ギルドからの招聘

 まずは宿に向かい、着替えなどの荷物を置いてくることにする。

 ただ改造したリュックなどは人に見られるとまずいので全て持っていく必要がある。

 なので着替えだけ古い方のリュックにひとまとめにして置いていくことにした。

 いつもの風の森亭に行き、今日の宿泊費を払って部屋を借りると荷物をまとめて総合ギルドに向かう。


 ギルドの入り口付近で見知った後姿を発見し、近づくとやはりメリエだった。

 アンナも気付いてギルドの扉の前で同じくギルドに入ろうとするメリエを呼び止めた。


「あ、メリエさんこんにちは」


「ん? ああ、アンナにクロ、二人は依頼か?」


「あれ? メリエは依頼じゃないの?」


 ハンターがギルドに来る用事なんて依頼くらいしか思い浮かばないのだが他に何かあるのだろうか。


「私は依頼ではなくハンターギルドのマスターに呼ばれてな。何か頼みごとがあるとかで宿まで使いが来たのだ」


「僕たちの方もギルドマスターに呼ばれたんだよ。公衆浴場を見に行っていたら使いの人に声をかけられたんだ」


「ほう。ということはお互い何か関係があることかもしれんな」


 同じような理由だったので三人で受付に向かい、呼ばれたことを話すと、すぐに受付の人が案内してくれた。

 受付の人について建物の二階に上がるといくつもの個室と思しきドアが廊下に並んでいる。


 ドアの上には学校の教室のようにプレートがあり、何か書いてあるのだが相変わらず読めない。

 そんなドアを通り過ぎて奥まで進むと他の部屋のドアよりも高級感のある少し大きなドアがついた部屋の前まで案内され、受付の人がそのドアをノックする。


「入れ」


 部屋の中から男性の声で入室許可が下りたのでドアを開けて中に入る。

 殺風景な結構広い執務室のような部屋だった。

 中央にテーブルと椅子が並べられ、部屋の奥にある執務机に茶髪をオールバックにしてメガネをかけた30代前半くらいの男が座し、その隣に透き通るような金髪を背中まで伸ばした耳が長い女性の秘書のような人が控えている。


 この男性がギルドマスターだろうか。

 見た目の印象はやり手のサラリーマンのような感じを受ける。

 体格も荒仕事をするようなものではなく、デスクワークをする事務員のような感じだった。


 ただ表情は鋭く、腹芸では勝てる気がしないというか、深謀遠慮というものを備えている人物に思えた。

 人を纏め動かす立場の人間ではそうした能力に長けた人物が就くというのは不思議なことではないが、自分の立場的にはあまりお近付きになるのは控えたい存在である。


 ちょっとした言動の端々から自分の存在を見抜く可能性がある人物とは距離を置く方が得策だろう。

 案内してくれた受付の人は静かに礼をするとドアを閉めて退室していった。


「呼び出して済まなかったな。竜使いのメリエ君、クロ君、それから……」


 呼んだ筈のないアンナに視線を向けると、男が言い淀む。


「私の連れのアンナです。一人で来いとは言われなかったので」


 アンナは少し怯えた視線でメガネの男を見つめている。

 やはり自分と同じように油断ならない存在だということを薄々感じているのかもしれない。

 メリエはそんな様子も無く堂々と腕を組んで男の言葉を待っていた。


 そういえばオークションに出した指輪について根掘り葉掘り聞いてきたといっていたのがこのギルドマスターだったっけ。

 メリエが若干不機嫌そうに見えるのはその時のことを引き摺っているからかもしれない。


 こちらもアンナや自分用に作ったアーティファクトを怪しまれないようにしなければならない。

 幸いアンナは指輪以外全て服の下に隠れているし、指輪もひけらかさなければ目立つことはないだろう。

 自分も服の下に数個つけているだけだから大丈夫そうだ。


「そうか、別に構わんよ。立ち話もなんだ。座るといい」


 椅子を勧められたのでテーブルに並べられた木の椅子に腰掛ける。

 荷物は足元に置いておく。


「まずは自己紹介をしよう。私がこのアルデル総合ギルドでハンターギルドの取り纏めをしているロア・ベリエネだ。そして彼女が私の秘書官をしているナタリア」


 名前を言われると秘書官の女性は静かに頭を下げた。

 綺麗な髪がサララと揺れ、美人画のモデルのような美しさだった。

 グラマラスという感じではないのだが、とんがった長めの耳と絵に描いたような美しさということはエルフとかそんな感じの種族の人だろうか。


「まず突然の召集を詫びよう。済まなかったな。本題の前にクロ君へ盗賊捕縛の報酬を渡しておこう」


 ロアがそう言うとナタリアは静かに歩み寄り、テーブルに小さな革袋を置いた。


「犯罪奴隷として奴隷商に引き渡した際の売却金の一部だ。残りは事務処理で使った経費なので全額ではないのは了承して欲しい」


「問題ありません」


 どうせお金にも困ってないし、中身をいちいち確認する必要も無いのでそのままテーブルの端に押しやる。


「では本題に入ろう。結論から言うと君達に緊急依頼を受けてもらいたいのだ」


 あれ。

 自分は正式登録もしていないはずなんだけど何でそんなこと頼まれるんだろうか。


「すいません。私は正式登録はしていないのでそういう依頼は受けられないはずなんですけど」


もっともな疑問だな。順を追って説明しよう。

 まず緊急依頼についてだが、これは特殊依頼に分類されるもので難易度を問わず緊急性が高いと判断される依頼がこれに当たる。通常依頼は登録者が能動的に依頼を選択し請け負うものだが、緊急依頼と指定された場合は管理側から、つまりこの場合はギルド側から早期解決が可能と思われる登録者に直接依頼受諾を打診することになっている。

 メリエ君は既に知っているかと思うが、この町の近くに竜が棲み付いたという山がある。少し前からギルドと国の双方が偵察を行って動向を窺っていたのだがここ最近姿を見なくなった」


 それって自分の事だよね。

 森の奥に向かって飛ぶ偽装工作が成功して偵察していた人達の目を欺けたということだろう。

 この町に来てからやたらと目に着いた兵隊風の人達は軍隊の人達だったのか。

 そういえば昨日辺りから兵士風の人が減った気がする。


「偵察隊の話では数日前に飛び立ったのを最後に竜が姿を見せなくなったそうなんだが、希少価値の高い竜種の素材を是非とも入手したいという国のお偉いさんが、竜が戻ってきた場合、即時討伐が可能なようにと編成した討伐隊をつい先日山の近辺に派遣した。それに伴ってギルドにも手練を寄越せという半ば強引な依頼を出してきたために、この町に集まっていた実力のあるハンターの殆どが討伐対や偵察隊に合流して町を離れている状況だ」


 面倒なことをしてくれたと言わんばかりの渋面をつくり、こめかみあたりを指で揉みながら言う。

 ギルドと国は仲が良くないのだろかと疑ってしまうような忌々しさを滲ませた口ぶりに驚いてしまった。


 しかし今更討伐隊が赴いても、当の本人はすでに森にいないし、今のところ戻る予定も無い。

 軍まで駆り出したのに無駄足が確定しているとはご愁傷様である。

 勿論、言うことはないけど。


 そういえば狼親子は大丈夫だろうか。

 知能の高い野生動物が森の中でそうそう遅れをとることは無いと思うが、仲良くなった手前無事を願わずにはいられない。

 やはりよくゲームや物語であるようにこの世界でも竜の素材は貴重なのか。

 下手に鱗なんかを売りに出さなくて正解だったかもしれない。


「間の悪いことに、そんな実力のあるハンターや傭兵が出払っている時に緊急依頼の要請が近隣の村から来てしまってな、請け負える者を探している状況だ。

 ギルドが依頼の難易度を考慮して、先発隊として派遣するには駆け出し程度の実力では荷が重過ぎるという判断に至った。かなりのハンターや傭兵が出払ってしまっている状況のこの町でその依頼をこなせそうな人材を探した結果、メリエ君とクロ君に頼んでみようという事になったのだ」


「今から出発したハンター達を呼び戻せばいいのでは?」


 無理に探すよりも急いで呼び戻す方が早い気がするが……。


「それも考えたのだが、出発して既に1日以上経っているのを考えると急ぎで呼びに行くのに1日、戻ってくるのに2日程かかるだろう。今回の緊急依頼は人命がかかっているため特に急を要するものでな。できればすぐにでも動ける者に頼みたいのだ。

 メリエ君は装備の修理のため、竜討伐は修復が終わり次第だそうだな。緊急依頼を優先してくれるのなら装備に関してはギルドからの要請で最優先で修理させよう。クロ君は正式登録はしていないが五人もの盗賊を無傷で捕縛した手腕を見込んで特例として頼もうということになった。依頼先からの報酬は少ないが、緊急性を考慮してギルドから手当てを出すことも決まっている。メリエ君に関しては竜討伐関連の依頼以上の金額は保証しよう」


 あー……。

 確かに武装した五人もの野盗を手傷一つ負わずに捕まえるというのは実力が在ると取られても仕方ないか。

 これは失敗だったかもしれない。


 ちょっとは苦戦した風を装えばこうはならなかっただろうが、今更考えてもどうしようもないので諦める。

 メリエには自分がその竜だということを伝えてあるので討伐の方にはもう参加することは無いだろう。


 うーむ。正直気乗りはしない。

 一体何の仕事か知らないがそもそも受ける義理も義務もないのだ。

 今後ギルドの仕事を中心に生計を立てていこうというのなら話は別だが、お金に困っているわけじゃないし、下手なことをしてこのギルドマスターの記憶に残ってしまうのも問題だ。

 自分を狙ってきたハンターの件もあるし、あまり深く関っていきたいとは到底思えない。


 やはりあの野盗を捕まえてきたのはまずかっただろうか。

 といってもあの状況ではこんなこと予測できなかったし。

 あれこれ考えていると腕を組んだまま黙っていたメリエがロアに向けて口を開いた。


「依頼の内容を確認しないと判断のしようがありませんが?」


「そうだな。依頼してきたのはこの町から北北東に走車で3日ほどのところにあるアスィという村だ。村長からの依頼書によると、巨人種ギガントに率いられた魔物共の襲撃を受けているらしい。詳しい数は不明だが、村の人口と防衛の状況から考えると200~300はいるだろうと思う。

 現在は村人と滞在していたハンターや傭兵が村に立て篭もり、協力して凌いでいるとのことだが人員的にも物資的にもあまり長くは持ちそうも無い。依頼の内容は村へ襲撃者の撃退と村の防衛だ。報酬は金貨20枚」


 これってギルドではなく領主とかに言うべき事態ではないだろうか。

 こうした緊急事態に対応するために領主や軍がいて地域を管理しているのだと思うのだが……。

 そんなことを考えているとメリエも同じことを考えたようでロアに問いかけた。


「なぜ領主が動かずにギルドが対応するんです?」


「無論、領主にもこの報告が行っている。しかしここの領主も中央からの要請で竜討伐に人員を割いてしまったため、救援に向かう部隊の編成に手間取っているんだ。動けるのは明後日以降になるだろう。なので先発の救援ということでギルドに要請が来たのだ。

 身軽で実力のある者で構成された少数で先に村に向かい、ギルドからの後発隊と領主の騎士団が到着するまで村の守護と襲撃者の討伐をしてもらいたいということだな」


 多くの人間が動く場合は様々な物が必要になる。

 食糧や水は勿論、移動手段、金銭、装備など必要な物は多岐に渡る。

 本来ならそうしたことにいつでも対応できるように即応部隊が組まれているものだが、竜討伐の方にそれを割いてしまったのだろう。

 民の安全より利益を優先するところを考えると、腐った貴族なんかが頭ごなしに領主に対して命令をしているのかもしれないと勘繰ってしまう。


「君達の実力ならば巨人種ギガントはともかく、率いられた魔物ならば問題なく倒せるだろうと判断し要請している。巨人種については依頼書に大きさが記されていなかったから何とも言えんのだが、小型で倒せるようならば倒してしまって問題ない。大型や超大型だった場合は無理に倒そうとせずに人命を優先してくれ。もし退けられた場合は報酬を追加しよう」


 巨人種とやらがどんな存在かわからないので危険度がイマイチ判然としない。

 竜の姿でなら並大抵の相手でない限りは大丈夫だと思うが、人間状態ではどうかわからない。


 しかし巨人種の件を差し引いても百を超える相手にたった二人というのは無茶過ぎないだろうか。

 数はそれだけで脅威となるものだ。

 それともそんなに弱いものなのか?

  まぁ村人達が防衛して凌げているのならそこまでべらぼうに強いということも無さそうだが。


「二つ質問したいんですけど、少し考える時間をもらうことはできますか? あと断ることはできるんですか?」


「考える時間はそれ程無いと思ってくれ。少なくとも日が中天に来るまでには決めてほしい。もし君達が無理な場合は犠牲を覚悟でまだ未熟な者にも要請を出し、引退したハンターに声をかけて回るなどしなければならん。どちらも通常では考えられないのだが、今回は事が事だ。村を見殺しにすることはできないからな。

 依頼を辞退することは可能だ。むしろ出来ないと判断したのなら断ってもらった方がいい。出来ないことを出来ると見栄を張られ、それで事に臨めば多くの被害が出ることになる」


 日が中天……ということは実質一時間も無いと思った方がいいか。

 正直な話、できれば関わりたくないというのが本音ではある。

 しかし助けられる者を見殺しにするというのも精神的に後を引きそうな気がした。


 あの時ああしていればとずっと後悔を引き摺るくらいなら手助けしてもいいかもしれない。

 これが人命救助などではなく、ただ利益のために要請されたのであればさっさと断って終わりにできるのだが……。


 しかし受けるにしても戦う相手のことについて知らないのは判断に困る。

 メリエと相談する時間が欲しかった。

 メリエに視線で合図を送り、時間をもらうことにする。


「では少し考えさせて下さい」


「私も同じく」


「わかった。もし日が中天に昇るまでに君達が現れなければ辞退したものとみなして動くことになる。が、できればよろしく頼むよ」


 一度相談するために部屋を後にした。

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