怪鳥

 雲の上を順調に飛び続ける。

 外気を遮断する術も問題なく、アンナが凍えたり低酸素状態になることもない。アンナはいつまでも空の景色を楽しみ、飽きる気配を見せない。


「凄いですねクロさん! まるで真っ白い水の上を泳いでるみたいですね!」


 確かに雲海のぎりぎり上を滑るように飛ぶと真っ白な海の上を泳いでいるような気分になる。


「アンナ。あんまりはしゃぎすぎて落ちないでよ? 空の上は安全じゃないんだからちょっと落ち着いて」


「あ、はい。すいません。舞い上がっちゃって。テヘヘ」


 気持ちは痛いほどわかるのだが、そろそろ落ち着いてもらおうと釘を刺しておく。

 竜がいる世界だし、空の上でも何か起こる可能性は十分在るだろう。

 警戒をしておくに越した事は無い。


 飛び始めて1時間くらいだろうか。

 そろそろ雲の下の様子を確認し、降りようかなと考え始めた頃、アンナが何かを見つけた。


「あれ……。クロさんクロさん、空の上の方に何か黒いものがあるんですけど」


 アンナに言われて上空に視線を向けると、黒い飛行機の影のようなものがかなり上の方を飛んでいるのが見えた。

 遠近感が上手く働かず、かなり高空を飛んでいる大きいものなのか、それとも小さいものなのか判断がつかない。


「ホントだ。なんだろうね。今までに見たこと無いなぁ」


 アンナと一緒に黒い影を見上げていると、黒い影が動く。


「あ、動いた。何でしょう? 鳥みたいですね」


「ホントだ。……こっちに来てる!」


 徐々に大きくなる黒い影で、あれがこちらに向かって来ているのだとわかる。

 どんどん大きくなるが、見た目は黒いまま。

 そしてかなり接近したところでそれが真っ黒な羽毛を持つ巨大な鳥だとわかった。


「!! アンナしっかりつかまって!」


「うひゃあ!」


 自分達めがけて一直線に突っ込んでくるその怪鳥の突撃を回避する。

 怪鳥はそのまま白い雲の海の中に突っ込み、見えなくなった。


「また来るかもしれないから上昇するよ!」


「はい!」


 雲海すれすれで飛んでいたら、真下から突撃されると避けることができない。

 雲から離れるように高度を上げていくと、予想通り怪鳥が雲海を突き破って追ってきた。

 後ろを見ると怪鳥の全貌が明らかとなる。

 大きさは母上よりも上かもしれない。

 プテラノドンの全身に真っ黒な羽毛を生やしたような姿で牙が生え揃った口を薄く開いてこちらを追ってきている。


「何ですかあれ!」


「初めて見るけど友好的じゃなさそうだね」


 明らかにこちらを攻撃してきたのでおそらくこちらを獲物として見ているのだろう。

 肉を喰い千切るのに良さそうな牙なのでどう見ても肉食獣だ。

 自分はあの怪鳥の四分の一程度の大きさしかない。

 相手からしたら丁度いい獲物なのだろう。


 だが大人しく捕食されるわけにも行かない。

 小回りはこちらの方が利くだろうが移動速度は向こうの方が速そうだ。

 雲の中に逃げれば撒ける可能性もあるが、こちらも視界が利かなくなる上、下から見られてしまう可能性も出てくるためリスクが大きい。

 とすれば、戦うしかないだろう。


 しかしアンナを背中に乗せた状態で空中戦は厳しい。

 体格はこちらの方が小さいが、竜の牙や爪なら相手に十分手傷を負わせられる。

 だがアンナが背にいる状態でそんな格闘戦をしたらアンナがどうなるかわからない。

 となると取り得る手段は……。


「アンナ。戦って倒すか追い払うかしないと、ずっと追いかけてきそうだから攻撃するよ。しっかりつかまってて」


「はい! 無理はしないで下さいね」


「こないだ創った新しい術を使うから大丈夫だと思う。ただ集中しないといけないから一回【飛翔】の術を切るからね。落ちそうになるけど心配しないで」


 外気を遮断する膜を作る術は簡単で人間のときでも使えるので切らなくても問題はないが、かなりの集中力を割いている【飛翔】の術は切らなければ大きな術を使うことができない。


 一度高度を上げ、高さを稼ぐ。

 怪鳥は図体が大きいので急な上昇は難しいらしく、やや遅れてついてきている。

 ある程度高度を上げたところで【飛翔】の術を切ると、重力によって地面に向かい落下を始める。


「きゃぁぁぁ! 落ちてますよクロさぁぁぁん!」


 内臓の浮くような浮遊感にアンナが悲鳴を上げるか今はそれどころではない。

 使うのは新しく開発した高温の空気を撃ち出す術。

 落下しながらなので狙いを定め難いがそんなことを言っている場合でもない。


 この術を創る前、最初は火をブレスのように撃ち出す術を創ってみたのだが、何と言うか、微妙だった。

 高温とはいえ実体の無いただの火の玉を撃ち出しているため殺傷能力はいまひとつで、簡単に防がれそうだった。


 高温の炎を持続的に浴びせるならいいかもしれないが、それだと顔の前から炎を出しているため自分の視界が遮られるし、複数を相手にする場合や素早い相手には浴びせ続けるのは難しい気がする。他の対象に回り込まれたりする原因にもなってしまいそうだ。


 火はわかりやすい恐怖の対象だが、それが迫ってくるとなれば誰でも避けようとしたり警戒したりする。

 飛んでくるのが見えてしまえば避けるのも容易になってしまう。

 竜の代名詞のようなものでもあるし使えれば便利だろうということで、牽制用などのために一応使えるようにしておいたが、もっと一撃必殺的な手段が欲しかった。


 そこで二つの術を考えたのだ。

 高温の空気の塊を撃ち出す術と熱線を照射する術。

 今回は高温の空気の塊を撃ち出す術を使ってみる。


 火の温度は場合にも因るが、炎が生じる最低温度が400℃前後、木炭などが赤く燃えている火の温度で大体700℃くらいらしい。ガスコンロなどの青い炎で1700℃くらいになる。

 それよりも高温の炎で熱した数千度の熱い空気をイメージし、撃ち出すようにしてみたのだ。


 高温の空気なら火と違って目では見えないので敵に避けられにくいし自分の視界も遮らない。

 夏場のアスファルトから立ち昇るようないわゆる陽炎のような揺らぎが発生するが、視界が揺らいでしまっても敵を見失うことはないし、当たれば炎以上の高温なので致命傷も与えられる。何かと戦う時に使うのはこちらがよさそうだった。


 同じ理由で極低温の空気の塊を撃ち出す術も創っておいた。

 吹雪を出したりするよりも効果的だろう。


 顔の前に高温の空気の塊をイメージする。

 顔の前が陽炎のように揺らぎ、凄まじい熱風が起こる。

 が、外気を遮断する膜で包まれている自分やアンナには影響は無い。


 十分な熱量と規模を確保したところで、こちらに向かって上昇してくる怪鳥に向けて一気に撃ち出す。

 数千度に達する空気が揺らめきながら怪鳥に向かって飛んでいく。

 見た目は透明なので怪鳥も危機感を感じていないようだ。


 数瞬後、高温の空気の塊と激突した怪鳥が一瞬で燃え上がり、翼の一部を残して消し炭となって落下していく。

 これは……予想以上の威力かもしれない。

 今回は圧縮して一直線に飛ばしたが、広範囲に広げて飛ばせば見渡す限りを焼き尽くすことができそうだった。

 ……使用には細心の注意を払おう。

 思わぬ所で新しい術の試し撃ちをすることになったが、脅威を退けたので【飛翔】の術を使い落下を止める。


「ふあぁ……死ぬかと思いましたぁ……」


 アンナがフリーフォールの影響でぐったりしてしまっている。

 そろそろ頃合だしこのまま雲の下まで降りて町への目印になるものを探そうと思い、アンナを気遣いつつも高度を下げていく。


 雲の下に顔を出すと一面に畑が広がっていた。

 麦畑のような見た目だ。

 その畑を突っ切るように長い道が続いている。


 後方を見ると畑と草原の境目も見えているのでどうやらあの広大な草原は抜けたようだった。

 畑の近くには人間がいるかもしれないので念のため少し雲の中を草原の方に戻り、草原に着地してから移動することにした。


「アンナ大丈夫? 少し休んでから行こうか」


「はいー……すいません。飛ぶのはとっても素敵で楽しかったんですけど、落ちるのは怖かったですぅ」


 アンナは絶叫系はダメなタイプか。

 あれ。でも結構な速度で上空を飛んでたけどそっちは平気そうだったなぁ。

 微妙に判断がつかない。

 そんな無駄な思考をしながら、アンナと自分を結んでいた蔓を解いて人間の姿になる。


「きゃあ! だからクロさん! 裸になっちゃうんですから見えないようにして下さいって言ったじゃないですか!」


「あ、ごめん。忘れてたよ」


 手で顔を隠しながら赤くなってぷりぷり怒りつつも、しっかり指の隙間からこっちを見ているアンナさんである。

 どうも全裸になることに抵抗を感じなくなっているようだ。

 これは危険な兆候だ。

 注意しなければ露出癖がついてしまうかもしれない……。


 アンナから服を受け取り、手早く着替える。

 まぁ着替えるといっても頭から服を被れば終わりなのだが。

 時間的には1時間ちょっとの飛行だったがかなりの距離を移動できた。

 それに比例して術に集中した精神的疲労と例の怪鳥と空中戦をした疲労があるのだが少し休めば問題ない範囲だ。


「クロさんが今まで私が着ていた服を……はぅぅ」


 アンナがもじもじしながら何か言っているが気にせず、自分も疲れたので草の上に寝転がってちょっとのんびりすることにした。


「僕もちょっと疲れたから少し休ませてねー……」


「はい。お疲れ様です。ここは見覚えがあるので問題なく町まで歩いていけると思います。暗くなる前には着くと思いますよ」


「了解~。休んだら何か食べてのんびり行こうかねー」


 アクシデントはあったが、何とか町までたどり着けそうだ。

 その後、ご飯代わりの果物を二人で食べて、畑の方に向かって歩き始める。

 いよいよこの世界の人間が暮らす町を見ることができるので、緊張しつつも好奇心が湧き上がった。

 そして何より、果物以外のご飯が食べられるかもしれないということがちょっと楽しみだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る