第62話 マカロニと毛糸の人の回
「それ、俺だから。マカロニと毛糸で作ったヘンテコな写真立ての中の人」
流れ出る鼻水と涙をその綺麗な顔の上でぐっちゃぐちゃにした相川は、面白いほどにフリーズしている。
「俺、昔事情があってヒラヒラの服着てたんだよ。女の子みたいにな」
「まさか……。あれが宗岡?」
「うん。俺」
相川の気持ちも分からないではない。ずっと女の子だと思っていた賢太郎の相手が、男だったなんて。もしかしたら、相手は女の子だからと無理に納得して賢太郎への気持ちを抑えてきたのかも知れない。
「そっか。はは……ッ」
辛そうに、でも相川は泣きながらも笑った。両手で顔を覆って肩を震わせている。
「だから相川、俺の事を認めてくれないか」
そんな相川に俺は、さらに辛いであろう言葉を重ねる。ひどい事をしている自覚はあった。だけどこれだけは譲れなかった。
「何で俺が」
両手で顔を覆ったまま、相川は掠れた声で答える。
「相川は賢太郎の大切な友達だから。俺は相川と仲良くしたい。賢太郎は、相川の事を本当に大切な友達なんだと俺に話したから」
「宗岡。お前、ひどい奴だな」
「うん、ごめん。でも、賢太郎の為なら。ひどくても、何度だって相川に頼むよ。俺と相川が仲良くなれないと、賢太郎はきっと辛いだろうから」
集中すると、段々と身体の痛みは遠のいて行く。じっと顔を覆った相川の指と指の間をじぃっと見つめた。そこから発せられる返事をただひたすら待った。
「……分かったよ」
俺が聞き取れるギリギリの声で返事をしたのだろうか。そこに相川の悔しい気持ち、無念な気持ちが表れている気がした。俺よりも長い期間ずっと賢太郎の事を好きだったんだから、本当にひどい事をしたと思う。
「あんなヘンテコな写真立てと女装男を何より大事にするダサイ男なんか、もう好きじゃない。友達としてならこれからも付き合ってやるのはいいけど」
そう言って、相川はズズズっと鼻を啜った。涙と鼻水を拭くものが有ればよかったが、相川の背負ったリュックにはタオルしか入ってなかったらしく、仕方なくそれで鼻をかんでいた。
「ありがとう、相川」
「それにしても、お前何で小さい頃から女装なんかしてるんだよ? 文化祭もそうだったけど、趣味か?」
「違うよ、俺は別に……」
時々どこか遠いところで俺のスマホの着信音が鳴るのを聞きながら、俺は相川に子どもの頃からの事情を全て話した。家庭環境も、賢太郎との事も。
相川はこう見えて涙脆いのか、話の途中で何度か再び涙と鼻水を流しては、タオルで拭き取っていた。背中をさすってやりたかったけど、動けないから「泣くなよ」と言うのが精一杯だ。
「……カル……! ヒカル!」
そのうち陽が落ちて寒さが身に染みてきた頃、賢太郎が俺を呼ぶ声が聞こえた。アプリで探しに来てくれたんだろう。痛む身体を叱咤しながら、精一杯声を張り上げた。
「賢太郎!」
俺をここに連れて来た相川は、今になって気まずいと思っているのか声を出そうとしない。
「相川、お前も声を出せよ。お前が俺をここに連れて来たんだろ。責任取ってちゃんと賢太郎を呼んでくれよ」
「……分かったよ」
そこから二人で何度も「賢太郎!」と叫んだ。声が掠れて思わず咳込んだって、何度も呼び続ける。咳込むと身体中がバキバキ痛む、声を張り上げるだけでも打撲しまくった身体は軋んだけど、それでも「賢太郎」という名前だけは何度でも呼べる気がしたから。
「お前ら何やってんだよ! ヒカル! まさかまた怪我したのか⁉︎ 待ってろ!」
大の字で寝転がった俺の視界に、斜面からこちらを覗き込む賢太郎の姿が入った。ホッとして返事も出来ずに思わず涙が零れたけど、それを拭うよりも先に近くに座り込む相川の方を見た。相川は眩しそうに目を眇めて上方の賢太郎を見つめている。
「ちょっと恋人と連絡が取れないからってGPSを使って探しに来るなんて、そんな束縛の激しい奴なんかこっちから願い下げだ」
「相川……」
相川の言いぶりは自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
「俺、もうすぐ海外に行くんだ。だからこれから賢太郎とどうこうなるなんて考えてない」
「海外? それ本当か?」
「本当だ。ITエンジニアの親父がカナダに転勤になって。だから最後に宗岡に嫌がらせしてやろうって、そう思って連れ出したのに」
そう言うと相川は赤く腫らした瞼をタオルでゴシゴシ擦ってから鼻の下も拭った。つられて俺も服の袖で顔を擦る。
「あんなに心配そうな賢太郎の顔を見たら、完全に俺が悪者だよな。あとで謝らないと」
「相川は悪くないし、誰も悪くないだろ。お陰でカナダに行っちゃう前にこうして腹割って話せたんだからむしろ良かったよ」
「そか……」
聞けば賢太郎にもまだカナダに行く事は伝えてないと言う。絶対にすぐ伝えるように言ったけど、相川は悩んでいるようだった。
「ヒカル! 悠也! お前ら何でこんなとこに居るんだよ⁉︎ 大丈夫か⁉︎」
あの斜面をどうやって降りて来たのか、それとも迂回して来たのかは分からないけど、いつの間にか賢太郎がすぐそばまで走り寄って来ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます