緊急依頼

 ひとまずギルドマスターの部屋を後にし、ギルド一階の談話スペースに向かう。

 ギルドマスターが話していた通り、ハンターや傭兵の多くは既に討伐隊として町を出ているようでギルドの建物の中もいつもより閑散としていた。


 これなら三人で竜のことについて話したとしても聞かれる危険も少ないだろう。

 なるべく回りに人がいない壁際の空いてるテーブルを三人で囲み、腰掛けるとメリエが口を開いた。


「で、どうする? 私は君達に付いて行くと決めた。だから君達の動向に倣おうと思う」


「まず聞きたいんだけど巨人種ギガントってどんなの?」


 これがわからなければ判断のしようが無い。


「巨人種か。できればあまり相手にしたくない類の化物だ。

 人型の巨人で筋肉質な体と強靭な外皮に皮下脂肪で物理的な攻撃が通り難く、小型でも体長5m以上、大型になると10mを超える。超大型はこの町の外壁を軽く破壊できるくらいらしいが未開地でもない土地で出てくることは稀だ。強靭な生命力を持ち、討伐には上位など中堅以上のハンターで構成されたパーティーに魔術師を入れ魔法主体で挟撃したり、毒を使って弱らせたりするのが一般的だな。少なくとも二人で相手にするようなものじゃないことだけは確かだ」


「ということは本当に足止め程度しか期待されてないということかねぇ」


 もしくは捨て駒にされたか。

 しかし少し考えてみてそれはないだろうと考えを否定した。

 自分はともかく、まだ中堅とはいえ実力者を使い捨てにするのは余程のことが無い限り考え難い。


 実力があるということはギルドにとっても確実に依頼を消化してくれる大切な存在のはず。

 もし使い捨てるなら育つまでに時間のかかる自分のような初心者などを使えばいいのだ。

 わざわざ育つまで時間と手間をかけた実力者を使うメリットは少ないように思う。


 さっきのロアの表情から考えるとできれば死なせたくはない、といった感じも見受けられたのでそちらの線の方が濃い気がした。

 もしそれすら腹芸で実力者であっても躊躇ためらい無く使い捨てる腹積もりだとしたらかなり嫌なギルドマスターということになる。

 上に立つ者がそれでは登録者からの信用は地に落ちているだろう。

 信用を失えば運営側は多大な損失を被るはずだろうし、それはないのではないかと思った。


 それにしても物理攻撃に強く小型でも5mとなると、如何に竜の力を使えたとしても正面からぶつかるのはかなり厳しいものがある。

 巨大な質量というのはそれだけで途轍とてつもない脅威となるものだ。


 まして村人が近くにいる状況となるとおおっぴらに星術を使うわけにもいかないし、仮に使ったとしても巨体で強靭な生命力を持つ怪物を仕留めるほどの威力を出すのは難しい。

 無力化するだけならその限りではないが人間と違う相手に通用するのか判断できないので不確定な部分に期待するのはまずいだろう。

 アーティファクトまでフルで駆使すればどうにかなるか……?


「んー。メリエはどう思う?」


「正直な話、私では荷が勝ちすぎるな。ギルドマスターは倒せるなら倒していいと言ったが、現状でそれは不可能に近い。取り巻きの雑魚なら倒せるが、巨人種相手だと攻撃が通るかも怪しい。ポロと連携しても気を引くことくらいが関の山だろう。毒や罠などの対抗策を入念に準備して臨めると言うのならその限りではないが、この状況ではそれも難しい」


 それなりに経験を積んでいるメリエがこう言うのだから手ごわい相手だというのは間違い無さそうだ。


「そっかー。かといって見捨てるってのもなぁ。アンナはどう?」


「そうですね。何もできない私が言えることではないですけど、私が助けてもらった嬉しさを知っているので、できるなら助けてあげたいですね」


 本人は何もできないと言ってはいるが、アーティファクトを使えばかなりのことができるはずなのだ。

 実戦では殆ど使ってないからまだ自覚がないのだろう。


 アンナは自分の村を、そして家族を理不尽に奪われた過去が在る。

 天災と人災の違いはあれど、そのことを思い出しているのかもしれない。

 まぁまだ天災と決まったわけではないのだが、ここで見捨てるという選択をすればアンナの心にも何がしかの影を落としそうだった。


 ただ見ず知らずの人間の命と自分やアンナの命を天秤にかけるなら後者を選ばざるを得ない。

 そこも含めてしっかりと判断しなければ取り返しのつかない事態に陥るかもしれないのだ。

 安易な気持ちと適当な状態で請け負うわけにはいかない。


 メリエに関しては作っておいたアーティファクトを使ってもらえば巨人種相手でもそれなりの立ち回りができるようになると思っている。

 しかし、経験と装備でカバーできるならそこに期待するのも一つの手かもしれないが、まだ不確定要素の方が大きい気がする。


「うーん……。じゃあこうしよう。メリエはこの依頼を受けてくれる?」


「私は? クロたちはどうするんだ?」


「僕とアンナはこの依頼には関らないってことにしてメリエについていくから」


「それって何か意味があるんですか?」


「うん。いくつか理由はあるんだけど詳しいことは後で説明するね。とりあえずギルドマスターにこのことを伝えてこよう」


 時間が迫っているので先にギルドマスターのところに行くことにする。

 階段を上がり、先程のドアの前まで進むとノックする。


「入れ」


 さっきと同じように入室許可を得てドアを開けた。

 今度はテーブルにつくことなく、立ったまま用件を伝える。

 やはりこちらの動向が気になるのかさっきよりも真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。


「で、返答は?」


 投げかけられた問いに、まずメリエが口を開いた。


「私はこの緊急依頼を受けよう」


「そうか。助かる。必要な物資はこちらで用意しよう。装備についてもすぐに使いを出す」


 やはり厳しいということをわかっているのか、ロアは辛そうな表情で笑みを浮かべる。

 その後、机の引き出しから手紙のようなものを取り出した。


「これは村長に宛てたものだ。この件で先遣隊としてメリエ君が赴いたということと、後発として更にハンターと傭兵を送る旨、更に領主が派遣するための部隊を編成中だということが書かれている。恐らくアスィ村に滞在している者の中で最も実力と実績があるのが君になるだろうから、現場指揮権についても村長と同格を与えて欲しいということも書いたが、その点は村長と協議してくれ」


 書簡をメリエが受け取ると、今度は自分の方に視線を向けてくる。


「申し訳ありませんが、私は辞退します。人間相手ならまだしも魔物相手ではとてもじゃないですけど実力が伴いません。巨人種に対抗するだけの手段もありませんので」


「そうか、わかった。無理を言って済まなかったな。別にこの件で罰則が発生したりすることは無いから気にしないでくれていい。

 では用件は以上だ。メリエ君に関しては出発はできるだけ急いでくれ。夜間移動は難しいだろうがそうも言ってられん。修理中の装備品と食糧などの物資は滞在している宿に届けさせる。出発直前に報告のためにもう一度ギルドに来てくれ」


 断ったことに関しては特に嫌な顔をされることもなく引き下がってくれた。

 先程無理なら無理と言えというのは本心からだったのだろう。

 ただ最後に意味ありげにこちらを見つめてきたのが気になる。


 秘書のナタリアさんもこちらを終始じろじろ見ていた。

 何かおかしなことをしただろうかと思ったが、ただ立って話をしていただけだから特に思い当たることも無かった。


「わかりました。では」


「失礼します」


 三人で軽く会釈すると執務室を出て、そのままギルドを後にする。

 ギルドから出たところで今後のことについて話し合う。


「私は出発の準備をしてくる。君達はどうするんだ?」


「こちらも食糧とかの物資の調達をしてくるよ。あ、旅で持っていた方がいい道具とかある?」


「そうだな。食糧、水、火種、寒さや雨避けの外套や毛布、休息のための魔物避けの香り袋、夜間の照明としてランタンなどは必需品だ。あとは薬などは余分にある方がいいな。

 移動距離によって装備も変わってくるが今回はそれ程遠くないから私が持っている道具で使えるものは一緒に使えばいいだろう。なので個人で用意しておくべきなのは先程挙げたものだな」


 ふむふむ。

 水については術で出せるし、自分がいれば魔物に関しては問題ないと思うが万一別行動をすることになった場合に命取りになってしまうので、しっかり用意しておく必要がある。


 あとは道すがらメリエに色々教えてもらおう。

 森の中でサバイバル生活を送ってきた手前、あまり準備しなくても何とかなってしまいそうだが今後のことを考えたら知っておくべきだろう。


「わかった。一応こっちは依頼に関らないってことになってるから、町の外で合流しよう。その時に色々説明するね」


「わかった。中央門付近では人目があるからな、少し街道を移動した付近で落ち合おう。この町の中央門は南側を向いているから北に向かうには門を出て最初の分岐を左に進むことになる。その辺りがいいだろう。ギルドからの要請であれば装備の修理も夕方前には終わるはずだ。日が暮れる前には出発できると思うぞ」


「了解。じゃあ後でね」


 日が中天を少しすぎた頃、メリエと別れ、こちらはこちらで食糧などの物資を買い込むことにする。

 メリエの方は必要分をギルドが負担するそうだが、こちらは全て自分で用意しておかなければならない。


 まず携帯食糧を買いに行く。

 以前商店めぐりをしていた際に必要な物を売っている店を見つけておいたので探す必要は無い。

 念のため店で予定日数の倍の食糧を買い込み、改造リュックに詰め込む。

 そこでついでに何かの動物の胃袋でできた水筒も買い、水が腐らないようにするための薬草を入れ、公共の井戸で水を汲む。


 次に雑貨が売っている店に行き、二人分の外套、火種に火口箱ほくちばこ、小さなランタン、ランタン用の獣油、魔物避けの香り袋、長めの革紐を買い、リュックに仕舞う。

 この時、以前回復薬を瓶に詰める依頼でもらった回復薬をアンナのポーチに移しておく。


 これで移動に関しては大丈夫だろう。

 恐らく何も準備していなくてもどうとでもなるが、また中央門などで怪しまれてもまずいから装備だけは旅人らしくしておく。

 といっても服装はいつも通りだからやっぱり怪しげな見た目なのだが……まぁ外套を上から羽織れば隠れるだろう。


 一通り買い揃えると、一度風の森亭に向かい、置きっ放しにしている着替えを取りに行く。

 その時、今日から暫く町を離れることを受付でのんびりしていたコロネさんに伝えると、宿代を返してくれると言ってくれたのだが、僅かとはいえ既に部屋を使ったので受け取るのは拒否しておいた。

 その代わり今度来た時にでもサービスして下さいというと快く了承してくれた。

 食事でも豪勢にしてくれるのだろうか。


 アルデルの町でやっておくことを一通り済ませたのでメリエより先に町を出ることにする。

 まだ少し時間が早いが先に出てちょっとやっておきたいことがあった。


「じゃあ、先に出ようか」


「まだ大分早いですけど、先に行って待つんですか?」


「それもあるけど、今日お風呂入れなかったじゃない? だから実験ついでに外でお風呂作れないか試してみようと思って」


「早速試してみるんですね。ちょっと楽しみです」


 さすがに往来の激しい場所で星術を使うことはできないので、道から外れた場所で人に見つからないような所があったらになるが、もしできれば気持ちもさっぱりとできることだろう。

 忘れ物が無いかを二人で確認し、中央門へと向かう。


 中央門でもやはり前に見た時よりも人が少ない気がした。

 外に出るような人間は旅人や行商人とギルド登録したハンターや傭兵くらいのものだろうから、例の討伐部隊でギルド関係者が減っているので少ないと感じるのだろう。


 以前と同じように中央門で簡単なチェックを受ける。

 以前とは違い今回は再度町に入るための手続きが必要ないので簡単な荷物チェックだけだ。

 今回は外套で寝巻きのような服を隠してショートソードも背負っているので特に何か言われるようなこともなかった。


 すれ違ったり追い抜いたりしていく走車を横目に中央門を潜り抜ける。

 時間的にはまだ15時とか16時くらいだと思うが間もなく日が落ちるという時間に差し掛かるため、町から出て行く人達は少ない。


 この世界では日が落ちると同時に夜になるのだ。

 夜間も関係なく移動しなければならない行商の走車が護衛を引き連れて街道を走っていくくらいだ。

 旅人などは町の中に入り、今夜の宿を探しているのだろう。


 メリエに言われた最初の分岐点まで10分程歩いていく。

 分岐点にはT字路のようになっていて看板が立っているのだがいつも通り読めない。

 やはり少しは字を覚えるべきか……。


「もうすぐ暗くなるから人通りも少ないですね」


「そうだね。普通の人が暗闇の中を歩くのは危険だしね。まぁ僕らの場合は竜の気配のせいで獣とかは殆ど寄ってこないし、寄ってきてもアーティファクトで撃退できるからあんまり危険って気はしないよね」


「そうですね。でもこれに慣れちゃうと危機感が麻痺しそうですよ」


「そうは言っても外したら危ないしね。一応前に森で出たクマみたいのがいると怖いし警戒はしておこうか」


「はい」


 あまり油断しすぎるのも問題だということで二人で少し気を引き締めた。

 あまり気を張りすぎては出だしから疲れてしまうのでそこは程々に。

 メリエが来るまでお風呂を作ろうかと思ったのだが、この辺には身を隠せそうな場所が無かった。


 周囲は背の低い草が生い茂り、まばらに木が生えているだけで見晴らしがいい。

 暗くなれば人目にはつかなくなるだろうが暗いとこちらも風呂に入るのは難しくなる。

 ランタンで明かりをつけたら通りかかった人が不信に思って近寄ってくるかもしれない。


「さすがにこんな開けたところじゃお風呂は無理だね」


「仕方ないですね。私もここで服を脱ぐのはちょっと……」


「じゃあ頭だけ洗おうか。前みたいにお湯の水玉を出すから、それに頭を突っ込んでバシャバシャすればさっぱりできると思うよ」


「わぁ! ありがとうございます!」


 星術で空中に水を出して、それに手を入れながら温まるイメージをしていく。

 手で感じる温度が丁度よくなったあたりで術を止めるとお湯でできたサッカーボールくらいの水玉になる。

 無重力の宇宙で水が玉になってフワフワと空中に浮いているような感じだ。


「じゃあいくよー」


「お願いします」


 荷物を降ろしたアンナの頭にお湯玉をボシャンと帽子のように乗っける。

 何と言うか不思議な格好になった。

 模様はついていないが、スーパーマリ●に出てくるキノ●オのような頭だ。


「お湯熱くない?」


「丁度いいですぅ」


 おお。アンナの顔が蕩とろけている。

 確かに床屋さんや美容院とかで頭を洗うと気持ちいい。

 きっとそんな夢見心地なのだろう。


 残念ながらシャンプーなどは無いのでお湯だけで我慢するしかない。

 アンナは適度に髪がほぐれたところで痛まないように揉み洗いしていく。

 全体を洗い終えたところでお湯玉を浮かせて頭から外し、代わりに温風をかけて乾かす。

 我ながら便利なものである。


「ほわぁー。生き返りましたぁ」


「初めて試してみたけど、これは便利だね。惜しむらくは石鹸が無いことか……今度作ってみようかな」


「え? 石鹸て高級品ですけど、作れるんですか?」


「んーどうだろう」


 中学校くらいの時に理科の実験で作ったことはあるけどもう殆ど覚えていない。

 そもそも何で竜の自分がそんなことを知っているのかと思われそうだったが、アンナは特に気にしていないようだ。


 雑貨屋とかで見て知っていると思ったのだろうか。

 しかし、アンナが石鹸というものがあるのを知っているということは作る材料を集めようと思えば集められるということだ。

 今後を快適に過ごすために頑張って思い出してみるのもいいのかもしれない。


 アンナの次に自分も同じように頭を洗う。

 アンナ程丁寧ではなく適当にバシャバシャと髪とお湯をかき混ぜて洗い、乾かして一段落した。


 まだメリエは見えないのでそのまま道の脇の草原でごろ寝して待つことにする。

 アンナと寝転がって空を見上げると徐々に太陽が地平線に近づいていくところだった。

 そういえば町に来てから空を飛んでいない。

 こうやって静かに空を見上げていると空を飛びたくなってくる。


「また空を飛びたいですねぇ」


 アンナも同じ事を考えていたようだ。

 あのテンションの上がり具合から考えても雲の上を飛ぶのを気に入っているようだったし、また今度連れてってあげようと思った。

 いっそ作るのは大変かもしれないけど【飛翔】を込めたアーティファクト作りを頑張ってみるのもいいかもしれない。


「そだねー。僕も飛びたい。落ち着いたらまた雲の上まで連れてってあげるよ」


「是非またお願いします」


 アンナが笑顔で空を見上げているのを見ると、やはり空を飛びたいというのは誰でも思うことなのだろうと思った。

 誰でも一度は空を見上げて……。

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