまりに無謀な対応への失望かはわからない。
前者だとすれば半竜になる前は躊躇無く攻撃してきていたが、寸止めでもするつもりだったのだろうか。
男の力に押し負けないよう腕に力を込めると衝突の瞬間がやってきた。
防壁を切り裂いたときと同じように衝突の瞬間に剣身が鮮やかに輝いたが、鱗に覆われた腕を切り裂くことはなかった。
ドギンッという激しい衝撃音が響き、竜鱗と大剣の接触面に一瞬火花が散ったが問題なく剣を受け止めることができた。
「何だと?! 飛竜の外皮を切り裂く俺の剣を生身で!?」
男は受け止められるとは思っていなかったようで苦虫を噛み潰したような表情から一転、一瞬唖然とした表情を作ったが、すぐに気持ちを切り替え、斬れないのなら力で押し込むと言わんばかりの形相になった。
「ぐ、ぬぅぅぅ!」
剣を持つ筋肉を軋ませ両手で力を込めてくるが、今の自分の力の方が上のようで押し込まれることは無かった。
剣と鱗が接触している箇所からゴリリと堅いものが擦れ合う音が響く。
人間では考えられない程の強い身体強化がかかっているはずなのだが、男の全力はかなりのもので、こちらも押されはしないが余裕というわけでもない。
何とか体勢を維持しつつ、踏ん張っている状態だ。
地面に足がめり込み、ズズズと後ろに後退してしまいそうになるのを堪える。
「がぁ!」
力で押し込むことは無理だと悟ったのか、押す手の力はそのままにかなり無理な体勢から前蹴りを繰り出してきた。
鈍い衝撃が腹を襲い体勢を崩して数歩後ろに下がったが、先程のように痛みで苦しむことは無かった。
腹部にも鱗があり、内臓まで衝撃が届くのを防いでくれる。
「何なんだこいつは……!?」
「……」
女性の方は何かするでもなく立ち尽くし、男は女性を庇うように前に立って剣を構え直す。
先程までとは違い、額に汗を浮かべて荒い息を吐く男を静かに見据える。
せっかく押してきているのだ。
ここで休ませる手は無い。
右手の爪を構え、剣を握り直している男に向かって飛び掛る。
「うお!」
男の剣がまた輝き、竜の爪と激突する。
さっきよりも強烈なガキィンという甲高い音が月夜の空に吸い込まれる。
鍔迫り合いになれば不利と判断したのか、男が打ち払いで竜の爪を弾き飛ばした。
「信じられん……。鬼鉄と
大剣が刃毀れを起こしたことで男が驚愕の表情を作る。
硬化の術を施した竜の爪は特に変化は無かった。
ここで手を止めず、今度は攻撃と同時に電撃で麻痺させ無力化を図ることにした。
男が立て直す前に再度爪を構えて飛び掛り、攻め立てる。
「舐めるなぁ!」
しかし男は爪での攻撃を真っ向から受けるということはせず、あの大きさの剣で器用にも爪撃を受け流してきた。
うまく力を逸らされたことで、逆にこちらが体勢を崩し大きな隙を晒す。
男はその隙を見逃さず、抜き胴に似た動きで腹に一撃、更に返し様に背中に剣を振り下ろす。
「ぐえっほ!?」
竜鱗のお陰で斬られるということはなかったが、カウンターで返された強烈な衝撃で肺の中の空気を吐き出してしまい、一瞬だが呼吸困難に陥る。
(ぐぅ……やっぱり技術は何枚も上手か!)
やはり一筋縄ではいかない。
力と速度でやりこめるかと思ったがそんなことは無く、電撃を使う間も与えてはくれなかった。
せっかく半竜の姿にまでなったのにまた前と同じで男に膝を屈する自分に不甲斐なさが込み上げる。
母上が言った通り、強さは必要だった。
古竜の強さを持つというだけで過剰ではないかと思っていたが、そんなことはなかった。
この世界には脅威となる者が数多くいるのだ。
そう、この男のように。
再度立ち上がり、男の方を向いて身構える。
「純種の
「……いえ、もしや……」
何か考え事をしていたのか、後ろの女性はきゅっと手を握りながら何かを決意したような声音でつぶやいた。
「……巫女、予定変更だ。俺の
「……」
「……聞いているのか」
「……ええ。聞いています。が、ダメです。ここは退きましょう」
「何? 回収はどうするんだ」
「また機会は訪れます。少し気になることもできました。確認を取らなければなりません。これは命令です」
「……了解した」
まずい。
退く算段をしている。
しかし、このままでは逃げられると思った矢先、女性の方が自分に近づいてきた。
攻撃を警戒しつつも女性の挙動を見守る。
女性は静かに前へ進み出ると、被っていたフードを徐おもむろにずらした。
月光の中で露わとなった女性の容貌はまるで日本人形のような美しさ。
髪色だけが黒ではなく栗色をしているが、長いストレートの髪を白い布でできた丈長のようなもので背中側にまとめ、深い青色の瞳を彩る長い睫と二重瞼の目元は雰囲気も相まって大和撫子のような楚々とした美しさを湛えている。
若干違うかもしれないが巫女服に似た服装もあって本当に神職の人に見えなくも無かった。
大柄な男の横に並び立つと高校生くらいの小柄な体格が際立ち、アンナのような幼さも感じられるが、月の光の中にあるその佇まいにはアンナには無いミステリアスな雰囲気が滲んでいた。
そんな雰囲気を醸し出しつつもどこかアンナに似た可愛らしさというか、愛嬌があるような感じもあり、美女というより美少女と言った見た目だった。
浮世離れした少女の美しさに思わず見惚れてしまっていると、少女はこちらに静かに頭を下げる。
「ご無礼をお許し下さい。事情があり経緯を説明することができないのですが、お仲間については『眠り石』の呪を解きましたので、間もなく目覚めるでしょう。先程言った荷物に関してももう手出しはしません」
「……自分から顔を晒すとは、何のために俺がこんな苦労をして組み伏せようとしたと思っている……」
少女の思わぬ行動と言葉に剣を構えていた男は愚痴を零している。
こちらもなぜ攻撃をやめたのか、事情が呑み込めないし、どうしたものかと対応に苦慮する。
さすがに攻撃的な意思を感じない相手、それもこんな少女に対して問答無用で襲い掛かるのもどうかと思ってしまう。
例えこんな少女でもこちらに害を成すなら躊躇するつもりはないのだが……。
怪訝な視線を向け、警戒をしたままでいると、頭を下げた少女は申し訳無さそうに眉尻を下げながら言葉を続ける。
「今夜はこれで失礼します。また近い内にお会いすると思いますが、その時に正式に今回の件について謝罪を致しますので、どうか今はご容赦下さい。ドアさん、行きましょう」
少女はやや納得いかないというような顔をしていた男を促すと、踵を返そうとした。
一方的な展開に半ば自失としている意識を引き戻し、二人を引きとめようとする。
「あ! ちょっと!」
「ん……。クロさん、交代ですかぁ?」
慌てて呼び止めようとしたところで背後からアンナの寝ぼけ気味の声が聞こえたため、慌てて振り返った。
アンナは半身を起こして目を擦っており、隣ではメリエとポロもモゾモゾと動いて起きる気配を見せていた。
「……それでは、また」
少女の小さな声を背中に受け振り返るが、もうそこに二人の影は無かった。
「……何だったのやら……」
二人のいた場所を見つめて溜め息を吐きつつも、無事に眠っていた三人が起きたことで体の力が抜けた。
とんだ月夜になってしまったが、三人とも無事だったし大した物的被害も無い。
それにその三人をほったらかして追跡するわけにもいかないので、あまり納得はできなかったがとりあえずよしとしておく事にする。
「……あ」
物的被害……自分の服は大穴が開いていたのだった……。
◆
「で、どういうことだ?」
「……もしかすると、彼は始祖の血族かもしれません」
「……確かか?」
「私がアルデルで感じたあの気配、恐らく彼のものではないかと思います。もし彼が始祖の血を継ぐ方なら、琇星に似た気配を感じたことにも、あの桁外れな強さにも説明がつきます。あなたが彼の強さを一番実感したでしょう?」
「……まぁ確かに桁外れ、というよりは常識外れではあったな。生身で俺の神刀を受け止めるなど、幻覚でも見てるのかと正気を疑ったくらいだ。だが、それだけで始祖の血族だと決め付けるのは性急ではないか?」
「ええ。まだ可能性の段階です。ですから確認を取る必要があるのです。一度彼女達と合流して戻りましょう。彼には念のために憑石を紛れ込ませました。確認が取れ次第、仮に違った場合でも再度接触してみます」
「……3人目が現れた、ということか。しかも男の……」
「それは……まだ確定ではありませんが……」
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