第39話 相川悠也というイケメンの回
それからの生活はなかなか楽しい日々が続いていた。学校が終わると賢太郎の家でトレーニングして、休みの日にはまた
母さんとも前より遠慮なく接するようになったというか、母さん自身が明るくなった気がする。俺も前よりもっと家事を手伝ったり、真面目な母さんに言われる前に勉強もしっかりやった。お陰で夏休み前の懇談会では「特に言うことありません。これからも頑張って」と先生からお墨付きをもらって、夏休みは割と自由に過ごせそうだ。
「ヒカル! 夏休み、賢太郎とどっか行くのか?」
夏休みに入る直前の学校最終日、ダイが帰り支度をする俺の席へ近寄って何やら楽しそうに聞いてくる。いつもダイと一緒にいる友達グループは、夏休みという事ではしゃいでいる様子でさっさと廊下へ出て行った。これから皆でどこか出掛けるんだろう。
「うん、キャンプに行く事になってる」
「へぇー、キャンプ。泊まりで?」
ニヤニヤと嬉しそうな顔をして意味ありげに問うダイ。どうせ鈍臭い俺にキャンプなんか出来っこ無いと思ってるに違いない。
「まずはデイキャンプ、それが上手くいったら一泊でするつもりだけど」
「おっ! どうだったかまた話聞かせてくれよー! 賢太郎の方から俺に色々聞いてきた癖に、結果はケチケチして話してくれないんだよなぁ。一緒にネットで調べたりしてやったのに」
(ダイもキャンプとか好きだったのか。意外だな。まぁでも、確かに仲の良い仲間内でよくバーベキューとかしてそうだな)
「おう! まかせろ! 上手くいったらすぐDMするよ!」
そう答えるとダイは何故かブッ! と吹き出して、「いや、無理にすぐはしなくていいぞ。落ち着いてからで」と言った。
(コイツ、完全に鈍臭い俺がキャンプなんか出来ないと思ってる……)
「俺だって、ちゃんと出来るんだからな」
「いやいや、初めての時は無理はすんなよー。ヒカルは変なところが真面目だからなぁ」
そう言いつつさも可笑しそうに笑うダイを少し拗ねたように睨みつけた。
「何だよ、それ。ほら、廊下から呼ばれてるぞ」
「あ、マジだ。じゃヒカル、またな!」
「うん、またな!」
ダイは何でも許したくなるようなあの人懐っこい笑顔で俺の背中をバンバンと叩いてから、廊下で待ついつものグループに混ざっていった。
アイツは教科書とかをほとんど置いて帰ってるけど、俺は夏休み中もしっかり勉強したかったから、たくさんの教材をリュックに詰めるのに時間がかかった。重たいリュックとトートバッグを持って廊下に出ると、賢太郎が一人の男友達と少し離れた場所で話す姿が見えた。
(なんか賢太郎の顔、めちゃくちゃ険しくないか?)
そう思いながら、つい柱の影に隠れるようにして様子を伺ってしまう。それくらい、二人は真剣な顔で何かを話していた。
(あいつ、確か山岳部にいたイケメンだ)
賢太郎と話しているのはたった二日間所属した山岳部の部員だった。確か
「おい! 賢太郎! 待てよ!」
「だから山岳部には戻らないから。じゃあな」
「何でだよ! おい!」
イケメンの制止を振り切って賢太郎は玄関の方へと向かって行く。廊下に残された相川は悔しそうな表情で拳を握っていた。
(賢太郎は優秀だから、山岳部に残って欲しかったのか?)
俺と違ってスポーツ万能な賢太郎が山岳部を突然辞めた事に納得がいかないのかも知れない。山岳部は団体競技でもあるから、そういう貴重な人材が欠けるのは困るんだろう。俺のせいで賢太郎が退部した事に今更ながら罪悪感を感じた。
ぼーっとそんな風に考えごとをしていたら、いつの間にか目の前に相川が立っていた。近くで見ると本当に整った顔立ちで、その相川の唐突な行動に驚いていると冷めた声音で話しかけられる。
「
「え……、いや……」
まともに喋った事もなくて男でも見惚れるようなイケメンからの突然の問いに思わず口籠る。少し首を
「お前は賢太郎の足枷にしかならない。補欠のくせに、本当に目障りだな」
高い身長を駆使して上から見下ろしながら、近い距離で俺にだけ聞こえるくらいの声で告げる。その声音は分かりやすい程の怒気を孕んでいて、完全に警告だった。
「へ……」
補欠っていうのは、山岳部での俺の実力を指してるんだろうけど。こんなにあからさまな敵意を向けられた事は無かったから、咄嗟に何も言い返せない。そんな俺を見て心底呆れた様な表情になった相川は、軽くため息を吐いてから踵を返す。
「イケメン……、怖い」
相川の去って行く後ろ姿を見つめながら、思わずポツリと本音を零す。暫く呆然としていたけれど、玄関で賢太郎を待たせているのを思い出して急いで柱の影から飛び出した。
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